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第10話

  「オレは今でも信じられないって言うか、これが現実だなんて思いたくないんだ。心の中じゃ元の場所に戻れないんじゃないかっていう不安で一杯だ。一刻も早く帰りたい。でもどうやったらいいのかわからない。こんな事ウソだろ?って叫びたい気持ちで張り裂けそうなんだ。逃げ出したい!これが本音さ。でも今のままじゃ、勝一があんな風じゃどうしようもないだろう?勝一があんな風になってしまったのはオレが原因だし。何とかしないとたとえ帰れたとしても心残りだ。帰るに帰れないよ。・・・・  すまない。一子ちゃんと絹代ちゃんにこんな愚痴を言っても始まらないのにね。  現実を直視できないのはオレの方さ。そんなオレが言うのもおかしいけれど、オレを信じて欲しい。オレは決して君達を混乱させようとして日本が負けると言った訳じゃないんだ。これは事実なんだ!あと5ヵ月後。日本は終戦を迎える。もう少しの辛抱だ。」

必死に訴える良に、一子と絹代は深く頷いた。

「日本はその後どうなるの?」

一子の素朴な疑問に良はどこまで答えるべきか迷った。良のひと言が彼女達の未来を変える恐れがあるからだ。

「ねぇ!どうなるの?私達はどうなるの?!」

「――― 大丈夫だよ。日本は今、アメリカに負けるけれど60年後はアメリカに経済力で対抗できるくらいになるよ。君達の子供や孫の時代には明るい未来が待っている。」

良は現代の日本が抱えている諸問題をここで言うのは控えた。ただでさえ明日の命もわからない彼女達に未来も同じようなものだとは言えなかったからだ。せめて希望だけは持たせてやりたかった。その言葉に安心したのか2人はホッとした表情になった。今は辛く悲しい世の中だが、自分達の子孫は幸せになれる。それがせめてもの救いだった。

「ありがとう。良さん。あなたはやっぱり私達に救世主よ。勝一のことなんか気にしないで。今にケロッとして現れるから。お腹が空くとすぐ怒るのよあの子は。あら!もうこんな時間?早く帰って夕ご飯の支度しなくっちゃ!良さん、あんな防空壕で申し訳ないけれど、あそこに今晩も寝ていただけるかしら?」

え?またあそこで寝るの?と冗談交じりの本音が口をついて出そうになったが、なんとか思い止まった。この子たちにとってあそこが生き延びるための唯一の場所なのだ。軽々しい言葉は控えなければならない。

その時ずっと沈黙を守っていた絹代がラッキーな提案をした。

「ここで良かったらいつまででも泊まっていいわよ。私のお父さん、神主だから困っている人は助けなければいけないの。芋で悪いんだけど食べ物はあるし。  ね?そうして下さらない?」

思いがけない申し出に一子には悪いと思いつつ良は嬉しくなった。どんな所でも土の上で寝るより数段ましだ。

「そ・そうね。そのほうが私も安心だわ。」

なぜか一子は素直に受け入れた。

「じゃあ決まりねっ!」

その後一子は2人に別れを告げ、もと来た道を帰って行った。

「一子ちゃんの家ね、両親が空襲で死んでしまって、勝一君と2人、叔父さんの家に厄介になっているの。だから本当は良さんを連れて行きたいんだけどできないのよ。わかってやってね?」

その後姿を見送りながら絹代が呟いた。そういう事だったのか。と、今更ながらこの時代の悲惨さを痛感する良だった。

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