つぐみと茶トラの子猫
ショッピングセンターにあるペットコーナーで一人の女の子が両親と思われる人の袖を引っ張り駄々をこねていた。
「ねー! あたし猫ちゃん欲しい! 買ってよー!」
この女の子は猫が好きだった。これはいつもの光景で足を踏ん張り両親を生かせないように踏ん張るも抱きかかえられて終わりである。
「ダメだって言ってるでしょ! 何度言ったら分かるの。いいかげんにしなさい」
母親にそう言われズルズルと車の中に連れて行かれる。
「いいかい。つぐみ。動物を飼うってのは簡単な事じゃないんだ」
仕事から帰ってきた父親に諭されるもつぐみは駄々をこね続ける。
「しってるもん」
「ご飯をあげるのだって大変だし、病気になったら悲しいだろ?」
「うん……でもあたしできるもん!」
「飼いたいってだけじゃダメなんだよ」
「もういいもん! パパなんて大っ嫌い! ケチ!」
つぐみはトタトタと階段を駆け上がり、自分の部屋のベッドの顔を埋めた。そして、眠りに落ちていく。
チリンチリンと鈴の音がつぐみの耳に届く。眠っていたつもりでいた為、目をこすりながら辺りを見渡した。
「ここどこ? パパ? ママ? どこにいるの?」
この場所はつぐみには見慣れない場所だった。どこかふわふわして、暖かいお花畑のような場所。
『どうして人間がいるのさ!』
「わっ!」
突然聞こえてきた声につぐみは驚いた。声のする方を向くと、そこには茶トラの子猫がいた。
「わー! 猫ちゃんだ! こっちおいで」
『く、来るなよ! 人間たちがボクたちを殺したくせに』
「え、どう言うこと?」
『ボクたちはみんな人間たちの勝手な都合で殺されたり、暴力を受けて殺されたんだ。君みたいな人間が来る場所じゃないんだ』
ここは人間の不条理で命を落とした動物たちの楽園だった。みんな人間への警戒心は高い。
「で、でもあたしは違うもん!」
『そんなことないね。人間は都合が悪くなるとボクたちを殺すんだ! だから君は早く帰ってよ』
「そんなこと言われても帰り方が分かんないんだもん」
つぐみは目に涙を溜めながら訴える。しかし猫たちはつぐみにそっぽ向いて警戒しているし、唯一話しかけてきた子猫も警戒を解こうとはしない。
「ね、猫ちゃんは帰り方を知ってるの?」
『知るわけないじゃないか。ボクたちはここに住んでるんだ。ここが好きなんだ』
帰り道も分からない。一人ぼっちの今の状況につぐみは途方に暮れる。
「だれか助けてよぉ――うわあああああん」
『人間が泣いてるぞ』
『仕返しをするか?』
『どうやって仕返しをする?』
不穏な猫たちの言葉がつぐみの心に刺さっていた。猫達の口が止まる事は無い。
『思いっきりぶとう』
『私は蹴られた事があるわよ』
『ボクはひどいいたずらをされたんだ』
どうやって人間をこらしめようかと猫たちが集まってくる。そんな中歌うように羽ばたく一羽のセキセイインコがやってきた。
『猫ってやっぱりクズばかりね。自分が私達にした事を棚に上げて人間を攻めてるんですもの。クスクス』
『あー! 鳥だぁ』
『捕まえろー!』
セキセイインコはツグミの肩に止まり、耳元で囁いた。
『私ならここから出る方法を知っているわ』
「え? ホント?」
『ええ。本当よ。でも条件があるわ。私は猫が嫌いなの。猫の言う事なんて絶対に聞いちゃだめ。私は猫に遊び半分に殺されちゃったから』
「そんな……でもあたしは猫ちゃんも鳥さんも大好きだし」
『そう……残念ね』
「でも……でも! あたしは絶対に殺したりしないよ? あたしは動物さんが大好きなの!」
『そう。残念ね。勝手になさい』
セキセイインコはそう言うと空高く飛んでいく。
『鳥が飛んでっちゃった。残念』
猫達は飛び跳ねながらセキセイインコを追う。残ったのは最初に話しかけてきた子猫だけとなった。
「どうしよう……」
『さぁね。ボクはなにも知らないよ』
「猫ちゃん。猫ちゃんは人間が嫌い?」
『大嫌いだね』
「あたしは猫ちゃんのこと好きだよ? だから全ての人間が悪いことしてるなんて思わないで。幸せに暮らしてる猫ちゃんもたくさんいるんだよ?」
『それは分かってるよ。でもボクたちの中には大きくなったからって捨てられた子もいるんだ』
「あたしはそんな事しないよ」
『君はしなくてもする人はたくさんいる。人間は信用できないよ』
「さっき、鳥さんが言ってたじゃない。遊び殺されたって」
『そ、それは』
茶トラの子猫はつぐみの言葉に狼狽えた。この子猫自身も虫や鳥を追いかけようとした事があるからだ。
「仲良くしようよう。憎しみあったってなんにもならないよ?」
『い、今だけだからな? ボクも君が出られるように手伝うよ。ボクはここの出方を知らないんだ』
つぐみと茶トラの子猫は手を取り合った。
ここは猫だけでなく色々動物がいる。猫もだが、犬もセキセイインコもたくさんの恨みを持った動物たちの楽園だった。
「さっき鳥さんがここから出る方法を知ってると言ってたの」
『ならさっきの鳥を探してみよう』
「そうだね! 鳥さーん」
つぐみは先程の鳥に届けと声を張り上げるもその声はセキセイインコに届かない。
『犬の長老なら知ってるかもしれないよ』
つぐみと茶トラの子猫は猫の集落を出て犬の集落を目指す。
程なくして犬の集落に着く。
『まて! なぜ人間がここにいる』
『この子は帰る手段を探しているんだ。犬の長老さまに会いたいんだ』
『しかし……』
『構わんよ。お嬢さんこっちへいらっしゃい』
やってきたのは立派な髭を蓄えた老犬だった。
「わんちゃん! お願い。私帰りたいの」
『ほっほっほ。そう焦るでない。ここは幽世時間の流れも現世とは違うからの』
「かくりよ? うつしよ? あたし分かんない」
つぐみはコテンと首を傾けた。茶トラの子猫も同じ仕草をする。
『分からんものは分からんでいいからの。帰る方法は強く願う事じゃな。そうすれば帰れるじゃろうて』
「強く願えばいいのね! 猫ちゃん。人間はみんな怖い人じゃないからね」
つぐみは茶トラの子猫の狭いおでこをつついた。
「せっかく出会ったのに寂しいけど、私は帰るね」
『さよなら人間。君の名前を教えてもらってもいいかな』
「つぐみ。あたしはつぐみだよ」
『つぐみ。つぐみか。バイバイ。サヨナラ』
つぐみは指を折り、祈る。
つぐみはフワフワとした感覚を感じチリンチリンと鈴の音が鳴るのを聞いた。
気がつくとつぐみは自分のベッドにうずくまっていた。まるで夢のような時間を過ごしたつぐみ。
「夢だったのかな」
目をこすりながら起き上がったつぐみはリビングに行く。
「パパ、ママ。わがまま言ってごめんなさい。猫ちゃんを飼うって事は命を預かってるって事なんだもんね」
つぐみの謝罪に両親は顔を見合わせた。
「実はな、パパの友達の家に猫が生まれたらしいんだよ。ママと引き取ろうかって話をしていたんだ」
「えっ!?」
つぐみは目を見開いた。もう飼うことを諦めていたのだから驚くのも不思議な話ではない。
「つぐみは猫が好きだからな。さっきつぐみが命を預かるって事だと言ってパパは安心したよ」
「ホントに? 嬉しい!」
***
それから一ヶ月の月日が流れ、子猫を引き取る日が来た。つぐみの父親の友人宅へ行く。軽く挨拶を済ませ、つぐみが子猫を見ると、一匹だけ茶トラの子猫がヨチヨチと歩いていた。
「あたしこの子がいい」
つぐみが選んだのは、あの日、幽世の世界で出会った茶トラの子猫と瓜二つな子猫だった。
「この子が気に入ったのか?」
「うん! この子じゃなきゃやだ!」
またつぐみのわがままが始まったと笑う両親だが咎める事は無かった。つぐみの為に猫を飼う事に決めたのだから。
「また会ったね。覚えてる? つぐみだよ」
つぐみがツンツンと子猫のおでこを優しくつついた。子猫はみゃーと小さく鳴き、つぐみの腕に抱かれて眠りに落ちていった。