37. 翔子と死者
窓際で手紙を読んでる館長さんの横顔を眺めていたんだけど、ふっと笑ってから手紙を畳んで懐に入れた。
そして、そのままいつもの一人掛けのソファーにどっかと腰を下ろす。
「さて、先に話しとくことがある」
ローテーブルの下段棚からリモコンを取り出し、何かしら操作すると、部屋のカーテンがスッと閉まり、壁にスクリーンが降りてきて、天井に釣られたプロジェクターから映像が映し出された。
おおー、こういうのいいよね……。うちは和風の家だから絶対無理だけど。
館長さんがチラッと腕時計を見てからリモコンを操作する。今はちょうど午後四時を回ったぐらいだっけ?
スクリーンに公共放送が映し出された。時間的にニュースのはずだけど……
『……死亡していた男性は陥没箇所から続く地下空洞にて動画を撮影していたと思われており、警視庁では所持品を回収して鑑定を……』
私もチョコも、美琴さんも智沙さんもフリーズしてしまった。
場所は私たちが調査をしていた都内のダンジョンではなく、埼玉の方で起きた陥没でのことらしいけど……
「ま、向こうから来ちまったダンジョンってのは他にもあるってこった」
「陥没があった場所はどこもダンジョンと繋がってるということでしょうか?」
「全部が全部って訳でもねえと思うがな」
そう言って手紙をテーブルへと放り置く館長さん。
読んでもいいよってことなんだろうけど、流石にすぐには手を出せないというか。
「でも、陥没が起きた場所はダンジョンがある可能性が高そうですね」
「だろうな。だが、こえーのは陥没が起きてないかもしれねーってことだ」
館長さんが私とチョコを見る。
えーっと?
「ああ! うちの蔵みたいに、転移してきたけど陥没が起きなかった場合もありえるんだ」
「そうだね。うちは翔子が偶然気付いたけど、気付いてないところも多そう……」
「そういうこった。まいったぜ」
その言葉とは裏腹に、なんだかちょっと楽しそうな雰囲気を纏っている館長さん。
さっきもちょっと笑ってたけど……
「御前。このテレビで報じられた死亡した男性とは以前の動画を投稿していた?」
「ん、ああ、そうだぜ。ま、警備がキツくなって別の場所に行ったんだろうな」
へー、という気持ちしか起きない。
自分がひどく冷たい人間な気もしたけど、どういう人だったのか全く知らないし、なんなら迷惑な人だなと思ってたし……
「この男性は一人だったんですよね? よく発見されましたね」
「警視庁が先んじて追ってたんだってよ。ま、上からいろいろあったんじゃねーの?」
え? 先んじてって許されるんだっけ? 不法侵入とかって訴えてないとだよね? となると、公務執行妨害とか? なんかもう適当な罪状で調査してましたってやつ?
「なるほど。ということは、多少なり漏れ始めてると……」
「だな。男が持ってたビデオカメラの中身にやべーのが写ってると思うぜ」
「えっ? じゃ、その人が死んだのって魔物と遭遇して?」
「多分な。ひでえ状態だったとは聞いた」
尾行してて、ダンジョンから出てきたところを逮捕の予定だったのが、出てこないので様子を見に行くと……という顛末だったらしい。
まあ、私たちが戦った熊——レッドアーマーベアだっけ?——とか、一般人には絶望する相手だよね。
警官だって立ち向かえるかどうかは微妙な気がするし、やっぱり自衛隊に頑張ってもらうしかないのかな?
いや、ひょっとして館長さん、私とチョコに……
「それで、御前はこれからどうされるおつもりですか? まさかとは思いますが、翔子君たちに……」
「は? 何言ってんだ。翔子ちゃんとチョコちゃんに無理なんかさせる訳ねーだろ」
「ですが、それでは事態の収集の目処が全く立たなくなるのでは……」
と美琴さん。
私とチョコで見つかったダンジョンをクリアリングしていくというのは「なんとかなるかも?」ぐらいの感じはあるよね。
あとは問答無用で埋めちゃうぐらい? でも、それも通らなそうな感じはする。古代遺跡とかと勘違いしてる人たちが反発しそうだし。
「美琴、それ読め。声に出してな」
「は、はい」
そう言われた美琴さんが手紙を手に取り、開く。
「絵理香へ
面倒なことをお願いしっぱなしでごめん。
こっちのダンジョンが転移した理由がわかったよ。簡単にいうと黒神教徒による魔法が暴発したせい。
勇者召喚の仕組みを逆転させて、そっちの世界へ行こうとしたものの制御に失敗して暴走。結果として、いくつかのダンジョンや地下施設がそっちへと転移してしまったみたい。
こっちで優先順位をつけて確認中だけど、一番心配だった魔導人形の研究所は翔子ちゃんが確保してくれたし、そっちに飛ばされた人も救助してくれたので、これ以上の無理はしなくても大丈夫。
そっちでまた別の場所にダンジョンが見つかった場合は今まで通り買収しちゃってください。そのあとゆっくり情報とかを教えてもらえれば対処が必要かどうかを伝えるからね。あ、資金が足りないなら送るので遠慮なく。
救出してくれた人たちをこっちへ送る算段については、目処がついたら連絡する予定。
あと、都内にできたダンジョンの第七階層はアンデッド(ゾンビとかそういうの)が多いので、絶対に無理はさせないように! 今の翔子ちゃんたちには対処が難しいから!
それじゃ、また連絡します。元気でね!」
えーっと……
なんか、すっごく気安い感じの手紙だけど、日本語で書かれてるってことはカスタマーサポートさんだよね?
いや、そういう話じゃなかった。
うちの蔵と都内のあのダンジョン以外は優先度低いってことなのかな? というか、バレても問題ないの?
あ、違う。他の場所にダンジョンがあって、そこに魔物が出たからといって、あっちの世界のことを知ってるのが館長さんや私たちだけだからか……
「ってことで、質問はあるか?」
「テレビに映っていた埼玉のダンジョンはどうするおつもりですか?」
「悪いが翔子ちゃんたちと行って見てきてくれ。すぐって話じゃねえぜ。しばらくして騒ぎが落ち着いてからでいい。事件があったんだし、当面は立入禁止になるだろーしな」
そりゃそっか。事故現場だもんね。
見に行って、向こうに報告して対処が必要か確認してからってことかな。
「翔子ちゃんたちは何かねーか?」
「えーっと、館長さん、何かちょっと嬉しそうに見えたんですけど。気のせいだったらごめんなさい」
「あはは! まー、一番大事なことはちゃんとできたっぽいからな。それで少しでもあいつに恩が返せたんなら良かったなってな」
笑顔でそう答える館長さん。
手紙の文面もそうだったけど、やっぱりカスタマーサポートさんとは長い付き合いっぽい。
歳をとってもそういうのあるのって憧れるよね……




