23.議長の末期
宰相の執務室をクロスランド公爵が尋ねていた。
グリーンウッド侯爵が微笑んで尋ねる。
「今日はどんな用件で?」
「帝国が和平の使者を寄越してきた。
その手土産の中に、議長の首があってね。
やはり彼は帝国に亡命をしていたらしい」
汚職の証拠を隠滅し、メッシング大司教を殺害、その後に王国の機密情報を持って亡命。
だが帝国の侵攻が失敗に終わり、腹いせとばかりにバンライク議長は処刑されたのだという。
グリーンウッド侯爵が苦笑を浮かべた。
「それで帝国はなんと? 『賠償金を減額して欲しい』とでも?」
「端的に言えばその通りだ。
一応、君の意見も聞いておこうと思ってね」
「応じる必要はありますまい?
議長の処刑も、余計なことをしてくれたものです。
生きたまま送り返せば、少しは情報を搾り取れたものを」
クロスランド公爵が頷いた。
「私も同意見だ。
では賠償金は予定通り請求しよう。
聖教会の後片付けはどうなっている?」
「既に元の組織は崩壊していますな。
今は分派に分かれて組織活動をしていますが、思うように信徒を集められないようです。
このまま宗教税で締めあげていけば、遠からず自壊するでしょう」
クロスランド公爵が満足げに微笑んだ。
「予定通りだな。
今後、聖教会の正統後継者は王家ということになるだろう。
次の聖女がどうなるかはわからないが、王家に取り込む形になるかもしれない。
法整備は今のうちに進めておいた方がいいだろう」
「そこは陛下の思惑通り、といったところですかな?
あの方も暗愚に見えて、したたかなお方だ」
クロスランド公爵が軽妙に笑った。
「陛下は決める時は決める方さ。
普段は保身のために、大きな動きを起こさないだけだ。
彼は王家と国家の存続だけを考えておられるからね」
グリーンウッド侯爵が苦笑を浮かべた。
「その切れ味を普段から見せて頂ければ、付いて行く気にもなるのですがね」
「それだけ私たちを信頼しているということさ。
我ら臣下が国を正しく導いて行けばいい。
議長を相手に潰されなかっただけでも、あの方の資質は確かだよ」
「そういうものですかねぇ……。
ま、我らは務めを果たすのみ。
王国を守るためにもうひと頑張りしましょうか」
クロスランド公爵が頷いて立ち上がった。
「では、賠償金の交渉は任せてもらおう。
陛下の承認は私がもらっておく。
戦死者遺族への補償は任せたよ」
「ええ、承りました」
クロスランド公爵は足早に宰相の部屋を出ていった。
グリーンウッド侯爵が小さく息をつく。
今回の戦争、戦死者の一部がクラリスの手によるものだ。
その補償となると、王家の名で手厚く出さねばならないだろう。
ここでしくじると後を引く。
次期王妃と目されるクラリスのためにも、失敗は許されない。
グリーンウッド侯爵は頭を切り替え、仕事に戻っていった。
****
公爵邸のホールでは、盛大な夜会が開かれていた。
私とロディの婚約披露会だ。
ショーン殿下やクラリスたちを始めとした仲間たちが、全員お祝いに駆けつけてくれた。
「綺麗だね、ミレーヌ」
「本当、ミレーヌには大人びたドレスも似合うのね」
今日の私は黒いシックなドレスで身を包んでる。
『さすがに婚約披露会で黒はどうなの?』と思ったのだけれど、思ったより評判が良かった。
「ありがとう、みんな。
でもまだ実感が湧かないわ。
ロディが婚約者だなんて」
ロディは得意げになって胸を張っていた。
「俺は前からミレーヌの婚約者になるつもりだったからな。
これでようやく最初の一歩を踏み出せた感じだ」
「ちょっと、次の一歩はどうなるのよ?」
「そりゃお前、結婚式に決まってるだろ?」
「ロディと婚姻なんてしないわよ!」
フルヴィオが笑いながら告げる。
「でも、婚約ってことはそういうことだろう?」
ジェームズ殿下がロディに尋ねる。
「ちなみにその次の一歩はどうなるんだ?」
「そりゃお前、子供を作ることだろうな!」
私の手が思わずロディの後頭部を叩いていた。
「何を恥ずかしいことを言ってるの!
年齢を考えなさい、年齢を!」
パトリシアがクスクスと笑いながら告げる。
「私たちも十一歳。婚姻ができる十八歳なんて、あっという間よ?
二十歳になる頃には子供だってできるんじゃない?」
思わずロディと一緒に子供を胸に抱いてる自分を想像してしまい、恥ずかしくてうつむいた。
「……そんなこと言われても、実感なんて湧かないし」
クラリスがクスリと笑う。
「誰が最初に子供を産むのかしら。楽しみね」
「みんな気が早くない?! まだ社交界にも出てないのよ、私たち!」
ショーン殿下が微笑んで告げる。
「それもあっという間さ。
私たちは問題ないけど、クラリスとクリスティンは毎日レッスンで大変そうだ。
これからも仲間で集まれるといいんだけどね」
あーそっか。クラリスたちは庶民出身。
聖女修行もろくにしてないし、社交界での振る舞いなんてまったく勉強してない。
覚えることがたくさんあって、大変そうだなぁ。
「そうなると、みんなで遊びに行くのはしばらくお預けかしら」
ショーン殿下が頷いた。
「クラリスたちのレッスンが一段落するまで、遠出は無理だね。
お茶会ぐらいなら開けると思うけど。
たまの息抜きに王宮に集まるぐらいかな」
私はふと気になって尋ねる。
「レッスンもいいけど、聖女の修行はしてないの?
クラリスたち、そのままだと聖女の力が弱いままじゃない?」
クリスティンが苦笑を浮かべて応える。
「今は社交界に備えるのが最優先なんですって。
それが終わったら、少しずつ再開する予定よ」
「大変ねぇ……私たちは小さい頃からやってるから慣れたものだけど。
それをあと二年で覚えるなんて」
ショーン殿下が笑いながら告げる。
「そこまで厳格な作法を覚える必要もないよ。
最低限失礼がなければ、それで充分さ」
ジェームズ殿下もニヤリと笑った。
「特にクリスティンは、そういう細かい仕草が苦手だからな。
私も多くを要求するつもりはない」
クリスティンは珍しく元気なく応える。
「そうしてくれると助かるわ。
覚えることが多すぎて、頭がパンクしそう」
パトリシアが驚いたように告げる。
「あらあら、これは重傷ね。
近いうちにお茶会を開きましょうか。
日頃のストレスをおしゃべりで発散しましょう?」
私たちは賛成の声を上げ、笑顔で笑い合った。
****
夜会が終わり、入浴を終えてベッドに入る。
うーん、ロディが婚約者か。
そりゃあ、ロディはかっこいい奴だと思うけど。
婚姻相手かと言われると、まだ自信がない。
だけど胸のどこかが、今の状況を楽しんでいた。
ロディとなら、私はずっと遠くまで行けるような、そんな予感。
……私はどんな大人になるのかなぁ。
『クラリス』の人生は十八歳で終わっちゃったから、その先は未知の世界だ。
貴族の社交界も、噂でしか知らない。
そこではどんな出会いが待ってるのだろうか。
でもどんな場所でも、仲間たちが居ればきっと大丈夫。そう思える。
邪神様の封印も綻びて、もうすぐ壊れそうな気がする。
邪神様が復活した世界がどうなるのか。
聖神様はその時にどうするのか。
わからないことだらけだ。
未来を知らない怖さ、久しぶりな気がするな。
五歳の『ミレーヌ』は、世界に希望を見い出していた。
十八歳の『クラリス』は、そうでもなかった気がする。
私はどうなるんだろう。
このままロディと婚姻して、家庭を作るのかなぁ。
……近衛騎士団長の妻か。そのくらいなら務まりそうだ。
お父様にお願いして、ロディを鍛えてもらおうかな。
そうすればあいつの夢も、きっと近づく気がする。
……なんで私、あいつの夢を応援しようとしてるんだろう?
変なの!
私は布団を頭からかぶり、なんだか温かい気持ちに包まれながら眠りに落ちた。




