ドラマツルギーより
なーんにも言うことない
「一応で訊いときたいんだけど、あの棚とか勿論中もみたんだよな」
この部屋に関しては、一切の情報を持たない俺の純粋な質問は、何故かクラムの顔面をひきつらせた。言わずもがな、なんだろうか。それともただ単に図星を突かれて対応に困っているのか。
何も言わず答えを待っていると、面白いようにクラムの顔色は悪くなっていく。いや。野暮かも知れなかったけれど、その表情は――
「――後者なんだな……」
病人のそれを想わせる顔面蒼白は、否定よりも肯定を促していた。気まずいのか目を反らしたまま、こちらを見ようとしない。俯いた頭は時間を置く毎に降下していき、ポッキリと脊髄が折れる寸前で止まった。
深々と溜め息をつき、ふらふらと千鳥足で目立った装飾のない棚へ摺り寄る。棚には物も置かれておらず、白一色に全体を塗り潰されている。
まだ脳に酸素が行き渡っていないのか、腕が小刻みに震え取っ手を正確に捉えづらい。指先にぶつかった際にそのまま肘ごと押すことで、なんとか掴む事ができた。しっかりとアーチ状の金属を握りしめ、棚の最上段を引く。
拍子にのろけ体勢を崩しかけたが、足の踏ん張りが効き持ちこたえた。
「手紙?」
桐で出来ているのか内側からは、木の香りが漂い、中央に置かれた便箋に焦点が行く。女子高生のラブレターのように、口はスマイルのシールで止められている。
「大層気色悪い趣味をお持ちのようだな、ここの主は」
「なにが入ってるか見ないの?」
開けずに棚へ戻す動作をみて、クラムは当然の疑問を投げ掛ける。
「こういうのは、開けないのが一番なんだよ。道端に倒れてカネカネ言ってるおっさんに近付きたくなくなるそれだ」
よくわからない例えを持ちかけられ、クラムはさらにハテナを増やすこととなったが、内容が気になったのだろう。閉める直前、スッと手を入れ手紙を奪取した。
見ない、とは言ったがやはり靄がかかっている。クラムが便箋を開封する様を止めず、いっそ読み上げまでさせるつもりで放置すると想定に沿い、クラムは文面を声に出して読み始めた。
「なにこれ、手書きじゃないんだ……えーと、
『拝啓クラム・コレット殿そして名前を無くした包帯の君。この手紙を読んでいるのは恐らく、クラム殿なのだろう。包帯の彼は自棄に慎重だからね。それはそうとこの手紙の内容、まるで君達をどこかで監視しているようだろう?でもねそうじゃないんだよ。ここに綴っている物は全て僕の想像。もしかしたら、これを読んでいるのはクラム殿ではないかも知れないし、この手紙自体を見つけたのも、もしかすれば包帯の彼じゃあ無いかもしれない。事実、僕は今の、いや未来の君達がなにをしているのか、全く持って知らないんだよ。話を変えるようだけど――』
って、これ長くない……?もう喉がカピカピで貼り付きそう」
速めに根を上げたクラムは手紙をテーブルに叩きつけると、部屋のすみにあった水道から水出し、ゴクゴクと凄い勢いで飲みだした。
見透かされた文章に重要性を感じて、俺は役を変わり中身を黙々と読み出した。
『話を変えるようだけど、今読んでいる人が交代したようだね』
ッ!?――見透かすどころかこれじゃそのままシナリオじゃないか。
「悪趣味もほどほどしろよ、こんなストーカー紛いの手紙、ストレスの源だ」
吐き気まで込み上げる文面は尚も続いている。このまま読み進めていいものか、何度か熟考したが良案と呼べる物も浮かばず、紙に目を落とした。
『納得は行かないだろうけど、事実は受け止めないとなにも進まないんだよ。……君は自分の名前が知りたいんだよね。心配しなくても、それはすぐに分かるよ。それより君は白々しい嘘、なんて好きだったりするかな?僕は嘘に可能性を感じているんだよ。自己防衛、幸福、非難、劣等。どれも嘘で飾れる物ばかり、君はこの嘘の内、どれが好き?僕はね』
手紙は途切れていた。2枚目の紙がないか、机の上を探しまわったが紙片さえもみかけなかった。ただひとつ。手紙の入っていた便箋の裏には、何故かここだけ手書きの文字で『ドラマツルギーより』と書かれていた。
「ドラマツルギー……なあ、クラム。知ってるか?」
名前なのかも聞かされ無いまま、クラムはその単語にまつわる数少ない記憶を漁ったが、一向に出てこなかったようで首を横に振った。――文面からして、かなり軽快な人間なのか。もしもそのドラマツルギーがなにか知っているなら、一刻も早くコンタクトを取りたい。
そしてもうひとつの不可解なこと、俺の名前がすぐに分かる。一体どんな変遷を経て知ることになるのかはわからないが、信じる以外に余地がない以上受け入れるしかない。
「そういえば、さっき君の寝ていたベッドの横に似たような手紙があったような」
クラムの言葉が言い終わるよりも早く、ふらつく足取りは前の部屋に駆け出していた。
再度自分が寝ていた部屋に戻ると、辺りを見回すと同時に荒々しい手つきでベッドのシーツをひっくり返していく。
なんど探しても、なんどベッドをめくっても姿を見せない。本当見ていたのかクラム自身に問いかけようと振り返ると、そのクラム本人の声は足元のベッド下から聞こえてきた。
「あったよ。手紙?」
「なんで疑問形」
クラムが手にするそれは、確かに紙ではあったものの、手紙ではなく色褪せた写真だった。
ホフクでベッドから這い出てくるクラムを横目に、手の中の写真を掠め取る。そこには、すらりとした紳士服の男と、ドレスを身に纏い笑みを浮かべる女が、大きな椅子に腰かけた一人の子供を挟んで写っていた。
子供は今にも笑い声が聞こえそうな程に楽しそうで、母らしき女と見つめあっている。
「なんか、この子供……。若干君に似てるような」
ッ――――!?
なにも思い出せず苦悶していた自身の脳内に、いつのまにか記憶と呼べるなにかが僅かに灯っていた。
「?……ねぇこれ。この手紙の裏。なにか書いてある」
そう言うとクラムは黙り手紙を見つめる少年の腕を、ぐるりと反転させそのまま文字を声に出し読み始めた。
「――リヒルト・アルベルト……、ナタリア・マッカート二ー……、シック……アルベルト――」
その手紙に移っていたものは、シックの父母と、シック自身。そしてこれが、ドラマツルギーの想像……だった。
乾燥した感想。よかったら聞かせて