外伝⑱【お預け。】
エルメリーチェとクルトは唇を重ねようとしたが、寸前でエルメリーチェが手の平をクルトの唇に当てた。
クルトは溜息をつきながらエルメリーチェからほんの少し離れ、片手で頭を抱えた。
「すまない。お前が離れて、俺は気持ちが焦ってしまったようだ。」
エルメリーチェは首を左右に降った。
「すみません。でも、私、クルト様との未来の為にどうしてもやっておきたい事が山ほどあって…時間が…。」
「いや、気にするな。いつまでも待つ。時間は無限にあるからな。」
「全てが終わったら、必ず良い妻になってみます!」
「俺は情けない夫になりそうだがな。」
「あっははっ。クルト様のおかげで無敵になった気分です。」
「全くお前は…。」
(なんて眩しいんだ。)
「私、次はクロエルに勝ちます。もう一度属性強化をしてから再戦します。」
「もう一度?」
「はい。クルト様のお父様は分かっていたんです。きっと全てが。だから待っていてください!私が帰ってくるのを絶対に待ってて下さいね。」
エルメリーチェはとても優しく微笑んだ。そんな顔を見て何も言えなくなるクルト。
「全く。泣いていたかと思えば直ぐそうやって笑うのだな。大馬鹿者。さっさと倒してこい。」
余りにも察しの悪いというか、思い通りにならないエルメリーチェに苦笑しながらもエルメリーチェの背中を押す事にしたクルト。
「はい!」
元気いっぱいに返事するエルメリーチェだった。
一階にエルメリーチェが下りればエルメロイが腕を組んで仁王立ちしていて、少女がエルメロイのズボンを掴んで立っていた。
「クー!貴女どうして…。」
「リーチェ。起きてから下りてくるのがちょっと遅いんじゃないのか?」
「あ、はは。それよりも、どうしてクーがここに…。」
エルメリーチェはしゃがんで少女クーと目線を合わせる。
「私ね。ロイお兄ちゃんとお勉強してたの。」
「叔父様と?」
エルメリーチェは見上げてエルメロイの顔を見る。
「クルトの遠い親戚だ。せっかく魔力を持っているというのに野放しにしておくのはもったいないだろう。アイツに子育てができると思えねぇしな。」
エルメリーチェは立ち上がった。
「へぇー、クーがねぇ。クーが立派なレディになる頃には叔父様は白骨化してそうね。」
「さぁ?どうだろうな。俺の生死はヒスイ次第だからな。」
エルメロイはクーを抱き上げ抱っこする。
「それもそっか。じゃあ、私急ぐから、クーの事よろしくね?」
「ん?用事か?外は危ないぞ?」
「ちょっと…世界救ってくる!」
そう言ってエルメリーチェは玄関の方へ走っていく。
「は?…えっ!?…ちょ、おい!!先にヒスイ達を助け出してくれ!」
「そんなの後よ!私の足手まといにしかならないもの!」
大声をだして、外へと旅立つエルメリーチェ。
「は?」
ポカーンとしてしまうエルメロイ。
エルメリーチェはお構いなく属性ゆかりの地へ旅立つのだった。
エルメロイはクルトの部屋を訪れた。
「おい、クルト!リーチェの様子がおかしいんだ。やけに自信満々っていうか、散歩しにいくノリで世界を救うなんて事言いだして。って、どうしたんだ?具合が悪いのか?」
ベッドでぐったりと横たわるクルト。
「黙れ。死ね。消えろ。」
「なんだよ!それ!心配してやってんだろう!?」
エルメロイはとりあえず怒鳴る。
「うるさい。継承時に、継承以外の異物まで与えてしまった。」
「は?大丈夫なのか?」
「問題はない…。いや、ある。」
「どっちだ!!?」
「問題があるとすればそれは…強くなりすぎてしまった事だ。」
「え?」
エルメリーチェはクルトのバリアを壊さぬようにすり抜けて、火領に訪れた。火領には火領を象徴とする大きな火山があり、その噴火口に降り立った。
手を前に突き出せば、その手にマグマが吸い込まれるかのように収まってゆく。
エルメリーチェは継承した後、ミナヅキの記憶を覗き見た。
ミナヅキは氷属性を守護する一人であるが、神の記憶を継承するがゆえに異次元の能力を持っていた。
最初の奥さんが亡くなり、長い悲しみの時間の中で寂しさを埋める為に作ったものが異世界人を集めた交流場だった。様々な星と繋がる扉を作り、中心にテーブルや椅子やフカフカなソファーを用意して、毎日異世界からくる人々と意見交換をして時間を潰していた。
そこでクルトの母クレハと出会った。出会った当初クレハはとても幼かった。真っ赤な長い髪に瞳。ミナヅキと並べば色が喧嘩してしまうと良く人に言われてしまう。
だけど、ミナヅキと接するうちにミナヅキの寂しさに気付いたクレハはミナヅキに本当の姿、異界の魔女である大人のスレンダーな姿となってミナヅキを慰めた。
そうしてクルトが誕生した。しかし、ミナヅキには心から愛する人がいた。それは最初の妻であり、地球からエルナザールへ召喚されてしまった人間、最初の聖女となった女性だ。
クレハは常に嫉妬に狂っていた。出産したばかりだと言うのに夫になったミナヅキに「君は狂っている。」と言われてしまうほどにだ。ミナヅキがそう言ったのには理由があった。聖女の元いた国で使われていた漢字というものを使い、生まれたばかりの子供に「狂人」と名付けたからだ。
魔法で刻まれた名前は消えない。
【だけど、僕はね…クルト、僕が終わる時に生命エネルギーを使って、「来飛」という漢字に書き換える事にするよ。意味はね、自分の夢に突き進む…さ。】とミナヅキは生まれたばかりの息子に囁いた。
ミナヅキがオーブに体を捧げると決めた時に、クレハは怒り狂い、風から火から雷から水から全ての物を自分に取り込み自身の魔力に変え、大きな大きな魔力の球体を作り上げエルナザール帝国を破壊しようとした。それを止めたのはミナヅキだった。怒り狂う彼女に口付けをした。
それは…とても残酷で悲しいお別れのキスだった。キスをされた瞬間からクレハの体は凍り付いた。
それは永遠に解けぬ氷の呪いだった。しかし、クレハの顔はこれまでにないくらい幸せそうに微笑んでいた。自分の罪を、クレハの氷が溶けてしまわぬように…子へ記憶を血の呪いとして組み込むミナヅキだった。
クレハが火や水から魔力を取り込んでいたのを思い出して、自分も取り込んでみる事にしたエルメリーチェ。案外上手くいって手ごたえを感じていた。
「火領の皆さん!!すみません!!」
火山のマグマが枯渇してしまったので、とりあえず誰もいないが謝るエルメリーチェ。
次に向かったのは水領ではなく、外の世界のとある湖だった。
エルメリーチェは全ての物には魔力があり、取り込めるのは元となるモノのみと理解していた。
だから大量に取り込める湖へやってきた。水領にも豊富な水があるが、ソレを吸い上げてしまうと生活に支障をきたしてしまうのだ。湖に生息していた生物達が悲鳴をあげていたので、少しだけ水を残した。
-やっぱり水は生命にとって、とっても重要なんだわ。-
次に向かったのはエルメロイと一度来た暴風域だった。そこで風を取り込むと同時に雷も身に受け、魔力に変換し吸収した。
「確かに、こんな事してたら神様みたいだわ。」
そうしてエルメリーチェは氷以外の全てのゆかりのモノが存在する地を巡り大量の魔力を手に入れると同時に出力量も大幅にアップさせて何もない安全な地へ一旦ワープした。
「後は氷か。んー…氷領の氷は…クレハさんがどこかで眠ってるんだっけ…。じゃあ、無理か。んー…氷、氷、氷。」
エルメリーチェは寝転がり大の字になった。
-そういえば、うちの領に張られてるバリア…相当な量だったわよね。そうだわ!アレを取り込めば良いのよ!で、同時にクロエルを倒しちゃえば雷領も守れるじゃない!-
エルメリーチェは起き上がって雷領へと戻った。




