事故
※
「……それで、何か言う事は無いのか?」
「……申し訳ありません」
沙羅は2人の子供を連れ、自警団へと戻った。
いやこの場合、戻されたと言う言葉が適切かもしれない。
「はぁ……まあ幸い、沙羅の事を知っている警官だから良かったものの……まったく、他の警官だったらどうなっていたことやら」
「……はい」
沙羅と子供のやり取りを発見したのは、奇跡的に沙羅と面識のある人間だった。
沙羅はフットワークが軽く、様々な場所の依頼に行くため、その顔が広さが今回事案にならずに済んだ1番の理由だった
そのため警官はすぐに今回も何かの事件に関係あると察し、主任である南沢健吾を呼んだため今に至っている。
「それでお前の今抱えてる事件、それがこの子達と何か関係があるのか?」
「関係あるというよりもこの子達が失踪した子供達、品川悠斗くんと、品川聡太くんです」
「……は? なら何故ここに連れてきた、交番で親御さんを呼べば良かっただろうが」
主任は沙羅のその言葉に頭を傾げそう言うも、当の子供の反応を見て、すぐにこの事件がただの失踪事件では無いことを察したようだ。
「……やだ、帰りたく無い」
何故なら子供達が、沙羅の背中に隠れて震えているからだ。
それは主任への怯えでも、沙羅への信頼によるものでも無い。
目の前の障害から抵抗しようとしているものだった。
「はてさて……どうしたもんかな」
主任が頭を掻くと、沙羅は子供達に目線を合わせて質問をした。
「あなた達の事、お姉さんに教えて。どうして家から逃げたの、悠斗くん、聡太くん、いえ……まずはそこからね……あなた達の本当の名前を教えて?」
沙羅は目の前の子供達にそう言うと、2人は頷き徐に話し始めた。
「……僕の名前は倉沢聡太、倉沢仁という人の子供です」
聡太はそういうと、隣の悠斗に目を向けて頷く。
悠斗はそれに応えるように口を開いた。
「僕の名前は……分かりません、僕は買われたので……」
その言葉に主任は眉間にシワを寄せる。
「誘拐に人身売買か……思った以上にハードな事件だな」
「倉沢……倉沢……どこかで聞いたような名前ね」
沙羅は倉沢という単語に悩んでいると、主任がパソコンで過去の依頼を検索した。
「こいつじゃないか? 品川家轢き逃げ事件」
「あ、これ暁くんが担当した事件……」
「内容もドンピシャだ、読んでみろ」
主任はそう言うと椅子から立ち上がり、沙羅を座らせる。
「えっと……轢き逃げ事件発生、死亡者は品川健斗と品川悠斗、妻である品川里穂は能力者となり生き残る……犯人は倉沢仁、慰謝料と罰金を払う事でこの事件は解決した……これは3年前の依頼ね」
沙羅は暁のまとめた報告書の一部を読み上げると、2人の子供の頭を撫でる。
「……よく頑張ったわね、後は私達大人に任せてあなた達はもう寝ちゃいなさい」
「まっ、待ってくださ――」
沙羅は事件の全てを察し、子供達を仮眠室へと連れて行こうとすると、主任がそれを止めた。
「おい待て、子供を仮眠室に連れて行くのはいいが先に荒木を寮に返せ」
「……え? 荒木くんなら既に上がらせましたが?」
「……は? 帰ってきてないぞ?」
そこで沙羅は自分の致命的なミスに気づく。
それは荒木が1人アディスを追いかけたように、1人で行動する事を頭に入れていなかった事だった。
「……私のバカッ! 主任、お願いがあります、品川里穂の異能を調べてください、私は位置情報で荒木くんを追います」
沙羅はそう言うと上着を羽織りその場から飛び出し、一瞬でその場から出ていった。
「……俺、お前の上司なんだけどなぁ」
主任はブツブツ言いながら、能力者の情報がまとめてあるデータを開く。
そこには現状分かっている能力者の個人情報、異能がまとめてあり、名前で検索すればあらゆる物が分かるようになっていた。
「……洗脳か、こりゃ厄介だな」
主任は眉間にシワを寄せると、沙羅に連絡をした。
※
「……ぐっ、くそ」
ダメだ、案の定ボコボコにされてる。
そもそも喧嘩なんてした事ないし、相手は女性だし、1人は一般人だし……。
「うっ、がはっ!」
くそっ、攻撃が避けれない。
どうやったら無力化できるんだ?
人との戦い方が全然分からない。
「はぁ……はぁ……」
恐怖で足が震える。
怖い……こんなの怖すぎる……。
殴るのだって怖いし、殴られるのだって怖い。
こんな状況から逃げられないのも怖い。
「さてと……そろそろ全て話す気になってくれたかしら?」
「だ、誰があなたに……」
この人は人を傷つけるのに容赦がない。
そんな人にあの子達の場所を教える事なんて出来ない。
「そう……ならこうしましょう、教えてくれたら逃してあげる」
「…………え?」
「ふふふ、痛いの嫌でしょ、痛いの怖いでしょ? だから取り引き、あなたは物理的に痛いのから解放されて、私は精神的な痛みから解放される、ど? 悪い条件ではないでしょ?」
「…………」
子供の場所を教えれば、ここから逃げられる。
そうすればもう殴られる事は無いし、痛い思いをせずに済む。
「ね? 私を助けると思ってお願いよ」
「…………」
……そうだ、そうだよ。
そもそも俺は、この人を助けたくて子供を探したんだ。
ならこれは逃げじゃ無い、いい事だ。
いい事だ…………いい事……いい事……。
「さ、そろそろ教えてくれるかしら?」
「…………」
これはいい事…………なわけあるか!
何を考えてるんだ俺は、ここで子供を差し出したってなんの救いにもならないじゃないか!
「嫌です! 誰があなたに教えるもんですか!」
ダメだ、ダメなんだそれじゃあ。
考えろ荒木剛太、子供達は空き缶のトラップも仕掛けて、自分達より大きな人間に泥団子で立ち向かって、きっと俺以上に怖かったはずだ。
それなのに、それなのにそんな子供達を差し出して逃げようなんてバカか!
「……なんで私の力が効かないの?」
「力? なんの事か分からないですけど、俺はあなたにあの子達の場所を教える気なんてありませんから」
くそっ、沙羅さんの言う通りだ。
ただ救うだけじゃ、そんなの俺の自己満足だ。
大切なのはその人に寄り添って、本当にするべき事をする事なんだ。
それなのに俺は、助けたい気持ちだけが前に出て、ろくに真相を見ようとしないで……。
「あの子達を守るためにも、死んでも場所を教えません!」
構えろ荒木剛太。
今戦うべき人間は目の前にいる。
真相を知る人間は目の前にいる。
「ならもういらない、死んで」
冷たい感情のない言葉が俺の耳に聞こえる。
怖い、怖い、怖い。
でも逃げるな、やっと俺のやるべき事が分かったんだ。
ここを踏ん張らないで、どこで踏ん張るっていうんだ。
「うぉぉぉぉぉぉ!」
俺は決死の覚悟で里穂さんに殴りかかる。
俺だって能力者なんだ、俺も相手と同じ力を持っているはずだ。
「……っ!」
だがそんな俺の前に、一般人の男が壁になった。
そこで一瞬止まってしまう。
それが命取りだった。
「ゴフッ……!」
腹部に強烈な衝撃が走る。
それは最初に食らった衝撃とは比べ物にならないほどで、立つ事すら許されない程の痛みが走る。
「ごめんなさい、申し訳無いけれどここまでしてしまった以上、もう後には引けないの」
ああダメだ、抵抗できない。
首に里穂さんの手が回るが、体が硬直して動かない。
「や、やめ……」
首に触れられた手の力がどんどんと強くなる。
そして強くなる度に息を吸うのが辛くなる。
「カ……ガカ……」
やだ、やだやだ、死にたく無い……。
助けて……助けて……沙羅さん!
俺は来るはずのない人に助けを求める。
来ないのは分かってる、勝手な行動をした俺を救ってくれないのは分かってる。
なのに助けを求めてしまう。
結局俺は8歳だろうと20歳だろうと変わらない。
誰かを助ける事ができず、人に助けを求めるだけ。
「さ……ら……さん……」
それでも必死に助けを求めたその瞬間、俺の首から腕の感触が離れた。
「……ご、ごめん……な……さい……」
朦朧とする意識、揺らめく視界。
それでもはっきりと分かる、大きくて小さな背中。
「……無事でよかったわ」
助けを求める俺の手を、沙羅さんは確かに取ってくれた。