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88話  幻想地生学

 【 12歳 晩夏 】



 翌日、日の出から準備を始め、朝食を摂ってすぐ最初の野営地から出発する。基本的にこちらの旅は物理的脅威が減少する朝が最も安全なので早起きが重要なのだ。当然中々起きないヴァレニーも、つついて起こす。


そして今日は遂に隣の男爵領に入る予定である。


そう、実は昨日泊まったここってまだ子爵領の端なんだよ。だから勝手に樹を()って整地もできるし宿泊施設も作れる。隣の男爵はうちの領地側に道を作る理由が無いから、野営地なんかも用意してくれないし便利だからと勝手に作る訳にいかないんだわ。


なのでこれから(ようや)く男爵領を歩く事になるんだけど、大体が川の横を歩くので見通しに苦労は少ないとは言え残りの一部は草木で埋もれ、良く通る商人やウチの兵士たちが(なら)している程度なので実に歩き難い。


しかもこの世界には行商人以外に旅をする人など居ないので、男爵領の町に着いたとしても宿屋と言う施設も無い。貴族が来るなら客人だから領主邸に泊まるだろうし、商人は有用な関連外部企業なので領主は倉庫と宿舎を合わせた施設の一画を貸し与えるのだ。当然通り抜けるだけの我々は使えない。


個人的な旅人が居ない世界なので食堂や土産屋はもちろん、カバンなどの旅道具を作る人も居ない。当然だが馬が使えないので(くら)も無ければ馬車も無い。その所為で(わだち)って単語も無いし街道を舗装って発想も生まれないのだ。


歴史の発展が根本から異なるんだよな。



歩きながらフェンさんと今日の予定を話す。

「最近はここと取引き自体をしていないので男爵領は一気に抜け、次の野営地まで進んでしまっています」

「少しで良いから扱ってる商品が見たいな。できるかな?」

「問題ありませんよ。売買は子爵領と同じく普段から行われてますからな」

「そうなんだ」

良かった。ここは北と西で更に別の貴族領と繋がっている。西はこれから行くけど、ここで北の産物を取り扱ってるなら少し見てみたいんだ。


「何か良いのがあると良いね~ ルティも期待してたしっ」

「食品は買って帰れないから食べて美味しいかだけ確認しようか」

「そなの?」

「帰るまで何日かかるか判らないからねぇ」

ヴァレニーなら凍らせるとかできるかもしれないが、後で新鮮な物を買った方が良い。何せ今回はドワーフ領の森を南回りで帰る事になるんだから。

まぁ、美味しいかったら今回の旅用に買うのはアリかもしれないがね。


「楽しみです」「はいっ」

妹と義妹が言い、メイドも首を縦に振っている。





 今日も話しをしながら旅を続ける。普段は魔法の授業ばかりだが、歩きながらだと魔法より座学が良い。歩いてる訳だけど。


今日、話してる内容は社会有機体論。こんな話をするつもりは無かったのだが、興味を持った妹やこの手のジャンルが好きなレイのツッコミが激しくてついつい話してしまった。



前世での有機体論は国家有機体説って言う学問から地政学へ繋がったので戦争のイメージが強い。ただ本来の有機体論は弱肉強食の争いの他に、環境適応とか欲求に対する指向性が生き物以外の事象にも表れるってだけの意味だ。


国家有機体説を簡単に説明すると、ある程度の集団となった人間はまるで一つの生物のように振る舞い、食料を集めだし、安全な縄張りを築いたり脅威を排除しようとするんだ。


そしてそれを研究する過程で気候や地形でこの仮想的な生物には性格がある事が判った。


温暖な南方の人間に比べて冬のある北方の人間はどの時代でも物資の貯蔵をするし、筋力の無い人間が知識や技術を使い群れに貢献しようとする事で工学や文学がより発展している。これは集団が気候などの違いにより別の進化を遂げたように感じられるんだよ。


地政学はこれを進め、だとするなら内陸と半島、山岳と平野など地形の差でその地に住む人々の生活や習慣、思考に傾向があるのではないかと言うのを研究、検証する学問だった。事実として離れた場所で交流が無かったとしても、地形や環境が似ていれば国家の行動は近くなっていたからな。


問題はこれに民主主義や封建主義が関わってきて、次の戦争の発生予測の学問に変わった。民主主義は金の匂いを感じ取り、権威主義、封建主義は名誉を得る機会を見つけたのだ。どこに兵を置くべきか、どこの勢力を取り込むかなどだな。戦争を起こさない為にと言いながら戦争用の物資の確保しあったのさ。


つまり主義主張が人格を持ち、有機体の如く生存競争を始めたってだけなんだ。


……まぁ話が逸れたな。当然こっちは話していない。


こちらの世界では対人の勢力争いが無いので地政学自体は必要無い。だが、経済において有機体論が発生している。経済圏としての人類 vs() エルフであり、今回ドワーフまで出てきた。もちろん他の地域の人たちからするとエルフが後から来た事になるんだけどな。



「私たちと会う前のエルフの集落は物資の不足が無い封鎖経済だったんだよ。つまり縄張りを広げない動物ね。それに比べ私たちは塩を外部に頼っているから、どうしても領内の物資と交換する必要があったんだ。要は巣と餌の狩場が離れている動物なのさ」

「 ……それで、今回のドワーフはどう関わってくるのかしら?」

「ドワーフは直接は関わって無いんですけどね…… 実は人間の使う製塩装置ってドワーフの技術らしいんですよ。つまり製塩自体は人間が行ないドワーフに供給してますが、実際はドワーフは自力で作れるので閉鎖経済っぽいんですよね」


足りてるんだから普通は彼らから声は掛からないんだよ。だけど人間は魔力の関係で鉄などの採掘をドワーフに依存しているし、魔道具の開発や修理といった技術でも完全に依存しているっぽいのだ。ドワーフもエルフ同様、儲け過ぎた分を使って塩なんかを外注しているっぽいんだわ。


取り敢えず今は状況だけを理解して貰えれば良い。子爵領の経済は強くなってきてはいるが未だ様々な弱点を持っているって事をな。


「封鎖経済ができる群れは不足が無いので他の群れを取り込む必要が無いから大人しいんですけど、不足している群れは不足している物を持っている弱い群れを探す事になるです。生き物だと思えば解かりませんか? 餓えるから餌を探すんですよ。動物の縄張り争いのようでしょ?」


「エルフやドワーフが狙われるのですか?」

「閉鎖経済ができる所は守れる手段も持ってるはずだよ。それがエルフにとっての森、ドワーフにとって山と言う要塞なんだと思う。自分を守れないと不安になるから閉鎖経済はできないんだ。外部に味方を作るようになるんだ」

アリーに説明する。


「それで子爵領は今回の森が必要なのですか?」

これはレイ。


「違うよ、森は完全に別件。いや別件では無いのか…… 前までの子爵領は塩が足りなかったけど、入手する手段ができてしまったから既に餓えた群れじゃないんだよ。気を付けるべきなのは餓えてる方の群れ。つまり塩が足りてないとか、通年で食料不足だとかで交易品が欲しいなんて所。 ……つまり、男爵領(ここ)なんだよねぇ しかも余り仲も良く無さそうだし……」

フェンさんも(うなづ)いている。ウチこそが狙われる側なのだ。

エルフとの貿易をウチに取って代われれば大体解決するからな。


つい数年前まで子爵領の物流の入り口として経済支配していたはずが、独自の交易品を作り自分の所の市場を素通り。その後もエルフと交流し始め他領に需要がある製品を取り扱い始めるも同じく素通りした挙句、今度はこの領地を迂回(うかい)する道を作ろうとしてるのだ。まだドワーフとの交渉はバレて無いかもしれないが、地政学的にこの道はウチの領にとっても男爵にとっても重要な道(チョークポイント)なんだよ。


「あ~そう言う事ね。何か気を付けないといけないのかしら?」

「いえ。ロァヴェルナさんは問題ないです。エルフ領との顔つなぎ目的くらいなら南端倉庫あたりでも見ますから。 ……アリーは一人で行動しないよう気を付けてね?」

「はい??」

「お嫁に欲しいとか言われても困るでしょ?」

「え?! い、嫌ですっ!!」

これが一番ありそう。


「あっ それとヴァレニーも気を付けて欲しい」

「えっ? やっばっ 美人過ぎ? えへへ」

「いや、言い寄られてもぶちのめしたりしちゃ「しないからっっ」ダメだからね。賠償金とか言われるの嫌でしょ?」

変な契約結ばされても困るし。


「 ……ヴァレニー、注意するのよ」

「ロァヴェルナ~」


「認識妨害(ぼうがい)くらいは掛けておこうかしら」

「そんな魔法あるんですか?? 見えなくなるとか?」

「そんなに便利じゃないわよ? 相手の見たいものが見えるだけだし」

「ん?」

「初めて会った人に、前にも会った気がするって誤認させるだけ。だからもう会ってるあなたには効かないわ」

「ん? 意味があるのですか?」

「耳を隠さなくてもエルフと認識されなくて、普段からこの辺で見かける耳の長い人くらいの認識になるわね」

「へ~ 今度教えてください」

「ダ~メ。これは精神系だから、もっと大きくなってからね」


「前から思ってたのですが、精神系でも教えて貰えるものもありますよね? 違いって何なのですか?」

「あ~ 自分に掛けるものは良いのよ。でもほら、人に掛けるものは悪戯(いたずら)とかに使えてしまうから。失敗しない為にも、分別ができる大人になってから教わる方が良いのよ。ねっ ヴァレニー」

「いや…… そうね。覚えるとつい使いたくなっちゃうしさぁ 知って我慢するよりは、知らない方が良いと思うよ? まぢで」

何をできるようなるんだよ…… そして、ヴァレニー(オマエ)は何をやったんだ!





 そして昼時に男爵領の領主施設に到着した。ウチもだが街って概念が無いから全て領主邸の内部で完結しているのだ。川を掘にしているのも背の高い石垣風なのもそっくりである。


旅人なんて居ないし、実際に売買が目的なので行商人として建物に入る事になったのだが、手続きはほぼフェンさん任せ。どこの貴族領でも特に許可証などは存在しないらしいが、完全に面識の無い集団だと出身地の領主などからの紹介状が必要になったりするそうだ。


「目新しい物は少ないかな?」

「結構見た事無い物がありますよ?」

「これとか初めて見ました」

妹と義妹が横で物色している。


「そう? あ~、そう言う事か。南端倉庫の方が屋敷の下の商店より品揃えが良いからか」

「え? そうなんですか?」

「入れ替わりが激しいから量が少なく感じるかもしれないけど、取り引き量は屋敷以上だね」

「ふ~ん」

これは少しココと同じ現象がウチの領主邸で起きている。


近隣の行商人はウチの領に入ると直ぐに船便に乗って南端倉庫を目指してしまうのだ。昨日泊まった野営地を早朝に出れば夕方には到着可能なので外部の行商人は領主邸には寄らず、領主邸の入荷は子爵領所属の行商人だけが行なってるんだよ。最近行商人を増員した上に領民が増えた分も仕入れてるから領主邸も賑やかではあるけど、南端倉庫の行商人はそれ以上なのである。


しかも領の外部から訪れる行商人はウチでは採れない作物を優先的に持ち込むから当然そうなる。エルフ向けの商品が多いので子爵領の商店には卸されない事が多々あるんだ。実際、高級な日用消耗品なんて領主邸内でも使わないだろうしなぁ


それでも物色を続けていると、見たことの無い果物がいくつか見つけたので買って食べてみる。

「 ……これ、結構美味しいね。これを買っt ん?」

買い物をしている最中、後ろで引っぱたいた音が響く。


慌てて振り向くと、頭の高さ程の宙を錐揉(きりも)み回転で舞うヒト!

そして、その着地地点へ走りこむヴァレニーが見えた。


え? 何?! いや、いきなりトドメ刺す感じなのか?!


取り敢えず収納魔法で武器を取り出した。



地政学は仮想敵国の行動予測に使われました。


攻めて来られる事を大前提に考えているんですよね。

大元は大昔から続く馬に乗った珍走団の所為で、行動が理解不能だったのです。



地生学は意図的に一文字変えました。この物語ではほぼ対人戦争が無いものですから、飽くまで人の行動学なのです。


有機体説の有機体とは生き物と言う意味で、人間が扱う物や事柄は生存本能を持っているかのように振舞う事を言ってます。貨幣は縄張り争いをし、宗教は生き残りを掛けて戦い、文化は病の様に蔓延(まんえん)、感染し、ふと覚めます。キノコとタケノコすら戦いますからね。

もしかして人の脳を使ったブロックチェーン技術の応用?!

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