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第70話

  慌しい状況の中で笹崎家は初七日を迎えた。移民者であった勝和、もとい勝一には親戚と呼べるような縁者がいなかったため、遺品を整理しようとした京子は机の引き出しに入っていた良宛の手紙と汚れた布袋を見つけた。

京子からそれらを受け取った良は、まず袋を開けてみた。それは勝和がことのほか大事にしていたもので、いたずらに触ろうものなら烈火の如く叱られたものだった。

  「こ・これは!」

それは無くしたと思っていた電池の切れた携帯電話だった。しかも錆びていてその殆どが腐食していた。一体何故祖父がこれを?急いで手紙を開けてみると、日付は5月1日。つまり勝和が退院した日になっていた。その日帰宅した勝和は部屋に引き篭もり誰も寄せ付けなかったと新一がこぼしていた。

  『良へ。私はこの手紙を退院した日に書いている。  良。良。まさかお前があの良さんだったとは。青天の霹靂とは恐らくこのことを言うのだろう。お前が生まれたとき、良さんのようになってほしくて付けた名前のお前が、まさか本人だったとは。  私はその事実に身体が震え、とても入院などしていられなかった。ことにお前の発作を目の前で見てしまった今となっては。  罰が当たったと思った。

  良よ。私はお前に謝らなければならないことが3つある。1つはお前を非国民呼ばわりしたことだ。そう叫んだ私は敵国兵に助けられ、のうのうとブザマに命を永らえてきた。戦争が終わり、60年を生きてきた現在いま、お前の言った意味がようやく理解できた。それがずっと私の心の中で汚点となっていた。2つ目は袋の中身だ。私はお前の電話を盗んだ。お前がビルを捜しに絹代さんと出かけた隙に、部屋へ忍び込み盗ってしまった。秘密の場所に隠し、村長たちに拷問され捨てられた後、半死半生のままビル達に支えられ、それを取りに戻った。その後の私の人生はその電話が唯一未来への希望となった。だが盗んだという事実は年ごとに私の心に重くのしかかってくるようになった。3つ目はお前の発作を目の当たりにして何も出来ない自分の存在だ。あの光景は死んだのちも絶対忘れないだろう。今もこうして目を閉じるとお前の苦しむ姿がはっきりと瞼に浮かぶ。戦争は私に多くの傷を残した。拷問されたのも元はといえば戦争が引き起こした産物だ。しかしお前の傷は違う。心の中の戦争だ。私にはどうすることもできない。それが悔しい。本当のことを言っても誰も信じてはくれないだろう。知っているのは私とお前の2人だけなのだから。時が解決してくれる傷もあるが、一緒に苦しんでくれる人がいれば直る傷もある。お前には綾ちゃんがいる。あの娘なら大丈夫だ。どんな事があっても離してはならない。もしお前達の間にミゾができるような出来事が起こったなら、時を置かず、謝って仲直りすることだ。“ごめんなさい”このひと言が言えず私は今日まで来てしまった。良よ。言ってしまった後悔より言わぬ後悔の方が大きい事を覚えておくがいい。あの娘がいると思えば私も安心して姉さんのところへ行ける。私にはわかる。自分の命が尽きかけている事を。  良。 すまなかった。私は60年間ずっとお前に謝り続けてきた。悔恨の日々を過ごしてきたといっても過言ではない。良よ。反省は美徳だ。しかし後ろを振り返ってはならない。また絹代さんや校長夫人を助けてくれたお礼も言ってなかった。私はあの時誓った。いつか再びあの良という人に巡り会うことがあったなら直接言おうと。“ごめんなさい”そしてありがとう。と』

そこで文章は終わっていた。最後の2行は泣いていたのだろうか、紙がボコボコになり、文字がかなり乱れていた。そこには直接言いたいと思いつつそれでも尚それを言えずに悶々とした勝和の気持ちが溢れていた。だが目を落とす間際に勝和はすまなかったといった。その時の祖父の心中はいかばかりだったろうか。

「じいちゃん!」

勝和の切なる想いが良の心に巣食っていた無気力を溶かし、両目から涙となってボロボロ流れ落ちた。

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