60話 お前だったのか!
大安吉日&一粒万倍日!
良い事あるよ、きっとっ
【 11歳 晩秋 】
あれから3日、未だに『山越え』は現れていなかった。
「今日も来ませんでしたね~」
「まぁ、相手の気分次第だからな。余程寒いとか暖かい年でもない限り来るさ」
「そうなんですね」
ヴェイザルトさんに聞くが特に予兆的な物は無いようだ。
まぁ、相手も暦を使って決めてる訳じゃないし仕方ないよな……
「ルァニエス。今日、上に行ってみないか?」
「何でです?」
「暇だろ? 他の連中は暇つぶしに建物の工事してるがお前には暇すぎるだろ?」
「まぁ、そうですけど…… 上に行ってどうするのですか?」
「そろそろだろうし、来たら後は降りるだけになっちまう。山頂からの眺めなんてこんな時しか見れないぞ?」
「なるほど!」
確かにそうだ。もう一つ山脈があるんだったか?
ここで記憶しておけばレイたちにも見せてあげられるし、良いかもしれんな。
「ではお願いします」
「じゃあ、少ししたら出てしまおう。途中で連絡が来ても同じ事だからな」
「はい!」
「じゃ、引継ぎしてくるから片付けや準備あるなら終わらせておけよ」
「は~い」
もっさもさコートを着て、部屋の隅に置いてある蓋の開いたバックパックを閉めて起動させる。そして各魔道具を起動させ入口で待機だ。
「待たせたな。行くぞ」
「はい」
気圧を維持するための複数の扉を抜け、外に出る。空気を纏っているから平気だが、視覚情報は寒々しい。乾燥してはいるんだが、下から風で上がってくる水分が全部凍るので辺りは白か凍った岩の色である。
そしてその後はもちろん担がれて移動だ。無駄にマナ消費する必要もないからな。
山頂に到着し見渡すと凄い絶景であった。夕日を背に見る山の向こうには雲海があり、その奥にはこの山と同じような高さの山脈が夕日に照らされてオレンジ色に見える。俺の影が雲海で巨人に映り、俺と同じく惚けていた。
これは記憶に残しておこう。特徴に注意しながら脳の記憶保護領域に書き込む。同じく、山頂から見たエルフ領側の風景と、北側の遥か遠くまで一直線に並ぶ2本の山脈とその間の雲海の光景も記憶した。
足元の山間は山の影となり、かなり寒々しく感じる。山脈同士の距離はそこそこ広いが日照時間は短いだろうし住むには向かなそうだ。ただ、雲が有るって事は水分があるんだろう。雲より山が高いので乾いていると思ってたが違うようだ。
『若様、この変な影、何?』
普段余りしゃべらないトルテから念話で質問が来た。
雲に映る両手を上げ威嚇している影の事は、とある勇猛な雪男だと説明した。
『『『そうなんだ……』』』
いいじゃん、別に~
記憶のホルダー分けか鍵掛けをしたいと心から思った。
◆
翌朝は日の出を見る為に少し早めに起きた。コートを羽織り、空気の拡散防止の魔法を掛け、少し白みかけてきた外に出る。少し待つと向こう側の山脈の山頂から徐々に太陽が昇ってきた。
初日の出でも何でも無いがご利益ありそうな感じ。
太陽が昇るのをぼ~っと見てたら、太陽を背に何かが居るのが見えた。
何だ?
「来たな」
いつの間にか近くに観測班の人が来ていたようだ。
「あれが『山越え』なんですか?」
「そうだ。もう少ししたら下や里の連中にも知らせる。今はまだ寝てるのも居るだろうしな」
「早く知らせなくても良いのですか?」
「良いんだ、他の観測班には伝えるけどな。今日、多少はこの山を越えて行くかもしれないが、俺らの狩りは明日の朝からだ。今日はしっかり準備しとけよ。あの変な道具にもマナを充填しとくと良い」
「はい。ありがとうございます」
その後も『山越え』を見ていたのだが、結構大量に居るみたいだ。編隊を組んでる感じは無いが確かに渡り鳥の群れの行動なんだろうな。群れはある程度進むとゆっくりと降下していき雲の中へ隠れてしまった。それからも他の群れがいくつも現れては雲へ降りて行った。
◆
『こちら山頂、観測班3号棟。今朝、日の出の時間に『山越え』が奥の山脈を越えた事を確認した。明日の朝から狩りが始まる。準備されたし』
『やっと来たか。観測と連絡、感謝する。回収補助班はこれより出発する、担当は広場に集合するように』
『最終宿泊地、了解した。連絡感謝する』
【 閑話 】 付いて行けなかった保護者達
「遂に明日か~ あの子、大丈夫かしら?」
「大丈夫じゃな~い。ルァニ、結構器用だし。それにゆっくり落ちられる道具も作ってたよ? だよね、レイ」
「はい。何種類か作って持っていかれましたね」
「ふ~ん。あなたたちは心配じゃないの?」
「私たちの誰かが行なうなら心配ですが、若様なら何とかされるんじゃないかと……」
「しちゃいそうだよね、何とか」
「ん~ 私としては何かしちゃわないかが心配なのよ…… 誰も想像できないような失敗とかしそうで……」
「そう言われると、しそうな気もしてきました」
「こらこら。ロァヴェルナ、心配させちゃダメじゃん」
「そうね。まっ、無事を祈りましょうか」
「いーね。ちょっと待っててね。ルン、手伝って」
「はい」
「では、こちらをどうぞ」
「お酒?」
「あとこれも~」
「何これ?」
「今年、祭りで出す料理の試作品~ じゃ、みんなグラスある? では~、ルァニエスの無事を祈って~ 乾杯~」
「「「「乾杯~」」?」」
「乾杯。 ……いいのかしら?」
「……お祭りって何時行われるのですか?」
「10日後ね。今回のこの連絡が来て日程が決まるのよ」
「来なかったりする年はないのですか?」
「来ない年は冬前くらいに小さめの祭りを開いて終わりね。だいたいそう言う年って冬が長引くから、備蓄の消費を抑える意味でも控えめにするのよ」
「そうなんですね」
「そうだ、今年は子爵家の人は来るのかしら?」
「私たちは聞いて無いです……」
「そうよね、ゴメンね。直接聞いてみましょうか……」
『フィルトルァ、今良い?』
『……あら、ロァヴェルナさん。良いわよ。何かあったのかしら?』
『問題が起きた訳じゃないわ。今年の私たちの収穫祭の日程が決まったから、参加は如何ってお誘いの連絡ね』
『あら、ありがとう。私は赤ちゃんが居るので無理だけど、誰か行くか聞いてみるわ』
『10日後だけど前夜祭を行うからその前に来るよう予定してね』
『ありがとう。決まったら連絡するわね』
『ありがと』
「伝えたけど、誰が来るか判らないわねぇ」
「奥様たちはお子様が小さいので無理そうですよね」
「また、アルヒエルタかしら」
「フィルニアルテお嬢様の可能性が高い気がします」
「まぁ、連絡を待ちましょうか」
◆
狩りが明日に控え、俺とヴェイザルトさんはこのまま山頂に泊まる事になった。最終宿泊地の他のメンバーは日の出と共に山頂に来るそうだ。どのみちある程度は太陽が昇ってかららしいので最初の方の『山越え』は素通りさせるそうだ。
「魔結晶はこれで全部か?」
多少減っていた魔結晶にマナを充填して貰った。
「はい、ありがとうございました」
「気にすんな。マナ切れが理由で落としちまったらロァヴェルナに叱られるからな。はははっ」
「これだけあれば大丈夫です」
「そうか。油断だけはするなよ」
翌朝、日の出から外に出て『山越え』を待った。ヴェイザルトさん達はまだ建物の中で急ぐ必要は無いって言ってたが、どうやって飛んでるのか観察はしておきたい。
少し経ち明るくなって来ると雲の海の中から山羊頭が浮かんで来た。こちらの山脈に近づくと気流に乗るかのように急速に上昇。頭は山羊だって言うのに 鰻 のような長い体を、やはり鰻のようにくねらせ泳ぐかのように上昇して行く。
?!
こ、国境の門に刻まれて居た鰻はこいつだったのかよっ!!
見ようによっては中華系の龍にも見えるし、下から見た姿は鰻にも見える。前と後ろの足には 蹄 があり、横から見れば麒麟に見えなくも無い。なんだこれ?
山羊の胴体はかなり横に膨らみ、それが鰻っぽさを強調している。ただ、尻尾が特殊で白い毛で覆われているって言うのに尾の先は魚に似てはいるものの微妙に違う不思議な形状をしていた。
頭は山羊のくせに胴と同じ太さの尻尾には魚のように上下の背びれっぽい物があり、そして魚と言うより飛行機のような水平尾翼も何故かあった。潜水艦の十字の尾翼に似てるって言った方が解るかな?
そして胴体の下向きに生えてる白い翼は羽ばたくような事はせず、胸びれのように機能している。
うーむ。確かに元は魚なのかもしれんな……
雲海のすれすれを泳ぎながら、山脈に近づくと急上昇していく『山越え』の群れ。真下から見るとかなりの大きさだ。画像を記憶に残しておくか~
その後、建物に戻り最終宿泊地からの仲間を待った。
初めの方の場面でマナが大切なはずなのに空気の拡散防止魔法を使ってますが、この魔法が比較的マナ消費の低い魔法だからです。移動したり風が強くなるとマナの消費量が増えます。
閑話には誰が話したって文章を入れないようにしてます。判り難いと思いますがご容赦を。とは言え、口語文でいちいち名前を呼ばせたり、口調に特殊な語尾を付けるのに抵抗があります。
主人公の知らない内に母親とのホットラインが引かれております。




