13.水遊び
昼休憩を挟んだ午後二時、私たちは湖畔のコテージに到着した。
従者三名が忙しく動き回る中、フリーランド伯爵夫人が私たちに告げる。
「今夜の夕食は、あなたたちが自力で取るのよ?
素材は湖にたくさん生息してますからね」
ロディ以外の子供たちが不満の声を上げる。
「そんな! 自分で取るんですか?!」
私の声に、ロディが得意げに応える。
「魚くらい簡単に取れるぞ?
俺が六人分捉まえてやろうか?」
ジェームズ殿下が負けん気を発揮して声を上げる。
「ロディにできるなら、私にだってできる!」
「お、やりますか殿下。じゃあ勝負と行きましょう!」
ロディが荷物の中から銛を二本取り出し、片方をジェームズ殿下に手渡した。
「夕食までに何匹獲れるか、多い方が勝者ってことでどうです?」
「いいだろう、乗ってやる!」
ロディとジェームズ殿下が上着と靴を脱ぎ出し、薄着になって湖に駆けていった。
ショーン殿下が乾いた笑いを浮かべる。
「ジェームズの奴、すぐムキになるんだから」
私は微笑んで告げる。
「やりたい人たちに夕食は任せてもよろしいのではなくて?
私たちは浅瀬で水遊びでも致しましょう。
――さぁクラリス、クリスティン、パトリシア。行きましょう?」
コテージで待機していた従者たちに付き添ってもらい、コットンのドレスに着替えていく。
クラリスとクリスティンは、コットンのワンピースに着替えていた。
ショーン殿下やフルヴィオも軽装に着替え、六人で浅瀬に向かっていく。
「わぁ、水が冷たい!」
「この辺りは暑気が少ないですわね」
クラリスとクリスティンは、昔を懐かしむように水かけ遊びを始めた。
ショーン殿下やフルヴィオも水かけに参加していく。
私とパトリシアは少し離れ、足を水に浸して過ごしていた。
「何を気取ってるんだよ、二人とも!」
横からロディが思いっきり水を蹴りかけてくる。
不意を打たれた私とパトリシアは、頭から水を浴びていた。
「――ちょっとロディ! レディに何をするのよ?!」
ロディが得意げに鼻の下をこすった。
「俺たち子供だろ? 大人みたいに澄まして過ごすんじゃなく、子供らしく水遊びしようぜ!」
すっかり水に濡れて、下着も透けてしまっている。
もうこうなったら、これ以上濡れても変わりはしない。
「――ロディ! そこを動かないで!」
私とパトリシアは頷くと、二人で水をロディにかけて回った。
逃げ回るロディはあっという間に遠くの浅瀬まで駆け抜けていく。
ジェームズ殿下もその辺りで、魚を狙って銛を構えていた。
どうやらあの辺りに魚が集まってるらしい。
となると、追いかけると夕食が減っちゃうな。
――く、ロディめ~! 頭脳プレイのつもり?!
悔しくて口を歪めていると、横からクリスティンが私たちに水をかけてきた。
「アハハ! 隙だらけよ、二人とも!」
「――やったわねクリスティン! お返しよ!」
私たちは六人でマナーも忘れ、ずぶぬれになるまで水をかけあって遊び続けた。
****
湖畔の森の中、黒ずくめの軽装に顔を布で隠した男たちが息を殺して子供たちを見張っていた。
それぞれが黒塗りの長剣を携え、コテージ周辺の様子を窺っている。
斥候役の男が戻り報告を上げると、リーダーの男が頷き、手で合図を送った。
それに応じるように数十人の男たちが湖畔の左右に散開していく。
リーダーはその場で動かず、静かに子供たちに視線を注いでいた。
****
暗くなる前に私たちは浅瀬から引き揚げ、従者からタオルを受け取っていた。
十八歳の『クラリス』の記憶がある私には、下着が透けるのが少し恥ずかしく感じる。
だけど八歳のクラリスやクリスティン、パトリシアは特に気にする様子もなく顔を拭いていた。
まぁ、透けてもお子様下着なんだけどね。
男子たちも女子の下着に興味を示した様子がない。
婚約だなんだと口にはしても、所詮はまだまだお子様集団だ。
フリーランド伯爵夫人が女子たちに告げる。
「そのままだと風邪を引くわ。
着替えも持ってきているのでしょう?
コテージで着替えてらっしゃい」
「はーい」
私たちは素直にコテージに入り、濡れた服を脱いでいく。
従者たちが濡れた身体を拭いてくれてから、新しい下着とドレスに着替える。
パトリシアが清々しい笑顔で告げる。
「庶民のように遊ぶのって楽しいわね!」
「ええ、たまには悪くないわね」
クラリスとクリスティンも気持ちよさそうだ。
「こんなに遊んだのは久しぶりよ!」
「あら、姉様がそこまで喜ぶなんてよっぽどね」
四人でコテージを出ると、外では大きな網の下で火をおこし、その上で魚や野菜を焼いていた。
ショーン殿下とフルヴィオは、水遊びの姿のまま火の傍で体を乾かしている。
私は二人に近づいて告げる。
「男子はいいわね、そうやって気楽に乾かせて」
フルヴィオがのほほんと応える。
「女子だってこうやって乾かせばよかったじゃないか。
わざわざ着替える手間が面倒じゃない?」
「そういう訳にはいかないのよ、女子は!」
パトリシアが呆れたように告げる。
「少なくとも、公爵令嬢のミレーヌ様にはできないことね」
クリスティンは魚の匂いを嗅ぎながら告げる。
「私と姉様は火で乾かしても良かったんだけどね」
クラリスが魚の数を数えながら尋ねる。
「えーっと……全部で二十匹以上?
殿下とロディ、どちらが勝ったのかしら」
ジェームズ殿下がうつむき、ロディがニカッと微笑んだ。
「十匹以上を俺が取ったんだぜ!
途中で数を数えるのを止めちまった!」
ジェームズ殿下がぼそりと告げる。
「私は五匹しか獲っていない。
つまりロディの勝ちだ」
まぁここ、ロディのお父さんの領地だしなぁ。
普段から遊びに来てるのだろう。
クリスティンがジェームズ殿下の背中を音がなるほど叩いた。
「男が小さいことでめそめそしない!
今回負けたなら、次回勝ちなさい!」
「あ、ああ……」
ショーン殿下がクラリスに尋ねる。
「彼女はいつもああなのか?」
「ええ、そうですね。クリスティンはああいう子です」
王子相手でも遠慮なく意見を伝える。
そういう所が、きっとジェームズ殿下の琴線に触れたのだろう。
彼はまんざらでもない表情でクリスティンと微笑みあっていた。
賑やかな夕食が済むと、全員でコテージに戻っていく。
子供たちのベッドルームは隣同士だけど、さすがに男女別だった。
「おやすみなさい、みんな」
「ああ、おやすみ」
私たちの挨拶が交わされて行く。
ベッドに潜り込むと従者が明かりを消し、部屋から出ていった。
女子たちはゆっくりと起き上がり、ひそひそと会話を続けていく。
「クラリス、今日はどうだった?」
「とっても気持ちよかったわ!
聖教会の外に出てこれるのなんて、夢のよう!」
「姉様、声が大きいわよ?
でもほんと、ようやく息抜きができた気分ね。
最近はノルマがきつくて嫌になっちゃう」
パトリシアがきょとんとした顔で尋ねる。
「ノルマって?」
「『一日二十五本の聖水を作れ』って。
そんなの無理に決まってるじゃない。
でも作れないと眠らせてくれないの」
私もクリスティンに尋ねる。
「無理なのに、どうやってやり過ごしてるの?」
クラリスがおずおずと手を挙げた。
「私が五時間、延長して聖水を作ってるわ。
クリスティンじゃ五時間かけても一本作れるかどうかだもの」
前は十時頃に解放されるって言ってたっけ。
……あれ? ということは今は午前三時まで聖水を作ってるの?
「ねぇクラリス、それでよく生きてるわね……」
クラリスが声をひそめて応える。
「それがね? 零時頃になると、体を金色の光が包んでるの。
その光に包まれると、疲れが全部消えていくのよね。
あれってなんなのかしら……」
――やっぱり、私の『邪神様の奇跡』が見られてる?!
「そ、そう。不思議なこともあるものね」
焦って話題を変えようと視線を巡らせると、窓の外で何かが煌めいた気がした。
よく目を凝らして暗闇を見つめてみる――月明かりの下で、大勢の大人が切り合っていた。
「なに……あれ……」
黒ずくめの集団が二手に分かれて、殺し合いをしている。
その一群から飛び出た数人が、真っ直ぐこの部屋の窓を目掛けて駆け寄ってきた。
「――いけない! みんな逃げて!」
私は戸惑う三人を無理やりベッドから引きずり下ろし、急いで部屋から飛び出した。
あれはきっと、私たちや王子を狙ってる!
部屋を飛び出た私たちは男子たちの部屋のドアを激しく叩く。
「起きて! ここを開けて!」
返事がない――まさか。
ドアノブを回してみるけど、中から鍵がかけられている。
同時に、男子の部屋の中から窓ガラスが割れる音――迷ってる暇はない!
私は邪神様への祈りで鍵を開け、ドアノブを回した。
「――みんな、無事?!」
中では黒ずくめの男たち三人が殿下たちを守り、それを取り囲む五人がこちらに振り向くところだった。
――邪神様、守りの奇跡を!
私を包み込むように金色の膜が輝き、その膜ごと私は取り囲む男たちを弾き飛ばしていく。
二人ほど取りこぼしたけど、その二人は殿下たちを護衛する男たちが切り伏せていた。
驚く殿下たちの手を掴み、私は叫ぶ。
「殿下、逃げるわよ! ――そこの人たち、後を任せたわ!」
私は子供たちを連れ、コテージの外へ向かい駆け出していった。




