千家(茶道)を支える「千家十職」
こんにちは
どうも明日くらいに台風19号が本格的に近づいてくるみたいですね。
体重の軽い方だと飛ぶくらいの風力のある台風らしいのでお気をつけくださいませ。
ごきげんよう!
京都には仏教の本山、神社の本山、数多くあります。
宗教系だけでなく京都には文化の本山ともいうべき「茶道」の本家も多くあるのです。
日本史の時間に名前を聞いた事もあるでしょうし、テストでも出る事のある「千利休」彼の四人の子供のうち勘当(一族からの追放)された長男以外が
「武者小路千家」「表千家」「裏千家」を立てて現在に至ります。
こうして「茶道」の流儀が確立したのですが、これだけ(確立)しただけで今まで受け継がれてきたのではありません。彼等の茶道の活動を補佐している存在があるからです。
それが今回書くお話である「千家十職」です。
茶碗師…茶道のキモ、抹茶碗を作る職。樂焼とも言われるのは代々当主が「樂 吉右衛門」を名乗るから。 樂焼は生地の黒い「黒樂」赤い「赤樂」がある。
釜師…茶道のキモの二つ目、お抹茶を立てる為のお湯を沸かす茶釜を作る職、ここも代々当主が「大西清右衛門」を名乗る。大西家は釜の博物館を京都市内に持ってます。
塗師…茶道のキモの三つ目、お抹茶を入れる「棗」を作る職、ここも代々当主が「中村宗哲」を名乗る。初の女性当主を輩出した所でもあります。
指物師…茶道のキモの四つ目、茶室に配される指物(木工製品、木板を加工して組み合わせたもの)を作る職、ここも代々当主が「駒沢利斎」を名乗る。
金物師…茶道のキモの五つ目、茶椀と釜以外の茶道具や茶室を彩る物を作る職、ここも代々当主が「中村浄益」を名乗る。金(かね…銅及びその合金)の菓子皿から一輪挿しまで幅広く創作されます。
袋師…茶道のキモの六つ目、懐紙、扇子、楊枝などを入れる数寄屋袋という小さい袋を作る職、ここも代々当主が「土田友湖」を名乗る。
表具師…茶道のキモの七つ目、茶室にかける掛け軸の表装を行う職、ここも代々当主が「奥村吉兵衛」
一閑張…茶道のキモの八つ目、和紙を貼った箱に漆を塗った箱を作る職、ここも代々当主が「飛来一閑」を名乗る。この初代の一閑から一閑張りと言われる。
竹細工・柄杓師…茶道のキモの九つ目、竹を使った道具(花入れ等)や茶釜から湯を掬う柄杓を作る職、ここも代々当主が「黒田正玄」を名乗る。
土風炉・焼物師…茶道のキモの十個目、土風炉と言われる素焼きの物を磨いて艶を出します。釜を置いて湯を沸かすのに使います。ここも代々当主が「永樂善五郎」を名乗ります。
千家が出来たての頃は上記の家以外にも大工など他職が多く居たのですが時代とともに変遷し、今の十家になったみたいです。
彼らは茶道家の好みを受けつつ、その時々の時流の色や道具としての利便性、職人としての己の色まで含めてその工芸を仕上げて来ます。
定型の品はお高いですがびっくりする価格ではありません、びっくりする価格の物は何度も茶道家と職人とか打ち合わせをして試作を繰り返して、姿が決まってから材料を集め丁寧に作り込んだ品だけがその価格を越えた美と用を持つ一品を作り上げるのです。
今は時代が変わったので十職それぞれも新しい品を作って発表したりして茶道関係で無い方々にも受け入れられる品を作ってるのも時代の流れが変わったって事でしょうね。
言える事は千家十職の方々は伝統に胡坐をかいてる集団では決してないと言う事です。
伝統に胡坐をかいてるなら既に(江戸時代にでも)無くなってるでしょうから
中村宗哲さん(棗師)が女性当主になる際は色々とゴタゴタしたみたいですが、今では十職の女性当主が出ても大丈夫!と言われるくらいの貢献をされてます。




