14.私たちの友情
月夜の森を子供たちで突っ切っていると、周囲を黒ずくめの男たちが囲むように並走を始めた。
ショーン殿下たちに緊張が走る――でも、彼らは剣を抜いていない。
「大丈夫! 彼らはお父様の部下よ!」
守りは八人。ある程度の数なら対応できるはずだ。
あとはどれだけ敵が暗殺者を送り込んでるか次第!
「みんな、死ぬ気で走って!」
男子が女子をかばいながら、必死に私とショーン殿下に付いてくる。
湖畔を半周した辺りで、私は木陰に隠れて座り込んだ。
息を整えていると、並走していた男性たちが周囲を警戒するように散開した。
女子たちはまだ、しゃべる元気がないみたいだ。
いち早く回復したロディが私に尋ねる。
「なぁ、あれはなんだったんだ?」
「あれは、たぶん、議長派閥じゃ、ないかしら」
でもだとしたら、これで議長を追い詰めることもできる。
息が整ったクラリスが、私の肩を掴んでくる。
「ねぇミレーヌ、あなたのさっきの力はなんなの?!」
私はクラリスから目をそらしながら応える。
「力って? なんのことかしら?」
「とぼけないで! あの金色の光よ!
あれは毎晩、私の体を癒してくれた光よ?!」
うーん、どうやってごまかすか……。
ふと気が付くと、子供たち全員が私を見つめてきていた。
……そっか、全員に見られてるんだもんなぁ。
ショーン殿下が真面目な顔で私に尋ねる。
「ミレーヌ、あの力はなんだったんだ?
なぜ君がそんな力を持っているんだ?」
「えーっと……今は何も教えられないの。
それにこの力のことも、他人に知られる訳にはいかない。
だからみんな、お願いだから誰にも言わないで」
ジェームズ殿下が私に尋ねる。
「もしも言ったらどうなるんだ?」
その首筋に、周囲の男性が剣を抜いて刃を当てた。
ジェームズ殿下がゆっくりと両手を上げて告げる。
「……なるほど、クロスランド公爵が抹殺するってことか」
私は申し訳なくなってうつむいて応える。
「ごめんなさい。私ではなく、お父様の意思なの。
お父様は目的のためなら手段を択ばない人。
たとえ殿下たちでも、命を奪うのをためらったりはしないと思うわ」
パトリシアがため息をついて告げる。
「言わないわよ、こんなこと。
私たちの命の恩人だもの。
あのままだったら、私たちも殺されていただろうし」
クラリスも頷いた。
「私とクリスティンを守ってくれてたのは、聖神様じゃなくミレーヌだったのね」
「……それにも応えられないの。ごめんなさい」
ロディがフッと笑って告げる。
「俺たち八人、身分は違えど仲間だろ?
大人の思惑なんて忘れちまえよ。
俺たちは俺たちの友情で秘密を守ればいい」
みんなが私に向かって頷いた。
それと同時に、ジェームズ殿下に突き付けられていた剣が納められた。
「みんな……ありがとう」
ショーン殿下がコテージを見据えながら告げる。
「まだ争いは続いてるみたいだ。
この分だと、ここで野宿だな」
クリスティンが芝に寝そべりながらつぶやく。
「まさか、ネグリジェで野宿なんてするとは思わなかったわ。
火も起こせないし、風邪をひかないかしら」
周囲の男性の一人がコテージを見ながら告げる。
「……いえ、趨勢は決まりました。
もうコテージに戻っても大丈夫です」
私は眉をひそめて尋ねる。
「ほんとに?」
「ええ、我々が守っていますから」
ショーン殿下が立ち上がって告げる。
「プロがそう言うんだ。戻ろう」
みんなで頷き、立ち上がった。
それでも周囲を警戒しながら、私たちはゆっくりとコテージへと戻っていった。
****
襲撃者の手段を捕縛し終わった組織のリーダーが、部下に尋ねる。
「こいつらの身元は?」
「いえそれが……どうも国外の人間のようです。
言葉が通じません」
リーダーが舌打ちをした。
「小癪な。足がつかないように手を打っていたか。
なんでもいい。ともかく連れ帰るぞ。
予備部隊を呼び出して拠点に連行しろ」
部下が頷き、駆け出していった。
捕縛された連中に、自害する気配はない。
技量も中の上、数に物を言わせた襲撃だ。
本格的な暗殺集団ではないと判断した。
フリーランド伯爵夫人や従者たちも無傷、手勢も手傷を負ったのが若干名。
被害は軽微だったと言える。
――後は手掛かりさえ手に入れば文句はなかったのだが。
さすがは老練の議長と言ったところだろうか。
簡単に尻尾を掴ませてはくれないらしい。
しばらくして子供たちがコテージに戻ってきた。
リーダーは手勢の半分を残し、予備部隊と共に捕縛した連中を連行していった。
****
翌朝、冷え込みと共に目が覚める。
冷気の元を見ると、窓が割れっぱなしだった。
そっかー、襲撃された後、補修してなかったからなぁ。
ベッドの中から動けないでいると、従者がドアをノックした。
仕方なくベッドから出て鍵を開けると、従者の女性がホッとしたように微笑む。
「ご無事でしたか。良かった」
「大丈夫よ、お父様の護衛が付いてますもの」
従者が暖炉に火をくべると、間もなく部屋に暖気が立ち込めていく。
カーテンを閉め、みんなを起こして着替えを済ませていった。
****
朝食を外のテーブルで食べながら周囲を見回す。
とても殺し合いがあったとは思えないほど、平和な湖畔が広がっていた。
クラリスとクリスティンを見ると、とても眠たそうにしていた。
「こうして癒しの光を浴びない朝を迎えると、普段どれだけ恩恵を受けていたかわかるわね……」
クリスティンも黙って頷いていた。
そっかー、邪神様の癒しってそこまで疲労を取ってたのか。
サービス良すぎるんだよなぁ、邪神様。
私も夜中に起きて奇跡を祈らない日は久しぶりなので、襲撃後だけどいつもより元気な朝を迎えている。
ショーン殿下が元気な私と眠そうなクラリスたちを見比べ、クスリと笑みをこぼした。
「ミレーヌ一人だけ元気だね」
「あら、ロディも元気そうですわよ?」
フルヴィオが欠伸をする隣で、ロディは勢いよく朝食を口の中に放り込んでいた。
「あー、俺は丈夫にできてるからな。
これでも未来の近衛騎士団長様だぜ?」
私は呆れながら応える。
「言うだけならタダよね。
あなた、そんなに剣の腕が立つの?」
「馬鹿だなぁ、騎士団長ってのは剣の技量だけで決まるんじゃない。
統率力ってものがものを言うんだ」
私はため息交じりで告げる。
「あのね? 昨晩最もそれを発揮したのショーン殿下よ?」
「そうか? 俺たちが結束を固めたのは、俺の一言がきっかけだろ?」
う、それを言われるとそうかもしれないけど。
そう自信満々に言われると『そうかも?』と思ってしまうから不思議だ。
フリーランド伯爵夫人が苦笑を浮かべて告げる。
「はいはい、そこまで。
昨晩は予定外の襲撃があったから、今日は予定を切り上げて帰りますからね。
食事を終えたら、帰り支度を始めますよ」
子供たち――特にクラリスとクリスティンから大きな不満の声が上がった。
ショーン殿下が困ったような笑みで告げる。
「王宮に戻ったら、談話室で時間を潰そう。
夜まで聖教会に戻らなくても構わないだろう」
それを聞いたクラリスたちが、顔を見合わせてハイタッチしていた。
……クラリス、明るくなったなぁ。
そういえば前世の『クラリス』には、友達らしい友達も居なかったっけ。
同年代で打ち解け会える仲間って大事なんだな。
帰り支度を終えた私たちは、往路と同じ組み合わせで馬車に乗りこんだ。
私たちは楽しく言葉を交わし合いながら、王宮を目指して帰路についた。
****
グリーンウッド侯爵の執務室に、クロスランド公爵が訪れていた。
人払いされた部屋で、互いにソファに座り紅茶を口にしている。
「クロスランド公爵、敵に動きがあったと聞いたが」
「確かにあった。殿下たちが行楽に出かけたところを狙われた。
部下の報告から察するに、狙いは子供たちの抹殺だろう」
グリーンウッド侯爵の眉が跳ねあがった。
「では、尻尾はつかめたのか?」
クロスランド公爵が肩をすくめた。
「二重三重に迂回して刺客を手配していたようだ。
あれを追うには、国外で追跡調査をする必要がある。
手の者は派遣しているが、おそらく追いきれまい」
「そうか……だが被害が出なかったのなら幸いか」
「――そうでもないぞ?
派閥議員の家族が襲撃され、命を落とした。
議長め、手段を択ばなくなって来たな」
もちろん有力貴族は、身を守る兵力を連れ歩いている。
そこまで力を持たない貴族の家族が今回狙われた。
この事件で、派閥議員が中立派に鞍替えする動きが出始めた。
クロスランド公爵の子飼い組織も、さすがに派閥貴族を家族も含めて守るほどの手勢はない。
無作為に狙われれば、防ぎようがなかった。
グリーンウッド侯爵が眉根を寄せて告げる。
「だが、証拠がなくても犯人は明白だろう」
「証拠がなくば、あの議長を追い詰めることはできんさ。
これは警告だろう。
これ以上議長派閥を切り崩せば、さらに悪辣な手段に出かねない」
グリーンウッド侯爵が手を組んでため息をついた。
「……それで、どうする気だ?」
クロスランド公爵は微笑みながら紅茶を口にする。
「今は互角――そう思わせておくさ。
切り崩し戦略は一時停止、ただし牽制は入れていく。
議長が互角だと思っているうちに、足元から勝手に崩落する」
グリーンウッド侯爵がニヤリと微笑んだ。
「仕掛けは充分、といったところか」
「むしろ、議長の自爆だろう。
聖教会との断裂は不可避となった。
あとは潰し合いが発生し、互いに消耗するだけだ」
グリーンウッド侯爵が頷くと、クロスランド公爵が立ち上がった。
何も言わず立ち去る公爵の背中は、勝利を確信していた。




