72話 槍勝負 兄 vs 蛸
【 11歳 初冬 】
少し寒くなって来て、狩りに満足したのか兄が帰って来た。何か顔つきが変わった気がする。気のせいかな?
「いや~、色々と凄かったよ」
「兄様、何か変わりました?」
「変われたのなら行った甲斐があったのかな?」
夕食の際に家族と兄の武勇伝、と言うか狩りの報告を聞いたのだが、壮絶過ぎた。
どうも兄はタコに出会ったらしい。しかも冬眠直前で荒れた奴に……
「最初は安全な距離で戦ってたんですが、速いし手数が多いし巻き取るしで、槍だと速度負けしてしまって…… 結局、予備の鉈 2本で戦う事になったんです」
タコと槍勝負?! 脚を躱して胴を突くなんてそりゃ無理だろ、相性が悪い……
「それでどうしたの?」
「脚の先から徐々に切るのが良いらしく長期戦になりました。それで手前の 3本を半分くらいに切った辺りだったと思うのですが、タコが急に一人ずつ倒す作戦に変えて来まして……」
「「それで?」」
「上手く距離を取れなくなった時に墨を吐かれ、片足を絡め取られてしまって。食べられ掛けてしまいました」
「「大丈夫だったの?」でしたか?」
「全然ダメでした。口に引きずり込まれる直前にエルフの人が足を切ってくれて、何とか生き延びた感じです」
母が心配そうに兄の足を確認した。
「今は治療して貰って、痛みも違和感も無いですよ。ははは。ただ、自分の足が目の前で食べられてる光景を見た事は結構衝撃でしたけど……」
ひでー
その後も話しを聞いたが、足を切られた時に勢い余って反対側の足も半分ほど切れてしまい完全に行動不能になったらしい。助けに廻る人員も居ない中、止血と離脱を命じられたらしい。
普通に死ぬわっっ
とは言え、この世界では結構普通の事なので、止血も匍匐後退も熟練の兄は即時敢行。退避後も意識途切れるまでタコとエルフの死闘を観戦していたそうだ。
「借りてた靴の開放ピンを抜く暇すら無かったよ」
「限度がありますからね……」
「正直、もう行かないで欲しいわ?」
「……ええ。もう満足しました。エルフの人にも、今の年齢で冬前のタコ相手に生き延びられるなら十分一人前だと言われました。あ、タコの脚、貰って来ましたよ? 食べませんか?」
「あなたは……」
母が席を立ち、兄を抱きしめ背や頭を撫で、兄も母を抱きしめ返す。
「……ご心配お掛けしました。でも、ホント凄く良い経験になりました。もうタコ以下になんて負けてやる気は無いです。 ……それで、母様? 今度、鉈の訓練をお願いします。間合いで使い分けが必要と感じました」
「……解ったわ」
「エルフの森にはそんなのが居るのか……」
父が独り言ちる。
脳内の記憶を見せる事ができないので、石魔法で小型の模型を作りテーブルに乗せた。
「……こんな奴です」
「「うわぁ……」あなたも会ったの?」「「「ひぃ」」」
弟妹たちから悲鳴が上がった。
「いえ、メイド隊が出会った時に覚えてて、教えて貰いました」
「あなたも会う危険があるのじゃない?」
「強いのは里より東側なので私は行かないようにしてます。メイド隊は訓練で行ってるみたいですけど……」
「そうなの? ……それだと良いのだけど」
「フィルトルァ? ルァニエスを森の東に行かせる事はないわ」
ロァヴェルナさんが断言してくれる。実は北回りとは言えその奥の高山には登ったんだけどねぇ
「ロァヴェルナさん。お願いする事しかできないのだけど、今後とも息子の事をお願いするわ」
「任せて。エルフの里でも結構助かってるもの。みんなも気にしてくれてるようよ」
「そうなの? あなたも気を付けてね」
「はい」
大丈夫ですとも。俺は勇者は目指さない!
その後渡されたタコ脚は想像よりデカかった。
やっべぇ~ メイドの時より全然デカいっ
生き延びて一人前は、お世辞じゃ無さそうだった。
兄様、すげーよっ
◆
冬の間の予定は決めて居なかったのだが、ロァヴェルナさんは戻るそうだ。診療所は今居る人数でも何とかなるそうだが、乳児の多い今の里には人員に余裕があった方が良いからな。
俺は迷ったのだが行く事にした。もっと親孝行するべきだろうかとも思ったが、エルフの里で学んだ事を子爵領に伝える事も親孝行だし悩んだんだ。結局、母様に相談したらもっと頻繁に念話しなさい、と言われて決断した。
無事生きて、大きく育ってみせようじゃないか。
子爵領は現在、確実に経済が上向いている。
領民は元々勤勉な資質だったので土属性魔術の使い手がどんどん増えていった結果、東西の山の麓にあったいくつかの小川を、領民たちが自発的に用水路兼害獣向けの堀へと整備していったからだ。余った石材は建設かガラスの材料の回されているし、麓付近の樹は抜いて材木に加工してしまう。
そして子爵領南部以外にも新たな畑が増えた為、食事量も増え健康状態も改善して行ったのだ。今までは穀物を外部に頼ってた為、割に合わない交易をし、労働成果も生産量も上がらなかったからな。今は防衛が少し改善し、畑が若干増え、割の良い生産物を作って売り、体調も良くなると、良い事尽くめである。
中央の運河も領兵の土魔法士が幅を広げていて、今では舟がすれ違える程度には広くなっていた。それと、養護院の近くにある魚の養殖場が少し大きくなっている。養護院の子が余った食材を刻んで放り込むので魚は元気に育っているらしい。最初の干物以降は作って無かったのだが、偶に商人から注文が入るそうで養護院の仕事になっているそうだ。
今は特にこっちで必要な事は無さそうなんだよな。もちろん、11歳の子供が魔道具の図面引いてるのがそもそもおかしかったんだけどな。
◆
実家滞在中に手配した道具や資材は届かず。なので後日着き次第、南端倉庫に届けて貰うように手配し直した。そして移動日当日、メイド隊を迎えに行き、ついでに収穫祭で使った建物 4棟をロァヴェルナさんが回収。その後みんなでエルフの里にと向かった。
里に到着し、改めて長老たちに挨拶。
その際、『山越え』狩りは「未成年は参加禁止(ルァニエスを除く)」に決まった事を知った。
「……何故っ?」
「流石に危ないな」
「いや、何故私は除くのですか?」
「いや、もう参加したし、来年参加できなくなるだろ?!」
「いや…… まぁ…… そうですね。 ……じゃなくてっ! 妹が参加したいとか言ってますが?」
「だからだよ。お前の兄も参加したいって言ってたぞ。流石に責任を持てんっ」
「私が参加したら納得しなくなるでしょ? もう少し、収納魔法と風魔法が使える事とかって条件を決めませんか?」
「……何か習得して来そうでなぁ」
「まぁ~」
ありそう…… 来年誰かに説得して貰うかぁ
兄の滞在の為に残していった簡易宿舎に到着した。
「あなたたち。まだしばらく居るのなら、住居を移さない?」
「何故です?」
「ここ元々空き地ではあるけど一応通路だもの。何ならルァニエスなら自分でできるでしょうから、ウチの住居を上方へ拡張しても良いわよ? 今回持って行った建物を解体して材料に使っても良いしね」
「ん~ どうしようかな?」
「それに狭いでしょ?」
「それはありますね。容積を最小限にした所為で天井低いし」
「まぁ、今日は休んで明日考えないさいな」
「は~い、ありがとうございます」
「じゃあ、また明日」
ロァヴェルナさんが帰宅していった。
ん~ どうしようか…… 事故らないなら作った方が良いんだよな。物も置けるようになるし。
「場所を見てから決めてはどうですか?」
ルセアが良い提案をする。それもそうだわ。
「そうだね。見て決めよっか」
頭ががっちり守られた陸生の蛸。超捕食者です。体重で押さえつけガリガリ齧ってきます。トンボと違い一口サイズの人間やエルフも襲いますし、油断して陸に降りたトンボすら襲います。
お兄さんは今回の滞在で見栄えする体術を教わったとかなんとか……




