奇跡
俺が突然の言葉に戸惑っていると、沙羅さんは少し悲しげに言葉を続けた。
「気分は最悪だったわ。殺した後にその能力者のポケットに入っていた家族の写真を見て罪悪感でいっぱいになった。その時思ったわ、力なんて何かを傷つけるものでしか無いって」
「……同感です」
突然の言葉に驚いたものの、沙羅さんの過去についてどうこういう気は湧かなかった。
結局、俺の力も誰かを守るどころか目の前の篠崎さんを傷つけた。
もしかしたら俺は、あのまま篠崎さんを殺していたかもしれない。
そう思うと、決して沙羅さんの過去が人事とは思えなかった。
「驚かないのね」
「自分にもありえた未来ですから……」
俺が沙羅さんの言葉にそう返すと「そっか」と呟いて話を続けた。
「結局私の罪は正当防衛になって、捜査部署に厄介払いされておしまい」
草を取り終わった沙羅さんはゆっくりと立って、桶の中にある水を墓にかけた。
「もしかして、沙羅さんが真相にこだわる理由って……」
俺が聞くと、沙羅さんは困ったように笑う。
「……そうよ。もしその人に家族が居ると分かれば、きっと何か理由があって犯罪を犯しているってなっただろうし、殺意も……」
そこで沙羅さんは言葉を切って、黙って桶に柄杓を戻す
「ううん、きっと殺してたわ。結局私はそういう人間だもの。でもね、そんな私が言うのもおかしいけれど、こんな力でも誰かを救える事だって出来るの」
「ありえないですよ、出来るはずが無い」
「千恵さんを救ったのは誰かしら?」
「あれは時間切れを待っていれば勝手に……」
「ただの人間が、しかもアビリティという紛い物て手に入れた力をあんな規模で使えば反動は絶対に起きる。きっとあのまま使っていたら彼女、死んでいたかも知らないのよ? それにあの規模以上の異能が使われていたら最悪一般市民にも危害が出てたわ」
沙羅さんはそう言うとしゃがんでいる俺の頭に手を添えて撫でた。
「結局、力は使い方なのよ。使い方によっては私みたいに人殺しの凶器になるし、あなたみたいな子が使えば誰かを救う奇跡のような力になる」
その言葉と、頭に感じるほっとするような暖かさで自然と俺の目から涙が流れた。
今日は泣いてばっかだ……。
「あなたは頑張った、最善を尽くしたわ。そんなあなたを化け物だと言う人間がいるなら私が許さない。覚えておきなさい、私は絶対にあなたの味方よ」
「沙羅……さん……」
「だから忘れないで、力は誰かを傷つけるものにあるんじゃない。誰かを救うためにあるの」
「……ぐすっ、はい」
「うん、あなたなら大丈夫。絶対にその力を悪い用には使わないわ、それにまた不安になったら言いなさい。反面教師があなたに力の使い方を教えてあげる」
俺はそれに何度も頷いて、そして決意した。
俺は絶対にこの力を誰かを救うために使う。
決して傷つけるために使わないと心に誓った。
「さて、なら濡れっぱなしも可哀想だから拭いてあげましょう」
沙羅さんはそう言うと、布を取り出して水で濡れた墓を拭く。
その時、後ろから近づく足音に気付いて振り向いた。
「……」
そこには篠崎さんがいた。
「俺も草津さんに花あげていいか……?」
「その前に言うことがあるんじゃないの?」
篠崎さんの言葉に沙羅さんが冷たくそう返す。
「そう……だな……。荒木くん、あの時は本当にすまなかった。単純に俺は君に恐怖していた。でも、それを認めるのが怖くてあんな言い方を……いや、言い訳だな。本当にすまなかった。君が望むなら土下座だって――」
俺はそこで篠崎さんを止める。
「いいですよ、もうどうでも。自分、決めましたから。この力は誰かを守るために使うんだって。この力で誰かを守れるなら化け物呼ばわりされたって何にも気にしませんよ」
俺は決めた。
この力は誰かを守るために使うと。
たとえ化け物と呼ばれようが、たとえ人間じゃ無いと言われようが、この力で誰かを救えるならそれは些細な事だ。
「そうか……。はは、沙羅の言う通りだな。彼は本当に強い子だ」
「でしょ、ほらさっさとその花草津さんに供えなさい」
沙羅さんは篠崎さんを顎で使い、草津さんの墓に花を供えさせる。
「あー、でも私は殴った事忘れてないし許す気もないから、よろしく」
「うっ、すまんかった……」
しょんぼりとなった篠崎さんを見て少し笑っていると、沙羅さんが俺の隣に立つ。
「とりあえずこれで事件解決ねー! あーお腹すいたなー、それに頬がなんか痛いなぁー」
沙羅さんはそう言って俺にチラッと目配せをする。
なるほど、乗りました沙羅さん。
「あー、なんか心が痛いなぁ。なんでだろうなぁ」
俺は沙羅さんに目配せを返して、お互い頷き篠崎さんを見る。
「「あー、誰か奢ってくれないかなぁ」」
そう言うと、篠崎さんは頭を抱えた。
「分かった分かった、それならさっさと仕事終わらせて呑み屋に行くぞ」
「高いのよろしくね」
「容赦ないっすね沙羅さん」
「まったくだ……」
俺達はそう言いながら、3人並んで夕暮れの中賑やかに歩いていった。
「そういえば、結局千恵さんがなんであそこに来たのか分からなかったですね」
俺はツマミの枝豆を口に放り込む。
「なんだ、お前ら知らないであそこ行ってたのか?」
篠崎さんはビールジョッキを飲み干し、呆れるように言った。
「まあ感みたいなものよね、証拠は揃ってたし」
沙羅さんがカシスオレンジを飲みながら言うと、篠崎さんが耳を貸せ、とジェスチャーする。
俺達はそれに従い、耳を篠崎さんに近づけた。
「ここだけの話なんだが、あそこからアビリティの製造基地のような場所の情報を手に入れた。恐らく被害者の古川は自分の女のためにアビリティを消そうとしてたのかもな」
そう言うと、篠崎さんは座り直しおかわりのビールジョッキに口をつけた。
「んぐ、んぐ、ぷはぁーー。まあそう言う事だから近々突入する予定ではある、今はその調査中だな」
「え、そしたら今すごい忙しい時なんじゃ……、すみません呑みに連れてって貰っちゃって」
俺が頭を下げると沙羅さんが俺の肩を叩く。
「そういう情報収集はこいつのいないグループでやるから気にしなくていいのいいの、頭を下げても仕方ないわ。というか頭上げなさい、ダメよこいつに頭下げちゃ」
沙羅さんは相当酔っ払っているようだ。
篠崎さんをこいつ呼ばわりな上に若干呂律が回ってない。
いったい何杯飲んだのだろうか、能力者は酔いにくいはずなのだが……。
「あ! おまえ気づいたらこんなに飲みやがって!」
うわっ、沙羅さんだけで相当な額いっている、本当に容赦ないなこの人……。
「会計はよろしくねぇ〜、あ店員さん、カシスオレンジもう一杯!」
「はい、お待ちを!」
「呑み過ぎたぞ沙羅! あ、店員さん居なくなっちまった……」
「あー、美味しいいわねぇ。あんたの奢りのお酒!」
「そうかよ、これが最初で最後だから精々楽しむんだな!」
そう言って篠崎さんはビールを一気飲みした。
「あぁ、荒木くんは気にしなくていいからじゃんじゃん食べて呑んでくれ」
「あ、ありがとうございます……」
その後も沙羅さんと篠崎さんが何度も戯れあい……もとい喧嘩をしていたが、それも肴になる楽しい呑み会だった。
そう、とても楽しかった。
まさか裏でとんでもない事件が起きるなんて思いもせず、ただただ束の間の平穏を楽しんでいた。
※
「ボス、至急お耳に入れておきたい事があります」
黒服の男は大きな椅子に座っている70代くらいの男にそう耳打ちをする。
「なんだ、もうしてみよ」
ボスと呼ばれている男の言葉に、はっ!と返事をすると黒服の男は報告を始めた。
「古川に任せていたアビリティ作成施設が自警団に見つかりました」
その言葉に男は静かに答える。
「そうか……で古川は?」
「はい、被験者の佐々木千恵なる女に殺されております。その佐々木千恵は現在入院中です」
その言葉に男は明らかに不機嫌な顔つきになった。
「チッ、使えない奴め。まあいい、あの施設が潰されるのは痛手だが下手に守るのも危険だ。それよりも連中の目がそっちに向いている間に手を打っておくか……」
そう言うと男はパンパンと手を叩く。
「お呼びでしょうかボス」
その合図の後、すぐに奥からスーツを着た金髪の細身の女が現れた。
「あぁ、お前に頼みがある。佐々木千恵なるものを消しておけ」
「はっ!」
その女は返事をするとすぐに消えた。
「自警団………か」
ボスと呼ばれている男は静かに言うと椅子に座り直した。
※
俺と沙羅さんはいつも通り出勤をし、いつも通り朝の鍛錬を終えて、いつも通り電話の来ない仕事用スマホからいい感じの依頼を探していた。
だが今日はそれがいつも通りではなく、普段この時間には鳴らない仕事用スマホから着信音が鳴った。
『荒木くん俺だ、篠崎だ』
篠崎さんは妙に真面目なトーンでそう話す。
「篠崎さん? 沙羅さんだったら今会議中で――」
篠崎さんは俺の言葉を遮るように話を続けた。
『落ち着いてよく聞け。佐々木千恵が何者かによって殺された……』
その言葉の意味がすぐに分からず俺はその場から動けずにいた。
「………………え?」
俺が篠崎さんの言葉の意味を理解するのはそれから数十秒後の事だった。
お読みいただきありがとうございました。
今回でこの章は少し中途半端になりますか終了になります。




