不審
「なぜそれを……?」
目の前の看護師さんは、確信して院長とさっき話していた看護師さんが不倫していると言った。
何か証拠でもあるのだろうか……。
「あの人の名前は川島美里、私と同じ看護師ですよ。でも私と違うのは院長と不倫している事ですかね」
目の前の看護師さんは腕を組んで遠い目をしていた。
「なぜ不倫と言い切れるんですか?」
そう聞くと看護師さんは徐に口を開く。
「前見ちゃったんです……あの人の家、ここからかなり離れたA12エリアていう田舎町に住んでいるんですが、ちょっとした用事でそこに行く事になったんです」
「ちょっとした用事……?」
A12エリア、ここから何キロも離れた場所だ。
Aエリアは都市開発が進み、住宅街やビルが立ち並ぶ所が多いが、A12エリアは昔ながらの風情を残したいと都市開発に反発していた。
その結果、Aエリアでは珍しく農業が盛んで自然豊かな風景が眺められる隠れスポットになっている。
だが農業が盛んという事は、その分土地が田んぼなどに取られているという事だ。
そのためか住宅もかなり離れて配置されており、住民も少ないため過疎化に悩まらせれているらしい。
隠れてやましい事をするには、まさにうってつけと言える。
だからこそ俺はこの人の言う、そのちょっとした用事というのが気になった。
「……3年前の事件覚えてますか?」
「3年前というと如月家の……」
「ええ、私はその事件で捕まった如月祥治の妹、如月亜由美と申します」
「え……」
その言葉で固まってしまった。
亜由美さんは如月祥治さんが冤罪で捕まった病院で勤めている。
それはつまり、もしかして……。
「え? ああ勘違いしないでください。兄とは疎遠になっていて、死んだと言うのも何もかもが終わった後に聞きましたから、これから何かしようなんてこれっぽっちも思ってません」
兄を冤罪にされてこれっぽっちも感じない、か。
それはそれで少し悲しいものがある。
「兄とはもう20年近く会っていませんから、いくら血が繋がっているとは言え、もはや他人です」
「……そうですか、それで用事というのは?」
「兄は縁に恵まれてなかったようで、葬式を開く人も、遺骨を受け取る人もいなかったそうで私に押し付けられたんです。その墓がA12の隣町、A13エリアにあって、ある命日に墓参りに行くためA12エリアを通ったんです、それでその時に……」
亜由美さんは墓参りの道すがら、川島さんの家の前を通る事になったそうだが、そこで2人のいわゆる逢瀬を見てしまったそうだ。
「かなり親密な様子で家に入っていきましたから、不倫で間違い無いと思います」
「なるほど……」
いきなりここで複雑な人間関係が出てきた。
整理すると、目の前にいる女性は如月亜由美さん。
ここで冤罪となった祥治さんの妹だ。
そしてさっき話した看護師さんが川島美里さん。
事件のあった病院の院長と不倫をしているそうだ。
川島さんと亜由美さんは交流関係は深いものでは無いものの、家を知っている間柄だ。
少しは話したりしているのだろう。
「あー兄といえば……お役に立つ情報か分かりませんけど、私親戚として美津子さんの葬式に顔を出したのですが、どうやら美津子さんにも妹が居るみたいですね、お姉ちゃんお姉ちゃんって泣いていました」
「え!? それ誰だか分かります!?」
妹が居たなんて初耳だ。
事件に直接は関係はないかもしれないが、3年前の事件の真相が分かれば、自ずと今回の事件も見えてくるかもしれない。
ここはなんとしても聞いておきたい所だ。
「ごめんなさい、それが私その時美津子さんと交流無かったものですから、その…… 居た堪れなくなって退席してしまったんです。だから顔とか名前は知らないんです」
「そうですか……」
妹については知れなかったか……。
まあ仕方ない、俺だって目の前で親族が泣かれていたら、その場から立ち去ってしまう。
「貴重な情報ありがとうございます」
「いえいえ、お仕事頑張ってください」
亜由美さんの事は少し気になるものの、これ以上つつくのも忍びない。
それに祥治さんとは疎遠だったらしい。
3年前について有力な情報は聞けないだろう。
「あ、そういえば自警団さん、この前の事件について何か知ってそうな人に心当たりありますよ?」
「え、本当ですか!?」
亜由美さんはその場から立ち去ろうとする際、そう声をかけた。
ここまで来ると何か出来過ぎな感じはあるが、今は何よりも情報が欲しい。
気にせず飛び込んで行こう。
「今呼びますから待っててください」
「何から何まですみません……」
それから少しして1人の女性が来た。
「あら? あなた達が探偵さん?」
「い、いえ自分達はこういうものです」
亜由美さんは何を話したのだろうか。
沙羅さんと俺は自警団の手帳を見せる。
「……自警団?」
「ええ、まあ警察の仲間みたいなもんです」
「あらまぁ! 嬉しいわぁ、おばさんこういうの憧れてたのよぉ〜」
「あ、あはは……そうですか」
亜由美さんに変わって来たのが、看護師の中でもかなりの情報通と言われている50代くらいの女性だ。
名前を竹中真理子という。
「あのね、ここだけの話なんだけど……」
竹中さんは辺りをキョロキョロ見回して誰もいない事を確認すると、小声で俺に耳打ちをした。
「私ね、見ちゃったのよ。事件のあった当日に殺された佐々木千恵さんと院長が揉めてるところを……!」
「え!?」
「内容は分からなかったのだけど……金とか証拠とか言ってたわね。何か脅してたみたいよ」
「金……証拠……それは間違いないですか?」
「間違いないわよ、この目で見たんだから!」
「いえ疑ってるわけでは……あ、ちなみに何時頃見られました?」
「えーっとあれは確か20時頃だったかしらねぇ」
20時か……死亡推定時刻とは少しズレるものの、時間としては矛盾はないか……。
この人を疑うわけではないがどうにも信じ難い。
千恵さんが金とか証拠とかで脅せるような状態だったとは思えないし、そもそも2人にそんな関係性があったとは考えられない。
だが揉めていたという事実は見逃せない。
実際この場で死体で見つかったんだ、内容はともかく何かしらのトラブルがあったと考えるのが自然だ。
「ありがとうございます、情報ありがとうございます」
「院長に話を聞くなら、今は院長室にいるはずよ」
「ありがとうございます、助かります」
なんだかここに来てからトントン拍子で情報が集まってくる。
運がいいのか、それとも何かの前触れなのか……。
まあきっと前者だろう。
日頃の行いが今やっと報われたのだ。
「沙羅さん、いきましょうか」
「……ええ、そうね」
それから俺は相変わらず抜け殻のような沙羅さんと共に、話を通してもらって院長室へと向かった。
「こちらにどうぞ……それで自警団さんが何のようで?」
「ええ、実は最近起きた殺人事件についてなのですが」
院長の名前は花本真司。
かなりの名医らしく、昔は神の手と言われ名を馳せていたようだ。
俺と沙羅さんはフカフカのソファに座り、そんな花本さんに院長室で事件についての話を聞く事にした。
しかし事件について話をすると、顔が急に不機嫌なものに変わる。
「それなら既に警察の人に話していますが?」
「すみません、これも仕事なもので」
想定していた質問だったので、嘘で返せたがやはり誤魔化すのはかなり苦手だ。
心臓がバクバクする、早く質問して退散しよう。
「はぁそれで、なにが聞きたいんです?」
「その……実は事件当日あなたと千恵さんが揉めていたというのを目撃した人がいらっしゃるのですが」
「千恵さんと? さぁ知りませんな、それは何時頃ですか?」
「20時頃と聞いています」
「はぁ、刑事さんと同じ質問じゃないですか。おい、あれを持って来てくれ」
どうやらここに来た警察も同じ事を調べたようだ。
花本さんはそういうと、立っていた秘書に書類のようなものを持って来させた。
「これが20時の佐々木千恵さんの診断結果です」
バンバンとその書類を指で叩き俺達に突き出す。
そこには確かに20時頃に診断を受けていた記録が書いてあった。
「なにを調べているか分かりませんが、あまり私の邪魔をしないでもらいたいですね。それで質問はまだありますか?」
花本さんはかなりご機嫌斜めだ。
ここは警察が聞いていないだろう質問をして、なんとか情報を得よう。
「3年前、ここでおきた如月家の事件は覚えていますか?」
恐らくこの質問は警察はしていないだろう。
いやそもそも出来ないはずだ、揉み消そうとしてる事件に触れる様な警察はいないだろう。
「それが今回の事件で繋がりでも?」
「ええ、どちらも同じ手口で殺されています」
「はぁ……それで私に何を答えろと?」
「単刀直入にお聞きします。何かご存知ではないですか?」
3年前に花本さんが関係している証拠はない。
完全なハッタリだが、どうやら効き目はあったようだ。
「何を証拠に言っている、私はその様な事件に関係などしていない! それにその事件は犯人が捕まったはずだろ!」
花本さんは何故かかなり焦っている。
「そんなに焦らなくてもいいじゃないですか、自分はただ何か知らないですか? と聞いてるだけです」
「失礼だな、君達は! 突然現れてなんなんだまったく! これは問題にさせてもらうぞ!」
「問題って……自分はただ聞いただけですよ? これが問題になるとでも思いますか?」
俺はただ院長に質問しただけだ。
こんな事で問題になるなら捜査なんて出来ない。
やれるものならやってみろ。
「やってくれたなお前達」
はい、問題になりました。




