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第30話

  「良さん。入っても宜しいかな?」

神妙な正吉の声。

「はい。どうぞ。」

サッと障子を開けて入る正吉の顔付きがいつもと違うように見えた。正吉は良が勧めた座布団に座るとすぐ用件を切り出した。

「絹代から聞きました。報道の何を知りたいのですか?」

「ああその事ですか。お父さんの様子から何を聞かれるのかとビクビクしましたよ。ええ、そうなんです。今日の戦況をラジオでどう報道しているのか知りたいと絹代ちゃんに頼みました。ラジオを貸してくれと頼んだら、ここは電波が弱いから無理だと言われたのでそうお願いしたんですが、それが何か?」

「そうでしたか。それであの子は必死になってラジオを聴いていたのか。・・・良さん。1つ言っておかねばならないことがあります。」

「な・なんですか?改まって。」

「絹代は巫女である以前に私のたった一人の子供です。その娘にあらぬ噂を立てられては困るのです。巫女とはいえこの神社を存続していくためには跡継ぎが必要です。婿の来てがなくなるようなことは極力避けなければならないのです。」

良の目をじっと見つめる正吉だが、当の良にはその意味がさっぱり理解できない。

「おっしゃっている意味が分りませんが。」

「そうですか。ならば単刀直入に言います。これからは絹代が1人の時には娘に近づかないで貰いたい。村の人からあなたと娘がどうにかなっている。とあからさまな表現で言われました。あなたはいずれ自分の場所に戻る人です。娘に変な期待を持たせないで欲しいのです。あなたがそういうたぐいの人でないことはわかっています。しかし村の人はそうは思わない。なるべく噂になるような事態は極力避けたいのです。解かって頂けるでしょうか?」

「・・・・驚きました。お父さんから言われるまで僕はそんな事など考えた事もなかった。・・・わかりました。これから絹代ちゃんに用事がある時はお父さんかお母さんを通します。それなら良いですか?」

良は驚きに表情を隠せなかった。食料が無くても明日の命が分らなくても、人として穏やかに暮らせるこの時代が羨ましいと思い始めていたのに、今ほど自分の住んでいた21世紀が恋しいと感じずにはいられなかった。ああ、帰りたい!心底そう思った。だが・・・帰れないのだ。

  その後、正吉がラジオから流れたニュースについて喋っていたが、良の頭の中には何一つ残らなかった。ただ大日本帝国は特攻隊の活躍により、勝って勝って勝ちまくる、と言っているのだけが耳に残った。


  その夜から良は本当の病人のようになってしまった。食事にも手を付けず、部屋の中からつっかえ棒をして布団を頭から被り、誰が声を掛けても返事さえしなくなった。

さすがの正吉も困り果て、絹代に何とかしてくれと頼んだ。ところが絹代が離れに行って声を掛けてみても相変わらず部屋の中は静まり返ったままだ。こうなった以上は良自ら部屋を出るまで静観するしかないという結論に達した。

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