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古くからの京都市民の生活に密着してた餅菓子屋

ごきげんよう!


(2019、9月8~9日にかけて関東に上陸した台風が猛威を振るった痕をテレビで見ました。。。)


今回は「餅菓子屋」について書いてみたいと思います。

タイトルには京都市民にと書きましたが、餅菓子屋自体は京都にも大阪にもあり、古くからの市民の生活に欠かせない存在ではあったんです。


恐らく江戸に入ってからでしょうけど、お華束(おけそく…仏前に供える小餅)さんをメインに作って売る商売が出てきます。これが餅菓子屋の前身「餅屋」です。

餅屋がお華束を売る~町の人が買う(お寺の近くの餅屋だとお寺さんも顧客になります)って流れが出来て年末には「正月餅」を売るって事もするのでお店が定着していきます。


その内、餅屋は蒸籠をもってるのでお祝い事に「赤飯」を炊いて売る様になり、また江戸も半ばになると少量ですが黒砂糖も餅屋に入る様になってくるので上菓子屋ほどのものではないですが菓子も作る様になります。


そうなってくると餅菓子屋は餅(お華束)赤飯、お菓子(上菓子ほどでは無いが季節菓子を作る様になる)と総合的に餅と菓子を扱う様になります。

これが今の餅菓子屋の形をなした感じです。


この形になってる餅菓子屋は筆者にも馴染みのあるお店で、お仏壇にお供えするお華束を買う、季節のお菓子(今となっては上菓子屋と遜色ない季節のお菓子を売る…餅菓子屋が上菓子屋と名乗れないのは「お銘菓子」が無いから)を買う、お祭りの時やお祝い事の時にお赤飯を買う(餅菓子屋には毎日赤飯を売ってるので好きな人は頻繁に買える)と京都の日々の生活に入ってるお店でありました。


戦後、高度成長期後は生活も変わり、餅菓子屋が生活に入らない世帯(若い世帯)が増え利用者が減って餅菓子屋も減りましたがお寺や昔からの町内(家より人ですね)が維持形成されてる所にある餅菓子屋は今でも残っております。


今度餅菓子屋がどうなるのかは分かりませんが、少なくともやる気がある店と観光客の呼び込みに成功してるお店は今後も残ってくれるでしょうし

そういうお店は「昔の京都の餅菓子屋としての側面」も残して居られるのが凄いと思います。


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