2-30 出立の準備
カーティラさんに紹介された御者の訓練を始めてから数日が経った。
訓練自体はいたって順調で俺とシルフ、セレンの3人とも馬車を普通に走らせるくらいなら問題なさそうだった。馬車と言ってるが時には牛に曳かせることもあるので(その場合は正確には牛車か)牛の世話や牛に曳かせる訓練もした。牛の方が速度は遅いが落ち着いているのでシルフは牛に曳かせる方が好きみたいだ。セレンは試しにやった乗馬の方が気に行ったようで御者よりも馬に乗って駆けたいと言っていた。以前までだったら馬に乗ってもすぐ振り落とされそうな感じだったのに。マッサージの後の体の動きは本当によくなった。
良くなったと言えばセレンは母親のサリーさんとの訓練でも体の動きの良さを発揮していた。サリーさんは「剣を握るのは久しぶりね」なんて言っていたがさすがカーティラさんの妻だと思わせる動きだった。チルさんもだけど女性の獣人・半獣人はとにかく速い。俺もサリーさんと少し手合わせをしたが剣捌きが早く一旦受けに回ると防戦一方になってしまった。打ち合った後「さすがの腕前ですね」なんて言ってたがこちらはただ剣を受けていただけだ。しかも本気は出してなかったと思うのでそうなったら負けてしまいそうだと思った。
そんなサリーさん相手でもセレンは互角に打ち合っていた。初めはサリーさんの剣技に翻弄されてバタバタとしていたが目が慣れて体の動きが洗練されてからはサリーさんの剣を受けきり、時には攻撃に転じることもあった。
サリーさんもセレンの動きには驚いたようで少し打ち合ったあと「ちょっと失礼します」と離席したあと、目を真っ赤にして戻ってきてからは本当に嬉しそうに娘と剣の訓練をしていた。
訓練の後、サリーさんから家を出る許可をもらったセレンは飛び跳ねて喜んでいた。ただセレンも自分の体の動きがドンドン良くなっていることは自覚しているようで、時間があれば訓練をしてほしいとサリーさんに頼んでいた。サリーさんもそんな娘を見て嬉しそうに笑っていた。
そうそう、御者の訓練を始めたこともあってかノイルが再戦を申し込んできた。街を出るのもそう遠くないと感じたようだ。もちろん約束していたことだし断る理由もないので俺はこれを受けた。
見届け人をすると言ってくれたカーティラさんの予定に合わせて日時を決める。場所は衛兵の訓練場で人払いをしているので俺とノイルとカーティラさんの3人だけで行われる。見世物にされるのは嫌だったので俺は助かる。
勝負は武闘祭の時と同じで刃物禁止、身体強化・治癒以外の魔法禁止で行ったが結果は引き分けで終わった。正確には俺の降参だった。
ノイルはなんと包帯のような帯状の布で右手と剣の柄をぐるぐる巻きにしてきたのだ。たしかに手に固定してしまえば剣を落とすことはない。思っていたよりちゃんと対策をして来ていた。ただそのせいでお互いに決定打が出なくて俺が降参をした。ノイルは不満げであったしカーティラさんも「何とか相手を倒す方法はないのか?」と聞かれたが、戦闘後に残るようなダメージを与えたくないと説明してお願いした。
ノイル側にも俺の体力切れを待つ以外にまともに攻撃を与えることができなさそうなので引き分けという形で手打ちとなった。
ちなみに魔法を使っていいなら勝てます。と言ったら許可をもらったのでそのルールで一度だけ戦った。何の魔法を使うのかと警戒をしていたノイルだったが近づいた俺に魔力を無理やり流されて魔力酔いを起こしたノイルは訓練場の隅で吐いていた。ノイルには悪いことをしたがこの方法が実戦でも有効なことが分かったのは収穫だった。
ノイルと再戦した後、カーティラさんに呼ばれたので応接室で二人で話した。
「それで次はどこに行くんだ」
ヘルムゲンを出るときは隣街というだけでリアンクルに来たので特に考えてなかったけどそんなに選択肢があるのか聞いてみる。
「急ぐわけではないんですがそのうちジェドウィックには行きたいと思ってます」
魔法が盛んだとヘルムゲンで教わっていた街の名前を挙げる。
「ジェドウィックか。ちょっと待て」
そう言って地図を広げてくれる。
「ジェドウィックからはこっちにも魔道具の商人が来てるし逆にこっちから買い付けに行くこともあるから街道沿いに行けばなんとかなるな」
そう言って地図を指して説明してくれる。街を二つほど経由した先にあるのがジェドウィックか。
「あとは王都に行くかどうかだな。途中で川を渡ることになるが先に王都に行くなら下流の方で渡った方がいいから道が変わる。ジェドウィックに先に行くならこのまま近い方で川を渡って行く感じだな」
「王都には行った方がいいですか?」
「それは好きにしろ。まぁギンジの旅の理由を考えると国の中心に向かうより離れた街やいっそそれより小さい集落なんかの方が良いかも知れんがな」
「それは確かにそうかも知れませんね」
「じゃあ普通にジェドウィックを目指す道でいいな」
そう言って地図に印を付けていく。
「そんな、書き込んでいいんですか?」
「この地図はお前様に買って来たやつだ。あとで金は払ってもらうから気にするな」
「ありがたいですが先に言ってくださいよ」
「まぁ気にするな。で、この辺りとこの辺りも少し街道からは逸れるが集落がある」
そう言って地図に印を付ける。
「それでこれは俺からの依頼だ。この次の街に着く前にあるこの集落、少し森に入ったところだな、ここにいくつか荷物を持って行って欲しい」
「その荷物というのは?」
「魔道具と薬を少しな。領主からの差し入れというところだ」
「ここもリアンクルの領地なんですか?」
「そういうわけじゃないが、まぁご近所付き合いだ。森は誰のものでもないが街の人間も狩りや採集をする。森で暮らしてるやつからしたらまぁ思うところもあるだろう。だからこういうやりとりは大事なんだ」
「なるほど。わかりました」
「持って行くものはお前らが出発する時に馬車に勝手に積んでおくからそれで頼む」
地図を受け取って応接室を出た俺はそのままシルフの部屋に向かう。ノックをして来訪を伝えると「ちょ、ちょっと待ってください!!」と言って中で動き回る音が聞こえた後、部屋に入れてもらった。なんでドレスを着てるんだろうか。
「それで何の用でしょうか?」
「リアンクルを出た後の話なんだけど・・・」
そう言って俺は机に先ほど頂いた(カーティラさんから買った)地図を広げて先ほどカーティラさんとした会話を説明しながら今後の旅の話をするとシルフは俺の隣で地図を覗き込んで「ふんふん」と真剣に話を聞いている。
「と、こんな感じだけど問題ないかな?何か希望があれば」
「いえ、大丈夫です!」
「もちろん何が起こるか分からないから途中で変更があるかもしれないけどね。とりあえずこんな感じでジェドウィックを目指して行こう」
「はい!」
「うん。それじゃあ」
「用事はこれだけですか!?」
「うん、そうだけど」
「・・・わかりました」
話が終わったので部屋を出ようとすると後ろから大きなため息が聞こえた気がした。
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