11.錯綜する思惑
子供たちのお茶会はなんと、夜まで続いて行った。
内庭を夕方で切り上げたあと、会場を談話室に移した。
内庭のように走り回ることはできないけど、クラリスやクリスティンを中心に会話が弾んでいった。
彼女たちも会話に飢えていたらしく、打ち解けると日頃のうっぷんを晴らすかのように話し続けた。
夕食も出され、クラリスたちは思う存分食事を楽しんでいた。
八時になる頃、聖教会からの使者がクラリスたちを迎えに来た。
ショーン殿下が舌打ちをして告げる。
「さすがに長時間過ぎたかな」
「いいのではなくて?
下手に早い時間に帰しても、聖水作りをさせられるだけですわ。
それよりもクラリスたちに殿下たちと仲良く遊んだことを報告させませんと」
ショーン殿下が頷き、クラリスたちに告げる。
「クラリス、クリスティン。
君たちは今日、私やジェームズと親密になった。
そう聖教会に報告するんだ。
そうすればきっと、今後の待遇が良くなるはずだ」
クラリスがきょとんとした顔で尋ねる。
「それだけで待遇がよくなるのでしょうか」
ジェームズ殿下がニヤリと告げる。
「少なくとも、私はクリスティンとの婚約に前向きだ。
父上にもそう報告を上げる。
クラリスの待遇がどうなるかは、聖教会次第だがな」
ショーン殿下がそれに続く。
「私も『ミレーヌとの婚約解消を視野に入れている』と伝えて構わない。
実際にクロスランド公爵がどう対応するかはわからないが、何も言わなければクラリスのみが次回から居残りとなる。
聖教会にはクラリスとクリスティン、両方が私たちに見初められたと思わせるべきだろう」
クリスティンが私を見据えて告げる。
「ミレーヌはそれで構わないの?
姉様にショーン殿下を奪われるのよ?」
私は苦笑を浮かべて応える。
「私の名誉は傷つくかもしれないけれど、あなたたちの健康のためにはその方が良いと思うの。
あとはお父様次第だけど、本当に婚約を切り替えることになっても、恨むことはないわ」
「ふーん、あなたってお人好しなのね」
クラリスがあわてて声を上げる。
「クリスティン、言い過ぎよ?!」
「だって本当のことじゃない。
公爵令嬢が聖女に婚約者を奪われるとか、結構な醜聞だと思うけど」
本当にクリスティンは遠慮がない。
どこか懐かしい気持ちになりながら私は微笑んだ。
「醜聞なんて大した問題じゃないわ。
あなたたちが健康を損ねることに比べたらね」
「……変な人ね、あなた」
「あなたもね、クリスティン」
私たちは微笑みを交わし合った。
『クラリス』の時の記憶で、クリスティンの性格もよくわかってる。
この子は正直に気持ちを打ち明ける人間に好意を示す。
クラリスのように気持ちを隠す人間を嫌う子なのだ。
ショーン殿下が手を打ち鳴らして告げる。
「その問題は、父上たちに任せればいいさ。
それより早く帰らないと、クラリスたちに何が起こるかわからない。
変な疑いをかけられる前に帰った方がいいだろう」
クラリスが頷いた。
「では殿下、またの機会に」
「ああ、また会えることを願っている」
クリスティンもジェームズ殿下に告げる。
「また会いましょうね、ジェームズ殿下」
「もちろんだとも」
クラリスたちは談話室にやってきた聖教会の使者に連れられ、帰っていった。
****
聖教会に帰ったクラリスたちから詳しい様子を聞き出したメッシング大司教が、上機嫌でワインを呷っていた。
ジェームズ第二王子のみならず、ショーン第一王子も聖女に好意を示した。
狙った通り、いやそれ以上の成果だ。
クロスランド公爵令嬢を王族から遠ざけ、聖女を二人も王族に嫁がせられる。
しかも気弱なクラリスなら、メッシング大司教の言いつけに背くことは難しいだろう。
今後は聖教会の意思を、クラリスを経由してショーン第一王子に伝えられる。
おそらく次の国王にはショーン第一王子がなる。
やや賢すぎる王子だが、傀儡にできなければジェームズ第二王子に切り替えるまで。
ジェームズ第二王子なら、傀儡にするのも簡単だろう。
彼には兄に対する劣等感が垣間見える。
そこを刺激し、王位を欲するように誘導すれば傀儡にするのもたやすい。
クリスティンも欲望に素直な子供だ。
そんな王と王妃なら、聖教会の地盤も盤石というものだろう。
二段構えのこの一手、クロスランド公爵でも切り崩すことは難しいはずだ。
あとはクロスランド公爵が婚約解消に頷くかどうかだが――。
ここはバンライク議長から国王に干渉させるべきだろう。
王命であれば、クロスランド公爵といえど逆らうことはできない。
あとは国王に寄越す餌があれば申し分がないのだが、下手に譲歩をできる段階でもない。
婚約の切り替えは時機を見てからになるだろうか。
どちらにせよ、二人の王子の心は聖女にある。
勝利の目は確実に聖教会側にあると見て良い。
聖水流通で耐え切り、潰される前にクロスランド公爵を潰すのだ。
実に美味いワインを味わいながら、メッシング大司教は夜を過ごしていった。
****
王宮の一室で、クロスランド公爵が宰相のグリーンウッド侯爵と酒を酌み交わしていた。
「獲物が餌に引っかかったようだ」
クロスランド公爵の言葉に、グリーンウッド侯爵がニヤリと微笑んだ。
「では、聖教会に動きが?」
「いや、バンライク議長だがね。
陛下に両王子と聖女との婚約を進言していた。
陛下から私にミレーヌとの婚約を解消できないかと打診を受けたところだ」
グリーンウッド侯爵が眉をひそめて応える。
「それは難しい話ではありませんか?」
「そうだな。すぐに応じることはできない。
今すぐ二人の王子の婚約者が聖女になってしまうと、聖教会の影響力が回復してしまう。
もっと決定的に聖教会を弱体化させてからでなければな」
クロスランド公爵の読みでは、聖女が十三歳になる五年後。
それまでに聖教会の影響力は貴族院からも民衆からも大きく追い出せる算段だった。
ミレーヌから報告を受け、邪神の封印が解けかけているのも知っている。
一方で聖女たちは聖水作りに明け暮れるあまり、聖女としての力を育てられていない。
この差は開く一方だろう。
クロスランド公爵が告げる。
「あと五年で聖教会を削るだけ削る。
挽回不能に追い込んでからなら、婚約解消にも応じよう。
奴らは最後の頼みの綱としてショーン殿下と聖女クラリスの婚約に縋りつく。
それまでに、聖女たちを確実にこちら側に引き込んでおくのだ。
――無論、それまでにミレーヌが潰されぬよう細心の注意を払ってだがな」
グリーンウッド侯爵が頷いた。
「では、私は予定通りに貴族院の切り崩しを行えば良いのですな?」
「ああ、そうして欲しい。
開戦派閥の利権切り崩し、これが成れば後は雪崩を打つように崩れる。
私も隣国と交渉し、国境付近の開戦派閥を牽制できないか手を打つ。
隣国も我が国と本格的に争うのは分が悪い。
辺境領主を切り捨てると誘えば、応じてくる公算が高い」
グリーンウッド侯爵が苦笑を浮かべた。
「我が国の領土を切り捨てると?」
「領土は守るさ。だが領主は切り捨てる。
あそこは違法奴隷を扱い始めてきな臭い。
まずは摘発を本格的に稼働させ、資金源を断つ」
辺境領主の力を削ぎ、弱体化したところで隣国に攻め込ませる。
こちらも応戦し追い返すが、深追いはしない。
隣国の利権を掠め取ろうとする領主を滅ぼせれば、隣国としても利がある。
あとはこちらから不可侵条約を提示すれば、向こうも乗ってきやすいはずだ。
『奴隷利権に手を出せば不可侵条約は無効とする』とでも付け加えておけば、文句も出まい。
クロスランド公爵の話を聞き、グリーンウッド侯爵が頷いた。
「では外交政策と奴隷摘発はお任せします。
私は引き続き貴族院の切り崩しに専念、ということでよろしいですな?」
クロスランド公爵が冷笑を浮かべた。
「奴らも子飼いの暗殺集団を放ってくるだろう。
貴公は手を出さぬ方が身のためだ」
もちろん、クロスランド公爵も子飼いの組織を総動員させる。
両者の組織力でなら、クロスランド公爵の組織の方が数段上だ。
グリーンウッド侯爵が首をすくめて微笑んだ。
「恐ろしい話ですな。
私のような羊は大人しく引っ込んでおきますよ」
「羊? 貴公がか?
貴公が羊なら、世の中は大半が羊だろうさ」
二人は笑い合いながらワイングラスを鳴らした。
グリーンウッド侯爵もまた、工作員を多数抱えた貴族の一人だ。
戦場でも戦える騎士の一人であり、搦め手も得意とする貴族。
それがグリーンウッド侯爵であり、聖教会が根付くこの王国で宰相を続けられる理由でもあった。
王国から聖教会の影響力を剥ぎ取るため、盟友は固く手を握り合った。




