婚約破棄に巻き込まれたモフ令嬢です。
「エリザベート!お前のような女とこれ以上一緒にはいられない!お前との婚約を破棄する!」
「そんな!アロン様!お考え直し下さいませ!」
「うるさい!これはもう決まったことなのだ!」
「アロン様!」
こんばんは。わたくしはルナ・メディチ。学園の卒業パーティにて突然始まった婚約破棄に吃驚して動けなくなったしがない伯爵令嬢にございます。
先程の会話は、いろいろと先々の不安はあれど、今日のところは無事に学園を卒業できたことを祝してパーティを楽しもうと会場の片隅でニンジンのソテーを美味しくいただいていた隣で行われた惨事でございます。
わたくし自他共に認める小心者でございますので、隣で婚約破棄などと恐ろしいことをなさるのはやめていただきたいのですが、当事者のお二人は周りの様子など見えていないようです。
声を荒げ、会場中の視線を集めています。
ああ、どうせならパーティの演目の一つだとでもいうように舞台の上でやって下されば良いのに。隣で発され続ける大きな声に耳が痛くて垂れてしまいます。
「何故ですの!アロン様!?まさか、あなたの隣にいるその女のせいですの!?」
そう言ってエリザベート様は扇でわたくしを勢い良く指し示します。やめてください。
わたしは偶々現場に居合わせてしまったモフ伯爵令嬢です。お二人の婚約破棄には一切関係ありません。
「彼女は関係ない!」
アロン殿下はこちらをちらりと確認した後にエリザベート様の言葉を否定されました。
けれど、なんということでしょう、今この場でそのようにおっしゃられても説得力がないのです。
浮気を否定する軽薄な夫にしか見えないのです。
「関係ない!?この国でまだ婚約していない貴族令嬢はそこのメディチ伯爵令嬢だけでしてよ!?それでも関係ないとおっしゃるの!?」
エリザベート様のおっしゃるとおり、殿下と婚約可能な高位貴族の中で未だ婚約をしていない令嬢はわたくしだけです。
貴族社会の常識として婚約とは最低でも学園を卒業するまでに済ませておくものであり、ここにいるほとんどの貴族令嬢がすでに婚約者の決まっている身でございます。
高位貴族令嬢ともなれば大抵、子供の内から相手が決まっているため、年下の令嬢の中から選ぼうにもすでに相手のいる方がほとんどでございます。
アロン殿下がエリザベート様と婚約破棄なされた場合には、わたくしと婚約するか、よほど有能な下位貴族の令嬢をどこかの高位貴族の家に養子として迎えさせて娶るしか道はないのです。
それが分かっているからエリザベート様は先程からわたくしを大層恐ろしい形相で睨んでこられるのです。
おやめください、エリザベート様!わたくしはしがないモフ令嬢です。泥棒猫ではございません。
むしろ猫は苦手にございます。わたくしはあまりの恐怖にどうすることもできず、己の両耳を掴んで、ただただ震えることしかできません。
「彼女は関係ない・・・俺に彼女と婚約する意志はない・・・・・彼女は・・・その・・・俺には少し・・・・・」
殿下は空中とわたくし、エリザベート様の三点へと視線を彷徨わせ、言い難そうに言葉を途切れさせます。
「少し何でして!?」
わたくしだけでなく、会場にいる全員がその先に続く言葉を知っているというのに、エリザベート様は殿下へ追及する手を緩めたりしません。
エリザベート様は怒りに我を忘れているようです。ですがエリザベート様、殿下が言い淀んだのは後ろ暗いところがあるからではなく、わたくしへ配慮したため明確に言葉にすることができず言葉を切られたのです。
わたくしルナ・メディチはこの国に古くから存在するメディチ伯爵家の娘でございます。
わたくしの生家であるメディチ伯爵家には月から訪れた使者より薬師の叡智と彼らの姫を授かったとの伝説が残っております。
この伝説はおとぎ話などではなく歴史に記された事実として国民に周知されています。何故ならメディチ家には月の民の血を受け継いだ娘が生まれるからです。
月の民、月からの使者の情報も伝承により言い伝えられています。月の民は薬神ガンベリ・ドルチを師として崇め、かの神より薬師の技術を学んだとされています。
その姿は真白き衣を纏い、真白の長い耳を風に遊ばせ、黒く大きな目と白く丸い尾を持っていたとされ、簡潔に申しますと二足歩行の兎によく似ていたと言います。
そう月の民の別名は月の兎なのです。
わがメディチ家の子女の多くは人の血と合わさったことで兎よりも人に近い姿で生まれてきます。
白髪に大きな黒い目、長い兎耳の半人間の姿です。人の中に混じる半兎人間、それだけで十分異様な光景です。
しかも、わたくしは先祖返りという物でして、他のメディチ家の子女よりも、その、少し獣の要素が強いのでございます。
そのため縁談の打診をしては相手より断られ続け、学園を卒業する今になっても婚約者が決まらないのです。
いったい何人の殿方から「モフモフと結婚するのはちょっと・・・」と断られたことでしょうか。
わたくしはメディチ伯爵家の一人娘。なんとか入婿を見つけ、伯爵家を存続させねばならぬのですが、わたくしがモフ令嬢であるが故に卒業式を迎える今日まで婚約者を見つけられずにいます。
最近では、父母も諦めて、自分たちが次代を産むしかないと思い詰めております。
高齢出産は体に障ります故、誠に申し訳なく、わたくしも何とか相手を見つけたいのですが、その相手に殿下をなどと恐れ多いこと想像したこともございません。
殿下とは今この時まで一度もお話したこともないのです。ですからエリザベート様の婚約破棄にわたくしは何の関係ないはずなのです。
「エリザベート、そういう所だ。お前のそういう所が私には我慢ならないんだ・・・・」
殿下は少々疲れたご様子で嘆息されます。
「わたくしに問題があるとおしゃって!?」
エリザベート様は目じりを釣り上げて殿下を下から睨みつけになられました。
両手にギリギリと力を入れられているようで、手に持った扇がミシミシと音を立てています。
わたくしは恐怖で目がかすんでまいりました。この場から逃げ出したいのですが、婚約破棄の関係者として嫌疑をかけられ、名前を上げられてしまった以上、下手に逃げ出すこともできません。
かと言って、わたくしよりも身分が上のお二人の会話に割って入るなどという不敬もできませんし、事情も知らぬわたくしが口をはさんだところで上手く話がまとまるとも思えません。
わたくしには震えながらお二人のお話が終わるのを待つことしかできないのです。
「お前は人の心が分からない。どんなときにも相手を気遣うことなく言葉を重ねる」
「わたくしが人でなしだとでも!?」
「そこまでは言っていない!しかし、それに近い。お前はカトリーヌの見舞いに来た際に怪我をした時の状況をしつこく訊いたそうだな」
カトリーヌ殿下はアロン殿下の妹君にあらせられます。お二人は年の離れたご兄妹で、殿下は大層カトリーヌ様を可愛がっておられると聞いております。
そんなカトリーヌ殿下が先月怪我をされたとお噂になっておりましたが・・・。
「しつこくは訊いていませんわ!」
「では、訊いたことは認めるんだな」
「それの何がいけませんの!?」
カトリーヌ様のお怪我は王家から正式に発表されることはありませんでした。
それもそのはず、噂によるとカトリーヌ様のお怪我はとても公にできるようなものではなく、カトリーヌ様におかれましても怪我をされた当時のことは決して思い出したいものでもないでしょう。
風のささやきよりも慎ましやかに語られるまことしやかな噂を聞きかじっただけのわたくしでございますが、噂の中に紛れた真実を推測するのに十分な情報が小鳥たちによって囀れておりました。
カトリーヌ殿下のご事情は高位貴族の家に生まれたものとして、できて当たり前の情報収集により、知っていて当然の情報でございます。
自明のこと、エリザベート様もご存じだったでしょう。けれど、エリザベート様はカトリーヌ殿下のお見舞いに行かれた際に当時の状況を聞いてしまわれたようです。
「それが分からないから、お前は人の心がないと言っているんだ」
アロン殿下は頭痛をこらえるように頭を押さえ、長く嘆息されました。その様子は数分前より少し憔悴なされたように見えます。
「わたくしに人の心がないだなんて、いくら殿下でも失礼ではありませんこと!?」
気力を失われたご様子のアロン殿下とは対照的にエリザベート様はますます気色ばまれた様子で声を荒げておられます。
わたくしはそろそろそのお声に耳鳴りがしてまいりました。周囲の人々より少々耳が大きいわたくしは大きな音に弱いのでございます。
話題もわたくしとは関係のない話へと移り、きっとエリザベート様もわたくしとこの騒動が関係のないこととご理解いただけたと思われるので、わたくしとしましては早くこの場を離れたいのですが、度重なる耳への負荷により意識が遠のいてしまい動けそうにありません。
周りの皆様もアロン殿下とエリザベート様に注目されていて、わたくしのようなモフ令嬢の様子にまで気を配る余裕はないようです。
「エリザベート、お前は隣国の皇太子夫妻が来られた際にも同じようなことを言っていたな」
「話をおそらしにならないで!?」
「そらしてなどいない。お前は皇太子妃殿下にも予定よりも早く結婚なされた理由を聞いたそうだな?」
「それがこの問題にどう関係ありますの!?」
エリザベス様の返答に殿下はまた一つ大きなため息をこぼされました。
隣国の皇太子ご夫妻の御結婚の際のひと騒動はしがない伯爵令嬢であるわたくしの耳にも届いております。
公爵令嬢であるエリザベート様のお耳にも言わずもがな、届いていることでしょう。
ですからエリザベート様が事件の当事者である皇太子ご夫妻に、特に被害者である妃殿下にその話題を振るなどと、そんな恐ろしいことをなさるだなんて信じられません。
もし殿下がおっしゃったことが本当だった場合に起こったであろう隣国との関係不和を想像して、わたくしは己の身体から急速に血の気が失せていくのを感じました。
背後に傾いでいく身体を止める術もなく意識を手放そうとした瞬間、誰かがわたくしの背中を力強い腕で支えてくださいました。
「――っ!」
「しっ!静かに」
その方は驚きで一気に覚醒したわたくしへ声を出さないよう注意されました。わたくしは息を詰めて必死に頷きます。
「これ以上、人の心の機微を理解できないお前を王子の婚約者としておくことはできない。ましてや、妃などになろうものならどれほど周辺国との火種をつくり出すことか考えたくもない」
「わたくしが妃にふさわしくないとお思いで!?」
男性に支えられたままゆっくりと後ろへ下がります。顔は前を向いたまま、音を立てないよう気を付けて右足を後ろに引きます。左足も追随します。
周囲の方々には気づかれてしまうかもしれませんが、騒ぎにさえならなければ何とかなります。
今更、しがない伯爵令嬢の動向一つで騒ぐような方もいないでしょう。ただ、エリザベート様に気づかれてしまった場合には少々面倒なことになるかもしれません。
そのためできる限り、ゆっくりと慎重に周りの視線を集めないよう注意しながら後退していきます。
前を向いたままなので、後ろが見えない不安はありますが、倒れそうなわたくしを支えてくださった殿方を信じて騒動を遠巻きにする集団の中へ紛れ込むように後ろへ下がります。
一歩一歩また一歩。お二人のお話はまだ続くようですが、言い争いは当事者だけでご解決くださいませ。
「・・・・・わたくしが妃にふさわしくないと言うのならば、アロン様も王族にふさわしくありませんわ!」
「・・・・・・・」
「このような場で婚約破棄を一方的に宣言する所業!とても思慮深い王族の方がなさることとは思えませんわ!!」
「分かっている。すべて覚悟の上だ。俺は・・・私は・・・・・私の進退をかけてでも、お前の王族入りだけは阻む!」
・・・・・エリザベート様のご実家である公爵家は先代皇后陛下のご実家でもあり、何度も王家の姫が降嫁している王国でもかなり影響力の高いお家です。
それだけでなく、エリザベート様ご自身も現宰相や財務大臣、内務大臣など王国のお偉い様方とつながりを持ち、国政に対する影響力の強いお方です。
いくら殿下が気遣いの足りなさを理由にエリザベート様との婚約解消を望んだとしても、先の方々を敵にまわすわけにはいかない陛下は頷かれることはないでしょう。
たとえ陛下のお考えも殿下と同じ結論に達していたとしてもです。
「お怪我はありませんか?メディチ嬢」
騒動はまだ続いておりますが、わたくし達は観衆の中へ完全に撤退できました。
お二方の話し合いがどのような結末を迎えるのかは分かりませんが、関係のないわたくしは此処で退場させていただきたく存じます。
群衆の更に後ろ、パーティ会場の隅へと下がったところで、わたくしを修羅場から助けてくださった殿方より気遣いの言葉をいただきました。
「ありがとう存じます。アマンド様」
殿方の方へ向き直り、深く頭を下げて、お礼を申し上げました。わたくしを助けてくださったのはアロン殿下の側近を務めておられますアマンド様でございました。
エリザベート様を気遣いのできない冷徹女と責められるアロン様は、ご自身は気遣いのできる方であらせられたようです。
わたくし少々、勘違いをしておりました。何分、突然巻き込まれたもので、気が動顛していたようです。
「いえ・・・メディチ嬢、今のうちに会場から抜け出しましょう。お送りいたします」
この騒動にわたくしはなんら関係ございませんがわたくしがそう申し上げたところで信じていただけないことも分かっております。
エリザベート様のおっしゃられた通り、現状では、この国でアロン殿下の婚約者となりえる条件を満たしている未婚約の貴族令嬢はわたくしのみです。
いくらわたくしが関係ないと申したところで疑いは晴れぬでしょう。
お二人の婚約破棄がわたくしの隣で行われたのも、エリザベート様がわたくしの存在に言及なされたこともわたくしの立場を悪くしております。
かくなる上は、早めに会場を脱出し、今夜わたくしはパーティに出席していなかったと言い張るしかございません。
騒動を聞きつけた保護者の方々が駆けつけてこられる前に脱出できれば、誤魔化せる可能性があります。
わたくしはアマンド様の差し出された手に己の手を重ねました。ゆるく手を引かれ、会場の外へと連れ出されます。
そのまま、わたくし達は外で待機していた馬車に乗りこみ、会場から逃げ出しました。
「ありがとう存じます。アマンド様。わたくし一人ではあの場から逃げ出すこともできませんでした」
「いいえ・・・・殿下もあなたを巻き込んでしまった事を大変気にしておられました」
「・・・・・・・・・・巻き込まれたのはアマンド様もでございましょう?」
此度の騒動でアロン殿下を含め、殿下の側近の皆様は責任を取って廃嫡される可能性が高いです。
騒ぎを起こしたのは殿下ですが、それを止められなかった側近の方々も無関係ではありません。
アロン殿下は己の進退を懸けるとおっしゃっていましたが、懸けられるのは殿下の進退だけで済むはずがありません。王族の行動にはそれだけの影響力があるのです。
「・・・そうですね。私も世継ぎから外されるでしょう。・・・・覚悟の上です」
アロン殿下はご人望のおあつい方のようです。ここまで忠誠心に優れた臣下の方がいらっしゃるのです。
きっと、王となられたのなら側近の方たちと素晴らしい治世をなされたことでしょう。
「私も今夜学園を卒業する身、今更婿入り先を探しても遅いでしょう」
・・・・会場から逃げ出し、此度の婚約破棄にわたくしは関係がないと主張したとしても、未だ疑いを完全に逸らすことはできておりません。
しかし、一つだけ、嫌疑を晴らす方法がございます。それは騒動が明るみに出る前にわたくしが誰か殿下以外の方と婚約をすることです。
わたくしが疑われるのは、まだ婚約をしていない高位貴族令嬢がわたくしのみであるためで、婚約さえしてしまえば何ら問題はなくなります。
けれど、わたくしはモフ令嬢。婚約の打診を断られ続けて幾星霜、そんな簡単に婚約者を用意できれば苦労しておりません。
そんなすぐに婚約を整えることなど不可能でしょう。今までは。
はい。わたくしの目の前に行き遅れ予定の訳アリな貴族の殿方がおられます。
訳アリなので多少の不満は飲み込んででも、婚約してくれる女性を探したいでしょう。
しかも殿方は高位貴族の出なので、家の格も考えて、下手な家には売り込めません。
ただでさえ少ない同世代の未婚約の女性の中で、婚約の条件に一致する女性を探すのは至難の業でしょう。
そして、わたくしは家格的にも派閥的にも条件に一致する奇跡の未婚約女性です。
わがメディチ家は代々、中立の家系。薬学に精通するわが家を敵にまわしたい家はなかなかありません。
高位貴族であろうと、王族であろうと、みな等しく病気に罹る可能性があるのですから。
ですから、少々訳アリのアマンド様をわが家に迎えたとしても問題はありません。
メディチ家は中立の立場を崩すつもりはないので、お家との縁は切っていただくことになるかもしれませんが。
「・・・・・・アマンド様はよろしいのですか?」
「覚悟の上です」
それは家族との決別を意味するのでしょうか。しかし、わたくしがお聞きしたいのはそのことではありません。
「よろしいのですか?わたくしは・・・・その・・・・・・・・・」
続く言葉を上手く紡げず、もふもふとした手を膝の上で握りしめました。手と同じようにもふもふとした毛に覆われた足を隠すドレスの裾にしわが寄ります。
「覚悟の上です・・・・・いえ、ひとつだけ」
アマンド様はもう一度、同じ言葉を繰り返されました。
そして、馬車の座席から立ち上がり、わたくしの前に膝まずかれました。そのままわたくしの毛深い手にすべらかな地肌を晒す己の手を重ねられ、下からわたくしを覗き込まれます。
「・・・ひとつだけ、お願いがあります」
お願い。わたくしの胸の内を静観の念が満たします。思い出されるのは今まで婚約の打診のたびに、相手方から投げかけられた言葉の数々。
毛深すぎる花嫁が恥ずかしいので挙式はあげたくない?獣の顔を見ると気が滅入るので顔を隠して生活してほしい?社交界で笑われたくないのでパートナーは代理を立ててほしい?それとも――
「一日一回、ハグをさせて下さい」
「・・・・・・・はい?」
ハグ?ハグとは何でしょう?犬の種類のことでしょうか?それともお酒の搾りかすのこと?いえ、音楽のリズムのことだったかもしれません。毎日手拍子したいと言うことでしょうか?
「い、いえっ・・・結婚するまでは何もしません!未婚の令嬢に決して抱き着いたりなどっ!」
わたくしの困惑した様子に何か誤解されたアマンド様は慌てたように言葉を重ねられます。その言葉にわたくしは先程のハグが抱擁と言う意味を持つのだと悟りました。
「アマンド様・・・・・・」
「なんと至上のもふもふっなどと思っておりませんしっ、手を握るくらいならセーフかなっなどとも考えておりません!」
アマンド様はわたくしの呼びかけに更に焦った様子で言葉を重ねられます。
わたくしは恥ずかしさに上気した頬を押さえて俯きました。けれど、アマンド様の自白はそれでは止まりませんでした。
「近くで見ると本当に可愛い!とか、どさくさに紛れてもふもふと密着できて最高!とか、殿下ありがとうございますっなんてぜんっぜん!思っておりませんっ!」
「アマンド様!」
わたくしは必死にアマンド様へ呼びかけて、これ以上恥ずかしくなるような言葉をお紡ぎにならないよう懇願いたしました。
我に返られたアマンド様は螺子のきれた絡繰りのようにぴたりと止まり、こちらの様子をそっと窺っていらっしゃいます。
「あの・・・・まずは婚約から・・・・・手を繋ぐところからお願い・・致します・・・・・・」
その後勢い余って、抱き着いてこられたことは孫にまで話して聞かせる程度には根に持っておりますので、覚えておいで下さいませ、アマンド様。
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作品をお読みいただき誠にありがとうございます。
当作品はモブともふを何度も読み間違えた腹いせでも、アマビエ様を何度聞いても甘エビと覚えてしまう意趣返しでもございません。
また、もふもふを人型にすると魅力が激減することを再確認したため、続きはありません。