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差が付く理由

作者: N(えぬ)

ある、お互いほどほどに幸福だと思っている中年の夫婦が何かの記念の旅行で飛行機に乗っていました。

飛行機は、「くつろげる旅行先」と聞かれて多くの人が頭に思い浮かべるいくつかのうちのひとつの温暖なリゾート地へと一路高い空を飛んでいました。

飛行機の座席はいつも妻が窓際で夫は隣の席でした。

夫は大の飛行機嫌いで、うつむいたままブツブツと何か言いながら泣きそうな顔をしています。それを見た妻は、夫が変わらず。もう結婚してから10回は飛行機に乗っているのに、それでもまだ怖がっているということをいつものように情けなく思っていました。夫が飛行機に慣れないのに対して、妻は夫のこの悲惨な状況を見るのに慣れてしまっていました。

「しかたがないさ、これがわたしの性分というものだ……あぁ、ナムアミダブツ」うっすらと涙を浮かべて夫は小声でそう言います。

「また、念仏なんて唱えて。よしてよ、縁起でもない。あなたは、考えなくてもいい先のことまで一足飛びに妙な気を回すから怖いのよ」

そんなやりとりをしているとき、飛行機が急にバランスを失い降下を始めました。今度こそは夫の取り越し苦労が当たってしまったようです。


機内放送がエンジンの故障を教え、乗客は乗務員の指示に従うようにとアナウンスがされました。酸素マスクだ救命胴着だ防御姿勢だと、いろいろ重要な説明がなされているようですが、機体の状況はそのような準備をする暇を与えるつもりはないようでした。


「あぁ、やっぱりこれでおしまいだ……予感的中だ」


夫は、もう、飛行機が落ちる前にすでに死にそうな声を上げています。


「あなたったら。最期くらい、空威張りでもいいから力強いところを見せたらどう?いやになっちゃうわねぇ」


妻の方は、妻なりに夫を励ます気分で叱咤したつもりでしたが、いずれにしても、もう何も間に合わず、どうすることも出来ない状況でした。


飛行機は頭っから、海へと突っ込んでいきます。


夫の頭には、これまでの人生が早送りで駆け巡っていました。そして、少なからず幸せだったと妻との生活を思い返して、隣の妻の姿を見やりました。


夫の目には、浮かべた涙で屈折率が変わったせいなのか、新婚旅行の時の彼女の姿が目の前に現れました。なんと美しい、うっとりする横顔でしょう。夫は妻の手をそっと握りしめました。そうして夫は、走馬灯の記憶の中で恍惚とし、無念ながらも幸せな最期を迎えました。




飛行機は海面でバラバラに砕けました。それは無残な光景でした。もはや、生存者がいるとはとても考えにくい有様です。


ですが海面に浮く、大きな貝殻のような形の飛行機の機体の一部の、その上に妻がちょこんと乗っていました。彼女はほとんどケガも無い無事な姿でした。


救助隊のヘリコプターに助け出され、病院に収容された妻は、駆けつけた子供らの顔を見て微笑みました。


新聞記者が、大事故でただ一人生き残った彼女に取材をしたいと言ってきました。


「あなたは、墜落の瞬間、どんなことを考えていましたか?」


「ええ。墜落の瞬間、わたしは夫と手を握り合っていました。その瞬間、尊い幸せを感じ、周りのことがすべてゆっくりとスローモーションになって……」

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