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オリンピック新種目

作者: オモト ラム

「さあ、いよいよだ。」

 ジャマシタ6世五輪担当大臣は思わず声を出してしまった。

 ここはトーキョーシティ。350年続くニッポンの首都である。

 舞台はトーキョーが3度目のオリンピックを迎える10年前、西暦2210年。そのトーキョーシティでJOC総会が開かれている。

 議長のコタミカコが意見を求める。

「皆さんもご承知の通り、開催国が任意で加えることができる2競技を本日この会議で最終決定したいと思います。」

 場末の委員が隣の委員にささやく。

「それにしてもセコい話だよな。そこまでしてメダルが欲しいのかね。」

「そりゃ欲しいさ。大昔は世界中の国々が自国開催を目指したくらいだ。確かに今、そんな国は、ニッポンの他には同盟国のヨーエスエーと隣国のシャイナくらいだろうけど。でもこうした精神的後進国ではまだまだメダリストの商品価値は高いのさ。」

「確かに。今回のトーキョー開催だって、政権維持に躍起になっている民民党とトーキョーの大地主のヨツビシグループ、それに去年ゴーグル・ヤパンと業務提携して今やアジア一番のインターネット関連企業になった楽センが、強行に誘致合戦を繰り広げた結果だからね。」

「それというのも、IOCが新競技特権なんて作ったからだよな。4年前の帯広釧路冬季オリンピックの時なんか、新競技が雪合戦とワカサギ釣りだぜ。日本人として恥ずかったよ。」

「しかし、雪合戦のお陰で日本は金メダルだったじゃないか。国民も彼らを「日の丸ブリザード隊」と呼んで歓声を上げていた。選手の一人フナッキー5世なんかテレビアイドルになっちゃったし、ハラーダ7世も、岩屋製菓と霧印乳業がコラボした「白い愛人」のCMに出てから人気はうなぎ上り。雪合戦、様々だよ。」

「ワカサギ釣りはどうだい。あれ、スポーツかい?」

「いや、フィッシングは立派なスポーツだよ。しかもスポンサーが釣り竿からアパレル、テントまで関連業者がわんさといる。その上、大会では浜崎てん助8世とスーサン・鈴木が金・銀のメダルを獲得したもんだから、今や冬の北海道のワカサギ釣り客の数はスキー場並み。お陰で、その風リゾートや鶴やリゾートの株は天井知らず。経済効果は計り知れないよ。」

「そうだよな。昔、シャイナの団体客に頼っていた観光業界が嘘のようだな。」

「IOCもウハウハだよ。誘致合戦があれば当然理事たちに立候補都市への大名旅行が横行し、プレゼントや際限のない「おもてなし」が飛び交うことになる。正に21世紀の再来だよ。」

 さて、会議は終盤を迎えている。

 前回の会議から、流れは野球と剣道の2競技の採用に向かっていた。

 今日の会議で正式決定をし、その後、日本特命大臣のジャマシタ6世が記者会見に臨むという筋書きである。

 そのためか、未採用がほぼ確定している日本綱引き連盟や、日本なわとび競技連盟の委員達は居眠りをしているし、全日本弓道連盟のミツナリン8世や日本けん玉協会のマツナーガ6世らは怒りのあまり、今日の会議を欠席している。

 100年振りの復活をほぼ手中にした野球連盟会長、ナガッシマ・ジュニア7世の表情はいつも以上に明るく、おぼっちゃま風の語り口調は軽快だ。


「だからやっぱりここは野球しかないでしょう。北中米では大リーグが100年前に消滅したから、残っているプロリーグといえば、日本、台湾、韓国だけ。最低でも3位ですよ!」

 日本剣道連盟のニシムーラ理事が口を挟む。

「最低でも3位?ナガッシマさん、あなた態度の割には弱気だね。だからマスコミ受けがいいんだろうけど、金メダル以外に何の意味があるんだね。」

 ナガッシマジュニアも引き下がらない。

「ニシムーラさん、私は最低でも3位と言ったんですよ。バーンと行ってガーンと当たれば、かなりの確率で優勝するのは間違いない。」

 ご先祖譲りの感覚的表現にニシムーラ理事も笑い出す。

「ハハハ。だから誰も貴方を憎めないんだろうな。しかし、理事の皆さん、剣道なら確実に金メダルですぞ。確かに南米で一部の日系人がやっているが、技量は格段に劣る。欧米でも忍者の流行は過去のもの。1万人を超えていた海外の競技人口は、今や150人。確実に優勝ですよ。」

 まだ少し不満の収まりきらないナガッシマ・ジュニアが的の外れた議論に向かっていく。

「ニシムーラさん、日本の剣道人口も今や800人。動物園にしか生息していないジャイアントパンダと同じレベルだ。果たしてどれだけ優位だか。」

 日本五輪特命大臣のジャマシタ6世が冷静沈着な口調で応えた。

「まあまあ、2種目あるんですから争う必要は無いでしょ。では開催国特権として認められている2競技は野球と剣道という事でよろしいですね。」

「ちょっと待って下さい。」

 初老の紳士が挙手した。

「水泳はいかがでしょうか?」

 ジャマシタ特命大臣が尋ねる。

「スイエイ?スイエイって何でしたっけ?」

 JOCの副会長、オッタ・ユーキ7世が大臣に耳打ちする。理事の中では抜きん出て博学で、京都の歴史とフェンシングが得意だ。

「確か、水の中で泳ぐゲームですよ。正確には水泳の中で泳法ごとにスピードを競う競泳種目ですが。120年前までは五輪競技にもなっていたはずです。」

 ジャマシタ大臣は異星人を見るような目でその紳士に尋ねる。

「失礼ですがあなたはどなたですか?」

 紳士が答える。

「私はコースケ・イタジマ9世、日本水泳連盟の会長です。」

 ジャマシタ大臣がつぶやく。

「そんな連盟があったのか?」

 副会長のオッタが答える。

「確かに存在します。しかし実態は無に等しいのでは?」

 日本水泳連盟のイタジマ会長は静かに応える。

「いやいや、実態はありますよ。剣道ほどではありませんが、50名ほどの会員がいます。」

 日本剣道連盟のニシムーラ理事が多少苛立ちを見せて言う。

「50人?剣道と一緒にはして欲しくないな。そもそも水泳って真水の中でも動く競技だろ?」

 イタジマ会長は笑って答える。

「「動く」ではなく「泳ぐ」ですよ。水中で魚やイルカのように泳ぎ、その速さを競う競技です。」

 ニシムーラ理事が反射的に応える。

「イルカがどんな生物だったのかは知らないよ。何せ前世紀、2100年代後半には、海水汚染の影響で、海洋生物は全て絶滅したからね。」

 副会長のオッタが後を続ける。

「海洋汚染の影響を防ぐために50年前に全ての海岸線2キロ以内は立ち入り禁止になりましたからね。ほとんどの人類は海を見たことがありません。ましてや海洋生物の行く末なんてね。」

 それまで口を閉ざしていたウロフチ6世JOC会長が、かつて世界中の女性を虜にした端正な顔立ちとちょっと低めの美声で尋ねた。

「イタジマさん、大昔は水はどこにでもある代物だったかも知れない。しかし貴方もご承知の通り、今は貴重品だ。22世紀後半からは、ほぼ使い道のなくなった石油などより遥かに高価だし、中東では水を巡る紛争が毎年のように勃発している。日本はまだ恵まれた方だが、それにしても大量の水をスポーツに使うとなれば、国民は黙っていないだろう。3000m障害の水濠にも水がない現在、貴方はその問題ををどうクリアできると言うんだね。」

 イタジマ9世は、質問を予測していたかのように、淡々と説明する。

「ご先祖さまのイタジマ3世が大枚はたいて中国人から買い戻したウシノハッカイという場所に食用ガエルの養殖場があります。ここに湧き出る伏流水は23世紀の今日においても、無尽蔵ですから、この「美味しい富士山の天然水」を定価の半額で東京都に提供しますよ。私もご先祖さまも東京の下町育ちですから、オイケ知事に全面協力するつもりです。もちろん都民全員に富士山の天然水1年分と富士急アイランドの1日パスポートをプレゼントしますよ。」

「そりゃ凄い。都民は万々歳だ。」

 ウロフチ会長はかなり乗り気のようだ。

 ナガッシマ・ジュニアも黙ってはいない。

「野球だってプレゼントくらいできますよ。ジャビットくん人形に東京ドームシティの入場券でどうです?」

 オッタ副会長がちょっと怪訝な表情で言う。

「入場券ってところがちょっとセコくないかい?ジャビットくんにしても、つば九郎と同じくらいローカルだろ。今どき万年最下位のチームのマスコット人形を欲しがる人間はいないよ。」

 イタジマ9世が更にナガッシマ・ジュニアに追い討ちをかける。

「野球をしたところでメダルの色はともかく、個数は1個です。剣道は団体戦を含めても2個。それに比べて水泳は、21世紀に開催された東京オリンピック時には35種目、確実に35個の金メダルがとれるんですよ!」

「ちょっと待って下さい。」

 ナガッシマ・ジュニア7世が口を挟んだ。

「泳げる人間っているんですか?」

「いいですか、我々は水泳連盟ですよ。

 古くなってはいますが、21世紀に作られた棺おけのようなスイミングマシーンがあります、

 それに我々水泳連盟には50名もの会員がいて、その中には泳げる者が15人もいるんですよ。」

 ナガッシマ・ジュニアが畳み掛ける。

「イタジマさんとやら。泳げる者がいても会場はどうするんだね。

 200年前まではプールと言う平らな貯水槽に水を溜めて泳いでいたらしいけど、今はそんなものはない。

 オリンピックの為だけに新規に建設しようものなら、国民から何を言われるか。」

「会場はちゃんとありますよ。

 アリアケという場所に食用ガエルの養殖場があります。その養殖場、元はと言えば水泳競技の施設だったんですよ。オリンピックの期間だけオタマジャクシをとなりの深い浴槽に移動させれば使用できます。もちろん水はウシノハッカイからパイプラインを引いて新鮮な水を供給し続けます。

 その間、近隣の商業施設にも廉価で提供します。東京都がパイプラインを建設してくれたらですが。とにかく金メダル35個ですよ。」

 金メダル35個のインパクトは総会の空気を一掃させたのだ。

 翌日、JOCビルで新種目が発表された。

 もちろん発表は、意気揚々としたウロフチ会長である。

「結論から言いますが、東京大会での新種目は、水泳と剣道の2競技とします。」

 会場がどよめくが、ウロフチは続ける。

「テーマは、古き良き日本への回帰です。」

 古参の記者がヒソヒソと仲間と会話を始める。

「意味わかるか?」

「誰だか忘れたが、昔の首相が口にした「美しい日本」みたいなものかね。」

「それは確か、歴代首相の中で最も就任期間の長い、アーベ首相の事だと思うが、確かにウロフチ会長もサラブレッド特有の意味不明さがあるからな。」

 そんな彼らの会話はウロフチ会長には届いていない。

「水泳ニッポン。これは昔、1930年代からおよそ100年間、いにしえの日本人達が、オリンピックのたびに掲げていた標語です。あれから200年、標語は復活するんです。」

 間髪入れずに会長は続ける。

「武士道ニッポン。これも昔、17世紀から続く武士の精神性を剣術に具現化したものです。」

 記者の質問が飛ぶ。

「お聞きしたいのは、なぜこの2競技を選んだのかと言うことですが」

「ですから、日本の伝統とも言える競技だからですよ。わからないかな。」

「ですから数ある日本の伝統的なスポーツの中で、なぜ剣道と水泳を選んだんですか?」

「何だ、そういうことか。だったら初めからそう質問しなさいよ。」

 ウロフチ会長がまだ終わらないうちに、ジャマシタ大臣が立ち上がった。

 どこでも5分以内に1本取って話をまとめる気短な性格だが、その裏表のない実直な姿勢が国民の支持を受けている。現ガース首相の後任候補の一人である。

「金メダルが取れるからですよ。ニンジャブームも前世紀のものとなり、剣道はアジアの一部でしか選手がいません。日本の優勝間違い無しです。水泳も然り。何せ水が貴重な現代、飲料以外に水を使っている国など皆無。ましてや泳ぐなどという行為は誰もできません。」

 記者が質問する。

「泳げる人間がいるんですか?」

 イタジマ会長が先日と同じ回答をする。

「水はどこから輸入するんですか?」

 イタジマ会長が先日と同じ回答をする。

 

 世界中の非難を浴びながらも、開催国に2種目の新競技の選択権を与えるというIOC倫理規定に則り、2競技が正式種目となった。

 落選となった野球連盟のナガッシマ・ジュニア会長は日本国中の野球ファンの誹謗中傷に遭い、田園調布に幽閉の身となった。


 それから10年後の2220年東京オリンピック。

 剣道はニンジャ人気がまだ残るアジア諸国に思いのほか苦戦して結局、銅メダル1個に終わり、ニシッムラ全国剣道連盟会長は即刻引責辞任する羽目となり、耶馬溪で武者修行に励んでいる。

 一方、水泳は思惑通り24種目全ての競技で1位から3位までを独占し、結果的にこの24個を合わせると日本の金メダルは32個で過去最高となり、コースケイタジマ9世は英雄となった。

 

 オリンピックの翌年、東京は一週間の競泳競技に費やしたリッター1万円の水道代が払えず経営破綻に陥り、オイケ知事は都民の大バッシングを受け辞任、後任知事は首都の座を京都に返上する羽目となり首都350年の歴史に幕を閉じた。

 有明の養殖場のカエルとカモだけは今も元気に育っている。


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