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マイカ⭐︎002


「ドッペルゲンガーの世界があるんだって」

「自分のドッペルゲンガーと会うと死んじゃうらしいよ」

「入れ替わっちゃうこともあるんだって」

「ドッペルゲンガーは1人だけじゃないらしいよ」


 教室は、そんな話でいっぱいだ。中1にもなって、こんな噂が流れているんだから呆れてしまう。自分とそっくりな人くらい、1人や2人、いるに決まっている。それに、出会ったとしても死ぬなんてこと、ありえない。

「ねぇ〜! マイカってばあ!」

「うおっ……びっくりした。何?」

「びっくりしてないでしょ。わざとらしい。まあそんなことより、新しいドッペルゲンガーのこと、聞いた?」

「またその話? もう聞き飽きたんだけど」

 話しかけてきたのは友人のタケ。おしゃべりで、話題になっていることがあるとすぐにとびつく。今回も、また新しい噂を聞いてきたようだ。

「ドッペルゲンガーだらけの世界があるって話したじゃん。その世界に行けるって話聞いたんだよね」

「あったあった、そんな話」

「でね、その方法はね……わからん」

「じゃあなんで話す」

「報告だよ報告! 明日にでも聞いてみせるから」

 タケが去っていくのを見届けた後、自分も立ちあがる。日は沈みかけていた。はやく帰ろう。楽しみにしていることもある。


 「ただいま」

「おかえりなさい。あ、今日の夜から雨がふるらしいから、自転車にカバーかけといてね」

「言われなくてもやるっての」

 靴脱いでから、また履くのめんどくさいし、自転車は後でいいか。それよりもテレビだ。わくわくしながら電源ボタンを押す。テレビいっぱいに現れたのは、私が推しているアイドルだ。

「だあっ、遅かったかあ。でもやばい! タイミング最高かよ」

 キッチンから、靴をそろえろだ勉強だと言う声が聞こえてきたがどうでもいい。先週から待ちわびていた時間なんだから。そして、輝くような時間が始まった。


 番組は終わり、CMが入って、「この後すぐ」の表示が現れた。

 「めっちゃ良かった……ねぇお母さん! あのシーン見た⁈ やばかったよね⁈」

「はいはい、早くお風呂入っちゃいなさい」

「あぁもう。わかったってば」

 スマホはどこだ。かばんだったような気がするけど。かばんの手前に……あった。この感動を共有しなければ。しかし、少しやり取りをした後、お母さんの怒りによって風呂に入ることになった。

 シャワーの音に混じって雨音が聞こえてくる。そういえば自転車にカバーをかけてなかった。明日は歩きになるかな。近いし、まあいいや。

 お風呂から上がると、スマホにタケからメッセージが来ていた。内容は、ドッペルゲンガー。学校で話していた内容の続きだった。

『自分が映るものに入れたら行けるとか! まぁ嘘だろうけど。鏡に飛び込んだけどダメだったぜ泣』

『そりゃそうだろ』

 適当に返信しながら部屋に戻る。それにしても、特に不満もない生活に怖い話とかはやめてほしい。私は怪談話は好きじゃないんだから。大体、もし出会ったら、死ぬようなやつがうようよいる世界に行くなんて、おかしいんじゃないの。

「……そろそろ寝よ」


 朝日が差し込んできて、目が覚めた。そういえばカーテンを閉めていなかった。危ない危ない。窓の鍵は閉めていたけれど。

「おはよう。朝ごはん何?」

「マイカ、起きるの早いわねえ。今できたとこだから、自分で持っていって」

 言われた通りに、テーブルに皿をならべる。椅子に座ると、トーストのいい匂いがした。その上に、バターをぬって、真っ赤ないちごジャムをたっぷりつける。出来上がったら思い切りかじりつく。サクサクの食感も、バターといちごジャムの味も最高だ。

 さあ次はデザート……と思ったが、ゆっくり味わう時間はもうないようだ。慌ててオレンジを口に押し込み、飲み込んだ。

 洗面所に向かった。今日はツインテールにしよう。少し巻くのが最近のお気に入りだ。その他もろもろの準備もして、制服を着たら完成。

「行ってきます」

 外に出ると、晴れてはいたが、あちこちに水たまりができていた。靴は汚したくないし、避けて歩こう。水たまりには、青い空が映っていた。

『自分が映るものに入れたら行けるとか! まあ嘘だろうけど。』

 タケのメッセージを思い出した。なんで今更。あるわけない。けれども、好奇心からか、少し試してみたくなった。少し手を入れるだけなら、洗えば大丈夫。

 水たまりを覗き込んだ。そこには、「ポニーテール」の私が映っていた。髪型が、違う。顔は、同じ。

「え?」

 驚いてバランスを崩す。水たまりに倒れ込む。水が跳ねて、私は水たまりに沈んだ。体全部が吸い込まれて。浅いはずなのにどんどん奥まで吸い込まれる。ポニーテールの私とすれ違った。あれはもしかして、ドッペルゲンガー?

 気がつくと、私は水たまりの前に立っていた。体はどこも濡れていない。

「あ、あぁ、あ、気のせいか……気のせいだ……」

 少しふらつきながら学校へと向かった。道も、なんとなく違うような気がするけど、実際に違うところはないし。

 校門の前で、タケにあった。不安でいっぱいだったが、友達に会ったことで安心した。

「あ、タケ! おはよー。珍しいね! いつもはそっちから絡んでくるのに、気づかなかった?」

 しかし、安心は無くなった。タケは驚いた顔でこちらを見た。

「あなた、だれ?会ったことあったっけ」 

「え? や、やだなぁ。同じクラスじゃん。マイカだよ、マイカ。冗談きついなあ」

「え? 舞華マイカさん? そういえば居たような。もっと暗かったような気がするけど……ああ、キャラ変? いい感じだよっ」

 タケが私を知らない。やっぱり、ここは違う。それに、さっきは、タケがタケじゃない気がした。よく似ているけど違うような。もしかして、これが噂されていたドッペルゲンガーの世界?

「そんな……」

 友達関係が変わっていると言うことは、他にも違うところはあるかもしれない。私自身もきっと違う。

「そんなこと……すごく……楽しそう!」

 私は、私と水たまりの中ですれ違った。ということは、この世界の私は、私がもといた世界にいるのか。それなら死ぬかもしれない恐怖もないし、だれもできない体験もできる。それって、すごくワクワクする。

「ちょっと気持ち悪いけど、ドッペルゲンガーの世界。楽しんでやろう!」

 上機嫌で教室に入り、クラスメイトにあいさつをする。教室はタケの後ろをついて行って特定した。変わっているかと思ったけど、同じだった。もちろん席も同じ。環境というより、人とかが違う感じなのかな。

 席に着くと、隣の子が話しかけてきた。この子は同じクラスだったけど、話したことはない。眼鏡をかけているのは覚えていたけど。名前、わからないな。出欠をとる時に確認しよう。

「ねぇ、舞華ちゃん」

「うおっ……びっくりした。どうした?」

「いや、その、舞華ちゃんじゃないみたい……」

「そんなことないよー!」

「でも、前は、もっと自信なさげだったような……。あっ、いや、これは悪い意味ではなくて」

 一瞬バレたかと思ってひやっとしたが、そう簡単にバレる訳ない。それに、こんなことだれも信じないだろう。

 眼鏡の子は意外に話しやすく、話が弾んだ。しばらく話していると、ドアが開く音がして、先生が入ってきた。その途端、みんな静かになり、姿勢を正した。あの先生、私の世界では、ふわふわ笑う人だったのに、こっちでは、すさんだ目で不機嫌そうだ。やっぱり変わるものなんだな。

「出欠をとる。泡町アワマチ舞華マイカ

「はい」

海原ウナバラ浜茄子ハマナス

「はい」

 眼鏡の子は、ハマナスちゃんと呼ぶことにしよう。早く話したい。こっちの授業はつまらないから。


 チャイムの音が、学校に響き渡った。授業が終わった。

「ねぇ、ハマナスちゃん」

「ふぎゃあっ。あ、びっくりした。何? 泡町さん」

「えっなんで苗字呼びに。ちょっと寂しいような」

「あ、ごめん。なんか雰囲気変わってとまどって」

「気にしなくていいよ」

「ところで……その、私も舞華ちゃんみたいになりたい! 教えて!」

「うんっ……ええっ!? いいの?」

 まさかこんな提案をされるなんて。確かに私はこの世界の私より、いい感じ? なのかもしれないが。友達が急に変わって自分も追いつきたいのだろうか。

「いいの? いいんだね!」

 ハマナスちゃんは喜んでいるしいいか。しかし、私みたいに、とはどうすればいいのか。とりあえず、おしゃれとかを教えたらいいのかな。


 特に面白くない授業の詳細は置いておいて、ついに放課後がやってきた。まずは私の家に来てもらおう。持っている服などをみてもらうのもいいかもしれない。

「ただいま!」

「おじゃまします」

「……舞華?」

 お母さんの声がした。そういえば、ここの私のお母さんは、怖くないと良いな。前とそんなに変わらないで欲しいけど。

「あら、お友達?」

「うん、仲良いよ」

「えっと、海原浜茄子ウナバラハマナスといいます。よろしくお願いします。」

「ま、あ〜! よろしくね。嬉しいわあ」

 お母さんは、ハマナスちゃんを気に入ったみたいだ。怖くなっていなくて良かった。そして、ハマナスちゃんを部屋に連れて行った。

 しかし、クローゼットを開けて、しまったと思った。前の私は暗いと言われていたようなのだが、服も可愛いものが全然ない。唯一見つかったのは、買ってから使っていないと見えるメイク道具と、親が選んだが着ていないと見える服たちだった。

「ハマナスちゃん」

「うん、どうしたの?」

「今から服などを買いに行きます」

「今から!?」

「そうだよ」

 私は、混乱しているハマナスちゃんを自転車に乗せて、デパートに行った。少し遠かったから、ここの世界にいた私が、自転車にカバーをつけていて助かった。やはり行動も違うものなんだな。

 さあ、デパートについた。さっそくかわいい服がたくさん売っているお店に行き、比較的安くてかわいい服を買った。家にある服も合わせれば使えるはずだ。そのままハマナスちゃんを連れ回していると、ストップがかかった。

「舞華ちゃん……! さすがに疲れた……」

「あ、うん。そっか。じゃああそこの椅子で休憩しよう」

 ふかふかした椅子に座ると、ハマナスちゃんが口を開いた。

「あの、今思ったんだけど、変なこと言ってごめんなんだけど」

「う、うん」

「最初は、なんだか雰囲気変わったかなって、思ってたんだ。でも、今日過ごしてるとね、性格も、違うんだ」

「ま、まあ…変わりたくなったっていうか」

「本当にそうなのかな。舞華ちゃんはね、私のこと、ハマナスちゃんなんて呼ばないよ」

「え?」

「ハマちゃんって、呼んでたよ。呼び方変えただけかもしれないけど、他にも全く違うの」

「それって、どういう……」

「それにね、舞華ちゃんは、こんなに人が多いとこ、苦手だって言ったよ。そんなに簡単に好きになれるの? 私のこともわかってくれてないみたいだった。前まではあんな感じじゃなかった。今日は初めて会って、仲良くなろうとしてるって言うのかな。違ったの」

「そんなことないよ」

「ねえ、舞華ちゃんなの? 本当に」

 ハマナスちゃんがこちらを向いた。きっとすごく仲が良かったんだ。違うことがすぐわかってしまったんだ。それでも私はこう答える。

「何言ってるの? 私は私だよ。()()()()ちゃん」

 ハマナスちゃんは、顔をこわばらせて走り去って行った。まぁいっか。しばらく冒険しようかな。近所の人たちがどうなってるかとかも見てみたい。デパートはもう良いや。

 私は、自転車に乗った。

「ただいま」

「おかえり。あら? ハマナスちゃんは?」

「デパートで解散した。なんだかくたびれちゃったからお風呂入って寝るね」

「そうなの。わかったわ」

 お風呂のお湯に浸かりながら、水面を見つめる。そこには満面の笑みの私が映っている。これからもっと楽しくなるかもしれない。新しいことは楽しみだ。変わっていくのも楽しみだ。そのままお風呂から上がり、布団に入って眠った。


 目覚まし時計の音で目が覚める。朝にこの音は似合わないような気がするけど。これも新鮮で楽しい。

「おはよう。朝ごはん何?」

「あら、早いわね。いつもはギリギリまで寝てるのに。早く食べちゃって」

「おいしそう」

 皿の上には大きめのおにぎりが二つ、湯気をたてていた。もちもちのお米とパリパリの海苔をかじると、口の中に、こうばしい鮭の味がふんわり広がった。おにぎりの中からは、少し焦げたオレンジ色が見えていた。二つとも、食べ切った。ガラスコップの麦茶を飲み干し、洗面所に向かった。

 髪をくくりながら思う。ここの世界の私はずっと寝ていたなんて。もっと味わって食べたら良いのに。いや、食べてないかもしれない。勿体無い。そしてその他もろもろの準備を終えて、外に出た。

「行ってきます」

 雲一つない快晴だった。自転車に乗り、学校に向かう。じめっとした道の途中に、水たまりが少し残っていた。それでも、気にせずに自転車で渡って進んだ。

 教室のドアを開ける。

「おはよー。」

 自分の席に着いたあと、チラリと隣を確認したが、まだ空っぽだった。

 それからいつまでも来なかったので、今日は欠席だろう。そして、誰かが私に話しかけに来ることもなかった。

「今日は来なかったな。明日は新しい友達でも作るかなあ」

 帰り道では、もう水たまりはなかった。何も気にかけずに、当たり前のように家に帰った。夕日がリビングにあふれていた。私は、ノートに書いてあるテキストのページを開いて、消し後だらけのノートに、スラスラと答えを書いていた。

 暗くなった時、お母さんが帰ってきた。

「舞華、そろそろお風呂に入りなさい」

「はーい」

 ザブン、と湯船に浸かる。水面には、まだ笑顔な私が映っていた。まだ楽しい。これから知ることが楽しい。もとの世界よりいいかもしれない。私の世界では、みんな笑顔で、良かったけれど、ここではそれ以上にワクワクする。そして、私はお風呂から上がり、楽しい気持ちで布団に入った。

 目覚まし時計の音で目が覚めた。しかし、まだこの音にはなれないな。

「おはよう」

 お母さんはいなかった。お皿の横にメモがあり、食べといてねと書かれていた。これは初めてでワクワクするな。今日は友達でもつくろう。

「行ってきます」

 教室に入ると、ハマナスちゃんは今日も休みらしい。かばんを席に置いて、タケの方に話しかけに行った。

「ねえねえ! 話に混ぜて〜!」

「あ! 舞華さん? いいよいいよ! 話そ!」

「わーい! あ、この前見つけた服見て〜」

「なになに? え、いいじゃん。これ売ってるとこ連れてってよ」

「よっしゃ! じゃあいつ行く?」

「うーん、今日は塾だしなあ。この日なら空いてるけど」

「私も空いてるよ! 決定でいい?」

「いいよ」

 仲良くなることに成功した。あとは、あの子とあの子……あっあの人とも仲良くなりたいな。

 そうして、友達をどんどん増やしていった。前までよりもずっと充実した生活ができそうでとても楽しみだ。

 友情をとても大切にしている子。おしゃれできらびやかな子。サバサバしてかっこいい子。流行りに敏感な子。おっちょこちょいな子。漫画やアニメが大好きな子。クラスのリーダー的な子。静かで優しい子。恋愛に必死な子。

 みんな一緒にいるのが楽しくて仕方がない。そして、起きて、学校に行って、寝てを繰り返して、この世界を満喫していった。もうここで暮らしていこうかな。楽しくて楽しくて幸せだ。そうして今日も家に帰る。課題をやって、お風呂に入る。

   

    水面に、もう舞華は映っていない。


  


 





    




 


 

 











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