浜茄子⭐︎002
親友の様子がおかしい。
昨日くらいから……。急に性格が明るくなって、おしゃれになった。最初は、垢抜けたのかくらいに思っていたけれど、どうも様子がおかしい。なぜか別人のように思えてしまう。
こんなことするのは気が乗らないけど、探りを入れてみることにした。好都合なことに、舞華ちゃんの方から話しかけてきた。
「ねぇ、ハマナスちゃん」
「ふぎゃあっ。あ、びっくりした。何? 泡町さん」
「えっなんで苗字呼びに。ちょっと寂しいような」
「あ、ごめん。なんか雰囲気変わってとまどって」
「気にしなくていいよ」
「ところで……その、私も舞華ちゃんみたいになりたい! 教えて!」
「うんっ……ええっ!? いいの?」
悟られないように、ワクワクした感じで話す。うっかり苗字で呼んでしまったのだが、なんとか誤魔化せたようだ。しかし、向こうも呼び方が変わっている。前まではハマちゃんって呼んでくれていた。そんなふうに疑問が積み重なりながら話は進んでいった。
ついには放課後、舞華ちゃんの家に行くことに。
家に上がらせてもらったら、舞華ちゃんのお母さんがいた。一瞬身構えたけど、そもそも初めて会ったんだ。わかるはずがない。
挨拶が済んだら、舞華ちゃんの部屋に案内された。部屋もめっちゃおしゃれだったらどうしよう。と、謎の不安に駆られたが、意外にも平凡な(コレは失礼だけど)部屋だった。ただ、本人の雰囲気と部屋の雰囲気が絶妙にあっていない。
机の端の方にメイク道具などが置いてあるから、コレを使ったのだろうか。休日に遊んだ時でもメイクをしているのは見たことがないけど。クローゼットから見えた服も見たことあるものばかりだ。環境はあまり変わっていないようだ。
舞華ちゃんはというと、こんなことを言い出した。
「今から服などを買いに行きます」
「今から!?」
最初から私を連れていくのが目的だったのかな。いや、それなら家に寄る前に伝えられるはず。
ていうか人が多いところは私たち、好かないタイプだったと思ってたんだけど。第一そんな急に言われても困る。
「ねえ、そんな急には無理だって」
「は? 何言ってんの。すぐ帰るし大丈夫じゃん、この後やばい用事とかもないんでしょ?」
「それはそうだけど……」
「じゃあ行こう。問題なしだよねっ」
私は自転車に乗せられて、お店に連れて行かれた。
お店に行ってからも本当に大変だった。
あれもこっちもと、様々な服のところに連れ回されるし、やたら高いメイク道具の前に立っていたら緊張する。いつのまにか居ないと思ったら十分くらい悩んでいる時もあるので、探すのも、待つのもとても疲れた。
さすがに耐えきれなくなって、ストップをかけた。幸いにも、舞華ちゃんは止まってくれた。椅子に腰をおろしたところで、ずっと気になっていたことを聞いた。
「あの、今思ったんだけど、変なこと言ってごめんなんだけど」
「う、うん」
「最初は、なんだか雰囲気変わったかなって、思ってたんだ。でも、今日過ごしてるとね、性格も、違うんだ」
「ま、まあ…変わりたくなったっていうか」
「本当にそうなのかな。舞華ちゃんはね、私のこと、ハマナスちゃんなんて呼ばないよ」
「え?」
「ハマちゃんって、呼んでたよ。呼び方変えただけかもしれないけど、他にも全く違うの」
「それって、どういう……」
「それにね、舞華ちゃんは、こんなに人が多いとこ、苦手だって言ったよ。そんなに簡単に好きになれるの? 私のこともわかってくれてないみたいだった。前まではあんな感じじゃなかった。今日は初めて会って、仲良くなろうとしてるって言うのかな。違ったの」
「そんなことないよ」
「ねえ、舞華ちゃんなの? 本当に」
舞華ちゃんは何言ってんの、なんて言って笑ってくれると思っていた。ちょっとおかしいよーなんて終わると思っていた。でも、舞華ちゃんは少しなにかを考えてからこう言ったんだ。
「何言ってるの? 私は私だよ。ハマナスちゃん」
呼び方が強調された。舞華ちゃんじゃないことを言い聞かせるように。本当に舞華ちゃんじゃなかった。じゃあ誰? 本物の舞華ちゃんはどこに?
舞華ちゃんの笑顔が不気味に思えて、私は怖くなって、走り去ってしまった。
翌日、学校を休んだ。もう一度あの舞華ちゃんのような誰かに会うのが怖すぎて。本物の舞華ちゃんがどこに行ったのかもわからなくて、不安でたまらなかった。
舞華ちゃんがなぜ別人と入れ替わってしまったのか、原因を必死に頭の中で探っていると、思い当たることがあった。
「ねえ、異世界ってあるじゃん」
「異世界ではすごく良い世界もあって、その世界の人と入れ替われる方法があるらしいよ」
「でも、その世界の自分と会うと良くないことが起きるんだって」
そんな噂を聞いた私は、舞華ちゃんに試してみると言ったのだ。その翌日に舞華ちゃんが変わった。もしかしたら、私が行くなら自分も行こうと考えたのかもしれない。第一、今の舞華ちゃんは絶対に舞華ちゃんじゃない。
しかし、私が入れ替わっても、元の私が変わってしまったら他の人に怖い思いをさせるかも……。とにかく、噂のもとを突き止めて、詳しい方法を調べなくちゃ。
そして、一応入ってはいるクラスのグループに、メッセージを送ってみた。
『別世界の自分と入れ替わるという噂を聞いたけど、最初に広めていたのは誰か教えてほしい。詳しく聞きたいから。』
噂に興味のある人が調べてくれたみたいで、その日の内に、候補は六人ほどにしぼられた。さらに、その六人にどこで知ったのか聞くと、三人は残り三人に聞き、その残り三人のうち一人はインターネット、一人はどこで知ったか忘れたという一人に聞いたという。インターネットで調べた人は、趣味であって、広めるつもりは無かったらしい。
「ということは……どこで知ったか忘れた人が広めたってことか」
名前を聞くメッセージを送った。返信はすぐにきた。それも本人から。
『私だよ! 名前は春野燕だよ。詳しい話は後日の放課後、学校の裏で話す! プールの近くだよ。体調良かったらでOK』
仮病で休んだので体調を心配されていた。返信してから、今日は頭を冷やしておこうと思った。
次の日、学校は休んだけど、放課後に指定された場所に向かった。春野さんはすでにきていて、手招きしていた。
「ごめん、遅くなった?」
「ううん、むしろ遅い方が良かったかも。人がいなくなるまだ待たなきゃ」
「なんで?」
「プールを使うんだよ。見られたら困るでしょ」
「あのプール、水草とか藻とか生えてるしヤゴとタガメが泳いでるよ」
「それはあんまり関係ないよ」
「そうかあ……それで方法は?」
春野さんは、別世界に行く方法を教えてくれた。それには、自分が映るものに飛び込む必要があるので、プールを使うらしい。うまくいけば、もう一人の自分がいつのまにかそこに立っていて、別世界で自分はいつのまにかどこかに立っているらしい。
「ていうか、詳しく聞きたいしか話してないのに、なんで本当に試すことがわかるの?」
「いや、わからない。試してもらいたかった。さて、人もほぼいなくなったので、実行しますか」
「なんか心配だよ」
「大丈夫だって。さ、きてきて」
フェンスを乗り越えて、プールの前に立った。水面には私が映り込んでいる。今になって、やっぱりやめたくなった。大体舞華ちゃんがこれを試した保証もないし。でも、春野さんは呪文? を唱えていて聞くのにためらう。私、何やってるんだろう。
「よし! 海原さん! いって!」
「へっ!? うんっ」
反射的にプールの方に倒れ込む。吸い込まれるような感覚があった。
しかしその時、服がガシッと掴まれた。そして、耳の近くで、
「ここに落ちたら、溺れちゃうかもな……やめる?」
と呟かれた。
「それって……あっ」
返事をする間もなく、手を離されて、私はプールに落ちた。溺れると思ったけど、水の感じはなくて、必死で閉じていた目を開けると、私はバケツの前に突っ立っていた。
ここは……? 消毒液の匂いがする。近くにはベットもあるし。
廊下に出ると、誰かと鉢合わせた。
「あら? 海原さん?」
「へ?」
寝かされて、人が出て行ってから、やっと気づいた。ここは病院で、あの人は看護師さんだったようだ。ということは、別世界の私は入院とかしていたのだろうか。今の私は元気だけど、どうなるんだろう。
次の日、お母さんがとても嬉しそうにしていた。良かったね、と言って。退院もできそうらしい。私、全然大丈夫……。
それよりも、昨日こっちの世界に来た途端、すごい納得したような感覚があった。もともとこっちにいたっていうような感じが強いんだ。
何か探してたはずだけど、それも忘れてしまった。とても大事だった気がする。なのにどうでもいい。思い出さなきゃって感じもしない。
だって、それは本当はなかったはずだから。