12.いざ行楽地へ
秋になる頃、ショーン殿下とのお茶会で彼が告げる。
「どうやらクロスランド公爵が私たちの望みを叶えてくれたらしい」
私はきょとんとしながら尋ねる。
「と、おっしゃると? どういうことですか?」
「聖教会から、『毎週末に聖女を王宮に派遣したい』と申し出があった。
私はこれに応じようと思う。
ミレーヌ、君の意見はどうだい?」
私は微笑んで応える。
「それならば、以前と同じメンバーを揃えて迎えてあげるべきでしょう。
毎週一泊二日で王宮に遊びに来させれば、彼女たちの気晴らしになります。
食事事情も改善するでしょうし、断る理由はありませんわ」
ショーン殿下が頷いた。
「では『一泊二日でなら応じる』と返答しようと思う。
彼女たちも、毎回慌ただしく帰っていては気が休まらないだろうしな」
「それがよろしいかと」
お父様の話では、聖水流通はかなり魔法薬に押され気味だと聞く。
そこで聖水流通量が目減りしてでも、王家との縁を深めておきたいという算段だろう。
彼らは短期間のうちに婚約成立に持ち込みたいはず。
ジェームズ殿下は、すぐにでも応じたいところだろう。
ショーン殿下は、お父様が頷き次第。
あとはクリスティンがジェームズ殿下と一緒になってショーン殿下を暗殺しないか、それだけを気にかけていればいい。
あの二人はちょっと操られやすいタイプだからなぁ。
早めに交流を深めて、こちら側に取り込んでおかないと。
私は紅茶を一口飲んでからショーン殿下に告げる。
「それで、いつから開始されるかは決まってまして?」
「おそらく『応じる』と打診すれば、すぐにでもクラリスたちを寄越すと思う。
議長派閥も聖教会利権を守ろうと必死のようだ。
クロスランド公爵は宗教税を推し進めつつ、その陰で議長派閥の利権を切り崩し続けているように見える。
敵に回すと、実に恐ろしい政治家だね。君の父上は」
私は苦笑を浮かべながら応える。
「お父様を敵に回して生きていた人なんて、私も知りませんからね」
――尤も、『クラリス』の記憶の中では別なのだけれど。
さすがのお父様も、邪神崇拝者として異端審問されれば勝ち目はなかった、ということかな。
前世では聖教会の影響力も強かったみたいだし。
そう考えると、お母様の命を救えたのは本当に大きかった。
あのお父様の目が曇るほど、お母様に対する愛は深くて強い。
聖教会が聖女入れ替えで無力な期間に失われたお母様の命――それを取り戻そうと邪神崇拝にまで手を出したお父様。
そんなお父様を助けたい一心で邪神の巫女となった前世のミレーヌ。
ほんのわずかなボタンの掛け違いで、こんなに大きな差になるなんて。
だからこそ、私の持つ邪神様の奇跡は隠し通さないと。
私が改めて気を引き締めていると、ショーン殿下が私に告げる。
「そこで相談なんだが、せっかくの一泊二日なんだ。
どうせなら王宮以外にクラリスたちを誘ってみないか?」
「他にどこか当てありまして?」
「ロディの領地には湖があるんだ。
そこの傍にコテージがあるらしい。
まだ暑気が残るし、水遊びも悪くない」
私は口元を抑えて応える。
「淑女を水遊びに誘いましたの? 本気でして?」
「それは……ハハハ、さすがに君たちにまで水に入れとは強制しないよ」
私はジト目でショーン殿下を見つめた。
「それはそれで、仲間外れみたいで嫌ですわ。
――構いませんわ。コットンのドレスでも用意すれば、水遊びくらいはできるでしょう」
「えっとその……無理を言ってしまったみたいで、すまない」
私はニコリと微笑んだ。
「殿下のためではございません。
クラリスとクリスティンのためですわ。
あの二人なら、喜んで水遊びに興じるでしょう。
あの子たちだけを男子の中に残すことなんて、できませんもの」
ショーン殿下がバツが悪そうに告げる。
「本当にすまない、気を使わせて」
「お気になさらず。好きでやることですから」
私たちは苦笑を交わし合い、紅茶を一口飲んだ。
****
翌週末、さっそくクラリスたちが王宮に来ることが決まった。
今回はロディの父親、フリーランド伯爵の領地ということで、お目付け役はフリーランド伯爵夫人が勤めることになった。
早朝の王宮に子供たちが集い、フリーランド伯爵夫人が告げる。
「では四人一組で馬車に乗って頂戴。
男女に分かれて――というのは、少し野暮かしら?」
男子四人に女子四人。普通に考えれば男女に分かれるべきだろう。
だけど今回クラリスたちは、ショーン殿下やジェームズ殿下と親睦するのが目的だ。
それを察したフリーランド伯爵夫人の『粋な計らい』というところだろう。
ショーン殿下が頷いて告げる。
「では私とロディ、ミレーヌとクラリスで同じ馬車に乗ろう」
ジェームズ殿下が続いて告げる。
「じゃあ私とクリスティン、フルヴィオとパトリシアで同じ馬車だな」
私がそれに手を挙げて異を唱える。
「私が一緒では、ショーン殿下が気兼ねしてしまいますわ。
――フルヴィオ、パトリシア。私とロディが変わります」
フルヴィオが目を見開いて応える。
「いいのかい? ショーン殿下とミレーヌ嬢は婚約者だろう?」
「構いませんわ。ショーン殿下を信じておりますもの。
一線を超えるような真似はなさいませんよ」
ショーン殿下が苦笑を浮かべた。
「気を使ってもらって済まない、ミレーヌ。
今回はありがたく厚意に甘えたい」
ショーン殿下がクラリスの手を取った。
「さぁクラリス、馬車へ乗ろう」
「でも……」
クラリスが横目で私を見てくる。
それに私は微笑みで応える。
「いずれは解消される婚約、気にすることはありませんわ」
ショーン殿下とも目配せをして頷き合う。
――これは前もって打ち合わせて置いたこと。
私たちがそれぞれ、クラリスやクリスティンと同乗する。
こうして彼女たちの心情を聖教会から引き剥がしていく。
疑われないよう、時間をかけて。
酷使されているクラリスたちは、優しくされれば簡単にお父様派閥に心情が移るだろう。
早期に彼女たちの心をしっかりとこちら側に持ち込めば、イレギュラーが起こる危険性も減らせるはず。
こうして私たちは三台の馬車でフリーランド伯爵領へと向かった。
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バンライク議長は執務室で思案に暮れていた。
情勢は明らかに劣勢。
聖教会利権を守りながら議長派閥の利権を守る――不可能に近い。
それほどクロスランド公爵の攻勢は緻密で隙のないものだった。
となると、打つ手は一つだけ。
聖教会利権の切り捨てだ。
クロスランド公爵を抹殺できるなら、聖教会が滅んでも構わない。
丁度今頃、聖女を含む子供たちがフリーランド伯爵領に行楽に出かけているという。
王子は片方残れば良い。あるいは両名とも命を落としても、王家の存続はどうとでもなる。
直系ではなくなるだろうが、外戚から養子を取ればよい。
子供たち全員の命を奪い、その責任をクロスランド公爵に追求する。
今回の発端はそもそも、クロスランド公爵令嬢の発案だったと聞く。
貴族院に残る議長派閥の力、そしてボンクラの国王を操れば、公爵の責任追及も容易だろう。
王子二人の命を失う失態の責任――死罪以外にはありえまい。
今、クロスランド公爵の目は議会に向いている。
まさか行楽に向かった娘たちが命を落とすとまでは考えてはいまい。
メッシング大司教は怒り狂うだろうが、落ち目の聖教会が聖女まで失えば、もう恐れる相手でもない。
残ったバンライク議長が一人で総取りして、このゲームは終了だ。
算段を終えたバンライク議長の口が、嫌らしく歪んだ。




