61. 翔子と距離感
ディアナさんとマルリーさんの二人が帰り、第六階層に居続ける必要も無くなったので撤収を開始。
こっちに来たサーラさんとフェリア様は例の『歪んだ世界』に興味があったようだけど、今からそれを見に行くのは無しにさせてもらった。今から行くと帰る時間が微妙に遅くなるし。
「えーっと、お二人は暇してるって話を聞いたんですが?」
「暇してるって……。まあ、私は何か起こる前の調査がメインだし、今はいろいろ終わって後始末の段階だから特にね」
「なるほど」
旧パルテームの独裁政治が打倒されるまでは、下準備というか裏工作というか……いろいろやってたそうで。
「昔は連絡要員として、私とかケイが飛び回ってたけど、今は転送魔法もそれなりに広まって来たからねー」
「そういえば『白銀の乙女たち』にも転送魔法なんて出てきませんでしたね」
あのお話の後からそれなりの時間が経過してるんだよね。今はもうヨーコさんがいないわけだし、少なくとも五十年ぐらいは経ってるのかな。
「フェリア様は?」
「我はその……ほれ。トップというのはどんと構えてないとだな……」
「どんと構えるのはロゼ様がやってるし、あちこちへの交渉はミシャちゃん……空の賢者様がやってくれてるからね。フェリア様はすることなくて暇してたのよ」
サーラさんからさらっと『空の賢者』ミシャ様の名前が出てきて驚く。というかちゃんづけなのね。
「することがなかったとか言うな! 我は我で竜の都へ説明に行ったりと大変だったのだぞ!」
「それ、ルナリア様のところに遊びに行ってただけでしょ……」
なんか不毛なやり取りが行われてるけど、いまいちよくわからないのでスルーしておく。
ともかく、こっちで起きてることを説明して、何かしら知ってることがないかを確認しておかないと。
「えーっと、ここから北西にもダンジョンが出てきてですね。そこにオークがいるっぽいんですけど、何か情報とかあります?」
「うーん、北西ってどれくらい離れてるかわからないけど、廃鉱があったとは思う」
「廃鉱……。鉱石を掘り尽くして使わなくなった鉱山ということですよね?」
「そそ。ヨーコに会う前にはもう掘ってなかったはずだから、百年は前から放置されてるんじゃないかな。そこならオークが住み着いてても不思議じゃないと思う」
「ふむ。やはり魔物の住処になってしまっている可能性が高いのか……」
あそこはダンジョンではなくて廃鉱なのか。
だとすると、地下深くまで何階層もあるというよりは、鉱脈を探してずるずると長く伸びてる感じなのかな。それか枝分かれして蟻の巣っぽく?
「うーん、いまいち転移した地下施設の共通点みたいなのがわからないんですけど、その辺ってどう思います?」
とチョコ。
私もそこが引っかかっていて、今いるこの都内のダンジョン、埼玉の廃坑、うちの蔵の地下と共通点がない。強いて挙げれば地下ってぐらいだけど、それならもっと……
「それだがな。我の推測では魔素の濃度が高い地下が転移したのではと思っておる」
「濃度……」
都内も埼玉も魔物がたくさんいて濃度の高い地下だというのは確かにそうかなと。
でも、
「翔子君の家の地下も魔素が濃いのか?」
「うーん、どれぐらいから濃いのかがわからないですね。というか、あそこって魔素はどこから来てるんでしょう? ここみたいに向こうの世界に繋がってれば、魔素が流れてくるのはわかるんですが……」
「ふむ。それは一度見に行っておきたいところだのう」
そのセリフにサーラさんが半目で睨んでいるけど、私としても専門家にちょっと見てもらいたい気はしてるんだよね。
本当ならカスタマーサポート、『空の賢者』ミシャ様に見てもらいたいところ。蔵書部屋に飾られてた魔導具っぽいものとか使い道がさっぱりだし。
「すまないが、当面はそのオークが出るらしいダンジョンに行く可能性があって待機してもらうことになる」
「オッケーオッケー。私はその間、チョコちゃんを鍛えればいいんだよね?」
「ああ、可能なら私とも手合わせを」
「ふふん、いいよー」
なんか気合が入ってる智沙さんとサーラさん。チョコも頑張ってね……
私はフェリア様から魔法を、元素魔法も精霊魔法も教わりたいところだけど、魔素がない場所だとできないんだよね。
やっぱ何日かに一度、ここに来るべきなのかな?
「さて、次が第一階層だ。フェリア殿、申し訳ないが……」
「うむ。約束は守ろうぞ」
チョコの右肩から降り、サーラさんが持つ鳥籠へと入る。
何度見ても不思議だけど、緑と青のインコに姿を変え、止まり木へと着地する。
「サーラ、カーテン」
「はいはい」
取っ手のところに収納されていた布を下ろすと、鳥籠が囲われて中が見えなくなる。
まあ、これなら「なんでそんなもの持ってるの?」とは思われそうだけど、妖精が入ってるとは思われないかな……
「でもこれ、完全にアレだよね」
「炭鉱のカナリア」
チョコの答えに美琴さんと智沙さんが吹き出した。
***
「では、出発する」
今日は智沙さんのハンヴィーで来ているので、前には智沙さん、美琴さん、私。後ろにチョコとサーラさんとフェリア様……の鳥籠が乗っている。なんかいびきが聞こえる気がするんだけど?
ゆっくりと走り出した車にサーラさんがかなり驚いてるっぽいけど、それを声に出さないあたりはさすがだなーと。
しばらく走ったところで落ち着いたのか、
「いやー、すごいね。ヨーコはこんな世界に住んでたんだねえ」
と漏らす。
外に見えるのは高層ビルばかりの都心の街並み。およそ向こうの世界には無いものばかり。
「こっちって山とか無いの?」
「ありますよ。ただ、この都市は平野に出来ているので、かなり奥まで行かないと見えないんです」
「へー」
関東平野っていうぐらいだしね。立川か八王子をあたりまで行かないと山は見えないかな?
それを考えると、埼玉のダンジョンは車がないと随分と遠い気がする。
「その廃鉱ってさっきのダンジョンからどれくらい離れてるんです?」
「んー、歩きだと三日はかかるかなあ。馬車だとギリ二日ってとこ。山道あるしね」
徒歩が時速五キロだとすると、一日八時間歩いたとして四〇キロぐらい? 三日だから一二〇キロ移動すると考えると……なんとなくだけど位置的には合ってる気がする。
あれ? 実は向こうの世界とこっちの世界ってあんまり地形が違わないのかも?
一回、ちゃんと日本地図を見てもらった方がいい気がしてきたよ……




