前編.ショタコン、未知の異世界へ
読者の皆様に多大なる感謝を込めて!!
思いの外長くなったので前後編に分けます!!
特に予定のない休日。
ラタフィアもジェラルディーンも用事があるということで、私は一人で学園からふらりと街へ繰り出した。
「あー、良いショタ歩いてないかなぁ……」
私に活きの良いショタを恵んでくれ。こちとら学園生活でショタ不足なんだ……
そんな邪なことを考えながら街を歩いていたのがいけなかったのか。
私は突然目映い光に包まれて、ぐわんと脳を揺らされる様な浮遊感に襲われた。
思わず目を瞑って、転ばないようにするのが精一杯。周囲を歩いていた人々が驚く声が次第に遠くなる中、ぎゅーーんと勢い良く移動するような感覚がある。
なになに、怖いぞ、また誘拐案件か?!
そう思ったのも束の間。眩しすぎる光が柔らかに収まって、私は恐る恐る目を開けた。
「へっ?!」
「はっ?!」
景色がまったく違う。ここは森の中のようで、爽やかな緑のにおいがした。
そして目の前に、銀色の瞳を焦った様にぱちくりと瞬く、薄紫の髪をした見知らぬ美少年が立ちすくんでいる。
アッ、これはっ、待て、突然の供給に頭が追いつかな……美ショタァァァァッ!!!
私はアイリーン。
乙女ゲームのヒロインに転生した元女子高生のショタコンであり、この度よく分からない状況に置かれたが目の前の美ショタによる供給過多で、色々と限界なショタコンであった。
―――――………
幸いなことに言葉の通じる相手だったので、その場に座り込み、話をしてなんとか状況を整理した。
この美ショタ……げふん、ウル君はなんと精霊で(私の知っている精霊とだいぶ違うぞ)ここはシリエールと言うエルフの王国らしい(エルフ? 何そのファンタジー力の塊みたいなやつ)。
ほぉーーん? この辺で嫌な予感はしていたけれど私は黙って美ショタ……げふん、ウル君のお話を聞く。
彼はエルフ式の召喚魔法を練習していたらしいんだけど、魔法を発動しながら久々に会えた友達のことをつい考えちゃって集中が途切れたという。
そしたら変なところに召喚魔法が飛んでしまって、何らかの繋がりから私を召喚してしまった、と言うことらしい。
ええ……その「何らかの繋がり」って、私が召喚魔法発動と同時刻に「良いショタ歩いてないかなぁ」とか考えていたこと、じゃないよね……?
頼むから違うと言ってくれボブ。
確かにウル君はたまらねぇ……げふん、ショタコン垂涎の……げふん、素敵なショタであるけれど、私の予想が正しければ……
「ここ、異世界じゃんか!!!」
異世界転生に異世界転移を重ねるとかマ?
色々盛りすぎてドン引き。それに元の世界には私の最愛の弟リオがいるんだ。帰れないとかだったら全力で暴れるからな!!
―――――………
時は少しばかり遡る。
場所は、エルフたちの住まう緑深き王国シリエール。
過酷な旅の末に、仲間たちと共に冥界の皇帝イスグルアスを打ち倒した霊王の末子ウルーシュラは、その旅の最中に立ち寄ったこの国に再び訪れていた。
理由は、友人であるエルフの魔導士ジジから、世界中をふらふらと自由気ままに旅しているシヴァが久々にシリエールに来るという手紙が送られてきたからである。
復讐と予言による旅のあとに、長く共にいたウルの元を離れて風のように精霊の国を去った大切な人。
長い黒髪に、光の加減で美しく色を変える瞳を持つシヴァとの再会をジジも願っていたようで「研究、させて、くれない、かな」と手紙には彼女らしいそんな言葉が綴られていた。
空を揺蕩う精霊の国を飛び出して、シリエールにやって来たウルを迎えたのは手紙の送り主であるジジ。
ボサボサの深紫の長髪と、ぐるぐると濁った黄緑色の瞳は変わらず。相変わらず小さい彼女はウルを見上げている。
「久しぶりだね、ジジ。元気にしていた?」
「ん。ウルーシュラも、元気、そう。よかった」
銀の瞳をきらきらと煌めかせて再会を喜ぶウルに、ジジはあまり動かない表情を微かに笑みの形にして頷いた。
「シヴァは?」
「生徒に、捕まって、もみくちゃ」
「えっ!」
エルフの国の魔法学園の生徒たちは、変わらずかなり遠慮がないようであった。
魔法学園の前までやって来ると、生徒たちらしき黒のローブを纏った人の塊が地面に何かを押し潰していた。
「すごいっ、初めて捕獲に成功した!」
「やっぱり不思議!」
「解剖、は駄目か。でも爪くらいなら……」
「うひょーっ!!」
ごちゃごちゃと団子になりながら生徒たちが発する言葉にウルは真顔になって傍らのジジを見下ろす。彼女もまた、変わらぬ無表情でウルを見上げていた。
「ねえ、あれ……」
「ん。潰されて、ると、思う」
「シヴァがそんなヘマするかなぁ……」
「罠、張って、た。すごく、巧妙な。ジジも、一度、引っ掛かった」
「わぁ……」
王国一の魔導士と言われるジジや、数多の戦いを乗り越えてきたシヴァを捕らえる罠を作り上げるとは。生徒たちの止めどない研究欲、恐ろしい執念であった。
「魔力が使えるようになったんでしょ?」
「ふひっ、それなら魔力検査も!」
「全く新しい魔法が作れるかも!!」
「ひょえーーっ!!」
生徒たちの声が大きくなった。
その直後。
「っうるさい、重いっ、離れろっ!!」
怒鳴り声と共にバチバチッと青い雷が弾けた。駆け回る青白い光が生徒たちを吹き飛ばす。懐かしいその青雷に、ウルは思わず息を飲んだ。
生徒たちに潰されていた者が、怒りのままに青の電光を纏いながら立ち上がる。ポニーテールにされた黒髪、電光の青を受けて鮮やかに群青を宿す双眸。憤怒に染まってもなお見とれるほどの美貌であった。
「シヴァ!!」
彼の姿を見て、ウルはたまらず駆け出した。群青の瞳がウルを捉え、そしてゆるゆると見開かれる。
「ウル! お前、来てたのか!!」
「ジジが知らせてくれたんだ。元気そうで良かった!」
「お前も変わらず元気だな」
本当に久々の再会。嬉しさで跳ね回りそうなウルを宥めて、シヴァはのそのそ歩いてくるジジに「生徒どうにかしてくれ」と言った。
「ん」
ジジは答えて取り出した杖を一振り。ビリビリ痺れながら転がっていた生徒たちを一まとめにして学園の開いている窓へ放り込んでいく。
その鮮やかな魔法さばきに、ウルは「流石だねぇ」とほのぼの呟いた。
その後、二人は会わなかった間のことを話し、シヴァは他の知り合いのところへ行き、ウルはあることを思い付いて学園の裏手へと向かった。
(召喚魔法で、シヴァの好きなもふもふのシヌゥを喚ぼう……練習にもなるし)
ふわふわとした白い巻毛の生え揃った丸い身体に、ちょこんと突き出した小鼠の様な薄茶の顔を持つ不思議な生き物シヌゥ。
このふわふわを触るのがシヴァは好きなのである。
「よし……」
地面に霊杖ウラヌリアスの頭を向け、魔力を展開しながら召喚陣を描いていく。
(シヴァ、前にシヌゥを喚んだ時は還ってもらう時までずーっと触ってたもんなぁ)
完成した陣へ更に魔力を込める。
(元気そうで良かった。夜になったらもっと沢山話をしよう……)
ついシヴァのことを思ってしまい雑念が混じる。チリッと魔力が震える感覚が伝わってきて、ウルが「まずい」と慌てて思った直後、召喚陣が目映い白光を放った。
『良いショタ歩いてないかなぁ……』
(えっ、何の声……?!)
聞こえたような気がする声の正体を確かめる前に召喚陣の光は収まった。
失敗か、と思ったウルは、そこに人が立っていることに気づいて目を丸くする。
「へっ?!」
「はっ?!」
艶やかな銀の長髪に、蕩けそうな琥珀の瞳をした美少女が、ひどく困惑した表情でウルを見ていた。
―――――………
でかい声で叫んだ私に、美ショタ……げふん、ウル君は「いせかい……?」と可愛らしく首を傾げた。
「あっ、えと、多分私、別の世界から喚ばれたんだと思う。エルフとか、お話の中でしか聞いたことないし、精霊も、私の知っているのと違うから……」
こっちの精霊は定期的に変態にメタモルフォーゼするヤバイ闇の精霊だからね? ウル君みたいに儚げで超可愛い美ショタとは大違いだ。
「異世界……ごめんね、アイリーン。ちゃんと、帰れるようにするから……」
「うん、そこのところは、お願い」
「それにしても別の世界と繋がるなんて思いもしなかったよ。ねえ、君のいた世界はどんなところ?」
しょぼん、と眉をハの字にしたウル君であったが、すぐに気を取り直してそんな質問をしてきた。
ここは明らかに純然たるしっかりファンタジー世界だから、乙女ゲームの世界とは言えないなぁ……何て言おう?
「ここより、うーん、文明的には少し発展しているかな。それで、精霊はいるけれどエルフはいない、と思う」
「へー! 精霊がいるんだ……」
「でも、ウル君に比べるとなんにも可愛くないよ……」
私がそう言うとウル君は微妙な表情で視線を斜め下に投げた。さらりと揺れる薄紫の髪は、まるで宝石から紡いだかの様に輝いていて美しすぎだ……やはり美ショタである。
「僕は、“可愛い”より“格好良い”がいい、かな……」
「ヴァッ」
ななななななにそれかわいい。
少し目を伏せて、小首を傾げながら困ったように苦笑して見せるウル君。
こんな儚げで華奢な印象の美ショタ、“可愛い”を不採用とするならば、残るは“耽美”しかないのでは?
うっひょぉぉーーっ、儚げ耽美な美ショタとか宇宙の果てまで行けそうなくらいに可能性が無限大ぃぃぃっ!!
きったねぇ声で一瞬鳴いて固まった私を見て、ウル君は途端に戸惑うような気遣うような顔をしながらこちらを覗き込んできた。
「アイリーン?」
「っあ、はいっ、大丈夫!」
貴方の可愛さ綺麗さに脳内大暴れしていただけだからね! 一瞬宇宙の真理を覗いたような心地がしたけれど平気平気!!
「なら、いいけど……」
手を口元にやって、眉尻を少し下げながら小首を傾げるウル君。うはっ、気遣いの優しさプライスレス。
その時だった。
「ウル、ここにいたのか……――誰だ」
突然、ウル君を探していたようだと推測できる言葉と共に誰かがやって来た。声の主はすぐに私に気づいたようで、警戒心を滲ませた低い声で誰何する。
「あ、シヴァ」
「ヌッ」
いけない、思わず変な声が。
そこには、黒を基調としたファンタジーな衣装を纏った顔面偏差値が高すぎる青年が立っていた。
黒髪ポニーテールに惚れ惚れする様な深紫の瞳とか、えっ、恐怖。元の世界で遭遇してたら間違いなく攻略対象だと思って走って逃げてたわ。
これがウル君が言っていた「久々に会えた友達」かぁ……二人が揃うと場の絵がえらいことになるね。顔がひたすら良い。
「ええと、色々あって……」
「…………」
うぉぉぅ……一時も目を離されることがない。チリチリと視線が肌を刺している気がする。
シヴァさんはゆっくりとこちらに歩み寄って来ながら、ウル君があわあわとする説明を聞いていた。
顔の系統がノワールに近いので、あんまり見つめられると弁慶の泣き所に蹴りをお見舞いしたくなるぞ(にっこり)。