25.社交界
夜の部屋で、窓の外を眺める。
日が落ちても金色のカーテンが空にゆらゆらと揺らめいて見える。
このカーテン、いつかちゃんと消えるのかなぁ。
ずっとこのままだと、星空が見えなくなっちゃう。
聖神様は邪神様の復活を同行する気が無いのかな。
クラリスたちも、今は封印を強化するつもりがないみたいだし。
もっとも、ここまで封印が綻んだらクラリスとクリスティンが祈っても手遅れだとは思う。
――明日は社交界デビューか。
私たちは自分が失敗しないように気をつけておこう。
異端審問官の問題は、お父様がなんとかしてくれるだろう。
私はベッドに潜り込むと、目をつぶってすぐに意識を手放した。
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朝食の席で、お母様がため息をついて告げる。
「やっぱりあの金色のカーテンは消えてないのね」
お父様がワインを飲みながら告げる。
「社交界では何か噂になっているのかい?」
「幸い、今年は豊作だったし悪い噂は立ってないわ。
魔法薬が金色なのもあって、何かの吉兆なんじゃないかって噂が主流ね」
「ふむ……こうなると、魔法薬を流通させておいて正解だったね。
あれに確かな効能があると皆がよく知るようになった。
今さらもう、あれなしで生活するのも難しいだろう」
貴族たちの間でも、我が家が流通させる魔法薬は未だに欲しがる声が根強い。
どんな難病も一度飲めば治ってしまうんだけど、なんでそんなに欲しがるのかなぁ?
そりゃあ、体力も回復して疲れが吹き飛ぶ効果もあるけど。
私が小首をかしげていると、お父様がフッと笑った。
「勉強疲れや仕事疲れに飲む者たちが多いんだよ。
特に魔法の修行は疲労が激しいからね」
なるほど、そういう需要なのか。
そういえばお父様も、体力だけじゃなく魔力も回復するって言ってたっけ。
「もしかして、国外だと戦争のために欲しがる国が多かったりしますか?」
「そういう発注を打診されることはあるけど、断っているよ。
軍隊に行き渡らせるほど生産量を増やすつもりもないからね」
だけどその効果は、帝国軍侵攻を防ぎ切ったことで証明済みだ。
きっと欲しがる国は多いんだろうなぁ。
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午後になると夜会の支度を開始し、着替えて化粧を施していく。
……うーん、けばけばしい。
昼間に見るものじゃないな、夜会用の化粧って。
夕方になると、ロディが馬車で迎えに来た。
「お、今日は一段と綺麗だな。ミレーヌ」
「ありがとロディ。あなたもさまになってるわよ?」
ロディにエスコートされながらお母様に告げる。
「では行ってまいりますわ」
「いってらっしゃい。
――ロディ、ミレーヌをお願いね」
「ええ、もちろん!」
悠然と歩いて行くロディの肘に手を置き、馬車に乗りこむ。
私たちを乗せた馬車は、ゆっくりと王宮に向かい出発した。
馬車の中でも、ロディは空のカーテンを気にしているようだった。
「なんだか、昨日より色が濃くないか?」
「そう? 気が付かなかったけど」
不安げなロディの頬を突き、微笑んで告げる。
「心配し過ぎよ。何があるって言うの?」
「それがわからないから心配なんだろう?
お前、自分のことなんだからもう少し真剣に考えろよ」
「何もわからないんだから、考えるだけ無駄よ」
ロディがため息をついた。
「お前、大物だよな」
「ロディほどじゃないわよ?」
クスクスと笑い合いながら、私たちは馬車に揺られて行った。
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王宮のホールでは、収穫を祝う夜会が開催された。
この時期ではあちこちで開かれる、定番の夜会だ。
私たち八人も揃い踏みし、お互いのドレスを褒め合った。
「やっぱりクラリスのドレスは良い生地を使ってるわね……」
高級なシルクでできた純白のドレス。
レースや刺繍もふんだんに使われている。
クリスティンもお揃いで、これだけでいくらなのか想像もつかない。
「あら、ミレーヌのドレスだって高級な生地を使ってるじゃない。
それベルベットじゃないの?」
「そうなんだけど……ちょっと重たいのよね」
パトリシアはサテンの赤いドレスだ。
軽やかでパトリシアらしい雰囲気に仕上がっている。
男性陣も、十三歳らしくタキシードでビシッと決めてきていた。
この年齢になるとそこそこ背も高くなり、男らしさも感じるようになっている。
「そういえば、パトリシアは結局フルヴィオをパートナーにしてるのね」
「相手が決まらないから、仕方なくよ」
フルヴィオが泣きそうな顔で告げる。
「そういう言い方って酷くない?!
僕だって一生懸命頑張ってるんだけど?!」
「それじゃあもっと頑張ってね」
パトリシア……もしかしてずっとこのままフルヴィオを振り回すんじゃないわよね?
周囲を見回すと、夜会慣れしていない様子の子供たちも結構見かけた。
彼らも私たちのように、友人たちと語らっているようだ。
ショーン殿下が周囲を見回して告げる。
「普通は挨拶に来る貴族子女くらい居るんだけど、今夜はその気配がないね」
クリスティンがフッと笑って応える。
「王子二人に聖女二人、公爵令嬢まで揃ってる集団よ?
そう簡単に近づける雰囲気じゃないんじゃない?」
ロディも周囲を見回して告げる。
「夜会慣れしてる連中も、今夜は子守りで忙しそうだ。
挨拶に来るのはもうしばらく後だろうな」
ふとテラスを見ると、そこそこの人数がテラスに出て夜空を見上げてるみたいだった。
「なんで空を見てるのかしら」
「金色のカーテンを眺めてるんだろ?
何かの兆しじゃないかって噂は、既に流れてるからな」
「ふーん……」
私は給仕からワイングラスを受け取ると一口飲んでみた。
子供用の薄めたワインだけど、初めて飲むアルコールの味が舌に苦い。
「うわ、こんな味がするのね……」
ショーン殿下がクスリと笑った。
「私たちには、まだ美味しいとは思えないね。
酔えば楽しいと思えるんだろうけど、酔える濃度でもないし」
そっか、酔えない濃さか。
私はもうひと口飲んでみる。
うーん、やっぱりこれならジュースの方が良いかなぁ?
突然、クリスティンが声を上げる。
「――ミレーヌ!」
「え? なに? クリスティン」
振り向いた私の足元から、金色のオーラが吹きあがるように立ち上っていく。
あっという間に私の全身が金色に包まれていた。
混乱する私の耳に、テラスの方から声が聞こえる。
「――空を見ろ! カーテンが降りて来るぞ!」
私を見てざわめく貴族や、外を見て驚く貴族たち。
あっちもこっちも大騒ぎで、ホールが騒然となっていった。
――これは、邪神様の封印が砕けた?!
「――クラリス! クリスティン!
聖神様に私の力を抑えるように祈って!」
クラリスが驚いたように目を見開いた。
「え?! 突然なんで?!」
「いいから早く!」
クラリスたちが、目をつぶって祈りの姿勢を取る。
私の体を銀色の膜が多い、金色のオーラを包み込んだ。
銀色の膜と金色のオーラが押し合いをしながら、ゆっくりと私の体に吸い込まれていく。
クラリスたちが小さく息をついた。
「これでいい? どうしたの? いったい」
「だって、こんな大勢の前で邪神様の色なんて出せないじゃない」
ロディが周囲に視線を走らせながら告げる。
「……遅かったみたいだぞ。かなりの人数に見られた」
周囲からは、ひそひそとした声が聞こえてくる。
――しまった、そういうことか。
クロスランド公爵家の魔法薬が、先日から金色に変わったのはもう知られている。
そして今夜、私は金色の光に包まれた。
クロスランド公爵令嬢が金色の魔法薬の製造に関わってるなんて、馬鹿でも推測できる。
夜空に広がる金色のカーテンは、いまや空全体を覆うように広がっていた。
下手したら、あれも『私のせい』とか言われそうだ。
……今夜のことが噂になれば、いつか異端審問官の耳に入るはず。
となると、私が一番狙われることになるのか。
ショーン殿下が深刻な顔で告げる。
「みんな、一度控室に戻ろう。
このまま質問攻めにされると都合が悪い」
私は黙って頷き、ロディの肘に手を置いた。
ロディも周囲に気を配りながら、ショーン殿下に案内されて控室に向かった。




