70. 翔子と怪しい洞窟
キャンプ場があるのは山の中腹。そこからの山道は、このキャンプ場の名前『美石山キャンプ場』の名前にもなった美石山の頂上へと続いている。
まったり歩いて一時間ちょいで登れるし、景色もいいんだけど……それ以外に何もないのがね。
「翔子の家の裏山も良かったが、ここはそれ以上だのう」
先頭を歩くチョコの右肩でフェリア様がなんか言ってる。精霊魔法も使えるからなんか自然の息吹とかに敏感なんだろう、多分……
道はしばらく山肌に沿って進み、そのまま山あいへと繋がる。左右に岩肌を眺めつつ、十分も歩くとまた山肌に出るんだけど……
「ワフワフッ!」
あちこち走り回ってたヨミが急にこっちを振り向いて吠えた。
「チョコよ」
「はい」
なんだか頷き合った二人がヨミを追いかけて、道を少し右側に外れる。
「どうした?」
「なんだか、こっちの方に魔素がある気がします」
「うむ。間違いなかろう」
えええ……。いやまあ、不思議じゃないけど、こんなところで遭遇するとは。
こんなことなら魔導拳銃を蔵の地下に置いてくるんじゃなかった。幸い、右手にはめてあるロック代わりの指輪はつけたまま。これがあれば簡単な魔法は撃てるはずだけど。
「どうします?」
「確認しておくべきだろうな。美琴、一緒に来てもらうしかないが良いか?」
「はい。覚悟はできてますから!」
うっ、美琴さんも一緒か。危ない気がするけど、ここに残していくわけにも行かないか。智沙さんに護衛してもらう方が安全かな。
「サーラさん」
「オッケー、任せて。チョコちゃんは私の後ろね。とりあえずその格好でいいから。フェリア様は翔子ちゃんところまで戻ってください」
「うむ」
サーラさんがチョコのところまで進み、チョコの右肩から離れたフェリア様がすいーっと私へと飛んでくる。私と美琴さんが並んで、最後尾は智沙さんかな?
「美琴さんのこと、頼みますね」
「うむ」
本当に最悪の場合は……
「翔子さん。万一の時は、智沙さんが私を抱えて逃げるとか考えてませんか?」
「……」
「はあ……。私、こう見えても合気道黒帯ですからね?」
「え゛っ!? 痛たたたたっ!」
手首からくいっと絡みとられ、逆方向に締め上げられる。
ちょっ! ギブギブギブ!
「こらこら、そこ。遊んでない」
「は、はい」
「そうですよ」
ニッコリと圧が怖いので黙っておくことにします……
***
ヨミの先導でしばらく進むと、茂みの奥に人一人通れるぐらいの入口が見える。
「よし。じゃ、ヨミは翔子ちゃんとこ戻って」
「ワフ」
「ちょっと見てきて、大丈夫そうなら呼ぶからね」
大丈夫かなと思ったけど、サーラさんの方がよっぽど経験者なんだった。皆が素直に頷いて背中を見送る。
小柄なので特に屈む必要もなく入口をくぐったサーラさんは、下り坂を降りているようでしばらくして見えなくなる。って、暗い気がするんだけど?
「サーラさん、暗くても見えるんです?」
「うむ。心配せずとも良い。なまじ光で照らすと寄ってくる魔物もおるからの」
あ、そうか。虫系の魔物とかは……モスマンとか絶対にやだな。
長く待っているような気がしたけど、実際には二、三分ぐらいで、
「大丈夫。順番に入ってきて」
そう聞こえてきてほっとする。
私の右肩にいたフェリア様がそれを聞いてチョコの方へと飛んでいった。
「中に入ったら、我が光の精霊を出そう」
「了解です」
そして二人が中に入ってすぐに明かりが見える。次は私と美琴さんとヨミかな。
「最後尾頼みます」
「うむ」
なんとなく最後尾札を持った智沙さんを想像して……いや、ふざけてる場合じゃなかった。
ヨミ、私、美琴さんの順番で入口を潜り、緩い下り坂を少し歩くと、そこは六畳ほどの空間。左斜め方向に道が続いている。
天井に近い場所に光の精霊がふわっと浮いていて、フェリア様が召喚した光の精霊なんだろう。
「ふむ。入口は小さかったが、中は意外と広いな」
と智沙さんが到着。
さて、その左手の道を進むのかと思ったんだけど、
「翔子ちゃん、聖域と加護はできるんだよね?」
「あ、はい。今、かけます」
忘れてた。まずはバフ掛ける癖をつけないとヒーラー失格だ。
「で、チョコちゃんはマルリーになれる?」
「はい。『永遠の白銀』」
Tシャツにジーパンというラフなスタイルの上に白銀の鎧と大盾に長剣。メイン盾としてのチョコが完成する。
「うわ、そっくりだね。ちゃんと歳を聞かれたら十七って答えないとダメだよ?」
ぶっ! 人が集中して神聖魔法を唱えようとしてる時に笑かせないで欲しいんですけど。
「ワフッ」
「ごめんごめん」
ヨミに怒られて改めて集中。
聖域と加護をしっかりと掛けると、全員を淡く優しい光が包む。
「……翔子ちゃん、すごいね。ヨーコと良い勝負できるレベルじゃないかな?」
「ウォルーストあたりに行けば聖女認定よの」
いやいや、それはヨミがすごいからであって……と反論しようとしてやめた。
今はその話をしてる場合じゃないし、さっさとここをクリアリングして楽しいキャンプに戻りたいし。
「その話は後で。先に進みましょう」
「おっと、ごめんね。さくっと終わらせましょ。チョコちゃんの後をついてきてね。私はどうとでもできるから、チョコちゃんは後ろの人たちを守る。いいね?」
「はい」
そう言って鼻歌でも歌うぐらいの気軽さで進んでいくサーラさん。チョコが続き、私たちも続く。
左右の壁は都内のダンジョンのような石壁ではなく、普通の洞窟といった感じ。
「ふーむ、先に進むにつれ、魔素は濃くなっておるようだの」
「ここってダンジョンでしょうか?」
「おそらく違うであろう。向こうの洞窟がこちらに転移したか、こちらの洞窟に繋がったか。今のところはそのどちらかだな」
そんなチョコとフェリア様の会話を聞きつつ進む。
道は右へ左へとうねっていて、道幅も太くなったり細くなったり……
「みんなストップ。ちょっと静かにしてて」
サーラさんが急に立ち止まり、左手を上げた。そして、右手で腰にある短剣に手をかける。
一歩二歩と進んでいったサーラさんが、さらに腰を落としてゆっくりと進み、左へと曲がる角から様子を伺う。
何やら見つけた感じがして、少し考え込んだ後、私たちのところまで戻ってきた。
「どうでした?」
「魔物がいたよ。しかも私一人じゃ、ちょっと無理」
「其方、一人で倒すつもりだったのか?」
「そう思ったんだけど、またヨーコに怒られそうだから」
苦笑いしてそう答えるサーラさん。なるほどね。




