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聖女ですか? いいえ、邪神の巫女です!  作者: みつまめ つぼみ


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20/33

20.聖女との婚約

「お帰りなさいませ、お父様!」


 一か月ぶりに公爵邸に戻ってきたお父様に、思わず抱き着いて行く。


 お父様は幼児をあやすかのように私を抱え上げ、くるくると回った。


「ただいま、ミレーヌ。

 良い子にしていたかい?」


「当然ですわ!

 お父様こそ、良い子にしてらして?」


「私は当然、悪い子だったとも」


 お母様がクスクスと笑みをこぼしながら近寄ってくる。


「お帰りなさい、ヴィンセント。

 それで……どうなりましたか?」


 お父様が私を見上げながら応える。


「何も問題はないよ。

 少し休暇を取ったら、再び貴族院の再編を行うことになる。

 聖教会の解体も進めないといけないね」


「お父様! そろそろ下ろしてくださいまし!」


「――おっと、我が家の淑女がお怒りだ」


 ようやく下ろしてもらえた私は、お父様を見上げて尋ねる。


「私、邪神の巫女であることをばらしてしまいました。

 それでも何も問題がないのですか?」


 お父様が微笑んで頷いた。


「ああ、問題ないよ。

 きちんと陛下にも確認を取ってきた。

 仮に問題になったとしたら、国外に家族で逃げればいい。

 私たち親子を止められる軍隊など、いやしないさ」


 うーん、そりゃあ『近衛騎士団を蹴散らしてたクラリス』と互角の実力なら、そうかもしれないけど。


 私の奇跡も合わせれば、ほとんど無敵と言っても良いかもしれないけども。


 本当に大丈夫なのかな~?


 お父様の手が私の頭を撫でる。


「心配は要らない。

 何か兆候があれば、私が先に勘づく。

 お前もしばらく、ゆっくりするといい」


「えっと、そういうことなら、納得いたしますけど」


 ん? あれ? お父様、少しお痩せになった?


「お父様? 魔法薬は飲まれなかったんですか?」


「あれは怪我人に優先して飲ませていたからね。

 私は怪我をしなかったから、クラリスの相手をし終わってからは飲んでいないよ」


 そんな……希釈魔法薬ぐらい、口にしてもいいだろうに。


 こういうところ、お父様は変に意地っ張りな気がする。


 お母様が私に告げる。


「さぁミレーヌ、あなたは部屋へ戻りなさい。

 疲れているヴィンセントを休ませてあげましょう」


「――あ、それもそうですね。

 では、失礼いたしますわ」


 私は淑女の礼を取り、足取りも軽やかに階段を上って部屋に戻った。





****


 国王の私室に、ショーン王子の姿があった。


「父上、お呼びでしょうか」


「ショーン、クロスランド公爵が帰還した。

 ついては以前からの話を先に進めようかと思っている」


 ショーン王子が小首を傾げた。


「以前からというのは? なんのことでしょうか」


 国王が呆れたように告げる。


「お前がクラリスとの婚約を望んでいたのだろうが。

 今の聖教会に聖女クラリスを置いておくと、何をされるかわからん。

 『婚約のために王宮に滞在してもらいたい』という名目で、お前が連れて来い」


 ショーン王子の顔がパッと華やいだ。


「――では、クロスランド公爵が許可を出したのですか?!」


「いや、それはまだだ。

 私から話を切り出すのが難しかったのでな。

 だからショーンよ、クラリスと共にお前がクロスランド公爵から許可をもらって来い。

 私が直接言うより、子供のお前たちの方が角が立つまい」


 ショーンが眉をひそめて尋ねる。


「しかし、クラリスは洗脳されていたとはいえ、王国騎士を何人も手にかけています。

 そんなクラリスを王家に迎えて、問題はないのでしょうか」


「ない訳がない。

 次期王妃が疵物であることを、お前は覚悟せねばならん。

 必ず貴族たちや遺族たちからの反発が出る。

 だが、その程度に屈する様では婚姻など最初から分不相応と知れ」


 ショーン王子が国王の言葉を口の中で噛み締めた。


「……わかりました。

 ではクラリスを迎えに行ってまいります」


 ショーン王子が辞去し、部屋を去っていった。


 私室に居た王妃が国王に尋ねる。


「ショーンは大丈夫でしょうか」


「あの子はお前に似て賢い。問題はあるまい」


 国王は王妃の手に手を重ねた。


 王妃は頷き、国王に体を預けた。





****


 聖教会前は、緊張感に包まれていた。


 メッシング大司教殺害の犯人がわからないまま、一か月が経過している。


 再び襲撃されることのないように、私兵たちはピリピリとした空気で周囲を警戒していた。


 そんな聖教会前に、ショーンを乗せた王家の馬車が止まった。


 護衛は最低限の騎兵が六人。


 ショーンが馬車を折り、聖教会前の私兵に告げる。


「クラリスに会いに来た。現在の責任者は誰か」


 私兵たちが顔を見合わせて相談し合う。


 大司教亡き後、次の大司教の座を巡って激しい抗争が繰り広げられていた。


 複数の派閥が権利を主張しあい、現在の聖教会に主導者と言える人間が居ないのだ。


 私兵たちの様子でそれを察したショーン王子が、彼らに告げる。


「では、クラリスの身柄を預かっているのは誰か。

 今回は婚約の件で話をしに来た。

 『クラリスを王宮に迎え入れたい』とその者に伝えよ」


 私兵の一人が頷き、中へ駈け込んでいった。



 しばらくショーン王子が待っていると、一人の司教が姿を現す。


「お待たせしました、ショーン殿下。

 私はマスラニー司教と申します。

 それで、『聖女クラリスを預かりたい』とのことですが……本気ですか?」


 ショーン王子が頷いて応える。


「父上から話を進める許可は頂いた。

 これからクロスランド公爵と直接話し合い、婚約の切り替えを交渉する。

 そのためにもクラリスは王宮で身柄を預かりたい」


 マスラニー司教の目が、計算高くショーン王子を値踏みした。


「……聖女クラリスは罪人、その意識はありますかな?」


「彼女に罪はない。あれは不可抗力だ。

 それでも責める者がいるなら、彼女をかばうのが私の役目だ」


 しばらく思案してから、マスラニー司教が微笑んで頷いた。


「そういうことでしたら、聖女クラリスをお引渡ししましょう。

 これを機に、私とも是非懇意にして頂ければありがたく存じます」


「考えておく」


 そっけないショーン王子の言葉に、マスラニー司教が小さく舌打ちをした。


「……おい、聖女クラリスを連れて来い」


 私兵が三人頷き、聖教会内部へと歩いて行った。





****


 公爵邸に向かう馬車の中で、クラリスは安心したように息をついた。


「ようやく息苦しい場所から逃げられました。

 もうあそこは聖神様を信仰する場所ではありませんね。

 あれでは信徒も、逃げる一方でしょう」


 ショーン王子が苦笑を浮かべて応える。


「やはり、そこまで酷いのか。

 マスラニー司教も大概だが、他の司教も大差はなさそうだな」


「どんぐりの背比べですね。

 誰もが聖教会を率いる力を持たず、足を引っ張り合ってます。

 せめて協力し合えば、立て直すことも可能でしょうに」


 ショーン王子がクラリスの手に手を重ねた。


「そんな場所から君を救いだせて、ホッとしている。

 だがこれから、私たちはクロスランド公爵と交渉しなければならない。

 私たちの未来のため、一緒に戦ってくれるか」


 クラリスが微笑んで頷いた。


「そう仰ってくださるなら、どこまでも」


 微笑みあう二人は、固い決意を新たにして馬車に揺られていた。





****


「ミレーヌお嬢様、旦那様が応接間でお呼びです」


「応接間で? 何かしら」


 私は読んでいた本を閉じ、椅子から立ち上がった。


 スカートの裾を直すと、ゆっくりと歩きだす。


 確か、先ほど馬車の音がしていた。


 でも、戦場から帰ったばかりのお父様に会う人なんているんだろうか。



 応接間のドアをノックして中に入る。


「失礼します。お呼びでしょうか、お父様」


 客人は私に背中を向けて座っている。


 子供のような姿――っていうか、ショーン殿下とクラリス?!


 驚く私に、お父様が微笑んで告げる。


「お前は私の横に座りなさい。

 ――さぁショーン殿下。お話であれば伺いましょう」


 私がお父様の横におずおずと座ると、緊張した様子のショーン殿下が口を開く。


「父上から許可を頂いて話をしに来た。

 ミレーヌとの婚約を解消し、新たにクラリスと婚約したい。

 今なら、時期は悪くないはずだ」


 ――話って、そのこと?!


 思わず口を開けた私に、クラリスが頭を下げて告げる。


「ごめんなさい、ミレーヌ。

 あなたのパートナーを奪ってしまうことになって」


「そんな……それは前から織り込み済みですもの。

 クラリスが気にすることじゃないわ」


 お父様が低い声で告げる。


「それでショーン殿下、あなたは我が娘ではなく、聖女クラリスを妃とする――その考えで間違いないかな?

 聖女クラリスが背負うものも、すべて理解しているのか。

 今ならまだ、話を聞かなかったことにできるが」


 ショーン殿下は真っ直ぐお父様を見つめ返した。


 膝に置いた手が、細かく震えている。


 その手にクラリスが手を重ね、彼女もお父様を強い眼差しで見据えた。


「私が何を背負っているのか、それは誰も教えてくれません。

 ですがどんな厳しい道でも、私は耐えてみせます。

 ショーン殿下と共に歩めるのなら、何も怖くありません」


 殿下の手がクラリスの手を握り返す。


「クロスランド公爵、私たちの意思は翻らない。

 聖教会が崩壊寸前なのも確認してきた。

 王家が聖女を取り込んでも、利権が生まれることはないはずだ」


 お父様が足を組み替えて告げる。


「聖女クラリスの罪をはっきりさせずに話を進めるのは、アンフェアというものだろう。

 戦場で私が見てきたクラリスの行い、その全てを語らせてもらう。

 その上でなお、二人の気持ちが揺るがないのであれば――私も応じよう」


 私は思わず声を上げる。


「お父様?! 知らずに済むなら、教える必要はないじゃありませんか!」


 お父様は私に応えず、黙って二人を見据えていた。


 ショーン殿下が頷く。


「いいだろう、公爵。彼女に伝えてやって欲しい」


 お父様がニヤリと微笑み、ぽつりぽつりと話をしだした。


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