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第48話

  1日がかりで検査をしてもらったがどこにも異常は見られなかった。

「でも変なんです!」

真剣に訴えると医師はそこまで言うならと心療内科を紹介してくれた。2人はその足で目指す病院へ向かった。


  診療時間は既に終了していたが、受付で必死に頼み込むと、当直の医師佐伯が出て来て快く診てくれた。

  診察後、綾子は別室に呼ばれ良の症状について説明を受けた。

「・・・端的に言いますと、笹崎さんは戦争の疑似体験をしたようです。その体験が心に深く刻み込まれ、工事の音やサイレンの音に敏感に反応して、爆撃されるとか人が目の前で無残な殺され方をしたとかいう悪夢にさいなまれているのです。しかもその体験がとてもリアルなので始末が悪い。奥さん、何か思い当たることはありませんか?」

突然奥さんと呼ばれ、思わずあたりを見回す綾子だったが、自分のことだと分かると他人の前であるとこうことも忘れ、人知れず赤面してしまった。だが相手が真剣な表情をしているので、ほころんだ顔に無理に力を入れ引き締めてから答えた。

「はぁ。あると言えばあるのですが。たぶん申し上げても信じていただけるかどうか・・・恐らく信じていただけないと思います。何しろ私でさえ未だに信じられないんですから。」

握っていたハンカチをもみくちゃにしながら綾子は言った。すると佐伯はハハハと軽快な笑い声を上げ、

「大丈夫ですよ。少々のことなら驚きませんから。それに笹崎さんの場合、通常では想像できないような体験をしたようですからね。」

「はぁ・・・じゃ・・・先生は時間を遡ることは可能だと思われますか?」

「時間?・・・というと、つまり。アレですか?タイムマシンの存在ですか?」

「はぁ。つまり・・・ええ、そういうことです。」

「ハァ・・・私は100%現実主義ではありませんが、今の科学でそれは不可能でしょうね。・・・では、あなたは笹崎さんが実際タイムマシンに乗って過去に行ってきたとおっしゃるんですか?」

人を馬鹿にしたような表情が佐伯の顔に浮かんだ。

「でも!でも先生は通常の体験じゃないとおっしゃったじゃないですか!あの人は実際時間を遡り、終戦間際の鼓島という島に行って来たんです!」

やはり信じてもらえないもどかしさに、綾子の目に大粒の涙が溢れ出した。

「確かに。普通ではないと言いました。でもそれは現在の話であって、そういった非現実的なレベルの話じゃありませんよ。そうですね、例えば。少し前までイラクにいたとか、アフガニスタンに行って来たとか、そういったことです。決してタイムマシン云々のことではなかったのですが・・・とにかく今の生活環境を変えた方が良いのは確かです。ご主人はいわゆる、外傷性ストレス症候群に陥っておられるので、現在お住まいのところからもっと別な場所へ引っ越されるのも1つの方法だと考えられます。このまま放って置かれると心だけでなく身体までむしばまれてしまいますよ。もし心当たりがあるのなら一度そちらへ転居されてみてはいかがですか?」

「転居。ですか?実家が東北なので心当たりはありますが・・・」

「それならなるべく早い方が良いですよ。紹介状を書きますから、近くの病院に持って行って継続的に治療を受けて下さい。・・・では待合室で少々お待ちください。ご主人も間もなく薬が切れて気が付かれると思いますから、一緒に帰っていただいて結構ですよ。」

看護師に付き添われ別室を出ると、良も同じように支えられて検査室を出て来た。

  紹介状を受け取るまでの間、綾子はいろいろな事を考えた。転居しろとひと言で言われてもそう簡単にできるものではない。どうしたら良いものか・・・しかしまた今夜あの発作が起きるのではないか、と想像しただけで綾子の神経はピリピリと音を立てて緊張してきた。どうすれば平穏な朝を迎えることができるのだろうか。

  「笹崎さん。」

会計の人に呼ばれお金を支払おうとすると、佐伯医師が脇の診察室から顔を出し、綾子を手招きした。

「毎日あの状態では本人も大変でしょうが、あなたも相当疲れているように見えますね。民剤を処方しますから、寝る前に2錠、ご主人に服用させてあげて下さい。そしてなるべく早く環境を変えてください。良いですね。」

綾子の気持ちを察したのか、機転を利かせた佐伯が良のために睡眠薬を出してくれた。これがあれば久しぶりに良も綾子も安心して眠れるというものだ。ホッとして佐伯に礼を述べ会計を済ませると、玄関前で待機していたタクシーに乗り、2人はアパートに直行した。

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