魔女と少女の虹色魔法
人里離れた森林 - とある魔女の家
元来、魔女という者は普通の人間との接触をあまり好まない。
それゆえこういった森の中に家を構えていることが多く、
鳥の鳴き声が木霊するこの辺りは、いつも通りひっそりとしていた。
そんな森林の中に、一軒家よりやや大きめの洋式造りの家が建っている。
そこに住んでいるのはもちろん、魔女その人だ。
「……はぁ」
家の一室に、小さなため息が響く。
声の主はこの家に住まう、通称「森の魔女」と呼ばれている女性、ロザリア。
普通、魔女といえば凄く長い髪の毛を想像しがちだが、
彼女は肩にかかるかぐらいの金髪で、切れ長の瞳は森のように深い緑色をしている。
服装もおとぎ話に出てくるような衣装ではなく、普通の人間と変わりない。
ワンピースのように上下一体となった白を基調とした服に、
ポケットのたくさんついた黒い上着を羽織っている。
お決まりともいえる帽子も被ってはいないので、どことなくシックな感じの服装だ。
この時間帯、いつもならとっくに里へ出かけているはずなのだが、
今日に限っては朝からずっと家に篭っている。
今の季節は冬で、外に出るのが億劫といえばそうなのだが、彼女に限ってはそうではない。
むしろ魔女という存在にしては珍しく、それなりに外へ出かけたりもしている。
ふと後ろを見ると、自分が作った魔法人形達がせっせと働いている姿が見えた。
家の雑務はあれらに任せているため、彼女は大体暇している。
座っていた椅子から立ち上がったロザリアは、窓辺に寄ると外を見た。
「今日、なのよね……」
雪の降りしきる景色を見ながら小さく呟く。
その言葉が何を意味するからわかりかねるが、
何か重要なことを考えているといった雰囲気だ。
呟いた後も視線は、あいかわらず窓の外へ向けられたまま。
そんな中彼女は、ふと思い出していた。
ある一人の少女と、初めて出会った日のことを……
◇
10年前 - 森林近くの村
自身の家から最も近いこの村へ、ロザリアはいつものようにやってきていた。
彼女は魔女であるが故に年を取るのが圧倒的に遅い。
10年以上遡ってもその姿は今と変わりがなかった。
自分がいつから魔女だったのかすら忘れているくらいだ。
本人にとってはどうでもいいことなのだろう。
今の季節は冬。
里のあちこちには雪だるま。
確かそんな名前のそれが作られて無造作に置かれている。
道には子供たちが走り回っており、
時折ぶつかりそうになってしまうくらいだ。
同時にロザリアも、この季節になると何故か特別な気分になる。
別に冬が好きというわけでもないのだが、何かに出会うのではないか。
どことなくそんな思いを毎年抱いていた。
いつものように彼女は、とある店へと足を運ぶ。
雑貨屋バース
入り口に大きな看板が取り付けられたその店は、
村でも有数の大きさを誇る老舗雑貨屋だ。
ちょうど去年辺りからこの店に通い始め、
今ではすっかり店主に顔を覚えられている。
カランカランッ
入り口をくぐると、乾いた鐘の音が店内に響いた。
それに気づいた店主が奥から顔を出す。
「おや、いらっしゃい。ロザリアさん」
「こんにちは。いつもの品、届いてます?」
「ああ、届いてますよ。ちょっと待っててください」
店主の男性はそう言うと、再び店の奥へと姿を消した。
さすが老舗雑貨屋だ、仕事が早い。
魔法人形を扱っている彼女は、
度々この店へと製作用の道具を買いにきているのだ。
しばらく棚を引っ掻き回すような音が聞こえた後、店主が戻ってくる。
商品を受け取ってお金を払うと、
ロザリアはいつものようにそのまま店を後にしようとした。
が、その時―――――――
「あっ! いつもお店に来てる魔女のお姉さんだ!」
店から出ようとした彼女の背中に向けて、声が聞こえてくる。
ロザリアは驚いて振り返ると、声の主を確認する。
それは、一人の小さな女の子であった。年齢は10歳前後だろうか。
長い金髪と青い瞳が非常に目立ち、とても可愛らしい雰囲気をしている。
「バースさん、その子は……?」
思わずロザリアが質問すると、店主は照れ笑いをしつつ答えた。
「この子は、私の娘のリリィです。会うのは……初めてでしょうかね?」
今までずーっとこの店に足を運んでいた彼女だが、
このような少女に出会ったことは一度もなかった。
むしろ、店主に娘がいることすら知らなかったのだ。
もっとも、魔女である自分があまり必要以上に
村の人間と友好関係を持つことが好ましいとはいえなかったが。
店主が紹介すると、金髪の少女――――リリィは、ロザリアに歩み寄ると、
「こんにちは、お姉さん! 私、リリィっていうの。よろしくね!」
10歳の少女にしてはやたらと元気のいい挨拶。
頭二つ分ほど背が違うためロザリアは少し姿勢を低くし、
「私はロザリア。よろしくね、リリィ」
そう言って自己紹介をするとその頭を撫でてやる。
ロザリアは元々、かなり人見知りをする性格なのだが、
この少女に対してはそれが全くないようだ。
どこか邪険にできない明るい雰囲気に押されてしまっているのかもしれない。
「当店に来てくれるようになってからしばらくして、貴女のことを知りましてね。
いつも外へ遊びに行ってるので、中々会わせてあげる機会がなかったものですから……」
「私はそんなに珍しいお客でもないと思うんですけど?」
「森に住む魔女。ということで貴女に興味を持っているようですよ。この子は」
「はぁ……」
雑貨屋の娘というだけあって、リリィは小さいころから新しい物好きであった。
村ではまず見かけることのない魔女ということであれば
興味を引くのは当然といえば当然だろう。
「ねぇ、お姉さん?」
「?」
リリィは顔を上げると、ロザリアに話しかける。
というか、お姉さん呼びでいいのだろうか。
自分は見た目こそ妙齢ではあるが、実際は店主よりも年上だ。
などと思っていると、その思考を吹き飛ばす言葉がリリィから飛び出してきた。
「私、お姉さんのお家に行ってみたい!」
その言葉を聞いて、ロザリアの目が点になる。
店主は、やれやれといった感じで苦笑しつつ肩を竦めた。
それよりも何よりも、どこまで警戒心がないのだろうかと逆に不安になってしまう。
ロザリアは一般的に見れば普通の者ではない。
森林の中に一人で住んでいる魔女だ。
どうやら、警戒心より興味のほうが勝っているようである。
「貴女の話をしてあげたら、お家を見てみたい! の一点張りでしてね……。
一人で行かせるのは危ないですし、私も店の仕事がありますから――――」
「私が一緒に付いていってほしい、というわけですか……。
まぁ、別に構いませんよ」
今まで家に人を招いたことがあまりないので、
何となく複雑な気分ではあったが、店主の頼みらば仕方がない。
同時にロザリアも、リリィを家に招待してみたいという思いが僅かながらあった。
それほどこの金髪の小さな少女には、彼女にそうさせてしまう何かがあるのかもしれない。
「それじゃあ、支度してくるね!」
リリィは明るい声でそう言うと、店の奥へと駆けていく。
いつもあんなに元気なのかと彼女が聞いてみると、
「物心ついた頃からあんな感じですよ。村の子供たちとも仲が良いですしね」
そう言って、おかしそうに笑う。
それはまさに、父親から見た娘の姿であった。
しばらくして、店の奥からリリィが戻ってくる。
「それじゃあ行ってくるね、お父さん!」
「ああ、気をつけるんだぞ。迷惑掛けないようにな、リリィ」
リリィは、父親に向けて明るい笑顔を見せると、ロザリアの手を取った。
店主はロザリアに向かって一度頭を下げる。
彼女もそれに応えるように、軽い会釈を返した。
そして二人はそのまま店を後にする。
それからほどなくして、この雑貨屋にはいつもの静かさが戻るのであった。
◇
ロザリアの家
昼も大分過ぎた頃、二人はこの家へと到着する。
小さな家が多い村と違い、彼女の家はそれなりに大きい。
リリィはそれを見て目を輝かせていた。
「さぁ、大分散らかってるけれどお上がりなさいな」
「はーい!」
ロザリアは扉を開け、小さな少女を家へと招き入れる。
自宅に人が来るのは、実に数ヶ月ぶりだろうか。
当のリリィはというと、何かを見つけたのか、奥の部屋へと走って行った。
「ほんと、元気な子よね……」
またもや苦笑しつつそう呟くと、彼女を後を追って部屋へと入っていく。
そこは、ロザリアの私室であった。
それならばもちろん、そこにあるものといえば―――――――――。
「――――――動くお人形さんだ!」
もちろん、彼女の作った人形達だ。
魔法によって制御され、半分自動で動く小さな働き者である。
もちろん村にはこのようなものはまず存在しない。
そもそも、魔法を扱える者自体がいないからだ。
元々彼女が魔女ということで興味を持ちはじめたリリィだが、
動いている小さな人形達を見て、その表情は一層明るいものとなる。
普通の人間から見ても、この光景は珍しい。そして――――――
「すっごく可愛いね!」
室内を行ったり来たりしている小さな人形達を見て、リリィはそんな言葉を漏らす。
しばらくはじーっと眺めているだけだったのだが、
やがてその人形達をトコトコと追いかけ始めた。
「……人形、壊したりしないようにお願いね?」
「うん!」
ロザリアはしばらくの間、リリィと人形が遊んでいる様子を見守る。
こうして見ていると、村にいる他の子供たちと違う面が見受けられるようだ。
それが何なのかはわからないが、リリィという少女は、特別な雰囲気を持っている。
「子供時代、か……」
部屋を走り回っている彼女を見て、ロザリアは無意識にそう呟いていた。
そう――――――自分にだってそんな頃があったのだ。もう随分と昔のことだが、
父や母が周りにいてくれたあの頃。
自分が子供だったあの頃……
もう、どのぐらい経つだろうか?
目の前にいるあの子のように元気にはしゃいでいた子供時代から。
そんな風に懐かしんでいると、自分でも気づかないうちに首を振っていた。
らしくない、と。
元々は人間であった彼女。
しかし、今では魔法使い。
その過程を今更掘り返しても仕方がないのだ。
その後も色々な考えを巡らしていると―――――――――
「ねぇねぇ、お姉さん」
人形達の追っかけから戻ってきたリリィが、いつの間にか目の前に立っていた。
そこで初めて我に返ったのか、ロザリアは驚いたような表情になる。
「何かしら? リリィ」
「お姉さんは、色んな魔法が使えるんだよね?」
それは至極当たり前な質問だった。
魔法が使えなければ、人形を操ることはできない。
彼女もそのことは分かっていると思っていたのだが――――――――
「まぁ……大体のことは魔法で出来るわね」
あまりハッキリと答えるのもどうかと思ったのか、若干言葉を濁した。
答えを聞いたリリィは、少し考え込むような仕草をする。
そして、屈託のない笑顔でこう言ったのだ。
「――――――私、魔法を使ってみたい!」
ロザリアは、本当に驚いたといった表情になる。
村の子供たちを含む普通の人間からしてみれば、
魔法というのは縁のない遠い世界の話のようなもの。
しかし、リリィは違う。
現に魔女である自分が、目の前にいる……。
そうなると、憧れてしまうのは当然のことなのかもしれない。
だが、彼女には一つだけ気にかかることがあった。
この子が後に、後悔することにはならないだろうか。と……
ロザリアは、自分がいつから魔女だったのか覚えていない。
それはもう数十年、長ければ百年以上も昔のことかもしれない。
この世界における魔女というのは種族の一つであり、
魔法の力を磨く過程で、いつの間にかそうなってしまっている。
自分のような魔女が、興味本位でリリィに魔法を教えたりしてしまえば
きっと彼女もいつかは魔女になってしまうだろう。
人間とは違い、年を取るのが遅い。
人間より遥かに長い時を生きる。
数百年……もしくは数千年になるかもしれない。
その人生は、果てしなく長い。
そして――――――――辛い。
自分だけが長く生き、周りの人間は皆死んでゆく。
そのような重荷を、この少女に背負わせたくはない。
普段は他人にあまり興味を示さないロザリアだが、この少女だけは違っていた。
リリィという少女との出会いは、自分に何か大きな変化を与えた気がするのだ。
その理由はわからない。
わからないが、彼女に自分と同じ道を辿らせることだけはさせたくなかった。
「……貴方は、私みたいになっては駄目よ」
少し悲しげに笑うと、ロザリアはそう言葉を返す。
当然のことながら、リリィは首を傾げた。
まだ年端もいかない少女だ。
突然言われても何のことかわかるはずもないだろう。
でも彼女には普通の―――――人間としての人生を送ってほしかった。
「私みたいに魔女になってしまうと、辛いことがたくさんあるわ。
貴方にそれ理解してといっても難しいことなのかもしれないけれど……」
「うーん……よく分からない」
「魔女になると、人並みに年を取ることもできなくなるわ。
自分はずっと生きていられても、そうでない友人や親兄弟は、
先に歳を取って亡くなっていってしまう……分かるかしら?」
「一人ぼっち……ってこと?」
何とか言いたいことを分かってくれたのか、リリィが聞き返してくる。
ロザリアはそれに肯定で答えた。
そう、一人ぼっちなのだ。
同じく長命の友人がいるなら話は別だが、少なくとも彼女にはそれがいない。
この先生きていく中で、どれだけそのような関係を持てる人物が出てくるかもわからない。
一人ぼっちという言葉を口にしたリリィは少し寂しそうな表情になり黙ってしまう。
だが、それが現実。
人並みに年を取れなくなった者に突きつけられた現実なのだ。
それからしばらく何かを考えていたリリィ。
これで諦めてくれればいいと思っていたが、
彼女は突然顔を上げると、こう言ったのだ。
「――――――それなら私、自分で魔法を勉強するよ!」
ロザリアから魔法を教われば、きっといつかは魔女になってしまうだろう。
ならば、そうしなければいい。
まだ年端もいかない少女が出した結論は、魔女にすら考えつかなかったことであった。
そうだ。
段階を踏まなければ、魔女という種族になることはない。
そのことを忘れていた彼女は、ハッとした表情になった。
「リリィ……」
「ね? それならお姉さんを困らせることはないし、
私も自分のやりたいことができるでしょ?」
改めて、目の前の少女を見る。
この子は、自分のことを気遣ってくれているのだと分かった。
それは、10歳に満たない少女にしてはただならぬ信念を秘めている。
そして―――――――――
「どうしてかしらね……貴方のことを、とても他人として見れないわ……」
ロザリアは自分でも気づかないうちに、リリィを抱きしめていた。
まるで妹――――――もしくは娘のように。
彼女は自分を困らせたくないと考えている。
ならば自分も、この子を困らせないようにしなければ。
他人にほとんど関心を示すことがないロザリアだが、
目の前の小さな少女はとても他人とは思えなかった。
「私とお姉さんは友達、でしょ?」
抱きしめられながらも、リリィはそんな言葉を口にする。
「……ふふ、そうね。そうなれると、いいわね」
思い返してみると、友達なんていう言葉を口にしたのも随分と久しぶりだ。
その言葉の意味さえ忘れていたのかもしれない。でも、今は違うだろう。
二人は、友達になれるかもしれない。そんな気がしている。
やがてロザリアは、彼女を抱きしめていた腕を離すと、
リリィを真正面から見てこう切り出した。
「それじゃあ一つだけ、約束してくれるかしら?」
約束などという言葉を使うのも久しぶりだ。
リリィはロザリアを少し見上げると、同じように真正面から見る。
小さな少女が頷いたのを確認すると、彼女はその約束を言葉にした。
直後、部屋の中に少女の元気な肯定の言葉が響いたのは言うまでもない。
この日はそのまま、静かに過ぎていった……
◇
10年後 - 魔女の家
あの時、一人の少女と交わした約束のことを、ロザリアは考えていた。
自分でも何故あんなことを言い出したのかはわからないが、今となっては既に遅い。
その内容は、こういうものであった。
『今からちょうど10年後の同じ日。
貴方が無事に自分の魔法を身に付けていたら、
もう一度私の家にきて、それを見せてほしい。
友達同士の大切な約束、守ってもらえるかしら?』
……やはり、自分でも馬鹿な約束だと思う。
10年という月日は自分にとっては短いものであっても、
人間である彼女にとっては長いものだろう。
それに、リリィはまだ年端もいかない普通の少女だ。
自力で魔法の勉強をするにしても、ハッキリいって宛てがない。
「やっぱり、無理よね……あんなこと……」
雪の降りしきる森を見ながら、彼女は再び溜息をつく。
彼女が現れるかもしれないという期待と、
彼女が現れないかもしれないという不安が入り混じっている。
リリィは毎日ではないが、あれ以来たまに家を訪れることはある。
しかし、それでは駄目なのだ。
あの約束を覚えていなければそれは意味をなさない。
「覚えてるわけない、か……」
少し悲しげな表情になったロザリアが呟く。
外の雪はまだ降り続いている。
このぶんだと、明日も降り続けていることだろう。
ザッ……
10年前のあの日も、こんな雪の降り方をしていた。
いつまでたっても止む様子を見せない、果てしない雪。
その雪の中で、とある魔女は一人の少女と出会った。
初めて友人と呼べた一人の少女と。
ザッ……
外の景色を見ながら、ロザリアはいつのまにかボーっとしていた。
このまま今日が終わってしまうのだろうか。
そんなことを考えていたが、やはり心の中では誰かを待っている。
ガチャッ……
とても大切な、一人の少女を。
「今日はもう……来ないわよね……」
ロザリアは半ば諦めたように、そう呟いた。
もう外の景色を見るのもやめ、窓から離れようとする。
その時―――――――――――――――
「――――――来ないって、誰のこと?」
突然後ろから声が聞こえた。
それは、自分がよく知っている人物の声。
人一倍明るくて、人一倍好奇心があって。
自分のことを友達だと言ってくれた人物の声だ。
ロザリアは即座に振り返ると、声の主を見た。
背丈は自分とあまり変わりないぐらいに成長した、
長い金髪と青い瞳をもつ少女がそこに立っている。
「リリィ……来てたの……?」
驚きながらも彼女は問いかける。
対してリリィは、少しいたずらっぽい笑みを浮かべて頷いた。
「ロザリアさんとの約束だからね。忘れてると思ってた?」
それを聞いた途端、ロザリアは確信する。
彼女は10年も前に交わした約束通りに、家に来てくれたのだと。
自分との約束を、覚えていてくれたのだと。
驚きのあまり手で口を覆ってしまったロザリアだが、
リリィはそれを気にすることなく、
「外に来て! 約束の成果を見せてあげる!」
と言って彼女の手を引くと家の外へと連れ出した。
抵抗する暇もなく、ロザリアは家の裏手にある広場へと連れてこられる。
「いい? よーく見ててね」
小さな広場の中央――――――ちょうど木々が途切れて
空が見えるようになっている場所にリリィは立つと、
こちらを振り返って念を押すように言う。
ロザリアは何も言わずに頷くと、リリィは開けた空へと向き直った。
短く何かを唱えた後、空へ両手をかざし、
「――――――これが、私の魔法だよ!」
いつもと変わらぬ元気な声でそう言って見せた瞬間、
雪の降る冬の空に、小さな変化が起こった。
「……!!!」
それを目にしたロザリアの目が驚きに見開かれる。
木々の間から見える空へ、リリィの両手から弾けた光が
向かっていったかと思うと、
――――――――そこには、小さな虹がかかっていた。
雨が作り出す本物に比べると随分と小さいものではあるが、
雪の降る冬空にかかっていたのは紛れも無く、魔法によって生まれた虹。
ロザリアにとっては欠伸よりも簡単に出来てしまう規模のものだが、
「リリィ……貴女、本当に、これを自分で……?」
唯一魔法の心得がある自分の助けを一切借りずに、
一人の少女はこれを完成させたというのか。
彼女はその事実にただただ驚いていた。
10秒ほどで小さな虹は消えてしまったが、
ロザリアの方を再び振り返ったリリィは、
「凄いでしょ! 私のこと、見直した?」
と、10年前と同じく屈託のない笑顔で言ってみせる。
それを見たロザリアの顔が、驚きから笑顔に変わった。
「――――ええ、見直したわ。小さな魔法使いさん」
自分と同じ背丈になった彼女の頭をそう言って撫でる。
撫でられたリリィは少しくすぐったそうだ。
「私と貴方は友達だもの! 当然でしょ?」
「ふふっ、そうだったわね」
そういえば昔も似たような会話をしたな。と、ロザリアは思い出す。
たとえ時が過ぎ去ったとしても、変わらないものがあるのだろう。
それ以上余計な言葉なんていらない。
そこにいるだけでいい。
相変わらず降り続ける雪も、心なしか優しく降り注ぐようになっていた。
まるで、二人の気持ちに応えるように。
「約束を守ってくれたご褒美に、
私の新作を後で見せてあげようかしら?」
「本当!? じゃあ、久しぶりに人形達とも遊びたい!」
「はいはい、慌てなくてもあの子達は逃げないわよ」
雪の降る森を、ロザリアとリリィは手を繋ぎながら歩き、
柔らかな明かりの灯る家へと入っていった。
ここから先は、友達同士の時間になることだろう。
昔、一人の少女と一人の魔女が交わした約束は、ちっぽけなものだった。
しかしそこには、一筋の光が射し込んでいる。
虹の色をした、この世で最も綺麗な光。
それは一つの思い出となって、二人の間にいつまでも残るだろう。
かけがえのない、虹色の思い出として……
FIN...