王妃の試練
令和5年7月6日(木)
誤字のため、一部表現を変更しましたが、内容に変更はありません。
令和5年9月14日(木)
一部の表現を変更しましたが、内容は同じです。
ドアをノックし、中に居る娘に話しかける。
「ラテュー、王妃様からお茶会の招待状が届いた」
だが返事はない。
「起きているのかい? 倒れていないのかい? 返事がなければ、部屋を開けるよ?」
この館の各部屋のマスターキーが束になった鍵たちを取り出し、わざと大きな音をたてる。すると、わずかばかり扉が開き、細く真っ白い手首の右手だけがぬっと出てきた。
その手に招待状を渡すと、左手も出てきたと思うと、その招待状を破って捨てると、また扉は閉ざされた。
「あなた、ラテューには会えましたか?」
「いや、見えたのは手首だけだ……。ずっと部屋に閉じこもっているせいで痩せ、ひどく肌の色も白くなっていた……」
正直に伝えれば、妻が両手で顔を覆うと涙を流す。
「だから私は反対したのに……!」
そうだ、あの時、妻は“悪趣味”だと言い、反対してきた。それを慣習だし問題ないと言ったのは、私だ。
妻とは夫婦となり信頼関係を築けていたはずだが、今ではそれは崩壊している。
「これ以上、あの子をこの国に置くことはできません! お願いです、離縁して下さい! 私があの子を連れ、実家の隣国へ行きます! すでに弟にもラテューのことを相談しており、いつでも帰って来て構わないと言ってくれています!」
「それは……」
妻と娘を一気に失う。そのことを恐れ、頷けない。
それにもしかしたら、娘は試練に勝てるかもしれない。今は不安定だが、時が経てば……。そんな甘い期待も抱いていた。
「あの子を殺すおつもりですか? あの手首を見て、なにも思わないのですか! あの子はもう、いつどうなってもおかしくない状況なのですよ? 我が子と忠誠、どちらを選ばれるのです! ご立派な忠誠心だけしか持たない方とはこれ以上、共に生きることはできません!」
妻も追いつめられている。離縁というのも、本気だろう。どう返事をするべきか、なにが最適か考えていると、執事がやって来た。
「お忙しいところ、申し訳ございません。殿下とご学友の皆様がお見えになられました」
「……用件は?」
怒りを滲ませた声で、妻が問いかける。
「ラテュー様と話をしたいと……」
「その学友にはどうせ、レチェリ嬢もいるのでしょう? あの王子も王子だわ! 絶対にあの子には会わせません! どうしても会わせるよう王族として命令をするのなら、私が殺すと伝えなさい」
妻の本気が伝わったのだろう。長く務め、使用人として一流の彼が体を強張らせる。
「私が応対する。館には入れることはしないと、約束する」
部屋を出る直前、妻の「出来もしない約束など……」という恨みの声が聞こえてきたが、聞こえなかった振りをした。
なぜなら、私はもう信用されていないと分かっているから、今さら言い訳もできない。
殿下に頭を下げられたら、皆に泣かれたら彼らに同情し、ラテューに会わせると思われている。
私の責任だ。妻との関係を修復することは、困難だ。いや、無理なのかもしれない。
執事は考えてくれており、無礼を承知で玄関の戸をくぐらせてはいなかった。
戸を開け外に出ると、そこにはラテューの婚約者である王太子アメント殿下と、学友たちが揃っていた。
扉を閉め、告げる。
「申し訳ありませんが、全員、館への立ち入りを許可することはできません。こちらへ……。庭で話しましょう」
先を歩き、ラテューの部屋の反対側の位置する場所へ向かい、立ったまま話をすることにする。
「お願いだ、侯爵、ラテューに会わせてもらえないだろうか」
「直接ラテューと話し、謝りたいのです」
「……それは無理な話です。私は産まれも育ちもこの国のため、疑いもなく慣習だと受け入れましたが、隣国から嫁いできた妻には理解されませんでした。異様な慣習だと。さらに妻は私と離縁し、娘を連れ母国へ帰ると言っています。妻の弟も受け入れると返事をしているそうです。王妃様からの招待状を受け取ることもありませんでした。……殿下、お願いがございます。私は家族を守りたい。陛下との謁見を組んで下さい」
深く頭を下げる。
もう事態はここまで悪化しているのだと教えるため、離縁する可能性を伝えたが、若い彼らには衝撃だったのだろう。顔色を悪くさせる。
「でしたら、なおのこと……! このようにご家族関係まで苦しめてしまうことになるなんて……っ。どうかラテューに会わせて下さい! 夫人にも!」
胸の前で手を組み、涙目でラテューの友人であるレチェリ嬢が頼んでくるが、首を横に振る。
「いいえ、許可できません。妻の許可なく館へ足を踏み入れた者は、殺すと言っています。ですから絶対、私が許可しない限り、接触を控えていただきたい。ですからもう、館へ足を運ぶことも、どうか控えて下さい」
「……そこまで、なのか……」
殺すと言われるほど妻に嫌われている。これは正直に伝えないと、私が外出中に館に来られた際、取り返しのつかない事件へ繋がりかねない。若い彼らを守るためにも、伝えなくてはならないことだった。
後日、殿下は動いてくれ、陛下との謁見が叶った。
「侯爵、現状は把握しておる。お主の娘と、我が息子の婚約について話し合いたい、そういうことであろう?」
「はい。この国は代々、男性が玉座を継ぎます。その伴侶となる女性は、どのような状況にも耐えられるよう、精神を鍛えられるカリキュラムがあるとも知っています。特に多感な年頃、わざと王太子が婚約者ではない別の女性と親しくし、それに合わせ、周囲が婚約者となる娘を虐げる。王妃様はその過酷な道を乗り越えられましたが、娘、ラテューにはその力が足りませんでした。殿下と娘の婚約解消を望みます」
子ども達には、この国にこの慣習があることは、その時が訪れるまで伏せられている。
告げられた時、殿下はうろたえられた。本当に必要なのかと、何度も確認された。
しかし実際、婚約者がいても殿下の愛を乞う女は多い。そういう女性を相手に、殿下もどう対応するかを学ばせる意味もある。だから多くの貴族が必要なことだと言い続け、ようやく殿下は頷かれた。
そして婚約者の娘には、嫌味や虐げられた際、どのようにあしらうのか。そして、心の中でどのように問題と折り合いをつけるか。それを学ばせる期間。
そんな慣習があると知った妻は、露骨に顔をしかめた。
「わざと辛い目に合わせる? 本人には内緒で? 殿下の相手をする女性も承知しているとはいえ、そんな……。悪趣味すぎるわ。大体婚約者となった時からあの子は、嫌味を言われたりして、耐える場面が多いというのに。さらに追討ちをかけるような慣習、私は反対だわ」
「確かに一気に不幸が訪れたような状態になるが、誰だって、人生のどん底を味わう時がある。それを先に経験しておけば、後々、あの頃に比べたら大したことはないと、何事にも取り組めるようになる」
あの頃の私は本気でそう信じていた。それでも妻は反対を続けた。
「それに殿下は、ラテュー以外の方と本気でどうこうなる訳ではない。むしろ誤解される真似をすることを、嫌がっていたよ。だから相手に選ばれた女性はそれを弁えており、愛人の座を狙っていない者を指名された」
「一応聞いておきますわ。誰でしょう」
数名の名を挙げた時、その中に娘の友人、レチェリの名前が入っていることに反応を示した。
ただその時は、娘の友人でありながら、裏切るような振りに参加することへの嫌悪かと思ったが、後々分かる。そうではなかったのだと。
レチェリ嬢は最初、なにかあればラテューを慰めていたが、わざと本人がその場に居ない。しかし通りかかるというタイミングで、聞こえるように言った。
「正直、ラテューは殿下に飽きられると思っていたの。だってあの子、すぐくよくよするし。うじうじして、私も相手にすることに疲れているわ」
ラテューが友情を疑い始めると、今度は殿下と親しい場面を見せつける。
「あら、なにか言いたくて? ねえ、ラテュー。なぜ殿下が貴女以外の女性へ目を向けているのか、少しは考えたらどう?」
あらゆる立場として率先と動くその様子は、妻に言わせると、楽しんでいるようにしか見えなかったそうだ。
「ああ、もう無理だわ。耐えられない。この国はどうかしている。妙な理由をつけ、王太子の婚約者への鬱憤を晴らしているとしか見えない。抱えている悪意を、試練だと理由をつけ、堂々とラテューへぶつけているのよ」
「しかし現王妃も、先代も、皆が同じ体験を乗り越えられたのだ」
「だからといって、このようなやり方、やはり間違っているとしか思えません。日々あの子は心身ともに傷つき、その姿が痛ましく……。母としては、あの子の幸せを祈りたい。婚約解消できないのですか?」
「なにを心配することがある」
ラテューを甘やかして育てた訳ではない。厳しい王家からの教育にも耐えていた。
だが、信用していた者たちから裏切られる日々は、娘の精神を犯し始めていた。
「ラテュー、顔色が悪いが大丈夫か?」
「大丈夫です、お父様。最近、少しよく眠れなくて」
「昨晩一睡もできなかったと言っていたじゃない。そんな体で外出をするのは、止めなさい」
「心配してくれてありがとう、お母様。でも今日は殿下と一緒に、慰問の訪問日だから……。休められないわ」
その頃はまだ、弱々しくも笑っていた。
しかし日に日に笑うことは減り、感情を見せることが減り、まるで無感情の動く人形のようになった。
不作法というのに、フォークで料理をつつき、食べようとしない。さすがに危機感を抱いた。
「眠れるよう、薬を用意してもらったから、飲みなさい」
そうして用意した薬も、妻に言われなければ忘れる。
「限界なのよ、もう手遅れだわ。やはりこんな馬鹿げた行為、早いうちに陛下へ謁見し、止めさせるよう進言すれば良かった」
「今はそうかもしれないが、ラテューならきっと、乗り越えられる」
「あなたは楽観すぎるわ! ラテューを見ていながら、よくそんなことが言えるわね」
私には歴代王妃が乗り越えられたのだから、大丈夫だという理由で自信があった。この試練に耐えられなかった者はいないとも聞いていた。ただそれだけの根拠で、妻ほどラテューに寄り添っていなかった。
だが妻の言うことに、もっと真剣に耳を傾けるべきだと後悔したのは、間もなくのことだった。
食事の最中、執事が領について報告があったと、小声で伝えてきた時だった。
ラテューが「いやあぁぁぁぁぁ!」と叫び耳を塞ぐと、ごめんなさいと繰り返し、泣き始めたのだ。
カトラリ―を投げ出し妻はラテューを抱きしめると、痩せた娘は、怖い、怖い。皆が私の悪口を言うと、まるで子どもの頃のような口調で訴え始めた。
私は動けなかった。ただ驚き、娘を見つめていた。
なんとか妻と一緒に部屋へ帰らせたものの、そこでも一人にしないでと泣いてすがられ、その晩はラテューについて、妻と話すことができなかった。
だが私の中では結論が出た。
ラテューの様子を城へ伝えるように言い、私の独断で王妃の試練について娘へ知らせることも。
私の話を聞いたラテューは、久しぶりに感情を見せた。
「わざと悪口を言ったり、殿下が他の女性と仲良くさせたりする期間を、乗り越えさせる? 本気ではなかった? ふふ……っ。ふふっ、あははははははは! なんて悪趣味なのかしら!」
ああ、そう。そういうことなの。娘は血走った目を向けてくる。
「王妃となる者に試練を与える。言い方はお綺麗なこと。でもそれ、本当に試練? 試練という言葉を盾に、好き放題やらせる権限を与えていただけじゃない! ぶつかられ、突き飛ばされ、水をかぶらされ……。止めてと言えば、わざとじゃない。なんて心の狭い方なのでしょうと言われ…。挙句の果てには、そんなことでは、王妃にふさわしくないと言われ! 別の女性が良いと言われ! 婚約者が他の女性と親しくしている場面を見せられ続け!」
「み、水だと?」
まさかそこまで……! 単純に陰口くらいかと……。そんな肉体的にも影響を与えるやり方をしていたとは……!
「レチェリ嬢の方が、よほど王妃にふさわしいと言われ……! そうやってどれだけ私を傷つけても、ごめんなさいね、だってこれは試練だったの。本当は嫌だったけれど、試練だからやらなくてはならなかったの。そう言って謝られ、許すしかない訳ね。逆に未来の王妃が、国民に試練を与えたいくらいよ! 王太子の子を産まない。産んでも殺す。この試練に皆、どう対応するのかしら。王妃にふさわしい調度品を揃えるためにも、贅沢をしてあげなくてはね!」
あまりの発言に、私達夫婦はなにも言えなかった。
それ以来、娘は部屋に閉じこもるようになった。その扉が、ラテューの心でもある。誰に対しても開こうとしない。
一人にしないでとしがみついた妻も、知っていながら放置したことから同罪とされ、私達夫婦にも扉を開こうとしない。
娘の部屋に直接繋がっているバスルームがある為、扉の隙間からメモが出ていることがある。体を拭きたいので、水を持って来いと。娘にしては有り得ない、命令口調の文章に、使用人たちも戸惑った。
使用人たちも王妃の試練だと、館内で「本当に王妃という席、ラテュー様に務まるのかしら」といったことを話しており、信頼されていない。
食事はドアの前に置かれ、人気がないことを確認し、トレイを引きずりこむ。そして大半を残し、いつの間にか部屋から出される。
当初、トレイを取ろうとした瞬間を狙い、扉を開けるよう命じたが、その使用人の手に、ラテューは躊躇なくペーパーナイフを何度も突き立てた。
「未来の王妃からの試練よ、ありがたく思いなさい」
血を流し泣く使用人を扉から離し、以来、無理に部屋を開けようとすることを減らした。
部屋に閉じこもってから、何度か殿下が訪れたが、返事はない。殿下が呼びかけると、部屋の中からすさまじい物音が響いた。その音を聞き、謝罪の言葉を述べていた殿下は顔色を失くし、口を閉じた。
鏡や花瓶でも割ったに違いない。怪我をしていないか気になるが、扉を開けてくれない。
そして殿下が来ると部屋でラテューが暴れるので、妻は殿下が来ることを嫌がり始めた。
「余計あの子の気持ちを逆なでしているようなものじゃない。落ちつかせるため、しばらく訪問を控えるよう、伝えてくれないかしら」
しばらく経ち、訪問を再開した殿下は、学友を連れていた。その中に我が子を傷つけた者がいると、妻は荒れた。
我が家はもう、平穏から遠い世界に位置していた。
「……もう彼女にとって、この国に味方は一人もいないのでしょう。同じ道を歩んだ者として、寄り添えると思ったけれど……」
王妃は破かれた招待状を見て、一瞬、悲しそうに顔を伏せられた。
「この経験をしない者に言わせると、一定期間。それさえ耐えられないような女性に、王妃の器はないとのことだけれど……。今のラテューでは、そんな弱い精神力では、王妃にふさわしくないと証明されたと言う者が出て来るでしょう。彼らはどれだけラテューを傷つければ、気がすむのかしら」
……そうか、婚約解消をとなれば、この国にいる以上、負け犬と呼ばれる。
妻はそういった将来を危惧し、義弟へ連絡を取ったのかもしれない。
「夫人の言われる悪趣味と言う言葉は、私も同感です。なぜこのような試練と呼ばれる行為が慣習として存在しているのか、侯爵、知っていて?」
「それは……。後々、あらゆる場面に対応できるよう……」
「ええ、それが表向きの理由。本当の理由は、別にあるの。ある時代、王太子の婚約者への嫌がらせが凄かったそうなの。なぜそのような真似に走ると問われた令嬢たちは、こう答えたそうです。これくらいで逃げるような王妃、認められないと。以来、婚約者として選ばれなかった令嬢たちの怒りを発散させる期間を設けた。それが王妃の試練です。夫人の指摘等は、なにも間違っておりません」
さらに王妃は言われる。
「結局、あの子より自分の方がふさわしい。そう思う令嬢こそ仕方なくやっている体を装い、動くことが多いのです。敵わない相手ならば敬意をはらいますが、勝てると思う相手と誤解しているから下に見て、平気で傷つけてくる……」
私の知らない所で、王妃も試練を受けている間、色々とあったのだと分かった。
それはきっと、今も王妃の心に傷を残しているのだろう。陛下も沈痛な面持ちで、王妃の話に耳を傾けている。
「そういう意味では、ラテューにも落ち度があったのかもしれません。しかしそれは、傷つけても良い理由にはなりません。陛下、王妃の試練を止めませんか? 次の代も、その次の代も、永遠に。どうかこの慣習を消し去って下さいませ」
王妃は立ち上がると陛下に向け、深く頭を下げた。
「正直、私もあの期間により、人を信頼することが恐ろしくなりました。今や信頼できる人物は、数えるほどです。親友は一人もいなくなりました。今も交流されていると思われているのは、付き合い。ただ、それだけです。友情からによる接触は、ありません。けれど……。侯爵夫人となら、友情を思い出すことができるかもしれません。もっとも、夫人が断るでしょうけれど」
王妃には親友と呼ばれている夫人たちがいる。だがそれは、そう周りが呼んでいるだけで、王妃自身は友と思っていない。きっと彼女たちに傷つけられ謝られ、形として謝罪を受け入れ許したのだろう。
後日、各家の家長が呼び出され、王妃の試練を未来永劫封印すると、陛下から発表があった。同時に、殿下と娘の婚約解消も伝えられた。
それに対する各家の反応は、様々だった。
機会が訪れたと喜ぶ者、端から関係ないと興味を示さない者。そして、表情をぴくりとも動かさず、なにを考えているのか分からない者。
婚約解消されたことを妻に伝えると、遅すぎたと言われ、娘は「分かった」とだけ返事をされた。
結局私と妻は、離縁することはなかった。娘は隣国へ行くことを望んだが、妻の同行を拒んだのだ。その為、離縁する理由がなくなった。
ラテューの従兄弟たちが来るまで、娘は部屋から出ることを止めなかった。
妻は毎日のように泣いた。別れが待っているのに、抱きしめてやることも、慰めてやることも、なにもできない。二度と許してもらえないと。
「すまない、本当にすまなかった……。君は何度も反対したのに、私が甘く考えていた……。本当にすまない……」
私は私で、謝りの言葉を口にすることしかできなかった。
到着した甥と姪は、ラテューを見るなり、こんなにやつれるまで苦しめられていたとはと、涙を流した。
「もっと早く助けに来るべきだったわ、ごめんなさいね」
「この国に、そんな悪趣味な慣習があったとは思わなかった。知っていたら、おじい様たちだって、伯母様の結婚を反対したはずだ」
私はそれを縮こまり、聞くだけに止めた。
「それにしても、なにを考えているのかしら。王太子の婚約者となったその時から、嫌がらせなんて受けるに決まっているのに。さらにそれを助長させる期間を設けるなんて、正気を疑うわ。堂々といたぶれる慣習は、ラテューを嫌いな人にとって、嬉しいものね。ラテューの言う通り、試練という言葉だけで全て許されるのだから」
「それについては、陛下が未来永劫行わないと、発表はされた……」
「それでも遅すぎです。王太子はラテューを好いていたはずだと言われますが、慣習だからと、それでもラテューの前で他の女性と親しくするなんて、信じられない」
憤慨する真面目な姪と甥に向かって、夫婦で頭を下げる。
「ラテューを、よろしくお願いします……」
この間、ラテューは私たちを見ようとしなかった。姪に抱きつくようにしがみつき、離れようとしない。
そしてこの国の全てを捨てたいらしく、文字通り、ラテューはなにも持って行くことを選ばなかった。
洋服も脱ぎ捨て、サイズが合わないと言うのに、姪の持ち物を貸してくれと願った。
ラテューを乗せた馬車が去って行く。結局、一言も話せぬまま、別れとなってしまった。
「いつか、いつか会える日が訪れると信じよう。なに、君の弟とその子ども達が守ってくれる。心配することはない。連絡を定期的に行ってくれるとも、約束してくれたではないか」
妻の肩を抱きながらそう言うが、私の視界は滲んでいた。
これも楽観かもしれない。けれど今は父親として、望みを捨てたくない。
ふと、柵の向こうにラテューの乗った馬車を見つめている令嬢の姿に気がついた。レチェリ嬢だ。見送りに来てくれたのだろうか。
扇で口元を隠しているが、たまたま真横だから扇の下が嫌でも見えた。
「……笑っている……」
「え……?」
妻もレチェリ嬢を見ると、顔を赤らめた。
「あの子、笑っているわ……っ」
どうしても隠せないようだ。醜悪なまでに、口の端が上がっている。
「私は反対しているのよ。レチェリのように、ラテューの為だからと言って、積極的に協力するような人間ほど、本心は違うから。きっとあの子は、ラテューの親友という立場を最大限に利用し、息子からの信用も得て……。そういう子は、どの代にもいるのよ」
新たな殿下の婚約者の候補として、レチェリの名が挙がっていることに王妃は嫌がられていた。
レチェリの父親も、殿下の婚約解消を聞き、笑っていたと思い出す。
この親子は、いつからどこまで計算していたのか……! 謝罪したいと、潤んだ目で願ってきたあの姿は、なんだったのか……!
人の娘を……。家庭を崩壊させ、笑うとは……!
「……陛下は王妃の試練を未来永劫封印すると言ったが、私には無理そうだ……。あの女が婚約者として選ばれることは、どうしても許せない」
「私もよ、あなた……」
殿下は確かに娘を好いていた。だから一人の女性に絞らず、レチェリを含めた複数人の女性と遊んでいる形を選んだ。
婚約解消となり気落ちされていると聞く。きっとこれが彼の試練なのだろう。
だったら、今度はどうすれば彼が幸せになるのか。そしてどうすれば、この国は幸せになるのか。殿下に手を貸そう。
レチェリの本性を必ず暴き、候補者から引きずり降ろしてみせる。
お読み下さりありがとうございます。
これは恐らく、ネタになったのは某自作で頂いた感想が基になっています。
王妃となる、王子の婚約者の精神力についての感想ですね。
やはり精神力は鍛えないとダメか……。
鍛えさせるって、どうやって?
そういったことを考えている時に浮かんだと思うのですが、どうだったか……。
なお作中の各セリフ等については、作者の考えが反映されている訳ではなく、このキャラならこう言うかな、という感じになっていますので、ご了解下さい。
◆追記(令和5年9月18日(月))(令和6年7月24日(水)改編)
続編に「王冠の行方」という作品があります。
私の中では納得できていますが、不評でした。
読むんじゃなかった、そうなる可能性があるとご理解した上、続編はお読み下さい。