三日後
王太子夫妻の御成婚から三日目。
王都では珍しく、滝のような雨が降っていた。
屋根や窓を叩く雨粒の音は、轟音に近く、修道士達の神に捧げる祈りの言葉が聞こえないほどだ。
作物を潤す恵の雨は、もっと優しく降り注ぐものだが、昨夜から続くものは、落雷を伴う激しいものだった。
一部の地域では雹も降っていると聞く。
まとまった雨は飲用水の確保に一翼を担うから、たまにはいいだろうと思いながら、王太子夫妻の待つ場所へ足を進めていた。
名誉ある“星読み”を担う私は、真なる聖女であるアリーヤ様の拝顔賜りたく、その歩みを速める。
まだ一昨日の挙式の疲れが癒えてないはずだ。
王太子夫妻の居室に相応しい、荘厳な扉の前で足を止めると、中から女性の荒げた声が聞こえてきた。
取り込み中なのだろうか?
室外で待つ専属侍女に視線を送ると、王太子夫妻から、誰も中に入れるなと命じられていると話す。
『処刑だなんて!!』
扉に再び視線を向けると、そんな言葉が聞こえていた。
卑しき罪人であっても、慈悲の心を向けるアリーヤ様はお優しい方だ。
あの女がどれだけの罪を犯していたのかアリーヤ様が知れば、納得もされることだろう。
それは本日の私の役目ではないため、また、改めて出直すこととした。
聖殿へ戻る途中、雨は激しくなる一方だった。
先程声を荒げていた聖女、アリーヤ様の感情に呼応しているようにも思える。
歩くたびに泥水が跳ね、長い法衣を濡らしてしまった為、着替えを済ませて祈りの場へ向かう。
ここは、偽聖女が使っていた場であり、穢されている。
清めて内装を改修してからアリーヤ様を御案内するつもりだ。
祈りの場は、元々あの女に管理を任せていたそうだが、こんな、床に古びた布が敷かれただけの何もないような部屋、賎民にほど近いあの女には相応しいのだろうが、原初の民でもあるアリーヤ様にはとても見せられない。
「コールダー様。昼食の用意が整いました」
改修の算段を立てる私に、下位修道士が声をかけてきた。
食事の為に個室へ行くと、私の為に特別に用意されたものは、地方の教会にいた頃とは比べ物にならないほど豪華な物だった。
名誉ある職に就いているのだ。
威厳を損なわないためにもこの待遇は当然のものと言える。
一人静かに食事を始めると、通路からの話し声が聞こえていた。
『土砂崩れが発生して、一部の道が塞がれているそうだ』
『物流が滞るな』
『まぁ、ここには影響はないだろう』
『でも、東の村近くの川が危険水位を超えているそうだ』
『ここだけじゃなく、あっちもそんなに降ったのか?』
『大した整備がされてない小さな村は、雨が少し降っただけでも川の氾濫に巻き込まれるからな』
『だが、ここ数年はそんな話も聞かなかっただろ』
『なぁ、やっぱり……』
『おい、もう黙れ』
『…………』
まったく、人が食事をしているというのに、騒がしいですね。
食事の最後に口を拭いて、立ち上がり、休憩するために部屋へ向かう。
外は昼間のはずなのに夜の様に暗くなり、周囲の物音が聞こえないほどに雷鳴が轟いていた。