進展
(2020/07/01)
こちらも書き直しました。
「えっと、嘘をつくと公務執行妨害という立派な犯罪ですよ?」
「いや本当に自転車で車を追いかけたんですって!」
このやりとり、何回目になるだろうか。
今俺がいるのは応接室と言う所らしい。
フカフカのソファにおしゃれなテーブル。
全体的に綺麗でとてもセンスがいい。
だがそんは素敵な場所も目の前の特徴のない男、もとい暁司さんの質問責めで気分はプラマイ0だ。
「はぁ……刑事さん、本当なんですって……目の前で誘拐が起きたらそりゃ追いかけますって」
「うーん、でもねぇ」
これも何回目の会話だろうか。
暁さんは俺が一般人ではなく、特殊な組織の人間ではないかと疑っているようなのだ。
正直言おう、特殊な組織の人間とか呆れて言葉が出ない。
こっちは助けようとしたんだ、そんな馬鹿馬鹿しい質問に時間を取られる筋合いはない。
……しかし助けてもらった手前、そんな風に言えるわけもなく、こうしてループになっている。
とまあ文句タラタラではあるが、俺だってこんな不毛なループにただ付き合うほど馬鹿じゃ無い。
俺はここでかなりの情報を手に入れてしまった。
まず1つ目、出された茶菓子と紅茶がうまい。
なんだこれ、この……なんだクルクル巻いてるやつと紅茶、めちゃくちゃ相性がいい。
何本も何杯もいけそうだ。
2つ目は応接室の空調。
今は冬から春になりかけの4月、そろそろ長袖では暑く感じる季節だ。
そこにこのガンガンに効いたエアコンは、罪悪感すら感じる。
こんな事したらきっと守さんに怒られてしまうだろう。
なので正直3回目あたりのループから、このループも悪くないかもと思ってしまっている自分もいる。
「荒木くんは悪い人には見えないけど、一般人で車を自転車を追いかけるのは難しいんだよ? それこそ能力者でもない限りね」
「だから自分はその能力者? ではないですけど、実際に追いかけれたんですって」
これも何回目だろうか。
さて、ここまでの話で分かったことをまとめると、俺の供述である自転車で車を追いかけたというのが能力者というのでないと無理らしい。
だから俺は特殊な組織の一員か能力者、もしくはその両方ではないか?という事らしいのだが……。
完全に漫画の見過ぎだ、どうかしてる。
そもそもその能力者とはなんなのだろうか。
そう思って能力者という存在について、何回目かのループで質問してみた。
「うーん、それは君が知ってることと変わらないよ」
だがこう返される、困ったものだ。
そんなこんなで文字通り無駄話をしていると、俺たちのいる部屋に1人の男が入ってきた。
男は俺をチラチラ見ながら暁さんに耳打ちをする。
それを聞いた暁さんは俺を見て目を見開いた。
「荒木くん! 早く言ってくれよ! すぐに検査を受けるよ!」
すごい剣幕でそう叫んだ暁さんに、俺の腕は引っ張られ、素晴らしき応接室から無機質な廊下へと連れ出されてしまった。
あぁ癒しの空間がぁ。
俺が連れられたのは医務室という所だ。
棚には薬品が並べられて本格的な機材が揃っている。
小さい場所ながらも、ここは病院ですと言われても疑い用が無いくらいに設備が整っていた。
そこで俺は変な機械に通されて白衣を着た医者に診察して貰った後、医務室の外にある廊下で椅子に座りながら暁さんと話していた。
なんでも話によると、俺は後ろからバットであの屈強な男に殴られたらしい。
だがそれは普通に考えておかしな点が多い。
俺が肩を掴まれた時、潰れるんじゃ無いかというくらい強い力だった。
それなのにその力で頭を殴られていたとしたら、傷の1つも無いのはどう考えたっておかしい。
「あの、本当なんですかね? バットで殴られたのって」
流石に診察してもらった人に聞かせるわけにはいかないので、その人に聞こえないように小声で喋る。
「本当なら頭は消し飛んでるね、でも僕が聞くに現場には血の跡が残っていたらしい、だがら今君の体に殴られた痕がないか調べているんだよ」
殴られたか……確か警察に連絡しようとした時殴られたような気がするが、バットだったのだろうか。
んー、よく分からない。
「殴られはしましたが、バットかどうかは分からないですね」
そう話していると医務室から医者が出てきた。
「検査結果が出ました、詳しい内容は中で」
そう言われて俺と暁さんは、再び医務室の中に入った。
「検査結果ですが特に異常は見られませんでした、何かに殴られた痕もありません」
ん?いや待て、今なんて言った?
殴られた痕がない?
「そう……ですか……ちなみに現場で発見された血液と彼のDNA、一致するか確認してもらっていいですか?」
「ええ私もそのつもりでした、今検査キットを持ってきますね」
そういうと医者は奥の部屋に行ってしまった。
「おかしい……」
「ん? どうしたんだい荒木くん」
「自分はあの時殴られました……なのに痕がないって……おかしいですよ!」
俺は動揺して暁さんの肩を掴んでしまった。
おかしい、普通は頭が消し飛ぶレベルの傷を食らったのに、傷1つないなんて明らかに矛盾している。
「落ち着いて、荒木くん」
その言葉でハッとなりすぐに手を離すが、暁さんは離した俺の手をすぐに掴んだ。
「ごめんね、変な話をして不安にさせてしまったね。でも今からするDNA鑑定の結果次第で全てが分かる、悪いけどそれまでの間我慢してくれるかな?」
「……はい」
その後すぐに医者が来て俺は唾液を取られた。
そして応接室に戻り少し待たされる。
ここに来て初めて1人の時間だ。
さっきまではソファふかふかだとか呑気にしていたが、今はとてもそんな気分ではない。
俺は確かにあの時、殴られた。
しかも気絶するほど強く。
なのに検査結果では殴られた痕はないという。
それはどう考えたっておかしい。
俺は元々怪我の治りは早い方ではあったが、気絶させられるほどの衝撃を受けた傷が半日で治るなんて流石におかしすぎる。
そう考えて頭の周りを触ってみるが痛みもタンコブも無い……。
その時脳裏によぎる能力者という言葉。
その言葉で、胸の奥を掴まれているような、なんとも言えない不安が溢れる。
そんな時、コンコンとドアからノックが聞こえた。
「ど、どうぞ」
だが心配させて無用な気を使わせるのは申し訳ない。
俺はなるべく不安を隠して、ノック音に答えた。
「お待たせしてすまない」
ドアを開けて入ってきたのは現場で主任と言われていた、やつれたサラリーマンのような男だった。
「早速だが大事な話がある、すまないが場所を移動させてもらう」
その言葉に頷き主任さんと共に地下へと降りた。
主任さんに連れられたのは密閉された一室だ。
無機質な所で、椅子が2つと机が1つ。
そして部屋を照らすライトが天井にあるだけの部屋。
テレビドラマで見た取調室を思い出す。
その椅子に俺と主任さんが座った。
「まず初めに私の名前は南沢健吾、この自警団の……あーまあ中くらいの組織の主任をしていると思ってくれ」
「自分は荒木剛太です……」
名刺を受け取ったので、こちらも自己紹介をする。
俺の名前は既に知っているだろうが、名乗り返すのは礼儀だろう。
「うん、荒木くんだな、さて早速だが……こんな仰々しい所まで一緒に来たんだ。ある程度は予想できるだろう?」
「はい……能力者についてですね……」
「ああ、その通りだ」
そういうと南沢さんは1枚の紙を取り出した。
「これは現場にあった血液と君の唾液から入手したDNAの鑑定結果だ」
南沢さんはその紙を広げて俺に見せる。
その紙は俺の唾液と、現場にあった謎の血液を照合した鑑定書だった。
そこにはしっかりと一致と書いてある。
「つまり君は出血するほどの衝撃を受けたのにも関わらず今無傷でここに座っている、その理由を知りたいかね?」
俺はその言葉に固唾を飲んだ。
そんなの知りたいか知りたくないかと問われれば、答えは1つしかない。
「はい、知りたいです」
俺がそう答えると、南沢さんは姿勢を正し神妙な面持ちで語り始めた。
「分かった、だがその情報は機密事項でね、聞くからには色々と対応をさせてもらう、いいかね?」
「えっと対応とは?」
「そうだな、まず話した後忘れたいのなら記憶を消す、大丈夫だ、誘拐事件に関わった事のみを消すし後遺症はない」
「……忘れたくない場合は?」
「忘れたくないのなら監視を一定期間つける、機密事項を漏らした場合はその場で君の存在を消す、それは物理的にも比喩的にもだ」
その言葉で背筋にヒヤリと嫌なものが流れる。
つまりこの人が言いたい事は、言いふらしたら消す、それが嫌なら記憶を消すって事だ。
そんなに……そんなに俺の体はおかしな事なのだろうか……。
「あ、え、あ……」
予想以上の内容に頭がうまく回らない。
俺は……どうなってしまうんだろうか……。
ここまで溜めていた不安が制御できなくなる。
「あーすまない、脅すつもりは無いんだ、規約さえ守ってくれるならこっちも何もしない、それに君の命に関わるような話では無いから安心してくれ」
耐えられず涙を流してしまった俺に、気を使ってか南沢さんは優しい声色で話してくれる。
「それで、聞くかい? それとも聞かないかい? 我々は君の意見を尊重するよ」
俺は……怖いけど……でも知らないままは、もっと怖い。
「……聞きます」
俺は拳を強く握りしめて、南沢さんの目を見た。
特徴のない男は今回登場した、
暁司さんです。(あかつき つかさ)
やつれたサラリーマンは、
南沢健吾さんです。(みなみさわ けんご)
ちなみにどうでもいい情報かと思いますが、
名前の由来は今のところパッと思いついた名前を使っており、海外系の名前を使うかどうかは現在未定です。