美味しいけれども、好みとは違う
注意事項1
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
注意事項2
人生の中で、こころから思える不味さというのは一回だけですね。
他は苦手か、好みに合わないか、好きな人は好き。という反応だったと思います。
世の中において、どうやら『不味い』という言葉は地雷として扱われるらしい。かく言う私も人生において何度も使っては、注意を促された言葉である。
けれども振り返って見れば、人生において本格的に『不味い』と感じたのは、恐らく一度きり。あれを持ってして『不味い』という言葉は語れない。
故にその経験後、『私の好みではない』『好きな人が食べたら好き』という言葉を使う様になった。
メディアで人気の中華料理屋に行くことにした。今までは何となく行きにくく、思わず足が遠のいてしまったが、そのまま死ぬのも癪に障るので、今回は勇気を出し行ってみた。
有名なのは餃子であるらしい。だから勿論、私も餃子を頼んだ。
待つこと早半刻。提供かれた餃子は、私が思っていた以上に一回り大きい。逆詐欺なんで言葉が登場したが、これもそれを地で行く。皮は常に拝見するもの比べて艶があり、柔らかそうだった。箸で摘んで見ると、やはり非常に繊細で柔らかい。一口では入らないので、まずは齧り付く。
餃子特有のニンニクや、肉肉しさは控え目。でも食感が良い。噛む程肉汁が溢れ出てきて小籠包を食べている様だった。そうして特筆すべきは海老。プリプリの小海老が餃子の中に丸々一つ入っている。 中々に贅沢だった。
美味しいかと聞かれれば美味しいと答えるだろう。けれど好みかと聞かれれば多分否定する。肉だけがギチギチに詰まった餃子が恐らく好き。この餃子を否定する事は決してないし、面白いとも思うけれど、好みからは離れる。そこのところは人に非常に依存するのでは無かろうか?
「テレビで見たんだけどさぁ、彼処の料理、美味しい? 今度行ってみたいんだよね〜」
「あぁ、美味しいよ。小海老が丸々入ってる。ニンニクと肉の味はあっさり。そういうのが好きなら多分ハマると思うよ」
以下何でも許せる方向け。
個人の意見飛び交います。私の発言が許せる方のみ宜しくお願いします。
ちなみにあれは本当に不味かった。
全てベチャベチャ。カニ丼。
カニもベチャベチャ、ご飯もベチャベチャ。しかも生臭い。口に入れた途端体が硬直する。
『食べちゃダメ』状態。
あれが本当の『不味い』です。
もう良いところがなんも無い。
それとは別に、生ものが苦手なんですよ。
でも不味いってよりかは、『食感が受け付けない』、『慣れてない』という方がしっくり来ます。
あんまり幼い頃食べなかったんで、未知の経験をして戸惑っているという方がしっくり来ます。
そういう時に、『好きな人は好きかもね。刺身好きな人は特に』という感想が出ます。
甘いの好きな人に苦いの勧めると、困惑するのと同じ様に、単純に刺さるところ刺してないだけです。
それを『不味い』とは違う言葉だと思ってます。