疑惑
被害者の名前は品川里穂さん。
とても錯乱した状態で、状況を話していた。
「どうして……どうしてっ!」
「落ち着いてください、里穂さん」
沙羅さんはそれを宥め、落ち着かせる。
「……ごめんなさい」
しばらくしてから落ち着いたのか、一言そう謝って事件当時の事を話してくれた。
「……それはほんの少しの間だったんです、たった少し目を離した隙に2人は居なくなって……」
里穂さんによると誘拐されたのは、品川悠斗くんと品川聡太くんの2人だそうで、朝の9時頃、公園でいつものように遊ばせていた時ほんの少し目を話してしまったそうだ。
それは僅か数秒、その数秒で2人は居なくなり連絡も繋がらないという。
「今までに似たような事は?」
沙羅さんが聞くと里穂さんは首を振った。
「2人は素直な良い子で、こんな事一度も……」
そう言うと里穂さんは目に溜まった涙を拭った。
どうやら単純な迷子というわけではなさそうだ。
「……そうですか、色々ありがとうございます」
沙羅さんはそう言うと軽く頭を下げたので、俺もそうしてその場を後にした。
「……まいったわ、どうやらドンピシャのようね」
沙羅さんはそう言うと、手元にあるスマホをみてそう呟いた。
「ドンピシャ? 何がです?」
「これをみて」
沙羅さんはそう言うと解決済みの依頼を見せてくれた。
依頼内容的に沙羅さんと暁さんが解決したようだ。
「……これって、さっきの証言と同じじゃないですか!?」
そこに書いてあった依頼には、たった数秒でその場からいなくなった女性が、前の彼氏の家に監禁されている状態で見つかったと言うものだ。
「犯人はこの前の彼氏さんだったんですか?」
「いいえ、誘拐を依頼したのは彼だけど、誘拐を行なったのは別の男、どうやら誘拐代行なんてふざけた仕事があるみたいでね……」
誘拐を指示した前の彼氏の供述によると、黒いフードを被った男にお金を渡し依頼をすると、すぐにその女性を連れてきてくれたそうだ。
最近多いという誘拐事件、その全てにこの黒いフードの男が関わっていた。
「……てことは今回も、このフードの男が……?」
「まだ決まったわけじゃないけど、その可能性が大いにあるわ」
そういうと沙羅さんは時計を確認した。
「誘拐されてからもう3時間……とにかく今は犯人よりも2人の子供を探す事が先よ」
「はい、分かりました!」
沙羅さんが言うには、誘拐には様々な動機があると言う。
例えば肉欲、例えば金欲。
様々な欲があるのだが、その中で最悪なのは殺人欲だと言う。
「誘拐と殺人って紐付くんですか?」
俺がそう聞くと沙羅さんは苦い顔をして頷いた。
「本来であれば誘拐という面倒な事をしてから殺害するなんて無駄な事する犯人は少ないわ、でももし誘拐が簡単に済ませられたのなら……」
「誘拐代行……」
「そう言う事よ……とにかく急いで、思い浮かぶ所全て探しましょう」
「は、はい!」
それから俺達は想像しうる全ての場所を探した。
近隣住民の家、公園、近くに怪しい人物がいないか、やれる事を全てやったが、結局2人は見つからず時間だけが過ぎていった。
「悠斗くーーん、聡太くーーん!」
喉も枯れ、足も棒になった頃、沙羅さんが首を横に振った。
「もう夜遅いわ、捜索は打ち切りにしましょう」
そう言うと、お茶のペットボトルを渡してくれた。
「……嫌です」
俺はペットボトルは受け取るが、捜索を打ち切るつもりはない。
「どうして?」
沙羅さんはそんな俺を不思議そうに見つめる。
「あなたにはそこまでするほどの関係性はないと思うのだけど……」
俺は沙羅さんのその言葉に首を振った。
「昔親を亡くしてから、しばらく1人ぼっちの時期があったんです……辛くて、悲しくて、寂しくて……それを今あの子達が経験している、それが可哀想で……」
「荒木くん……」
「それに、あの人は何も出来ずに悲しんで……助けを求めているんです、それに何も出来ないのは嫌なんです」
俺は助けを求める人を見逃したくない、それがどんな状況でもだ。
だから今俺が出来る事は、精一杯やりたい。
「それなら、アプローチを変えましょう」
沙羅さんはそう言うと、スマホの地図アプリを起動して俺に見せた。
「これだけ探したのに2人の足取りは追えてない、その場合大きく分けて2つの原因が考えられるわ」
「2つ?」
「ええ、1つは探している範囲よりも外にいる、つまり想像しているより遠くに既にいる可能性ね、この場合私達では捜索は不可能、助けを求める必要があるわ」
「……2つ目は?」
「そもそも誘拐ではなく、別の要因の場合」
「……別の要因?」
「ええ、荒木くんは家出とかした事ない?」
沙羅さんにそう言われた時、言いたい事を察した。
「そうか、そういう事ですね!」
「ええ、これがもし第三者による誘拐ではなく、当事者による誘拐の偽装、もしくは依頼だとしたら」
「それなら見つからないはずですね」
「ええ、とりあえず今日はこれで捜索して、ダメなら応援を呼びましょう」
「分かりました!」
沙羅さんにそう答え、地図アプリを見る。
家出する場合、どこに行くだろうか。
近隣住民の家か……いやそれは探した。
それなら公園か……いやそれも探した。
まだ探してなくて、子供が家出しそうな所……。
「秘密……基地……」
「……なるほど、確かに子供の考えそうな事ね」
「秘密基地を作りそうな場所……あ、ここなんてどうでしょうか」
この街の近くに、そこまで大きくは無いが緑の多い公園がある。
この公園は既に探していたが、それは公園の広場だけだ。
まだこの緑の部分は探していない。
「そうね、それなら今すぐ向かいましょう」
沙羅さんと俺はすぐにその公園へと向かった。
※
「金は払ったはずよ、なのにどうして今更私の子供達に構うの?」
『な、なんの話ですか?』
無機質な雰囲気が漂う家の中に、感情のない無機質な女の声が響く。
「とぼけるつもり? まあ良いわ、どうせ消そうと思ってた所だしね」
『ゆ、許してくれ! もうあなたの要求は全て呑んだはずだ』
「……だめ、許さない、絶対によ」
恐ろしい程に感情のこもってない冷たい声はそう言い放つと、目の輝きの失せた目がギョロリとスマホに向かう。
「まってなさい」
その言葉の後、スマホの通話を切る。
「私の幸せを奪う人間は全て……全て……」
女は幸せそうな家族の写真が飾ってある写真立てを伏せ、まっすぐと無機質な部屋を出た。
※
「見つけたわ、あそこね」
沙羅さんは遠くから、ダンボールで作られた秘密基地を眺める。
そこからは微かに子供の声が聞こえた。
「とりあえず確認するわよ」
沙羅さんのその言葉に頷き、秘密基地に近づくと何か紐のようなものに足が引っ掛かった。
「な、なんだ?」
その瞬間、周りに置かれていた空き缶がカランカランと音が鳴る。
しまった……これは……。
自分が何をしたのか察した瞬間、ダンボールの中から子供が顔を出した。
「撃てーーーーー!」
1人の子供がそう言うと、もう1人の子供が泥団子を投げる。
「ちょ、おい、ま――ウペッ!」
声をかけようとした時、泥団子が顔に当たる。
「こんの……悪ガキが!」
それに頭が来て何とか捕まえてやろうと、秘密基地に近づくもそれを沙羅さんに止められる。
「まって、とりあえず2人が無事なのは分かったから今は引きましょ、はいハンカチ」
「……分かりました、でも顔は自分で拭きます」
流石に沙羅さんのハンカチを泥まみれにする訳には行かないので、自分のハンカチで顔を拭く。
「それならすぐに報告しましょう」
無事なのは分かった、それなら後は連絡するだけだ。
そう思って俺はスマホを取り出し、里穂さんに言われた番号を打つと沙羅さんに止められた。
「それは待って」
「何故です? 早く伝えないと……」
「おかしいと思わないの?」
「何がですか?」
「どうして家出したのか、気にならない?」
「それは……そうですけど、でもそれは家庭の問題で……」
「その家庭の問題が、例えば犯罪と絡んでいたとしたら?」
「……は? 沙羅さん何を言っているんですか?」
俺がそう質問すると、沙羅さんは指をさした。
「あの子達はどうやら普通の子供よ、それなのにどうやって目の前から数秒で消えるのかしら」
「それは……」
「私の予想では、フードの男は間違いなくあの子達を誘拐した、でもそれを依頼したのは里穂さんではなく子供達……その理由、気にならない?」
「でも……でも里穂さんはあんなに必死に助けを求めていました、その人が犯罪だなんて……」
「……人は見かけによらないものよ」
沙羅さんはそう言うと、視線を秘密基地に戻す。
「でも……でもあの人は助けを求めていて!!」
俺は沙羅さんに説得しようと肩を触った時、気づけば胸ぐらを掴まれていた。
「目の前の、表だけの事実をみて行動するのは真の解決と言えないわ」
「……っ!」
そう言った沙羅さんに突き飛ばされ、冷たい顔で睨まれた。
「もうあがって良いわよ、頭を冷やしてきなさい、後は私1人でやっておくから」
そう言うと沙羅さんは何処かに連絡する。
どうやら1人で動く許可をもらったようだ。
「……分かりました、お疲れ様です」
……上等だ、だったら俺は俺のやり方であの人を救って見せる。
沙羅さんは分かっていないんだ、助けを求める人間の気持ちが。
俺は覚悟を決め、1人で行動する事を決めた。