つり革
――やばいなあ。飲みすぎたなあ。
飲み会の後、かなりギリギリの戦いだったが、なんとか終電に駆け込むことが出来た。あとは寝過ごさないように気を付けるだけだ。
――よし、今日は立っていよう。
いつも通りにつり革を掴んだのだが、何やら様子がおかしい。冷たくて、少しねとねとした何かが手に付着した。
――気持ち悪!
つり革から慌てて手を放す。手のひらには小さな気泡がいっぱいある――まるで唾液のようなものが付着していた。また、よく見ると、自分が掴んでいない他のつり革にも、表面に唾液みたいなのが付いていた。その気持ち悪さに、酔いのボルテージが一気に下がった。
――え、待って、毒とか?大丈夫なのか?今すぐ手を洗った方がいいのでは?
幸いにも、そのねとねとに触れた手に痛みが生じたり、かぶれたりするということはなかったのだが。
――てか、車両移動した方がいいんじゃね?他にも何かされているかもしれないし。
終電ということもあり、同じ車両には誰もいなかった。直感的に身の危険を感じたため、他の車両に移動することにした。
――うわ、ここも濡れてるよ。ここも、ここも、ここも。・・・気持ち悪!
隣の車両も同じ状況だった。いったい何が起きたというのだ。
僕は、さらにもう一つ隣の車両に移動した。
すると、その車両にはスーツ姿の若いOLが一人乗車していた。
レロレロレロレロとつり革をなめまわしている、若いOLが。
僕はその姿に衝撃を受けて、思わず声をかけてしまった。
「あの、何されているんですか?」
「え、いや、その・・・。」
どうやら、まずいことをしている自覚はあるようだった。気まずそうに、あたふたしていた。
「すいません、どうしても会社を休みたくて。・・・病気にかかって、会社を休みたかったんです!」
真剣な眼差しで訴える彼女は、決して酔っているわけではなかった。
真面目に考えた上での、行動らしかった。
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