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一話 人間と機械の狭間

私に親なんていない、しいて言えば今の人間の科学

それからこの研究を発案した、あまり感情のなさそうな科学者たち。

毎日毎日、大勢で私を取り囲んでは色々と研究をしていった。

彼らの話によると、この私の研究がうまくいけば彼らの名声は、世界中に轟くものになるらしいけれど・・・。



そして私は、人間が自分たちが超越した科学力を持ったと証明するために生まれた。

・・・いいえ生まれたといえるのかどうかも分からない。

人工的なものなのだから、作られたと言った方が正しいような気がする。


確かに自分でも人間の科学力は目覚しいものだと思った。

どことどこの遺伝子を掛け合わせればどんな顔になるのか。

どうすれば知能が高く、どれだけ高くできるか。

どうすればどんな声になるのか。

どんな性格になるのか。


すべ冷たそうな白い服となめがねをを着た科学者たちに計算された上で私は生まれてきた。


私にははっきりした事を言おうとはしないけれど、

どうやらこの科学者たちの思惑通りに私は生まれてきたらしい。



「顔立ちはエキゾチック風の美人、髪は少し天然パーマが掛かっている真っ黒な髪、瞳もアジア女性のような、まるで黒真珠のような目・・・

でも、黙っていればちょっとすましたような顔立ちであって、知能は普通の人間より高く、声は少しハスキーのかかったもの。性格はほかの人間たちに従順」



彼らは私をそういう風に設定して作り出した。

彼らにとって私はまぁまぁ出来のいい「結果発表」の材料だった。


だから私を、研究者たちは大事に扱い、溺愛した。

でもその扱い方は「貴重で大事な研究材料」としてでしかない。

でも愛されたって愛されなくたって、何も感じなかった。何も変わらない。

楽しさも、嬉しさも、悲しみも、怒りも・・・。

愛されたって、私の存在は、いてもいなくてもどうでも良い事には変わりなかったのだから。


私はこの17年間、感情を波立てずに生きてきた。それどころか、感情の海などなかった。

きっと私の心はコンクリートのようなもので構成されているに違いない。

だから喜怒哀楽など感じなかったのだろう。



科学者たちは、毎日毎日、私に何かを求める。

ここ最近は表情に関しての事が非常に多かった。


『笑顔を浮かばせろ、少し大人っぽく微笑め、哀愁を感じる顔をしろ、涙を流せ』・・・。


けれど、私にはできるはずのない要求だった。不可能だ。

ここしばらく彼らが研究結果の論文を提出できないのを歯がゆい思いをしているのも、私が彼らに要求されている事をできないからだった。


科学者たちによると、普通の人間は、17年も生きていたら、

何百回と笑ったり泣いたりするのだというけれど・・・

私はそれが一切なかった。でも彼らの要求することは、科学者のくせに変だと思った。

彼らが私に求めているのは、普通の人間には簡単にできること。

だが私は、普通の人間でも、ましてやちょっと変わった人間なんてものでもない。


私は半分、機械のようなもの。誰かが腹を痛めてまで生んでくれたわけでもない。

機械がプログラムどおりに、それに沿っていとも簡単に私を作り上げただけのこと。

だって機械に作られたのだから、半分は機械なのではないだろうか。

蛙の生んだ卵からイルカが生まれるわけがないのと同じように。



―――機械に心はない。


だから半分機械のような私もまた、心はないに等しい。

だから楽しい笑顔も優しい微笑みも悲しい涙も・・・

どんなに感動的なドラマでも心はひとつも揺れ動かない。

これは機械という証になってしまうのだろうか。



私は、この「人工的な人間の誕生」というタイトルの研究の責任者であり、私を養ってきた天野教授に尋ねていた。


「私は人間ですか、それとも機械なのですか」

「敬語はやめなさいと言っているじゃないか」

「その問題ではありません。私は、自身が人間なのか機械なのかを教えてもらいたいだけです。だから聞いているのです」


科学者は、私を困った目で見ていた。

でもその彼の瞳には、無表情のまま、科学者を見つめている私をまた、見つめ返している私が映っていった。


そして科学者はしばらく私をじっと見つめたあと、ひとつの答えを返してきた。


「きみは人間だ。人間らしいニュアンスの言葉を話すし、独自で理論も作れるし、プログラムなしに行動できる。それに生身の体もあるじゃないか」


――やはりまたその答え方だった。

どうせ分かりきっている回答だった。

私はこの質問を、何百回と繰り返したか分からないほど、人という人に同じ質問を繰り返しては、みんな同じ事を言う。

まるであらかじめ作ってあったマニュアルでも暗記しているかのように。



まぁ同じでも違う回答でも、現実が変わることはない。

私が人間の手で作られた、人間に操られている機械によって作られた事は確かなのだから。


けれども、この後に及んで私が存在する意味はあるのだろうか。

言葉を発し、歩き、食べ物を食べて・・・

一見、人間らしい動きをしているが、どうせ研究結果が出せたのなら、もはや私はいらないではないか。


ましてや、これ以上の私の進化は望めないのだから、お払い箱同然であり、世の中というものは、私を自分たちの偉大なる科学力を誇示するためだけに、面白がって私を見つめているだけ。


機械よりも少し人間のようなものを飼育しているに過ぎない。



私はなぜここにいるのだろうか。私は何のためにいるのか。

私は人間なのか、それとも機械なのか。


眠って夢を見ることもなく、悩みで不眠になることもなく、音楽に心を揺さぶられることもなく、心が海のように波立つことさえ、抑えているわけでもないのに・・・

これを本当に人間と呼べるのか・・・でも、機械ではないと人々は言い張る。

きっと、研究結果とその誇示のしたさから、機械と言っては都合が悪いのだろうが。

私は永遠にこんな風に時の中を歩んでいくのだろうか。






そして今日も科学者たちによる、私の研究が行われた。

血液を採取しての検査、レーザーによる体内の調査。

とにかく、山ほどの検査と調査を施された。


普通の人間だったら、こんなにたくさんの検査を受けたら肉体的にも、何より精神的に参ってしまうらしい。

けれどもなぜ私は精神的にも肉体的にも大してなにも感じないのだろうか。


肉体的にも、疲れというものがどういう感覚なのか分からない。

この17年間、私が生み出されてから私は肉体労働をしたことも、体育大会にも出た事はない。


精神的にも、涙や笑顔をこぼしたことがないのだから分からないとは当然の事だと思う。

だがこれが、研究者たちによっては以外な結果だったらしい。

殆どすべての項目は達成しているにも関わらず、この「感情」などの内面的なものだけ、自分たちがプログラミングしたものがうまくいかなかったらしい。

当初は


「奇抜で、よく笑い、よく泣く・・・非常に感情を表に出す」


というのが設定されていたらしいけども、蓋を開けてみると私は涙の一粒もないし、にこりとも笑うことができない。


補正として、笑顔など感情の作り方、表への出し方がプログラムされた人間用データをレーザーで送り込んでみても、実際は何も変化など起こらなかった。



これでは、大成功に見えた人工的に人間を生み出すという実験が失敗となってしまうわけだ。


科学者たちは、恐らく自分たちの名声が傷つくのをひどく恐れたがゆえに、皆が皆、無我夢中で私を操作しようともがいていた。けれども、その日最後の、私専用調整カリキュラムが終わったあと、研究の最高責任者である天野教授はその場にあった机を、怒りや悔しさをすべてぶつけるように思いっきり叩いた。

周りの人間がそれに驚き、思わず体を少しビクリと反応させた。



「なぜだ!今まですべてのプログラミングが成功していたのに、なぜ内面だけが操作できない!?」

「教授、落ち着いてください」

「なぜなんだ!!私はどこで何を、いつ誤ったというのか・・・!!」


教授は周りの部下たちの話も一切耳に入っている様子もなく、ただただ自分がこれ以上進めない事への憤りと悔しさと歯がゆさに体を震わせていた。


けれどもやがて、教授は私の方をゆっくりと見た。その目は、人に怒りをぶつけているというより、まるで私を本当の自分の娘を、しかもその我が子を哀れむような・・・そんな目だった。



「・・・ほら、早紀、私を見てごらんなさい。私の目を・・・」

「水が出ています」

「そうだ。その通りさ。この水が涙だ。でもその涙にも、様々なものがある。悔しさや憤りのせいで流す涙、悲しいゆえに流す涙がな。でも感情で涙を流すのは人間だけだ」

「今は憤っているのでしょう」

「・・・いいや、今は悲しい涙だな」

「・・・」

「おまえの名前は天野早紀だ。おまえは私の娘だ。・・・おまえは、私が愛した女性に顔立ちがよく似ている。まさかこんなに似通るとは思ってもいなかったのだが・・・感情がない我が娘を、哀れまない父がこの世にいるだろうか」

「でも私はあなたと血はつながっていないのです。

なのになぜあなたが私の父で、なぜ私はあなたの娘なのでしょうか」


この言葉に、天野教授はそれ以上言葉を返そうとせず、

先ほどと同じ表情のまま私をじっと見つめたままだった。



―――アマノ・サキ。

これが私につけられたネーム。でもきっと、コードネームだと思っていた。

人間にはみんなコードネームがついているのと同じように、これもまた、私のコードネーム。


けれど教授は、アマノ・サキというコードネームは、コードネームなどではないという。

確かに世間に公表されたネームは「サキ」であるが、天野早紀という名は、コードネームなどというものではなく、列記とした「名前」なのだという。


「早紀という名は、コード・ネームなんかじゃない。

おまえだけが持っている、たった一つの美しい名前なんだ」


教授は、私がコードネームのことを言うたびに、また同じ事を繰り返す。

「天野早紀」という名は、人間の世界の中で美しい名前なのだろうか。

人間の中で、美しい名前と醜い名前というものがあるのか。

世の中には「山田太郎」「佐藤花子」という名前もある。これとどう違うというのだろうか。


私には、教授の言う「ビューティフル・ネーム」の意味が分からなかった。

そして、自分に感情があるかないか、なぜ天野教授が私のことを「娘」と呼び、あの人が私の父にあたるのか。

私はそれも理解がつかなかったし、これからも分からないのだろうと考えていた。






そんなある日だった。

今日は研究所なども休みで、新しいお題となった「感情」の問題についての研究や私の検査もなかった。

私は毎日、天野博士の自宅で過ごしている。

さすがに世界的に著名な研究者だけあって、家は周りよりかなり敷地も大きくて、家の中も広々していた。

けれど、家が豪華だって貧相だって何も変わらないので興味はない。


この家の中で私は、普通の人間と同じ生活を繰り返している。

朝に目覚まし時計が鳴り、それで起きる。天野教授は、休日でさえ目覚まし時計を鳴らす私に

「休みの日くらい、ゆっくりしていていい」

というけれど、普通の日も休日の日もそう変わらない。やっている事の有無の違いだけ。

だから私は今日も、大した意味もないままちゃんと時計を鳴らす。


そして起きたあとは、寝間着から与えられた服に着替えて、私より少し早く起きている教授に挨拶をして、顔を洗って、しばらくしてから朝食を食べる。

機械はオイルを燃料にしているのに対して、生身の人間は白米や小麦粉でできたパン、汁物、野菜、果物を食べている。

そしてこの私もまた、例外ではない。


一応、養父である天野教授と向かい合って、このように茶碗を持ち、その中によそわれた、暖かい白米と、若布などの具が入った白味噌の汁を飲んでいる。

人間の日常を私も同じように過ごしているけれど・・・

そのひとつひとつの行動をする度に、"自分は人間か機械か"という事を考えている。

科学者たちは、何でも知っているはずなのに・・・

世間の博士たちは、自分は何でも知っているのだと豪語しているのに、私がこれを聞いても適当な回答しか言おうとしない。


私の聞いていることは、よっぽど、世間では答えるほどの価値もないことなのだろうか。

それとも、逆に、重すぎて答えるのが恐れ多いのか。

でも、その答えは天野教授でさえ教えてくれない。

みんな、私がそれ以上突っ込まないことを知っているから「色々」と言って話をかわしてしまう。


・・・でも、私自身、その場でしつこく聞くほど知りたい気にもなれない。

知ったって、得になるわけでもない。だから、思い出したときに、たまに聞いてみるだけ。


でも・・・私は普通の人間に比べて知能が高いはずなのに、なぜ何も分からないのだろうか。

何も知らないのだろうか。


「天野教授、なぜ私は知能が高いのに何も知らないのでしょうか」

「お父さんと呼びなさいと、あれほど言っているじゃないか」

「私の質問に答えて下さい」

「・・・頭がよくても、おまえは17年間、外の世界に出たことは一度としてない。・・・おまえは、そういう宿命なのだよ・・・」

「宿命、それも教授がプログラミングしたのですか」

「・・・いいかい、早紀?宿命というものは、私たちがプログラムできるものでも、かくして誰かが造れるものではないんだ。だが、宿命や運命は、誰でも持っている。私はこうやって研究ばかりしている宿命だし、だったらおまえはこうやって生まれ、生きる運命なんだ」

「人でも、機械でもないかもしれないのに」

「・・・早紀自らがその判断をつけたとき、生きる意味を見つけた時には、とこの質問は自分でおのずと出せるのかもしれないな」


教授は、どういう意味なのか少しだけ私に微笑むと、研究室の方へ入っていっていった。



―――私が判断を付けたとき?


私は人間でも機械でも、どちらでもない微妙な存在。

それでは私が「自分は人間なのだ」と言ってしまえば、私の存在はすべて人間として認められるのか。

逆に「私は機械である」と決め付けたら、人々の私を見る目は、完全に、無機質の物体を見つめるものになるのか。


私が何かを言っても、世界が変わるわけじゃない。星座を変えられるわけでもない。

だったら、私が判断をつけたとして、一体何になるのだろうか。現実は変わらないというのに。

私が人工的なもので生まれた事実は、変わる事などあり得ないのに。





そして翌日・・・

今日の天野教授は、科学者の会合に出席しなくてはいけないらしく、教授は朝から、しばらく着ていなかったスーツを着て東京・港区にある会場まで、車で出かけていった。

が、天野教授は会合というものがあまり好きではないらしく、本人に言わせると「妙な憶測」をされるとの事で、こういう時は早めに切り上げてくる。

恐らく今日も、昼頃には帰ってくると思う。



今日は責任者であり中心人物の教授もいないことから、私を使った精密検査や調査などは行われず、天野教授のお抱え研究者たちはほかの研究に取り組んでいる。

フラスコを手に右往左往している人や、顕微鏡と何時間もにらみ合いをしている人。

なかには、今までの研究に熱心になり過ぎて一睡もしていない人が、ある一室のソファーに寝転がり、体内に溜まった疲れを見た者に証明するかのように大きな鼾をかいていた。

こんな音を体から出せるなんて、本当に人間とはどういう構造になっているのかが知れない。

少なくとも私は出していないと思う。



どうせ研究室では、こんな風に自分の世界の虜になっている人ばかりだし、だからといって私はする事が特にないから、一旦、研究室と同じ敷地内にある家の方に戻った。


ふと見ると、時計の針が、午後の1時26分を指している。

私の推測が当たったとすれば、教授はあと数分で戻ってくるだろう。


でも、なぜ人間は時間などというものを定めたのだろうか。

時計などというものさえ無くなってしまえば、朝が来て太陽が昇って、それからは勝手に暗くなり、夜になるだけ。

人間の手によって月と太陽を回しているわけでもない。

さすがの人間でも自然の掟や循環は不可抗力だ。

そんなものに時間を決めたって、この星の循環が変わるわけでもないというのにね。



私は、時計をしばらく、無意味に立ち止まって見つめていたけど、やがて視線を逸らし、ほかの部屋へ移っていった。


禁止されているわけではなかったので、何気なく天野教授の部屋に入ってみると、部屋に置いてある少し大きめなテーブルの上に、今までにこの部屋では見た事も、ましてや記憶にもないものが目に入ってきた。


「何・・・」


私はその机にゆっくりと歩み寄って、その机の上に置いてある見知らぬものを手にとってみた。


けれどこの見知らぬものというのが、私の運命を一変させてしまうことになるとは・・・

無意識にその見知らぬものを手にとってしまった私には、まったく予想のできないものだった。

はじめまして、武川行紀と申します。

この小説が、もう既に6話書き終わっているので、ここら辺から、少しずつUPしていこうと思います^^


下手ではありますが何卒、よろしくお願い致します<(_ _)>

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