外伝⑪【クルトの涙】
「ロジェル王子殿下・・・御尊顔を拝し、恐悦至極に存じ奉ります。」
エルメリーチェは一瞬硬直したが、すぐに丁寧な挨拶をした。
「夜分にすまない。リーチェ、良いんだ。畏まらないでくれ。僕は見たんだ。どこか別の世界の僕を。」
ロジェルはとても申し訳なさそうな、悔しそうな顔をしていた。そして拳をギュッと握りしめる。
「何のことやらさっぱりです。夢でも見たのではないでしょうか?」
エルメリーチェは作り笑いをして誤魔化した。
「いや、あれは夢なんかじゃない。リーチェ、僕にもう一度チャンスをくれないか?今度こそ君と…」
ロジェルは切なげな顔をして、エルメリーチェに詰め寄ろうとした時、冷たい風がサラサラと吹いたかと思えばエルメリーチェの背後にクルト・クラリアスが立っていた。
-ど、どこからどうやって入ったの!?-
エルメリーチェは再び硬直した。クルトはエルメリーチェとピッタリ体をくっつけていた。
「ロジェル王子殿下、私の婚約者をあまりイジメないで頂けませんか?」
「クルト・クラリアス辺境伯、どうして貴方の様な方が。」
ロジェルは後退った。クルト・クラリアスに下手な事はできないとエルナザール帝国の魔法を使える者なら誰でも分かる事だからだ。氷属性の使い手がクルト・クラリアスただ一人な為、クルトが星降る夜の儀式に参加しないだけで世界のバランスは崩れ崩壊してしまう。誰もが機嫌を損ねまいと距離を置き、ガラスのように扱うのだ。ロジェルは歳の割には賢く、それくらいしっかりと理解していた。だが、何故今エルメリーチェの婚約者として名乗りをあげているのか不思議で仕方が無かった。
「さぁ?どうしてでしょうか?恋とはそういうものではありませんか?殿下。」
クルトが悪戯にエルメリーチェの顎を撫でるものだからエルメリーチェは硬直したままだ。
「そうだな。すまなかった。ひとつだけ。最後に一つだけ言いたい事がある。リーチェ。」
ロジェルにそう言われて、やっと意識が戻るエルメリーチェ。
「なんでしょう?」
「すまなかった!!あれほど君を守ると言ったのに、君を幸せにすると言ったのに…僕はまんまと父上と母上、それから聖女に良いように操られてしまって、君に多大なる迷惑をかけてしまった。本当にすまなかった。できる事なら、もう一度…いや、では・・・夜分遅くにすまなかった。失礼するよ。」
ロジェルは自室の方へ歩き出した。
「ロジェル殿下!それはもう夢です!存在しない夢ですから、どうか気に病まないで下さい。もう忘れて下さい。」
-とても辛かった。心が張り裂けそうなくらい痛かった。だけど、この世界の貴方はまだ何もしていないから。どうか気に病まないで…。-
ロジェルは一瞬ふり返って寂しそうな顔をして「おやすみ。」といえば自室に戻っていった。
パタンと自室のドアを閉めた。エルメリーチェの部屋はエルメロイと同じく、とても簡素な部屋だった。ベッドに机に本棚とクローゼットが置かれている12畳くらいの部屋だ。
「で、どうしてクルト様が私の部屋に?」
「婚約者が部屋にいて何が悪い。」
あっけらかんとした顔をしているクルト。
「いつまで婚約者ごっこを続けるおつもりで?」
「本気だ。」
「はい?」
「本気だと言っている。」
「えっ…んっ!!もごもご!!」
エルメリーチェが大声を出しそうだったので口を手で押さえたクルト。
「馬鹿者。王子に聞こえたらどうする。エルメロイと話し合ってな。お前が王宮から手出しされぬよう俺と婚約しておくのが一番安全という結果に至った。」
-なぁんだ。少し期待したのになぁ。-
「そうですか。」
「明日には受理されるだろう。今エルメロイがティファニールへ直接提出しに行ったからな。」
「何の断りもなしに!!」
少しムッとした顔をするエルメリーチェ。
「なんだ。王子に未練でもあるのか?」
「別に。ただ、まぁ少し可哀想に思っただけ。」
クルトはふいにエルメリーチェを抱っこした。「きゃっ」と小さな悲鳴を上げるエルメリーチェ。クルトはそのままベッドに座り、エルメリーチェを膝の上にのせた。
「子供扱いしてるでしょ。」
さらに拗ねたような顔をするエルメリーチェ。
「ハッ。子供扱いできればどれほど楽か。」
「どういう意味?」
「早く強くなれ、それから賢くもなれ。」
そう言ってクルトはエルメリーチェの頭を優しく撫でた。
「…またそれですか。」
-落ち着くのがまた腹立つ。だけど、これ好き。-
「強さこそが全てだ。俺はそう思っている。自分が悪でも善でも勝ったならそれが善だ。勝者には多くの選択権が得られる。俺はお前に世界を救えとも、滅ぼせとも願わん。俺がお前に願うのは菓子くらいだな。」
「またお菓子ですか。今飴しかないですよ。」
エルメリーチェは呆れながらもポケットに入っていた手作り苺ミルク飴を取り出して包みをあけてクルトの口へ運べばパクリと食べてくれて、そこにキュンとしてしまい顔を少し赤らめた。
「そういえば、未来のクルト様も救いたいと思うのなら救えって仰ってました。」
「どれだけ命令されたとしても、選択権はお前にあるのだから好きにするといい。ヒスイは俺より賢く、強かった。だから俺と友になるという権利を得た。つまりはそういう事だ。」
-私がクルト様より強くなれば恋人になれるっていう事なのかな?まさかね。-
「強さですか。」
「厳しい事を言うようだが、弱いからお前は呪いにかかった。親に勉強するなと言われても、選択権はお前にあったはずだ。家を出れば良かった。だが、そうはしなかった。それは何故か。当時の生活に満足し、甘えていたからだ。甘える事は簡単だ。甘やかす事もな。だが、絶対にいつかはその甘えた代償を払わなければならない。だから、強くなれ。」
「わかってますよ。1000年間。離塔で散々自問自答してきましたから。」
「ふむ。飴の礼をやろう。今から俺の魔力を空っぽにしろ。」
「えぇ!?今からですか?急すぎませんか。何の魔法を使ったら空っぽにできるかしら。」
「今日は既にかなりの消費をしている。金属以上のもので何か作ればすぐに空になる。」
エルメリーチェは地属性の魔力を指先に貯めて、レアメタルのインゴットをできるだけ作り出した。
「ん・・・っ。」
クルトが苦痛に顔を歪める。
「大丈夫ですか?」
「まだ・・・だ。限界までいけ。」
苦痛に顔を歪めながら、肩で息をして続けろと指示をするクルト。
「でも・・・。わかりました。」
エルメリーチェが限界までインゴットを作ればクルトは仰向けに倒れてしまい、流石に魔法を使うのをやめた。
「クルト様!!」
とても青い顔をして肩で息をするクルトの目尻から大粒の涙が流れて、それはキラキラとした宝石の状態でベッドに転がった。
「この宝石を礼にやろう。」
クルトは魔力が空っぽになってしまい、手も動かせない様子だった。
「え…。」
その瞬間、何故だか全ての感情が無になり固まってしまうエルメリーチェ。
「どうした?遠慮はいらん。」
「なんですかコレ。」
エルメリーチェは恐ろしく真顔で質問した。
「俺の涙だ。」
「ありがとうございます・・・。」
エルメリーチェは顔を引きつらせながらお礼を言った。すると、規則正しい寝息が聞こえてきて、クルトに触れてクルトの自室のベッドの上へワープで飛ばした。
ベッドの上には透き通った水色の若干薄く虹色の光沢があるように見えるクルトの涙がキラリと光った。
翌日。
「婚約指輪だ。」
クルトがそう言って小さな小箱をパカッとさせれば、クルトの涙がふんだんにあしらわれた指輪が入っていた。
「・・・・・。」
エルメリーチェは抱えていた本をドサっと落としてしまった。
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