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第13話

  原題名はわからないが、訳名は『私の海軍時代』作者はウイリアム・カーペンター。表紙にそう記載されていた。目次らしきものはなく、年代順、日付順にその時々、彼が体験した事、感じた事などが綴られていた。初めから読んでいた綾子は目当てとするページにたどり着くと突然食い入るように読み出した。それまではただページを繰っているという感じだったのだが、真剣に活字を追い出したのだ。その頁にはこう記されていた。

『1945年 1月25日

 私の乗った軍艦はガダルカナルから一路、日本へ向けて出航した。日本への総攻撃に向けて偵察のために行くのだ。謂わば斥候隊である。しかし一朝事件ことあらばすぐにでも応戦できる体制は整えてある。そして我々はもう1つ。そのほかに極秘任務も背負っている。空は快晴。船出には最適の日である。』

『1945年 1月30日

 いよいよ日本海域に入った。ここはKIIHANNTOH沖だと友人の航海士が言っていた。目指す場所はもうすぐだ。それにしても海ばかりで退屈だ。カードにも飽きてきた。何か面白いことはないだろうか。』

『1945年 2月5日(後にキネヨに聞いた)

 突然の頭痛で目が覚めた。ここは一体どこだろう?ふと見ると断髪頭の少女が自分をじっと見つめている。「○×□*」何か言っている。そのしぐさから想像すると、大丈夫か?と聞いているようだ。微かに頷くと安心したように額に乗せた布切れを水に浸しまた乗せてくれた。ひんやりしてとても気持ちがいい。しかしここは一体どこなんだろう?少し前の記憶を辿ってみる。自分は退屈しのぎに甲板に出て、舳先へさきに立って目的地に近いことを確認していた。ところが同じように退屈していた水兵が、甲板でレスリングを始めた。面白がって見ていた私は、転がってきた1人の水兵にぶつかり海へ・・・落ちたのだ。その後の記憶は全くない。気付いたらこの薄暗い部屋のようなところに寝かされていた。しかも落ちた時に背中をぶつけたらしくケガをしていた。その少女はケガの治療をしてくれた上に、熱が出たときにはずっと看病をしてくれていたのだ。熱でうなされていた中でもそのことはしっかりと認識していた。「ありがとう。」声に出して感謝の気持ちを表した。だが彼女には全く通じていない。両手を合わせて再度言ってみた。すると今度は通じたらしい。彼女の顔に笑顔が浮かんだ。「*□×○+」彼女が言った。今度は私がわからない。何とか自分の意思を伝えようと彼女も手振りでやっている。しかしそれが不可能だと知るや、フッとため息をついた。「キネヨ。」突然彼女は自分を指差して言った。どうやら彼女の名前らしい。「ビル。」私も答えた。初めて言葉だけで通じた。そんな単純な事に異常なまでに感動した私達は声を上げて笑った。

  ズキッと頭に痛みが走った。すぐに彼女、キネヨはまた心配そうな表情になり、私の頭を撫でながら何かを言った。多分安静にしていろ、という意味なのだろうが、この先どうなるのか不安に仕方がない。』

『1945年 2月18日

 私のケガは考えていたより重く、毎日キネヨが手当てをしに来てくれるのだが、彼女は来る度にすまなそうな顔をする。多分充分な薬がないことを気にしているのだろう。いつも薬草を持ってくるからだ。名前はわからないが、確かにその薬草は傷に対して効果を発揮しているような気がする。しかし若い彼女には不服らしい。もっと良い薬さえあったなら・・・ということなのだろう。手当てをした後、決まって同じ言葉を繰り返すのだ。意味はわからないが、10日も聞けば覚えてしまう。“HONTONI KIKUNOKASHIRA?”毎日言うものだから今日は彼女が言い出しそうなタイミングを計って私も一緒に言ってみた。初め、キョトンとした顔をした彼女だったが、お互い顔を見合わせまた声を上げて笑った。もしかしたら完全とは言わないまでも意思の疎通が図れるかもしれない。ふと一筋の光が差したような気がした。』

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