61話 天空サーファー
【 11歳 晩秋 】
『ではこれより行動を開始する。今年は初参加のルァニエスも居る。気に掛けてやってくれ。安全を重視で行動せよ! では、各班毎に順次飛翔してくれ。』
「「「おうっ」」」
『『『ルァニエス、がんばれ~』』』
エルフのお姉さま達の声援が届いた。この作戦中の声はエルフの集落全員に届いている。捕まえる過程も娯楽なそうで、念話は全送信だ。
『ありがとうございます。行ってきま~す!』
「今回は俺がお前を上空まで連れて行く。そこで飛び降りて、落下速度が加速する前に自前の板に乗ってくれ」
「はい。大丈夫です」
今回の作戦の部隊は6班、1村から6村の一族で分けられ、人の少ない7村は4村以降の3つに割り振られている。
「板に乗るのを確認するまでは並走するから安心してくれ。いいか?」
「ありがとうございます」
「じゃあ、行くぞ!」
多分周りの気温がマイナス3、40度には行きそうな環境下で、場違いに薄着な陽キャのエルフのサーファーと、それにしがみ付くバックパックを背負った子雪男。板を掴んだヴェイザルトさんは斜面に置いた板の先を少し浮かせると、風を捕まえて地面を蹴った。
重力に引かれながらも上昇気流に乗せ、山の斜面から水平に浮かせ滑り降りる。
そこからある程度加速したあと急上昇。更に体重の軽量化の魔法を掛け一気に山頂よりも、『山越え』よりも高い高度まで昇った。
「おぉぉ~う」
「よし、ルァニエス。行けるか?」
「……はい。行ってきます!」
覚悟を決め…… 決め直して手を放し、後ろへ飛んだ。
ふお~~~~っ
やばいね。ヤバいッスね。すっげーっ騰るっ! このまま落下を楽しみたい俺が居る!
「ふぉーーーっ う、にゃーーーっ あはははははっ」
落下速度が加速してしまう前に紙飛行機モドキを下方向に向けて出してしがみ付くが、慣性の所為で出した紙飛行機はそのまま後ろへ進んだ。慌てて機首を下げ後方への空気抵抗を増やし、何とか前方向に滑空させる。
その後、体重でバランスを取りながら機体を滑空から水平に移動。今のところ順調だ。
『平気そうだな。後は周りに合流しろ』
『はい』
ヴェイザルトさんが並走しながら手を上げて合図をくれたのでこちらも合図で返し、軽量化の魔法を掛け上昇を試みる。
軽量化の魔法が有ろうと、上昇の難易度は山の近くで上昇気流を使った方が簡単だ。それはもちろんエルフも同様なので、先ずは山に近い位置で高い位置を取り目標を探すんだ。できるなら一度の降下での狩猟成功が望ましいからな。
◆
先に飛び立った4つの班は広範囲に散り、別々に獲物を探している。人数が同じになるように2つの班で行動し、共同で合計3頭の捕獲が今回の目的である。
『1班、6班、目標が決まった。これより交互に攻撃を掛ける』
『『おうっ』』
『2班、5班も決めた。まずは順次攻撃を試す。5班は周辺の大型に攻撃を開始!』
山を越えてきた『山越え』が雲海に隠れる前に攻撃を加える。
『3班、4班! 捜索継続中。適当なのは見つからないか?』
『今年のは全体的に大きいのばかりですね。3班ずつで2体の方が良かったですかね?』
『居ないはずは無い! それにでかいのは不味い。小さめのを探せっ』
『了解!』
俺は今回、ヴェイザルトさんと同じ3班に組み込まれている。次々と渡ってくる『山越え』にも目を向けるが程よい大きさのが見つからない。
……いやっ 居たっ
俺の多方向カメラで上方向に居るのが見えた。
『居ました! 私たちより結構上を飛んでます!』
『! あれか! 良くやった。3班、4班上がるぞ!』
『『おうっ』』
紙飛行機の機首を上げ、バックパックの推進装置を起動。
山の気流を利用しようとする他のエルフ達より先に『山越え』に接近させる。
すっっげー寒いっ!! マナ切れたら絶対凍るっっ
小さいのの親なのか一緒に居た大きな『山越え』が俺に向け、尾を振ってきた。
「あっぶないっ すっげーな、空でそんな動きできるのかよ」
『ルァニエス。気を付けろよ。お互い軽量化が掛かってるから当たると大けがをするぞっ』
『はい。こんなに動きが速いと思いませんでした。注意します!』
下からの攻撃は無理だな。更に上空まで上がってから攻撃した方が良さそうだ。少し離れて獲物を無視し、推進装置でさらに上昇させる。流石に高度の限界が来そうだ。気絶とかしてしまう前に降りよう。
紙飛行機を水平にしたまま落下させ、機体で冷たい空気から体を守る。そして、獲物が近づくタイミングに合わせ紙飛行機を収納。代わりに出したテトラポッド付き分銅の片方に軽量化を掛けぶん回し、割り込んできた親の方に叩き込む! そして、全身に身体強化! 分銅とタコ糸にしがみ付いた!
投げ付けた分銅のタコ糸が胴に巻き付き一回転したテトラポッドが胴に当たると『山越え』は激しく揺らぎ、急に重量が増えた事で慣性に従い前向きに落ちていった。こいつの翼では滑空はできなそうだ。
『すいません、小さい方お願いします! 私はこいつを下に引き離します!』
他のエルフを残し、一人降下して行く俺。
『おうっ 良くやった! 上のは任せとけっ!』
さって~ もう一本行っとく?
何とか立て直そうと足掻く『山越え』の背中で、巻き付いたタコ糸にしがみ付きながら収納から追加のテトラポッドを出す。流石に『山越え』も4号マキビシ4個分の重さに耐えられず、急速に高度を下げ雲海に沈んで行った。
◆
『山越え』も2本目の分銅の重さには耐えられず、胴体をV字に曲げて落下していく。雲の中に入り、周りが何も見えない。しかも気流と水分で空気と体温、そして魔法維持の為にマナがガンガン削られて行った。
俺の自業自得だが、寒いっ、痛いっ、やばいっ
流石にこの落下速度は拙いので後から出した一本は収納する。
拙いよなぁ 一気に上層の雲海を突き抜けてしまった。
見渡すと周辺には別の『山越え』の群れやエルフ達が居た。
もう一本も収納しコイツを解放しても良いのだが、『山越え』は分銅1本分を巻かれたまま高度を安定させた後、少し上昇し雲の真下すれすれを泳ぎだした。これを持ち上げられるとか凄い能力だな。
ん~? こいつ、俺の事忘れてる? 見えてない?
タコ糸も『山越え』の毛と一緒に凍ってて外れそうにも無い。念のため命綱を付けとくか。
俺自身の確認をすると俺も所々凍っていた。雲を越えた時の水分でコートや魔導具のコードが氷で真っ白になっているし、多方向モニターなんて魔法的効果なのに粉雪が積り視野が塞いでいた。
『? ちょっっ おいっ! ルァニエス! とんでもない登場だなっ! ははははっ』
手で雪を払い、視野を回復させていると周辺から念話が来た。
『……おいおい。板は辞めたのか?』
『ルァニエス! すげーな、それ! はははっ 飼いならしたのかよっ?』
『そんな訳ないでしょ。どうも私の事、忘れてるっぽいんですよね』
周辺を1班、6班のエルフサーファーが飛んでいた。
みんな、夏の警備隊よりも薄着。毒などを吐かれる心配も無いし温度は魔法でどうにもなるので、こんなほぼ冬の上空だってのに軽装である。まともな装備など俺が作ったサングラスくらい。
このサングラス型魔導器は、掛けるとサングラスの淵の部分が赤く光るんだ。どうしてこう、ゲーミング的なアイテムは特定層に支持されるのだろうか。異世界の異種族にも係わらずニーズがあるんだよね。一応、班毎に色を変えて識別の為って理由がある事にしてはある。嘘っぽけどな。
『なぁに~ 何かあったのぉ?』
地上のお姉さま方から念話に割り込みがあった。
『ルァニエスが『山越え』に乗って雲から降りてきた。色が同じだから気付くの遅れたわ』
『へ~ 凄いね~ 見た~い』
『上に跨ってるし、下からは見えないか』
『今日は雲が多いし、全然見えないわねぇ ねぇ、映像送ってよ』
『時間は掛けれないぞ?』
『良いよ~』
『ルァニエス、こっち見ろ! ……ほれっ』
『『『 ! あはははっ』』ルァニ、溶け込み過ぎっ』
俺にも自分がどう見えてるか見えた…… 色が馴染んでるな~
そういや、このコートこいつの毛皮だったわ。
『……こっちを忘れるなよ? 1班、6班、獲物を確保した。このまま降りる。周りからの攻撃を防いでくれっ』
『『おうっ』』
『おう、すまん。すぐ向かう』
周りに居た人たちが救援に向かう。
『こちら補助班、そろそろ上がる。必要な所があれば言ってくれ』
『2班、5班、周りの攻撃に苦戦している。援護が欲しい』
『判った。聞いてたなっ 上がるぞ!』
『『おうっ』』
さてさて、賑やかになって参りました。
念話の全送信と言ってますが、実際には全送信ではありません。
この時点の主人公は知りませんがアドレスとマスクがあり、母親は今回の送信の対象ではありません。
元々、主人公のアドレスは後で消すつもりだったので7村のものが振られています。
『山越え』は忘れた訳でなく、急に消えた2本目の分銅の重さのせいで振り落とせたと思っていました。主人公のコートは『山越え』の毛が採用されてる為、見辛いのです。
『山越え』は気温と雲の有無で移動をする、臆病な渡り鳥のようなものです。白い毛で雲に紛れて移動します。ちなみに天敵は蜻蛉です。




