いつかあなたが枯れるまで 〜序章〜
『』は、主人公恵の言葉です(口に出している)
私が好きなように書いているだけですので、文の表現など粗いところはご容赦ください
「私」が目を覚ますと、そこは自分とは縁のないほどに豪奢な部屋だった。
3月3日生まれ、現在11歳のごくごく普通の一般家庭の娘に生まれた私は、
今、テレビでしか見たことがないような豪奢な部屋の、天蓋付きのベットの上で目が覚めた。
気分は最悪だ。
頭がぼんやりするし、鈍く頭痛がする。
(ここは病院かどこかだろうか。だがそれにしては部屋がやけに豪華だ。)
そんなことを考えているうちに段々と頭がはっきりしてきた。私は誘拐されたのだ。
1度思い出すと、前後の記憶も蘇ってくる。
〜?時間前〜
私は、趣味である軽いバス旅で街中まで行き、いつものように1人で気の向くまま好きなところを渡り歩いていた。
もともと警戒心は強かったから、人通りの多い場所を歩き、きちんと周りを警戒もしていた。
だが、通りを歩いていた時、私の周りで歩いていた人々がいつの間にか全員屈強なスーツ姿の強面の男になっていた。
彼らは、何かタイミングを見計らうようにお互いチラチラ目を合わせていた。
なにか妙だと思い早足になって通りを抜けようとすると、通りの出口に黒塗りの高級車が止まった。
動かなければ、頭では分かっているのに、恐怖と驚きで体が動かない。フリーズしている私の前に高級車の中から1人の若い男がでてきた。
男は、私を囲むようにしている複数の強面の男たちと背は同じくらい高いが、彼らよりもかなり細身だった。
20代くらいだろうか。黒髪の長髪をなびかせ、細目で柔らかな笑みを顔に貼り付けた顔立ちの整った男だった。
イケメンの価値観が人と大きくずれている私ですら、この男の顔は整っていると感じた。だがそれと同時に、私の前に立ち、こちらを見つめているこの若い男こそ、今この場にいる誰よりも危険だと感じていた。
柔和な笑みも、この男の何もかもが、胡散臭く、信用ならない。目も見えないほどの細目だが、何故かその目は私を鋭く捉えているような気もする。
だが、そんなことではない。
言葉では表せないのだが、私の直感は胡散臭さとかそういうものではなく、それ以上にこの男から逃げろと警鐘を鳴らしていた。
「はじめまして。恵さん。」若い男にそう声をかけられた私の驚きは相当なものだった。『なぜ…私の名前を?』気づけばその思いが口をついていた。
そうだ。私の名前なのだ。私の名前は由良坂恵。
だが、なぜ初対面であるはずの私の名前をこの男が知っている?
男は、慌てた様子もなく笑みを深めながらゆったりと「あなたのことは、以前から調べていましたから、名前くらい知っているのは当然でしょう?
それはそうと、自分から名乗るのが礼儀というものでしたね…恵さんが困惑されるのも当然のこと。
これは失礼をいたしました。申し遅れました。私はトウヤミと申します。漢字は、東に闇で東闇です。
さるお方のご命令で貴女様をお迎えにあがりました」
この男は、何を言っている。しれっと私を調べたなどと、とんでもないことを言ったかと思えば、私を迎えに?
これはまずい、もしや誘拐の危機か?急いで警察に連絡しなければ。
そんなことを考えているのを察したのか東闇と名乗った男は、「どうか大人しく従っていただけるとありがたい。私共としましても、年若いお嬢さんに手荒な真似はしたくありませんので。それに、叫ばれたとしてもここは工事音がうるさく、周りの方々には聞こえませんよ」と少し声を低くしてやんわりと脅してきた。
確かに、この辺りは工事中の影響で私の声は聞こえないだろう。目の前には車、周りには屈強な男たちで、逃げることも難しそうだ。スマホは持っているが、連絡しようものなら東闇とやらの言う通り手荒な真似をされるのだろう。
「では行きましょうか」東闇は、後ろのドアを開け、中に座るよう促してきた。
ここで従えば、車の中で逃げ場はない。かといって抵抗しようにも相手は6人。分が悪すぎる。極限の状況で、私は逆に冷静さを取り戻した。
『あなた方の、目的は何なのでしょうか。私は一般家庭の出です。身代金も大して取れないでしょう。あなた方は私を連れて行った先でどうするおつもりですか』
殺されるのか、売られるのか、何にせよろくな予感がしないため、試しに聞いてみた。どうせ後で殺されるのかもしれないのだから、物怖じしててもしょうがないと思った。
「別にどうもしませんよ。言ったでしょう?さるお方に命じられてあなたを迎えに来たと。ひどいことなんて何もしませんよ。さあどうぞ怖がらないで。詳しいことは車の中でお話しますから」東闇は、私の不安を感じ取ったのか、相変わらず穏やかな口調で私の質問に答えながら車の中に乗るよう再度、促した。
だが、はいそうですかと、素直に受け入れられるわけがない。
私は大人しく車に乗るふりをして、車と壁の隙間を通り、助けを呼ぼうとした。だが、叫ぶ前に東闇により後ろから覆いかぶさるように拘束された。口にも、ハンカチのようなものを押し当てられていて、声を出そうにもうめき声すら満足に出せない。渾身の力を振り絞り抵抗しても、東闇はびくともせず、段々と息苦しくなり、視界が暗くなっていき、それと同時に私の意識も沈んでいった…
そうだ。私は東闇と名乗る男とその仲間にに誘拐されたのだ。鈍く残る頭痛は、薬を吸わされたからだろうか。ということは、ここは誘拐先ということになる。
自分が誘拐されたなどというとんでもないことを思い出して、少し頭が働くようになっていた。先程までは気づかなかったが、私の服が変わっている。攫われる前に着ていたラフな私服ではなく、触り心地の良い、いかにも高そうな青いパジャマのようなものを着せられている。
寝かされていたベッドも、高級感がありかなり大きい。ベッドから降りると、天蓋で見えなかった部分も見え始めた。ここは、寝室…だろうか。だが、私はこの部屋の主とは趣味が合わないらしい。確かに、この部屋にあるもの全てが高級感あふれ、贅沢だが、だからこそゴテゴテとしていてどこか落ち着かない。どこかから逃げ出せないかと探したが、この部屋から出られそうなのは、窓とベットの先にある扉だけだ。だが、あの扉の先から人の声がするためあそこからは出たくない。
窓を調べてみると、ご丁寧にも鉄格子がはめられており、私の力ではとても出られそうにない。窓ガラスを割ろうにも音が響くし、何より割れるとは思えないほど頑丈だ。しばらく窓と格闘してみたが、窓からの脱出は諦めざるを得ないらしい。
仕方なく、リスクしかない扉に向き合った。扉に耳を押し当て、向こう側の様子を探ってみた。相変わらず人の声がするが、誰かと話している感じではなく、
1人で歌っているように聞こえる。覚悟を決めて、ドアノブに手をかけ、回してみる。ドアノブは回ったので、鍵はかかっていないらしい。
もしかしたら、扉を抜けた先で殺されるかもしれない、誰かに見つかったら?
凄まじい恐怖と緊張が私を襲い、思わず足がすくみ、身震いしてしまう。それでも、少しずつ少しずつ、音がならないように慎重にドアを開いていった。
わずかにできた隙間から覗いてみると、寝室と同じように豪奢な洋室だった。だが、人の姿はふかふかのソファに腰掛けながらワイングラスを手に持っている中年の男しか見えない。その男が、聞こえてきた歌声の主だった。
歌っている歌は、「どんぐりころころ」だろうか。
幸いこちらには背を向けていて私には気づいていない。今なら逃げられるかもしれない。そう思い、慎重にドアを自分の幅まで広げ、身を滑り込ませた。
「おはよう。恵ちゃん。なかなか目覚めないから心配したよ。気分はどうだい?」
ソファに腰掛ける男には私の姿は見えていないはずだったし、私は音を全くたてなかった。にも関わらず、男は驚いた様子もなく私に背を向けたまま声をかけてきた。
驚き蒼白な顔で固まっている私の元へ男は歩いてきた。
「東闇から聞いたよ。抵抗したそうだね。
ここへ来てもらうのに手荒になってしまい、すまなかった。だが何も心配することはない。私は君を殺したり、売ったりなんてひどいことはしない。だって私は君の父親だからね」
こいつは何を言っている。
私の父親?ならば私の今の父さんは、由良坂浩一は?
目の前の男が実の父親だというのか。だがそんなはずはない、私は偶然にも浩一とのDNA鑑定の結果を見ている。そこには私達の血縁関係が認められていた。どうなっている?
突然の情報に戸惑い、狼狽えている私に目の前の男は近づきながら続けた。
「突然のことで混乱しているだろうね。自己紹介をしておこうか。私は村鬼しげおという。君は私の大切な娘だからここで何不自由なく幸せに暮らせるよ。前のご家族のことも何も気にしなくて良い。君にはもう、私がいるのだから」
この男が私のチチオヤ?何が何だかわからない。
だが、村鬼しげおと名乗ったこの男と私はあまりに似ていない。
高身長で痩身、黒髪黒目で40、50代に見える。かなり年齢が高いように見えるが、どこか若々しいようにも見える。
目を覗いてみると、そこにはただ闇が広がっていた。
こいつは、私の父さんじゃない。
私はよく、お父さんにそっくりね。と言われる。浩一と恵はよく似ているのだ。琥珀色の目に、耳の形、鼻の形、顔立ち…
そうだ。私は正真正銘、由良坂浩一の娘だ。この男が私の父親であるなどありえない。仮にもし、村鬼が実の父親だとしても、私の父親は浩一ただ1人だ。
『私を家に返してください』気がつくとポツリとそんな言葉を言っていた。
その途端、村鬼の顔が真顔になり、表情を失った。
「なぜ?ここにいたほうが君は幸せになれるのに?
君にたくさんの物を与えてあげられるのに?なぜ君は前の家族を求める。私が愛しているというのに」
村鬼は先程の口調よりも、早口で威圧的な口調になった。
「嗚呼そうか、君の中から、前の家族が消えないのならば彼らを殺してしまえば良い。そうすれば、君は私と居てくれるのだろう、家族になれるのだろう?」
『は?何言ってっ!!』「だって君の中には家族がいるんだろう。だから私とは家族になれないと。ならば邪魔な者達を殺してしまえばすべて解決するはずだ。
まぁ、君が私の娘として、この館で良い子に過ごしてくれるのならそんなことをする必要はないのだけれどね」
今までの人生で感じたことがないほどの怒りを覚えた。この男は、私を脅している。自分に従わなければ私の家族を殺す。そう言いたいのだ。
(クソ野郎がっ…)体の中が白熱した怒りで焼け焦げそうなほど熱い。この怒りを外に出さず、中に抑え込むのはとても苦しかったが、この状況でバカ正直に怒りを見せれば、私も私の家族の命も危険だろう。
『あなたの娘としてあなたに従います』
これは私達の命を守るためだ。そう自分に言い聞かせ、これだけの言葉を振り絞った。
「従うだなんて。私は、君に無理強いしたいわけではないんだよ」
よく言うよ。従わなければ殺すくせに
目の前で薄ら笑いを浮かべているこの男は本当に同じ人間だろうか。
この男の言葉は真実なのだと思ってしまう。この男は私の家族など簡単に殺すだろう。そう思わせる程の深い闇をこいつの目は語っている。
私に選択肢などない。
『あなたの娘にしてください』
感情のない声でそう言った。屈辱的だった。身勝手に私を攫い、脅してくるこの男にひざまずき、従わなければならないこの状況に反吐が出そうだ。
一方の村鬼は、満足そうに笑い、私を抱きしめてきた。 「嬉しいなぁ。ようやく君が手に入る。これからよろしくね。恵ちゃん。」
怒りやら、屈辱やらで、私は無意識に固く拳を握りしめ、唇を噛み締めていた。そんなことなど気にも留めず村鬼は続けた。
「私のことは、お父様と呼ぶように。私は君の父親なのだから。あと、名字も今日から村鬼だ。全てにおいて私の娘だということをこれから忘れないように。分かったね?」『はい。お父様』
求められた通り、求められたことをする。
そうすると男は満足そうに笑った。きっとこれからもこういう日々が続くのだろう。
目の前の景色が、村鬼の声がどこか遠く感じる。まだ薬の影響が残っているのだろうか。
「ちゃん、恵ちゃん!!」どうやら村鬼がなにか話している最中にぼんやりとしてしまっていたようだ。
『大変申し訳ございません。何と仰っていましたか』
「君の部屋と侍女についての話だよ。もう部屋も侍女も用意はしてあるがね。もう夜遅いし、今から部屋に行こうかと言っていたところだよ。侍女たちにもそこで待機させている。」『侍女?』「君のここでのお世話係のようなものだと考えていてくれれば良い。
君は私の娘なのだから世話役くらいついて当然だろう。あまり遅くなりたくはないからね。行こうか」そう言って村鬼は、寝室の扉とは別の扉に歩いていき、2回ノックした。カチャカチャという音がしたかと思うと、扉が開き私を攫った東闇が表れた。
「村鬼様、お部屋も侍女も準備はできております。」
「ご苦労だったな。ちょうどこれから恵ちゃんを部屋に案内するところだ。お前もついてこい」
東闇の言っていた「さるお方」とは、村鬼のことだったのだろう。恭しく頭を垂れて村鬼に話しかけている。村鬼の右腕的な立場なのだろうか。そんな事を考えたが、自分を攫った相手に良い印象を持つはずもない。どうやらそれが私の目に出ていたらしい。
「恵お嬢様、手荒い真似をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。これからは、お嬢様の相談役を務めさせていただきますので何卒よろしくお願い申し上げます」私と目が合ったや否や、お辞儀をしながら挨拶をしてきた。
「恵ちゃん、もう許してあげなさい。彼はこれから君の相談役。まぁ困ったことなどを伝える相手になるからね。彼は私の側近だ。何かあったら東闇に言うと良い」そんなことを言われてしまえば従うほかないだろう。選択の余地はないのやけに丁寧に言うのが癪に障る。だが、今は従順にしておいたほうが良い。
『こちらの方こそよろしくお願いします』これまた感情のこもっていない儀礼的な挨拶をして済ませた。
その後は、村鬼たちが用意したという部屋まで歩いた。廊下のカーペットやら、壁に飾られた絵やらで本当に浮世離れしたところだと改めて感じた。
廊下を歩く途中で出会った人々は、女性は全員同じメイド服のようなものを着て、男性はスーツを着ていた。女性も男性も村鬼たちを見かけると、廊下の端で深く頭を垂れて道を譲った。そんなところも何から何まで私は好きになれなかった。
「着いたよ」そう言われて、扉の前で止まった。
東闇が扉を開けて村鬼と私を中に通した。部屋の中は、豪奢な調度品で溢れ、机の上はプレゼントのような包みや、箱で溢れていた。
だが、部屋を入ってすぐ目に入ったのは、1列に並び、廊下で見たメイド服に身を包みお辞儀をしている7人の女性だった
「「ようこそおいでくださいました。恵お嬢様」」
7人同時に揃った声を聞いて、どうやったらここまでタイミングの合った挨拶ができるのかと内心舌を巻いた。
「彼女たちが君の侍女だ。皆頭を上げなさい。緑蘭ここへ」リョクランと呼ばれた30代くらいのきつい面立ちの女性が私の前に来た。「お初にお目にかかります。恵お嬢様。私は侍女頭の緑蘭と申します。これからお嬢様のお世話をする侍女たちをまとめさせていただきます。よろしくお願いいたします」そう言うと、深く頭を下げた。「緑蘭、恵ちゃんに、ここの仕組みもしっかりと教えてやってくれ。他の侍女たちの紹介も頼んだぞ。では恵ちゃん私はこれで。それと、机の上のプレゼントはすべて私からだ。君が私の娘になったお祝いにね。好きにしなさい」それだけ言い残すと村鬼と東闇は、部屋を後にしていった。緑蘭は、じっと私を見つめながら、残りの侍女を紹介し、軽く部屋の案内もしてくれた。「以上がこの青の間のお部屋になります。今日はもう遅いですから、ここの仕組みなどに関しましては、明日詳しくご説明いたします。今日はゆっくりお休みくださいませ」侍女たちに誘導され寝室に行くと、頼んでも居ないのに私の髪をほどきベッドへと手を引いた。最後に一礼した後、侍女たちは部屋を出ていった。
今日1日、何が何だかわからないような日だった。
誘拐され、脅され、どんな目に合うのかと思えばお嬢様などと呼ばれ大層なもてなしを受けている。だが、それで舞い上がるほど恵は、おめでたい女ではなかった。元々、警戒心と猜疑心が強い恵は、部屋の案内の途中も、脱出口を探していた。恵は、ひどい目に合わせたりなどしないという村鬼の言葉を信じてなどいなかった。今はたまたま自分に殺意が向いていないだけで、あの男は簡単に私を殺す。確信に近い思いがあった。
だがここからの脱走は容易なものではないとも感じていた。窓にはすべて鉄格子がはめられ、部屋は二階。
出口であるドアも、外側から鍵がかけられるようになっている。それに、窓の外からちらりと見えたが、高い塀があり、身体能力に優れたものならまだしも、運動が大の苦手である恵には、到底登れそうになかった。
それに、仮にあの塀も登れたとしても、ここがどこだか分からない以上、迂闊に動いて警戒されるよりも、しばらくは情報収集に努めたほうが良いだろうと思っていた。
とりあえず、寝ておこうか。敵地のど真ん中で寝るとは不用心も良いところだが、私にはどうしょうもないのだ。それに私の寝込みなど狙わずともあいつ等は簡単に私のことを殺せる。だから下手に警戒して寝不足になるよりも、しっかりと寝て体力を残しておくことにしたのだった。
そうしてベッドに潜り込んだ恵は、まだ知らない。
彼女の周りをうごめく様々な思惑が、ゆっくりと確実に彼女を捉えていっていることを。
そして彼女の敵の大きさを…
今回の話は序章です。ここから、恵の本当の困難が、そして私が本当に書きたいところが始まります。
文を打っていてとても楽しく、書かせていただくことができました。