食事
俺は沙羅さんに紹介されたラーメン屋に着く。
そこは最近オシャレな店が流行る中、珍しくレトロな佇まいだった。
沙羅さんはのれんを潜り抜け、ガラガラと引き戸を開ける。
「いらっしゃ……あら沙羅ちゃん!」
オススメというだけあって顔馴染みなのだろうか。
沙羅さんが入った瞬間、割烹着を着たおばさんはそう言って嬉しそうに近づく。
「お久しぶりです、福子さん」
福子さんと呼ばれたおばさんは、大体60歳くらいだろうか。
ふくよかな体型と使い古された割烹着、そして少し白髪の混じった黒髪が絶妙に店の雰囲気に合う。
「隣にいるのは……」
福子さんは俺をチラチラと見てそう言う。
沙羅さんに紹介させるのもあれなので、俺は前に出て会釈をし自己紹介を始めた。
「沙羅さんの部下の荒木剛太です。よろしくお願いします」
俺がそう言うと好印象を掴めたのだろうか、福子さんは笑顔になり俺の所へ近づく。
「こんにちわ、赤塚福子です。最近の子にしては礼儀正しいわねぇ。いくつ?」
「二十歳ですが……」
「あら二十歳!? 若いわねぇ。沙羅ちゃんったら、こんな良い感じの若い子捕まえてあなたも罪な女ねぇ。大丈夫? いじめられてない?」
「い、いえ……」
福子さんは思った以上にぐいぐい来るため、その勢いに少し押される。
見た目の割にとても元気な人だ。
いや、むしろ見た目通りなのだろうか。
「ほら、もう良いでしょ福子さん。それより席に案内して」
「んもぉ〜、いけずねぇ〜」
福子さんはそこで会話を終わらせると、すぐに切り替えて俺達を席へと案内する。
「はい、お水。メニューはそこから適当に選んでね。オススメはもちろん味噌ラーメンよ」
「私は味噌ラーメン、荒木くんはどうする?」
「……自分も味噌ラーメンでお願いします」
正直食欲はないが、ここで変なのを頼むのは沙羅さんに恥をかかせるだけだ。
ここは同じオススメを頼んでおこう。
「やっぱり食欲ない?」
沙羅さんはそんな俺の気遣いまで察したのだろう。
小声で俺にそう話しかける。
「まあ、少し……」
俺は沙羅さんにそう答えて水を一口飲んだ。
むしろこの状況で食欲がある沙羅さんが凄いと思う。
千恵さんの過去の話に、先行きが怪しくなった殺人事件。
自分の体の事ももちろんあるが、俺としてはその2つだけで食欲を無くすには十分だった。
「そう……まあだとしてもね、しっかり食べないと解決するものも解決しないわ。食欲がない時こそ美味しいものを食べて元気になるのよ」
「あら、随分と懐かしい台詞を聞いたわね」
俺と沙羅さんが話していると、福子さんがそう言いながら俺達のテーブルに近づいた
「あはは、流石に福子さんにはバレますよね」
「どういう事ですか?」
2人の会話について行けず質問すると、沙羅さんは髪の毛を指差して話した。
「もう見えてるんでしょ、私のこの白髪」
「……? はい見えてますが」
沙羅さんは何を言っているのだろうか。
もう見えてるんでしょも何も、初めて会った時から白髪だったが……。
「やっぱりそうだったのね……。荒木くんこの白髪はね、実行部署の人間ていう証なの」
沙羅さんはそう言うと近くにあった爪楊枝の入った容器を持つと、手元でそれを遊ばせながらその白髪について話し始めた。
実行部署とは自警団の複数ある部署の内、主に戦闘や突入、能力者や凶悪な犯人を無力化するために存在する部署だ。
俺も自警団に入団した際に説明を受けた。
その部署の特徴は何と言っても飛び抜けた戦闘能力だろう。
1人1人が人間、能力者問わず俺のような並の能力者を無力化できるほどの戦闘能力を持ち、また洗礼されたチームワークは1人1人の戦闘能力を掛け算のように高めていく。
その戦闘能力は事件だけではなく、被災地での救助活動の応援から他国との軍事交渉の材料になるなど多岐に渡る。
だが、沙羅さんが言うにはそれは綺麗な部分だけを説明した内容らしい。
実行部署の本質は危険地帯への介入。
それは言い換えれば時として人の命を奪う事に繋がる組織とも言えるそうだ。
確かに無力化と言っても敵が強ければ命を奪うしかない場合もあるし、軍事活動に導入されれば否が応でも命をかけて戦う事になる。
そのため、実行部署になった人間は返り血が付いても気付けるように、そしてどんな事もやる、つまり何色にも染まる意思表示のため髪の毛の色を抜き白くするそうだ。
だから篠崎さんも沙羅さんと同じく髪の毛が白かった。
「そんな危険な組織に昔私は入っていたの、今の言葉はその時の上司の言葉よ、いつも隠すために黒く見せているのだけれど、荒木くんにはバレていたようね」
そういえば俺は沙羅さんが異能を使っている所を見ていない。
もしかしたら俺には幻影のようなものが効かないのだろうか。
だとしたら余計に謎が増えた事になる……。
しかしこんな話、いくら常連とはいえ店の人に聞かせて良いのだろうか。
「ところで、こんな話ここでして良いんですか?」
「あぁ、それなら問題ないわ。この人も元自警団の人だから。今は引退されているけど」
沙羅さんはそう言うと福子さんがガッツポーズをする。
「ふふん、私と主人は自警団の創立頃からいたのよ。つまりあなた達の大先輩! まあ主人とあってから寿退社したけどね」
「だ、大先輩だったんですか!?」
こんなどこにでもいるようなおばちゃんが大先輩だなんて……。
本当、人に歴史ありだ。
「まあ大先輩といっても、昔の自警団は今の自警団とは全然違うから気なんて使わなくて良いわよ、気にせずじゃんじゃん食べなさい!」
「私のお金なんですけどね……」
沙羅さんが福子さんにそう突っ込むと、奥から声が聞こえる。
「おーい、福子、ラーメンできたぞ」
その声が聞こえると共に福子さんはすぐに振り返った。
「はいよー、今行くわー!」
その言葉の後、すぐに福子さんはラーメン2つを持って戻ってきた。
「はい味噌ラーメンお待ちね!」
ドンッと置かれた味噌ラーメンからは芳醇な香りが漂い、食欲がないと思っていたがその匂いを嗅いだ瞬間、腹の虫が急に騒ぎ出した。
「ふふふ、食べてみなさい」
俺はその言葉に頷き、ラーメンをスープから持ち上げ息を吹きかけて少し冷ましてから一気に啜る。
そして、その旨さに驚いた。
見た目はとても濃い茶色でしょっぱい味なのだろうと思っていたが、その味はなかなかどうしてスッキリした味わいで魚介の繊細な出汁が強めに出ている。
本来主役であるはずの味噌は、その魚介の味を引き出すためのような役割で主張しすぎず、だが隠れもしない絶妙な立ち位置でラーメン全体を支えていた。
「うまい……」
麺を飲み込んだ後、自然にその言葉が口から出る。
そして、俺は気づけば無我夢中にラーメンを啜っていた。
「ふふ、美味しいものを食べれば元気が出る。ね、言った通りでしょ荒木くん」
「はい!」
まさしくその通りだ。
昨日から嫌な事がずっと続いていたが、このラーメンを食べるとなんかもうどうでも良い気がしてきた。
モヤモヤしていた心はすぐに晴れ、この美味しい味噌ラーメンを食べれた満足感でいっぱいになる。
「ぐすっ……うまい……」
気づけば涙が出ていた。
今まで重くのしかかっていた重りが取れ、暫くぶりに体が軽くなる。
その安心感で張り詰めていたものが一気に流れ落ちていった。
「まるで昔の沙羅ちゃんをみてるみたいだね」
「……私はこんなにいい子じゃなかったわ」
沙羅さんと福子さんの会話が聞こえるが、内容まではうまく聞き取れなかった。




