逃走
これから戦闘描写が続きます
「え? 暁さんが大怪我を?」
『ああそうなんだ、それでドタバダしていてそっちにまだ行けてないんだよ』
「そうなのか……」
俺は寮に帰る途中、斎藤に現在の捜査について聞いていた。
今は暁さんが怪我でダウン、沙羅さんが代わりにバディをしているらしい。
『何か掴んだら伝えるわ、じゃあな』
「おう、ありがとう」
今は斎藤と沙羅さんで梓沢の交流関係を当たっているらしい。
梓沢は不良グループのリーダーをしていたらしく、そこでの揉め事ではないか、と疑っているそうだ。
しかしなんともやるせない。
木野さんの報告の後、詳細が書いてあるメールが届いた。
そのメールによると、梓沢は最期まである紙を持っていたらしい。
添付してあった紙の写真を見ると、そこには所々破れてはいたが『なさい』と書かれていた紙切れがあった。
命が消える最期の時まで握っていたのだろう。
その紙は煤だらけでグシャグシャにはなっていたが、燃え尽きていなかった。
そして『なさい』と書かれた文字……。
教えるべきなのだろうか正直迷った。
だが結果が分からない以上、やはり教える事はできない。
「どんな人だったんだろうなぁ」
結局それが分からないまま梓沢は帰らぬ人になった。
もしかしたら2人は和解できたかもしれない。
そう思うとやはり、なんとも言えない気分になった。
※
「小野田くん!?」
私がドアを開けるとものすごい勢いで夏菜子がやってきた。
「か、柏崎さん」
「どうしてここに……」
「ご、ごめん、迷惑なのは分かってたんだ、でもやっぱり心配になって……あはは。元気そうで良かったよ」
「あ、ありがと、ごめんね色々気使わせちゃって……。立ち話もなんだから家に上がって、リネさんもいいですよね」
「え、ええ。私は構わないけど」
「あ、ありがとう……」
小野田は申し訳なさそうに、でも嬉しそうにそう言って部屋へと上がった。
「晩ご飯食べちゃった? もし食べてないならカレーあるけど」
「ありがとう、嬉しいな。まだ何も食べてないんだ」
「そっか、なら今よそうね、少し待ってて」
「う、うん」
どうやら夏菜子は先程の会話を意識しているらしい。
カレーをよそうのにも緊張して苦戦している。
「なんか落ち着いたね、柏崎さん」
「うん、まあ色々あってね」
「……そっか」
夏菜子はやっとカレーをよそえたようで、ぎこちなくそれを渡した。
「はいこれ、味に自信はないけど」
「ありがとう、いただきます」
小野田はそう言うと、徐にカレーをすくい上げ口に運んだ。
「うん、美味しいよ」
「そっか、よかったぁ……ん? あれ、小野田くん少し痩せた?」
夏菜子がそう言った時、私も気づいた。
小野田が若干……いや、かなり痩せている。
「な、何の事? よく分からないな」
小野田はそう言われた直後、明らかに過剰な動揺を示した。
普通なら何でもない会話、だが彼の反応は明らかに異常だ。
まさか……。
「ちょっと首筋見せてくれるかしら?」
私がそう言って、小野田に近づくも首筋を隠して縮こまってしまった。
「小野田くん、どうしたの……?」
「うっ……うっ……」
夏菜子が心配するも、どう考えても反応がおかしい。
「ねえってば!」
そして夏菜子が小野田の肩をつかもうと手を伸ばしたその瞬間、私の中で危険信号が鳴る。
この嫌な感じ……まさかアイツが……!?
「だめ、夏菜子!」
私はすぐに夏菜子を手前に引っ張る。
「な、何この手!?」
私が引っ張ったすぐ後、夏菜子のいた床から手が生える。
そして、手応えがないと感じると手の主が床から現れた。
「ククク、まさかお前が関係していたとはなぁ」
「……」
名前は分からないが手の主は、ボスからはネームゼロと呼ばれている全身真っ黒のフードに包まれた男だ。
「なんであんたがここにいるの?」
私は夏菜子を庇いながら逃げ道を探しつつ質問する。
「あぁ、こいつの計画を手伝ってやろうと思ってなぁ」
フードの男は癇に障る濁声でそう言うと、懐からアビリティを取り出した。
「まさか……使わせたの?」
「ハッ、何を当たり前の事を……ほら、これ使え」
そう言うと、小野田は立ち上がりアビリティを手にする。
「小野田くん! リネさん! どう言う事なの!? 説明して!」
突然の出来事に暴れる夏菜子を宥めていると、小野田がアビリティを首筋まで持っていきながら、不敵な笑みを浮かべる。
「は、はは、柏崎さん、慌てる事ないよ。この薬はね、何でもできる薬なんだ。すごい薬なんだよ、これを使えば…………僕は強くなれるんだ!!」
「やめなさい!!」
目の前で小野田がそう叫び、ぶすりとアビリティの入った注射器を刺す。
「はぁ……はぁ……この力があれば僕は君を守れるんだよ……僕が! 君を! 守るんだよ!」
「くっ……!」
理性を失った小野田はそう叫んで私達に飛び込む。
「夏菜子! こっち!」
それを避けて夏菜子を連れながら窓ガラスを割り、隣の家の屋根に飛び移る。
「ど、どうなってるの!?」
「話は後、今はとにかく私に捕まって!」
そこから近くにある屋根に飛び移って移動し、近くの公園に降りる。
「やっぱり逃げ切れないわね……」
「当たり前だ、ただの人間が逃げ切れる訳ないだろ?」
フードの男はそう言うと、地面から小野田を連れて現れる。
「さあ追いかけっこは終わりだ、さっさとその女を寄越せ」
「夏菜子を誘拐して何する気なの……?」
「ああ? 俺が知るかよ、それはこの、相棒に聞いてくれ」
フードの男はそう言って隣の小野田の肩を叩く。
「フーッ、フーッ!」
だめだ、完全にアビリティに意識を乗っ取られている。
小野田は今にも私達に襲い掛かろうとしていた。
「い、いやぁ……」
それを見て、夏菜子は私の上着の裾を引っ張る。
ダメだ、こんな状態で渡せば何されるか分からない。
「と言ってもお前も仕事だもんな、渡せないか……なら、力づくしかないな。どうせボスから頼まれた事だ、ここで消す方が効率がいい」
フードの男はそう言うと、小野田の背中を押して前に出させた。
その瞬間、一気に小野田が私達に近づく。
「絶対に私から離れないで!」
後ろの夏菜子にそう伝え、飛び込んできた小野田の拳を避けて腕を掴み、相手の勢いを利用して遠くに投げ飛ばした。
そして腰から拳銃を取り出し、空中にいる小野田の腕と足に放つ。
「ガァァァァッ!」
小野田は痛みに耐え切れず、あたりを転げ回っている。
致命傷を避けつつ、痛みの激しい所に撃った。
恐らく命に別状は無いと思うがしばらくは動けないだろう。
「相変わらず人間の癖に能力者並みに強い女だな」
「レディにそれは褒め言葉とは言えないんじゃ無いかしら?」
私は振り返って、一連の行動を何もせずに黙って見ていたフードの男にそう言う。
「褒めてないから安心しろ、それでこれからどうするんだ? 逃げたところで俺をどうにかしないと追いかけっこが永遠に続くだけだぞ」
「そんなの……決まってるわよ!」
フードの男はここで倒す、もしくは無力化させる。
私達が逃げ切るにはその手段しか残っていない。
そのために、支給されている警棒とスタンガンを取り出した。
「ハッ、そんなおもちゃでどうする気だ?」
フードの男のいう通り、普通の警棒とスタンガンでは能力者相手にはおもちゃでしか無い。
だが私が持っているそれは、普通のそれではない。
バディシステム、それは人間が能力者を止めるシステムだ。
つまり私が持っている装備は人間が能力者を止めるために作られた装備である。
その止める能力者には、もちろん目の前のフードの男も含まれる。
「おもちゃかどうかは自分で判断なさい!」
警棒を取り出しフードの男に振りかぶる。
「な、なんてもん振り回してやがる!」
その警棒の材質に気づき、フードの男は逃げに徹した。
「今更気づいたのかしら!?」
この警棒はダイヤモンドで出来ている。
もちろん全てがダイヤモンドではないものの、この世で最も硬い材質で殴られればいくら能力者と言えど、ひとたまりもない。
「チッ、だがな!」
フードの男はその攻撃を避けて警棒を持っている腕を掴む。
「これで、どうしようもないだろ?」
「フッ」
「……っ!」
もちろん普通に掴まれれば、そこからは私に出来る事はない。
普通に掴まれれば……。
「ぐわぁぁぁっ!?」
フードの男は掴んだ腕を離して私から距離を取る。
これがもう1つの私の武器、スタンガンだ。
普通のスタンガンでは体の構造が違う能力者には効かないため、まさしくおもちゃでしかない。
しかしこのスタンガンは対能力者専用スタンガンで、能力者のみ持つ筋肉構造に効くようになっている。
むしろこれまでの攻防はこれが狙いだ。
いくら能力者と言えど、無理やり筋肉を硬直されればしばらくは動けない。
「今の内に逃げるわよ!」
私は夏菜子の腕を掴み抱え上げて、近くの屋根に飛び移ろうとしたその時、背中に衝撃が走った。
「ぐっ……なんで……っ!」
「はぁはぁ……チッ」
背中からは肉の焼けた匂いと、酷い火傷の痛みがする。
「この異能は使いたくなったが……」
こっちに近づく足音がする。
歩幅的にフードの男だ、立たなくちゃ……立って守らなくちゃ……。
「まって!」
か……なこ……?
「あ?」
に、にげて!はやく……!
「抵抗せずに捕まりますから、リネさんを見逃してください!」
な、何を言って……!
「ククク、面白いな。いいだろう、どうせ虫の息だ。ほっといたって死ぬだろうしな。ついてこい」
「か……かな……こ!」
「ん? まだ意識あったのか、いや……これは好都合だな、おいお前」
これは……紙?
「この女が大事なら、ここの住所に自警団共を連れてこい、なんならお前が今追っている安藤沙羅と荒木剛太を連れてきていいぞ、どれだけの腕を持つか見といてやる、じゃあな」
「まっ、まて……!」
くっ、フードの男も小野田も夏菜子も消えた。
なんとしても……自警団に伝えなきゃ……!
『はい、もしもし荒木です』
「は、はやく……」
あぁ、ダメだ……意識が……。
荒木剛太に電話をかけた後、私はそう言い残して意識を手放した。