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かみってる




大沢弘規


登場人物




椿 律子(29)タレント(おかみ)

佐々木 健(35)相撲部屋・親方

冴島佐助(19)力士

柚木奏太(15)力士

駒場武司(32)力士

村雨有紀(42)相撲部屋おかみ・弁護士

村雨 剛(45)親方

冴島 清一(25)幕内力士

新発田 嵐(68)元相撲部屋親方

我孫子 幸(27)タレント

田仲 久(32)芸能事務所マネージャー


あらすじ

タレントの椿 律子(29)は一〇年前、おバカキャラでプチブレークした。その後は野球女子、城・歴史女史、山ガールと世のトレンドを追って生き延びて来た。マネージャー・田仲 久(32)は次のキャラ変更を相撲女子・スージョと設定。律子はその縁で相撲部屋・隆盛親方・佐々木 健(35)と出会う。

 意気投合、律子はおかみさんになった。おかみ業を張り切ろうとするがそれまで佐々木を支えてきた古参力士・駒場武司(32)が律子に仕事を与えない。そんな折りに緑松部屋のおかみ・村雨有紀(42)が部屋を訪ねる。有紀は律子を食事に誘った。律子は有紀へ佐々木になかなかきけなかった部屋独立の経緯を聞いた。佐々木は先代の緑松・新発田 嵐(68)から部屋の継承を依願されたが断った。佐々木は先代へ反発することで力士として大成した。力士を引退してもそのポリシーを貫くため独立を決意。緑松は佐々木の兄弟子・村雨 剛(45)が継いだ。

 また、有紀は弁護士を続けながらおかみをこなす。自分は何もしないと言いながら、力士がぼったくり被害に遭った際は素早くかけつけバー店主と交渉し問題解決へと導いた。

 律子はそんなたくましい有紀の姿に力をもらう。

 しかし、現状は変わらず駒場に認めてもらえない。

 だが、他の力士との関係は良好。なかでも部屋がしら冴島佐助(19)と親しくする。冴島は力士としての修羅場を迎えていた。それは関取への昇進だ。十両と幕下では雲泥の差。だれもが関取・白まわしを目指す。関取まであと一歩。しかし、自力が足りず。その壁を乗り越えるには現状では難しい。そんなとき、村雨と冴島の実の兄で三役力士の竜豊・冴島 清一が部屋に来た。清一は冴島に猛稽古をつける。この稽古で冴島は自信を得た。

 次の場所、大阪出発前夜。事件は起きた。冴島は日頃から、若手力士・柚木奏太(15)をまるで子分のように扱う駒場を許せなかった。二人は衝突。取っ組み合いのけんかをした。

 最悪の雰囲気で大阪へ。律子はタレント仕事で東京にいることが多かった。律子の気になる冴島は見事、白まわしをつかんだ。東京でひとり祝杯を上げた律子の元に珍客・新発田が訪れた。佐々木が反発していた新発田は弟子を愛するあまり手荒く接してしまったと後悔を吐露。

東京に戻った一行。マネージャーになった駒場。関取になった嵐輝竜(らんきりゅう)の冴島。そして、親方・佐々木、おかみの律子。新興部屋はさらなる高みを目指す。



○収録スタジオ・スタジオ内

   出演者たちにカメラを向けるカメラマ

   ン。赤色ランプは点灯。


○同・セット内

  雛壇に我孫子 幸(27)らが座る。

   男性司会者がトークを回す。

司会者「スージョのサッチンはやっぱり、関

 取の妻のセキトリ狙ってんの。関取だけに」

   出演者から小さく笑いが起こる。

   観客席からの笑い声が大きい。

   観客たちの視線の先は尻を向けるディ

   レクターの指先。

   ディレクターの指先の方向が天井から

   床へ。

   笑いが収まる。

   幸はカンペを出すディレクターと目を

   合わせる。


幸「狙ってないですぅ。そんなのおこがまし

 いですよ」

   顔の前で手を振る幸。


○芸能事務所・会議室入口前(日替わり)

   扉の上部にホワイトボード。

   〈戦略会議・椿、田仲〉と書いてる。


○同・室内

   テレビがついている。

   テレビ・幸のアップ。

田仲「跳ねてるな。我孫子」

   長机の席にはタレント・椿律子(29)の

   マネージャー 田仲久(32)が腰かける。

田仲「スージョにモデルチェンジだ。時代は

   スージョ。キテるよ」

   対面に律子。

律子「スージョですか。カープ女子の次は」

田仲「お前は出身北海道だから、無理があっ

 たな。カープ女子」


○フラッシュバック

   バラエティー番組・かけ算を間違える律子

律子のM「一七でデビューした私。よくある

 おバカタレントでプチブレークを果たす」

   芸人にいじられる律子。

律子のM「しかし、若い力が次々と私を踏み

 つけた。最近で言うと、ナナちゃんやニコ

 ル、りゅうちぇる。今じゃ、田仲に薦めら

 れたた五キロの増量で手に入れた。プヨプ

 ヨボディをいじられる雛壇要員。私の需要

 もうじきなくなる」


○会議室

律子「相撲なんてわかりません」

田仲「相撲、わからないでグッグとけ。俺は

 これから、我孫子のレギュラー番組の打ち

 上げ」

   席を立つ田仲。

律子「具体的にくださいよ。アドバイス」

田仲「じゃあな」

   田仲が退室。

   スマホ画面・幸の画像が次々とでる。

律子「わからないならこいつに聞けってか」


○会議室・入口前(日替わり)

   ホワイトボード。〈反省会・椿、我孫

   子、田仲〉


○同・室内

   テレビ画面・幸と律子

幸「やりづらいったらありゃしない。キャラ

 かぶりは」

   長机席に律子ら。

律子「寄せてもいいっしょ。私先輩よ。それ

 に壇蜜と橋本マナミ、もろのキャラかぶり

 でもバチバチの関係性で成立してる」

田仲「まあまあ我孫子。理由は? 椿はいい

 感じに親方と絡めてたぞ」

幸「私、このマーケット一筋でやってきまし

 た。相撲人気下火の時からずっと。おバカ

 ブームに目もくれず、これ一本でやってき

 たのに」

田仲「付け焼き刃の知識身につけたやつが人

 の畑、踏み荒らすようなマネをするなって

 か。お前の言い分は」

幸「そうですよ。田仲さんが一番わかってる

 じゃないですか私の努力」

田仲「そうだな。時期になると、午後一から

 ボーペンとノート持ってひたすらやってた

 もんな。トリまで。トリ? 最後の試合な

 んて言うんだっけ、あれ」

幸「結び。結びの一番」

田仲「そうそう。格闘技で言うファイナル」

幸「律子さん。ほんとに相撲見てます?」

律子「見てるよ。夢にでるぐらい。ちょっと

 出てこなかっただけじゃんよ。我孫子。私

 はね。私だってやりづらいけど我慢をして

 やってんの。文句言うなよ。仕事なんだか

 らさ」

田仲「まあまあ……お二人さん」

   律子のスマホ・ライン着信

律子「あの人か」

   そのスマホをのぞく幸。

幸「誰、誰。隆盛親方じゃん。田仲さん。枕

 営業してます。この人」

   スマホ画面・文面〈よかったらご飯に

   いきません? 今週忙しいですか〉

幸「私、狙ってたのに」


○ちゃんこ屋・個室(日替わりの夜)

   テーブル席に年寄・隆盛(佐々木健)

   (35)。

   ちゃんこ鍋をよそう佐々木。

佐々木「嫌いなものはありませんか?」

   対面に律子。

律子「ないでーす。ごめんなさい。ちゃんこ

 が食べたいだなんて。焼き肉とかの方が良

 かったですよね?」


○スタジオ・前室

   幸ら、タレント・芸人がくつろいでい

   る。

男性芸人「サッチン。今場所は誰が優勝する

 と思う?」

幸「難しいですね。横綱同士潰しあって案外

 平幕が優勝する。と読みます」

男性芸人「さすが、筋金入りだ」

   田仲が入室。

田仲「我孫子ちょっと」

   田仲は幸を部屋の隅に手招く。

幸「田仲さん。どうしたの?」

田仲「また急に、コメンテーターの仕事入っ

 たから知らせに来た。場所の展望を語って

  欲しいんだと」

幸「はいはい。それはいいけど、今日って律

 子さん。親方と食事ですよね」

田仲「そうだな。でも、心配すんな。今ごろ

 ボロ出してるよ。あいつ酒癖わりいから」


○バー・カウンター席

   グラスを持つ律子の目がうつろ。

律子「あーあ。どうすればいいね。トレンド

 追いかけて、設定変更繰り返す。なにやっ

 てるんだろう」

   よろける律子。

   隣席の佐々木が支える。

佐々木「もう、帰ろうか」


律子「帰りたくない」

佐々木「帰りたくない?」


○会議室・入口前(日替わり)

   ホワイトボード〈面談・椿、田仲〉


○同・室内

   長机に律子と田仲。

律子「とにかくフォーリンラブなんですよ」

田仲「イエスフォーリンラブ。ってか。じゃ

 ねえわ。おい、もう一回聞くぞ。本当にや

 めんの? しかも、おかみさんって」

律子「はい」

田仲「お前ね。一回のデートでそんな決断、

 するもんじゃないよ」

律子「運命なんです」

田仲「運命? 知らねえよ。そんなもんは。

 もったいねえよな。スージョキャラ、結構

 評判いいんだよ。今やめなくても」

   田仲はスーツのうちポケットから手帳

   を取り出した

田仲「仮押さえもちらほら増えてきたのに

 さ。ほら」

   手帳を開く田仲。

律子「私プロなんで、それを片付けたらやめ

 ます。プロなんで。あっそうだ二週間後、

 千秋楽パーティーで御披露目してもらうん

 です。よかったら来てくださいね」

田仲「はあ、残念だ。応援してたのにさ」


○隆盛部屋・上がり座敷(日替わりの夜)

   座敷からは土俵が見渡せる。

   座敷を埋めつくす程の後援者が座る。

   その中に田仲、幸。

   上座に立つ佐々木と力士たち。

   座敷隣接のちゃんこ場から座敷をのぞ

   く律子。

佐々木「えー。六時を回りましたので始めさ

 せていただきます。今場所の成績を発表す

 る前に、皆様にお知らせがあります。律子

 さん。ちょっと」

   ちゃんこ場から座敷に現れる律子。

   拍手が起こる。

   律子が佐々木のとなりへ。

佐々木「えー。こちら妻になりました律子で

 す。おかみがいない状態で部屋を立ち上げ

 一年がたちます。やっとおかみになってく

 れる人が現れました」

   後援者たちからヤジが飛ぶ。

   ため息をつく幸。

田仲「どうしたよ?」

幸「律子さんの背中追いかけて、やっと抜い

 たと思ったら、おかみさんって。まじ、あ

 りえん」

田仲「祝ってやれよ。今日ぐらいは」

   乾きものをくわえる幸。

幸「チエッ。ハッピーエンドかよ」


○同・玄関前

    田仲と幸を見送る律子。

律子「今日はありがとうございました」

幸「早速のおかみさん気取りかよ」

田仲「絡むな、我孫子」

   田仲はふらつく幸を介抱する。


田仲「おかみさん頑張ってくださいね。っ

 て。よそよそしいか。まあ頑張れよ」

律子「一生の別れみたいに言わなくても。残

 りの仕事もあるんだし」

田仲「離れて行った気がしたんだよ」

律子「よく言うわ」

田仲「じゃあ」

   部屋を離れる田仲ら。

   田仲の背中を見つめる律子。

律子のM「ありがとうございました」


○同・上がり座敷(日替わり)

   土俵の力士たちに目を向ける佐々木。

   その隣に律子。

佐々木「そんな四股踏んでたら駄目だ。ぬい

 て四股を踏むな。数踏みゃいいと思うな」

律子のM「一月場所が終わって一週間はおや

 すみ。場所休みという。私と健くんは休む

 暇もなく挨拶まわり。ああ忙しかったな。

 そんなこんなでいつの間にか一週間が過ぎ

 て、稽古が始まった。今日からはじまる部

 屋での生活。おかみさんライフ頑張るぞ」

   ×   ×   ×

佐々木「よし。終わり」

   佐々木が立ち上がる。

力士たち「どうも、ごっちゃんでした」

   力士たちが稽古場の掃除をはじめる。

   律子は佐々木を見上げる。

律子「ねえ私なにすればいい?」

佐々木「なにもしなくていい」

律子「えっ、そういうわけにはいかないよ。

 だっておかみだもん」

   まわし姿の郷の富士(駒場武司)

   (32)がちゃんこ場からにらみをきかす。

佐々木「そっかじゃあ、駒場に聞いて全部あ

 いつに任せてる」

律子「うん」

   佐々木は座敷奥の階段へ向かう。


○同・ちゃんこ場

   律子が奥へ入っていく。

律子「駒場君」

   野菜をカットする駒場は律子に顔を向

   ける。

駒場「はい」

   駒場の前で止まった律子はきょろきょ

   ろする。

律子「お店のキッチンみたい」

駒場「みたいじゃなくて、全部プロ仕様です

 よ。おかみさん」

律子「そうなんだ。すごい」

駒場「どこの部屋でもこんな感じですよ。ど

 うしました? 何か?」

律子「手伝います。指示して」

駒場「いやいやいや。手伝いなんて、どんで

 もないです。食事の用意ができましたら、

 呼びに行かせますので」

律子「そんな、いたせりつくせり」

駒場「それがおかみさんですよ。あと上の掃

 除、親方住居の掃除は夕方やります。風呂

 もトイレもキッチンも全て」

律子「悪いよ」

駒場「それが俺達の修行ですから。それが嫌

 ならてめえが強くなるか。辞める。気持ち

 いい世界。芸能界も一緒でしょ。実力者が

 いいところをかっさらう」

律子「う、うん」

   駒場は向き直って、野菜を切りはじめ

   る。


○同・土俵

   土俵を竹箒で掃く柚木奏太(15)はちゃ

   んこ場をのぞく。

   柚木と律子の目が合う

   上がり座敷に出てきた律子は会釈をす

   る。

駒場の声「奏太。早く終わらせろ。こっちは

 ひとりなんだよ」

柚木「はい」

   柚木は素早く土俵を掃く。


○同・上がり座敷

   円卓テーブルにちゃんこ鍋。

   座布団に座る佐々木と律子。

   テーブルのうしろに立つ力士たち。

律子「みんなは。座らないの?」

佐々木「給仕だ。俺達が食べるまで食べれな

 い」

律子「あんなに動いたのに。絶体お腹減って

 るよ」

佐々木「修行修行。あっ、柚子こしょうが出

 てないよ。柚木」

柚木「すみません」

   ちゃんこ場に向かう柚木。律子「だじゃれかよ。健くん」

駒場「奏太走れ」

柚木「はい」

   駆け足でちゃんこ場に入る柚木。


○同・土俵(日替わり)

   冴島佐助(19)と駒場が激しくぶつかり

   合う。

   冴島が駒場を押し込み、土俵の外に押

   し出す。


○同・上がり座敷

   座敷中央に佐々木。

佐々木「稽古になんねえよ。そんなんじゃ。

 それじゃあだめだよ」

   後方に律子。


○同・上がり座敷

   テーブルのまわりに座布団をセットす

   る律子。

律子「よし」

   ちゃんこ場から鍋を持って出てくる駒

   場。

駒場「熱いの通りまーす」

律子「はいはい」

   座敷の端に寄る律子。

   駒場は鍋をコンロに置く。

駒場「おかみさん。誰かお客来るんですか?」

律子「えっ聞いてないけど」

駒場「ではなんでこんなに座布団を」

律子「みんなのぶんを」

駒場「おかみさん。ふざけてます?」

律子「ふざけてないよ」

駒場「俺ら座布団ひけないんです。関取じゃ

 ねえから」

律子「関取? 関取ってお相撲さんのことで

 しょ」

駒場「ほんとに何にも知らないんですね」

律子「教えて」

駒場「白と黒ですよ。白と黒」


黒まわし姿の駒場は壁の方に目を向け

   た。

   壁・佐々木の現役時代の写真

   律子も写真に目を向ける。

律子「この写真? あっ白まわし」

   座布団を片付ける駒場。

駒場「とどのつまり、白黒はっきりしてる

 んです。白になんねえと座布団も当てらん

 ねえ」

   残った二枚の座布団。

駒場「大相撲はイスじゃなくてセキトリゲー

 ムですよ」

律子「そうなんだね」

駒場「つっこんでほしかったな」

律子「いや、教えてもらってるから」

駒場「おかみさん、もうひとつ。座布団には

 向きがあります」

   駒場は座布団の向きを変える。

   縫い目のない面を前にした。

駒場「こっちが正面」

律子「ごめんなさい」

駒場「向き不向き。おかみさんはどっちなん

 でしょうね。一体」

    律子はうつむく。

   佐々木が階段から降りてくる。

佐々木「腹へった。腹へったぞー今日はキムチか。人のキムチはわかりません。ってか」


○同・大部屋

   八畳の部屋に敷き詰められた布団、眠

   る力士たち。


○同・親方住居

   佐々木と律子がソファーでいちゃつい

   ている。

   インターホンが鳴る。

律子「出なきゃ」

   律子はインターホンの画面に目を向け

   る。

佐々木「だれか出るよ。あれだけいれば」

    インターホンが鳴る。

佐々木「出ろよな。豚どもが」

   佐々木は立ち上がる。

   律子は佐々木を見上げる。

律子「私が出るよ」

佐々木「いいよいいよ」

   佐々木はインターホンに目を向ける。

   画面・村雨有紀(42)


佐々木「おかみさんだ」

律子「なに?」

佐々木「律子じゃない。本家のおかみ。って

 言ってもわからないか、緑松部屋のおかみ

 さん」

   ×   ×   ×

   テーブル席に有紀。

有紀「ごめんね。急に」

   有紀の対面に佐々木。

佐々木「なんもですよ」

   キッチン・ケーキの入ってる箱

   キッチンから紅茶とケーキを持ってく

   る律子。

律子「(ボソッと)熱いの通ります」

佐々木「部屋頭の竜豊、調子いいですね。来

 場所は大関取り、たいしたもんだ」

   律子はテーブルにお盆を置く。

有紀「表情には出さないけど気合い入ってる

 みたいよ」

   紅茶とケーキを差し出す律子。

有紀「どうも」

佐々木「うちはまだ白まわしもいないから、

 羨ましいですよ」

   律子は佐々木の隣に席につく。

有紀「おかみさん。急にごめんぬ」

律子「いえいえ」

   律子は顔を小さく横に振る。

律子「たくさんケーキいただいて申し訳ない

 です」

佐々木「奪い合い必至だな。ケーキなんて久

 しく与えてないから」

律子「みんなケーキ好きなんだ」

佐々木「なんでも食うよ。フライドチキンと

 かも好きなんだよな。こないだのクリスマ

 スなんて店員が揚げても揚げても追い付か

 ない」

有紀「まあ、あるあるだよね」

律子「今度買ってこよ」

有紀「親方、今度おかみさん貸してほしいん

 だけど、二人で女子会、おかみ会やりたい

 の」

佐々木「どうぞ」

有紀「おかみさん。じゃあそのうち誘います

 ね」

律子「お願いします」

有紀「こちらこそ」

   有紀はカップに口をつける。

   ×   ×   ×

   律子はキッチンで洗い物。

律子「ねえ、ほんとに行っていいの?」

   佐々木は紅茶をすする。

佐々木「行けよ。野郎とあくのつよい後援者

 ばかりじゃ、ストレスたまるだろ。おかみ

 さんフランクな人だから話しやすいと思う

 よ」

律子「ありがとう」


○寿司屋・小上がり(日替わりの夜)

   向かい合って座る律子と有紀。

   テーブルには寿司。

   寿司をつまむ律子。

有紀「ねえ、おいしい?」

律子「おいしいです」

有紀「並の店だけどよかったかな? 芸能人

 は寿司と言ったらきゅうべいなんでしょ」

律子「そんな扱いされるタレントじゃないん

 で高級店はごくまれに」

有紀「長年、出続けてるイメージがあるけど

 ね。あの世界はやっぱりMC総取り」

律子「まあそんな感じですかね」

有紀「ごめんね。こんなこと聞いちゃって」

律子「こないだ駒場くんも同じこと言ってま

 した」

有紀「駒場? ああ、あの子か。あの静かな

 子」

律子「静か、ですか」

有紀「違った?」

律子「やっぱり最年長だから発言力あります

 よ」

有紀「そっか。隆盛のお目付け役、あの子な

 んだ。まあ佐々木くん、じゃない。親方の

 現役時代の付き人だったし。親方になって

 からもべったりだったもんね」

律子「そうなんですか」

有紀「聞いてないんだ」

律子「はい。過去を聞くのもあれなんで」

有紀「そっかそっか」

律子「でも、いろいろ知りたいです」

有紀「いろいろ。か」


○回想

   緑松部屋・上がり座敷

   緑松(新発田 嵐)(当時64)は座敷

   後方、木のベンチに腰を掛け、背中を

   窓枠に持たれ掛ける。

   松嵐(佐々木)と隆盛親方(村雨 剛)

   (当時41)が二枚に折った座布団に腰を

   下ろし、新発田に顔を向ける。

佐々木「親方」

   佐々木は額を畳につけ、三つ指をつい

   た。

佐々木「お疲れさんでございます。明日をも

 ち、土俵を下ります。一六年間、御指導ご

 鞭撻、どうもありがとうございました」

新発田「そうか。辞めるか。お疲れさん」

   佐々木は顔を上げる。

新発田「じゃあ、俺の名跡あげなきゃだな」

村雨「異論なしです。怪我で一時はどうなる

 かと思ったけど親方定年の場所までよく、

 白まわし維持したよ」

新発田「部屋継ぐってのは大変だ。離れてく

 後援者もいるだろう。でも、緑風もいるこ

 とだから大丈夫だ」

村雨「しっかりお前を支えるよ。嵐関」

新発田「どうだ。佐々木?」

佐々木「ちょっと待ってください。継ぐのは

 緑関じゃ」

村雨「一五から叩き上げでやってきたお前の

 方が適任だ。若いやつらの士気も上がる。

 親方と話し合って決めたんだ」

佐々木「……すいません。受けれません」

村雨「おい。お前正気か」

新発田「告ったら、ふられちまった。使った

 ことのねえナウい言葉もでちまう」

佐々木「独立したいです」

村雨「お前、やめてすぐ部屋立ち上げれない

 のは知ってるよな」

佐々木「はい」

村雨「まさかここに残って独立準備をする気

 かよ」

佐々木「あっ……はい」

新発田「前言撤回、緑がやれ。緑が継げ」

村雨「親方。甘過ぎますよ」

新発田「緑。知ってんだろ。こいつはおれと

 対決する腹なんだよ」

村雨「それはそうですけど、親方の面子が」

新発田「そうだよ。俺の面子どうしてくれる

 よ」

佐々木「すっ……すい」

新発田「佐々木よ。俺の面子はどうしてくれ

 るんだ。一体」

佐々木「ほんとうに申し訳ないです」

   新発田は土俵に目をやる。

   塩で清めてある土俵。

新発田「冗談だよ。そんなもんはなくしてし

 まったさ。お前らが踏みつけてもうばらば

 らだ。さて、命令だ。佐々木。緑の名跡も

 らって部屋付きやりなさい。先のことはし

 らねえ。俺は明日で隠居の身だ。さて、何

 をしよう。ゴルフはやらねえからIT農業で

 もはじめるか。腰も悪いことだしよ。まあ

 まあ、ゆっくりやれよ。慎重にな。どちら

 さんもさ」

   ベンチから腰を上げる新発田。

新発田「寝よう寝よう。金魚でも引っかけて

 よ」

   少し腰が曲がる新発田は座敷を出る。

佐々木「すいませんでした。オヤジ」

   佐々木は額をべったりと畳につける。


○寿司屋・小上がり

有紀「あったのよ。いろいろ」

律子「そんなことあったんですね」

有紀「力士ってモチベーションがないとやれ

 ない部分があるのよね。佐々木くんにとっ

 てそれが先代への反抗心だった」

律子「はあ……」

有紀「私としては旦那が部屋付きだった方が

 楽だったな。基本、部屋にいなくていいし

 さ」

律子「大部屋ってやっぱり大変ですか?」

有紀「物理的にすることはない。だって全部

 マネージャーと古株力士がやってくれる」

律子「うちは駒場くん仕切りです」

有紀「でもさ、やりたいじゃん。おかみさん

 をさ。ドキュメンタリーみたいに。肝っ玉

 母さん的な。あれ」

律子「そんなのやる、隙がないです。どうし

 たらいいですか?」

有紀「私もわかんないよ。そんなの。ひとつ

 言えることは相撲部屋は家族。親方が父親

 でおかみが母親。力士が子供、そういう言

 い分、親方連中の。あれは幻想だね」

律子「幻想ですか」

有紀「だって子供の順番わけわからないじゃ

 ん。誰が何ヵ月早い遅い。大卒が一六の子

 の弟弟子。もうわけわからん」

律子「うちはなんとくは把握できるので、少

 ないし」

有紀「ちょっとずれたね」

律子「ずれましたか?」

有紀「誰かが下がったら、誰かが上がる世界

 で対戦しないとはいえ皆を敵視してる。血

 の繋がりもない。何の繋がりも。家族にな

 んかならないよ。精々、ルームシェアの住

 人。まあ私の推測ね」

   有紀のスマホが鳴る。

有紀「鳴ってるよ」

律子「私じゃないです。着信、竹原ピストル

 なんで」

有紀「渋いね。隣か。うるさいな」

律子「カバン光ってます」

有紀「私か」

   有紀はスマホを手に取り耳にあてる。

有紀「なんだよ……えっ、まじ。ふざけんな

 よ。お前、気をつけろって言ったじゃん。

 まぢふざけんな……わかったすぐ行く」

   有紀は画面を指で撫でた。

律子「お仕事ですか?」

有紀「違う違う。うちの子がトラブった」

律子「力士の?」

有紀「そうそう。腹を痛めて生んだ子はいな

 いから。なんかややこしいね」

   有紀はスマホをバックにしまう。

有紀「あのさ、ゴメン行くわ」

律子「どうぞ」

有紀「お金払って帰るから、食べてってね」

律子「あのう、付いていっていいですか?

 これは詰めてもらうんで」

有紀「そうか。行くか」

律子「はい」


○繁華街の路地

   タクシーが止まる。

   タクシーから下りる有紀ら。

有紀「もう少し奥だね」

   律子は有紀を追って路地の奥に入る。


○雑居ビル・入り口

   有紀らは建物の中に入る。

   脇に数台の自転車。

有紀「ちょっと人間変わるけど許してね」

律子「はっ、はい」

   有紀は歩きながら弁護士バッチをつけ

   る。


○同・パブの店内

   有紀らが入室。

   カランコロンのベル。

ボーイ「らっしゃいませ」

   ボーイは片言。

   店内奥へ進む有紀ら。

   ボーイが追いかける。

ボーイ「お客さんお客さ」

有紀「いたいた」

   テーブル席にニット帽頭の数人の力士

   がうつむいて座る。

    テーブル上、バインダーに挟まる支払

   い表。

   振り返る有紀。

有紀「あのう、あそこのニット軍団の関係者

 です。お金持ってきました。偉い人呼んで

 ください」

   ボーイは有紀のバッチに目を配る。

   パブの中国人ママがバックヤード出入

   口から出てくる。

ボーイ「ママ。ヤクザより悪いヤクザ」

ママ「わかってるよ。下がってな」

   有紀の前で止まるママ。

有紀「一三万ですよね」

   バックに手を掛ける有紀はママを睨み

   付ける。

ママ「払う気ないだろ。駆け引きはなんだ入

 管か?」

有紀「まあ、そうなりますよ」

ママ「早く帰れ商売の邪魔だ」

   力士たちに目を向ける有紀。

有紀「バカヤロウども。帰るぞ」


○同・入り口

   自転車にまたがる力士たち。

力士たち「おかみさん。すいませんでした」

    仁王立ちの有紀。うしろに律子。

有紀「おいお前ら店選べって言ってんだろう

 が、いっつも」

力士A「錦糸町の正規の店だと、協会員がい

 ます」

有紀「その言い訳聞き飽きたよ。もう全く。

 それから、繁華街は着物。親方に殺された

 くなかったら」

力士たち「はい」


有紀「もう九時半まわってる。行け、門限間

 に合わない」

力士たち「どうもごっちゃんした」

   頭を下げ、自転車を漕ぎ始める力士た

   ち。

有紀「行った行った」

律子「ぼったくりバー、ですか」

有紀「そうだね。あの気の強そうなママのお

 陰で無事シャンシャンにできたわ」

律子「違法入国で働いてる女の子が?」

有紀「観光か留学のビザ切れたまま、働かせ

 てんの」

   パブの階に目を向ける有紀。

   カーテンが閉まる。ちらっと見えるマ

   マ。

有紀「あの人はやり手だね。リスク処理が上

 手い。決断早いし。相撲取らせたらつよ

 いかも。生てく術、もってるよ」

律子「強い女の人、憧れるな」

有紀「まあ、ぼったくりバーでよかったよ。

 闇のカジノじゃどうにもできない。で、ど

 うする? 一杯飲む」

律子「すいません帰ります。おみや、食べさ

 せたいので」

有紀「そっか。また今度飲もう」

律子「はい」

   律子の手、寿司屋の紙袋が風で少し

   揺れる。


○隆盛部屋・上がり座敷

   律子が入る。紙袋を持つ手のアップ。

   座敷に寝そべる冴島と柚木。

柚木「あっ。おかみさん」

   体を起こす柚木ら。

柚木ら「お疲れさんでございます」

律子「お寿司、食べる?」

冴島「ごっちゃんし」

   駒場が階段から降りてくる。

律子「駒場くん。お寿司どう?」

駒場「太るんで」

   ちゃんこ場へ入ってく駒場。

   駒場の手元、空のペットボトル。

律子「そう」

冴島「寿司だ寿司」

   立ち上がる冴島ら。

   ちゃんこ場から聞こえる流水音。


○背景ブラック

   流水音。


○同・ちゃんこ場(日替わりの夜)

   シンクで洗い物をする柚木。

   食器をすすぐ律子。

律子「ねえこの後ラーメン食べ行かない?」

柚木「行きます」

   律子は水を止める。

律子「よし、決まりだね」

   皿を拭く柚木。

柚木「つけ麺もいいですか?」

律子「ラーメンとつけ麺。すごいね夕食後

 なのに」

   駒場がちゃんこ場に入る。右手には空

   のペットボトル。

駒場「奏太。お前、ごはん何杯食べた?」

   ビクッとする律子の背中。

   振り返る柚木。

柚木「さっ三です」

駒場「ごまかして三だろが。さらっと盛りや

 がってよ」

柚木「ああ……」

駒場「明日から俺が盛ってやろうか? ドラ

 ゴンボール盛り」

柚木「勘弁してください」

駒場「ラーメン分の腹を残しやがってバカこ

 の」

   駒場はペットボトルで柚木の頭をはた

   いた。

   横目で柚木を見る律子。

   駒場と目が合う律子。

駒場「それからおかみさん」

   ゆっくりと振り向く律子。

律子「(はっきりと)はい」

駒場「今日はラーメンですか?」

律子「駒場くんも、どう?」

駒場「行きません」

律子「そうだよね」

   駒場の目線を外す律子。

律子「水を入れにきたんだよね。どうぞどう

 ぞ」

   ガス台の方に避ける律子。

駒場「おかみさん。正直迷惑です。おかみさ

 んがなんか買ってくるのあてにしてるんで

 すよ。こいつら」

律子「ごめん、ちゃんこだけじゃ足りないと

 思って。気を付ける」

駒場「おかみさん。そんなに何かやりたいな

 ら、経理変わってくれますか」

律子「うんやってみる」

駒場「知ってます? 力士養成費、稽古場維

 持費、後援会の寄付が収入。食費かなりか

 かります。米は後援者に送ってもらってる

 けど、かつかつ。俺だってチキンだのたこ

 焼きだのを買ってはやりたいけど。一日い

 くらでやらないといけないか。知っていま

 すか?」

   ガス台にもたれる律子。

律子「一万円ぐらい?」

駒場「六〇〇〇円ですよ。六〇〇〇円。それ

 でやらないと赤字です。赤字はオヤジの給

 料。オヤジが字補填してます」

律子「親方が」

駒場「おかみさん。こんなバカな使い方して

 たら自分に返ってきますよ。頻繁に行くエ

 ステとか美容室。もう、行けませんね」

冴島の声「(語気強め)もういっしょ」


○同・上がり座敷

   スマホを片手に寝転ぶ冴島はちゃんこ

   場の方をにらむ。


○同・土俵(日替わり)

   睨みを利かす冴島。

冴島「兄弟子。立って立って」

   砂まみれの駒場。

   上がり座敷・土俵を見下ろす佐々木。

   座敷後方に律子。

佐々木「佐助。もういっしょ。稽古にならね

 え」

   冴島は駒場の首を引っ張る。

冴島「足、力いれて」

   立ち上がった駒場は腰を割る。

   駒場のふくらはぎが震えている。

駒場「どうもごっちゃんでした」

佐々木「情けねえ兄弟子だ」

    摺り足をする冴島。

佐々木「佐助。出稽古行ってこい。まだどっ

 かやってんだろ」

冴島「はい」

   車のブレーキ音が聞こえる。

   稽古場窓から乗用車が見える。

   車から降りてくる村雨とどろ着姿の

   冴島 清一 (25)。

   運転席から有紀。

佐々木「あらら、竜豊だよ」


○同・上がり座敷

   立ち上がる佐々木。

   座布団を敷く律子。

   村雨、有紀が入室。

佐々木「お疲れさまです。親方」

村雨「おう」

   村雨が佐々木の横であぐらをかく。

   それを見て、腰を下ろす佐々木。

村雨「うちのがおかみさんをつれ回したみた

 いで。すまんな」

   稽古場・冴島が蹲踞をして白まわしの

   清一に水をつける。

佐々木「いいえ。たくさん勉強させてもらっ

 たみたいですよ。それで、今日はなんでま

 たうちに?」

村雨「深川いいとこだな。両国よりいいよ。

 今日来たのはお前の結婚祝いだ。佐助に稽

 古つけてやるよ。次は白まわし取りだろ」

   稽古場・清一がきれいな四股を踏む。

佐々木「それは素敵なプレゼントだ」

   座敷後方に律子と有紀。

有紀「いきなりごめんね。空気重いし」

律子「いいえ、こないだはごちそうさまでし

 た」

有紀「またいこう。ねえ、あそこの二人、兄

 弟だって知ってた?」

律子「親方たちですか」

有紀「違う」

   稽古場・四股を踏む清一と冴島。

律子「えっ。そうなんですか?」

   振り向く村雨。

村雨「ご婦人がたお口チャックね。もうはじ

 めっから」

   頭を下げる律子ら。

村雨「竜豊。入れ」

清一「はい」

佐々木「なにぼやっとしてんだ。奏太。箒入

 れろ」


○同・土俵

   肩に力が入った柚木が箒目を入れた。

   土俵に塩が入る。

   清一、冴島の足が土俵に入る。

   箒をもった柚木が清一にぶつかる。

   笑みを浮かべる清一。

清一「(ぼそっと)殺すぞ」

   震えながら頭を下げる柚木。

   にらむを利かす冴島。

清一「おいおい気合い入り過ぎだぞ」

佐々木の声「睨むな、関取を。この半人前

 が。先に仕切って待ってろ」

冴島「すいません」

   仕切り線の前で仕切る冴島。

   ゆっくりと腰を下ろす清一。

   手をつく清一。

   勢いよくぶつかる冴島。

    受ける清一。

   清一が冴島を投げ飛ばす。

   裏返しで倒れる冴島。

   清一の右胸、紅潮する。

清一「当たり、痛いな。それだけ」

佐々木の声「直ぐ立て」

   下唇を噛みながら立ち上がる冴島。


○同・上がり座敷

   大きく息を吐く律子。

律子「すごい」

有紀「気合い入ってるね。お互い」

   ぶつかる音。


○同・土俵

   投げ飛ばされる冴島。

村雨の声「おい。当たってなんかしなきゃ」

佐々木の声「(語気強く)返事は」

冴島「はい」

   ×   ×   ×

   全身砂だらけの冴島は肩で息をする。

   清一がバケツの水を被せた。

冴島「どうも、ごっちゃんでした」

清一「まだやんの?」

冴島「生きてるんで」

   睨みを利かす冴島。

佐々木の声「だから睨むなって」

冴島「はい」


○同・上がり座敷

   ざわざわする律子と有紀。

村雨「もういい? 親方。進展がない」

佐々木「もういっちょ」


○同・土俵

清一「ほら、もういっちょだってよ」

   仕切る冴島。

清一「オヤジさんの言う愚直だけで勝てんの

 か? 勝てんのかよ?」

   手をついてぶちかます清一。

   立ち会いは互角。


○同・上がり座敷

佐々木「止まるな。止まんな」

   じわりじわりと押す冴島。

村雨「そのまま押してもな。結果は見えてる

 よ」

佐々木「駆け引きなし。小細工に勝るのは押

 すことでしょ」

   村雨は佐々木に顔を向けた。

   俵まで押し込む冴島。

佐々木「とまんじゃねえぞ」

   清一の右足が俵に掛かる。

   佐々木のうしろから顔を出す律子。

律子「(ぼそっと)がんばれ」


○同・土俵

   まわしをつかもうとする清一。

   足を交互に、踵から前進する冴島。

村雨の声「焦るな。焦るな腰割れば、取れる

 んだから」

   まわしの位置が低くなる清一。

   清一の手、まわしが指に掛かる。

佐々木の声「(語気強く)勝負。伸ばせー」

   肘を伸ばす冴え島。

   清一の体が浮き上がり、木質の壁にぶ

   つかった。


○同・上がり座敷(夜)

   座敷の前方に体育ずわりの律子。

   セーターを膝まで伸ばして。

律子「ねえ。痛いたい?」

   稽古場・土俵外

   稽古場の明かりはついてない。

   背を向けて四股を踏む冴島。

   背中には細かい切り傷やあざ。

    冴島の耳にはイヤホン。

   律子の手には箒、柄の方で冴島の背中

   をつつく。

律子「無視かよ」

   冴島は稽古場隅、鉄砲柱の方へ。

律子「なんだよ。感じ悪っ」

   てっぽうをはじめる冴島。下半身の姿

   はハーフパンツ。

律子「イタズラしてやる」

   律子は箒を持ってない方の手を目一杯

   伸ばす。

   伸ばした手、スマホをつかむ。

   鉄砲柱・じんわり汗をかく冴島。

律子「えい」

   スマホ画面・音楽再生画面、ボリュー

   ムマックス

冴島の声「(叫ぶ声)おー」

   体を震わす冴島はイヤホンを外す。

   律子に駆け寄る冴島。

冴島「ちよっとー」

   イヤホンから漏れる竹原ピストル「フ

   ライング弾」

律子「無視するから」

冴島「いいイメージを頭の中に残しておくた

 めの作業なんで」

律子「感傷に浸ってるだけにしか見えなかっ

 たけど」

冴島「だとしたら浸らせてくれてもいいじゃ

 ないですか、普通」

律子「だって暇なんだも。健くん。また連れ

 出されたし」

   冴島は座敷の縁に腰かける。

冴島「……止めてくれてよかったかも、知れ

 ませんね。ハイになったら体がやすませて

 くれないんですよ。俺を」

律子「どっちやねん」

   冴島の背中を叩く律子。

律子「すごいな。アスリートって」

   ずりずりと、お尻を畳みに擦らせて前

   に出てきた律子は足を前に放り出す。

   座敷からぶら下がった四本の足。冴島

   の足は土に付きそう。

   足裏の砂がわずかに落ちる。

律子「あれは気持ちよかったな。な?」

冴島「はじめて兄貴に勝った。気持ちよかっ

 た」

   土俵中央・五角に成型された砂に刺さ

   る御幣。

   空調の風が垂れる紙を揺らした。

冴島「オヤジが独立したとき迷ったんです。

 俺たち兄弟はオヤジとおんなじ北海道なん

 で、地元が。俺らオヤジに内弟子としてス

 カウトされました。筋を通したら二人とも

 こっちの部屋なんですが、まさかのオヤジ

 の独立でしょ。兄貴は部屋頭だったから。

 本家に残らなければならない。口では兄貴

 なんにも言わなかったけど、お前は行けっ

 て言ってるような気がしましたね」

律子「いけ好かない人だったけど」

冴島「まあ性格はいいとは言えないです」

律子「上がらなきゃだね。どっちの思いにも

 こたえなきゃ」

冴島「そうですね。どっちも怖い人間だらか

 上がれなかったら殺されてしまう」

   下からセーターをのぞく冴島。

律子「ちょっとちょっと。止めてくれない」

冴島「それ、穿いてんのかなあ。と」

律子「穿いてるよ」

   イヤホンから漏れる音楽。竹原ピスト

   ル・「そこのわけえの」のフレーズ

   「このままじゃいけないって、頭を抱

   えてるそんな自分のままで行けよ」が

   流れる。

   駒場が座敷に入る。ペットボトルを手

   に持ち、ちゃんこ場へ。


○同・上がり座敷(日替わりの夜)

   床に置いたピザの箱。

   ビザを食べる力士たちと律子。

冴島「うめえ。うめえな。奏太」

柚木「はい、うめえです」

律子「駒場くん」

駒場「はい?」

律子「今日は許してね」

駒場「まあ、そうっすね」

律子のM「二月下旬、力士たちは大阪へ向か

 う。そう、大阪場所があるからだ。部屋の

 ものは円卓から食器までほとんどコンテナ

 輸送した」

駒場「奏太。ついてきたタバスコがもうない

 ぞ。冷蔵庫見てこい」

   立ち上がる柚木。

冴島「行かなくていいよ。奏太。あんた、関

  取じゃあるまいし。使うなよ」

駒場「やっ、みんなも使うじゃんかよ。タバ

 スコ」

冴島「これを言ってんじゃねえよ。普段から

 子分みたくつかってんじゃんよ。恐怖政治

 してさ。うちの部屋の雰囲気に似付かわね

 えよ。ここは緑じゃないんだ。オヤジのオ

 ヤジの作った空気を壊すんじゃねえ」

   律子はおどおどする。

駒場「はっ。てめえ、言わせとけば。とんで

 もねえやつだ。兄弟子にそんな口聞きやが

 る。もう関取気取りか。俺はオヤジに若い

 やつの指導を一任されてんの」

律子「ちょっと」

   駒場と冴島は律子をちらっと見る。

冴島「あんた。こないだオヤジに注意受けた

 でしょ。知ってるんだよ。俺は。言わない

 だけでさ」

駒場「うるせえな」

   駒場は冴島につかみかかる。

    取っ組み合いのけんかをする駒場ら。

   冴島がTシャツの丸襟を掴んで駒場を

   壁に叩き付けた。

   壁の写真が傾く。

   写真額・佐々木と新発田

の写真。

冴島「殴っていいすか?」

   律子は無意味に箱やお茶を手に持つ。

駒場「いいよ」

冴島「びびってるくせに」

駒場「フッ、共犯だな。お前が崇拝するオヤ

 ジの作ったもの、ぶち壊し。全部」

   振りかぶる冴島。

   冴島は自分の頬を殴る。


○同・親方住居

   ソファーでくつろぐ佐々木。

佐々木「大変だったね。おかーみさん」

   律子はテーブルに持たれて、テレビを見

   る。

律子「はいはい」

佐々木「腹に一物、背に荷物。けんかとまげ

 は力士のつきものよ。なあんてな。」

律子「あんなに怒鳴り散らしてたくせに」

佐々木「そこはしっかりと、やりますよ。俺

 の城なんだし」

律子「大丈夫かな。駒場くん」

佐々木「心配ないよ。いつか起こるって悟っ

 てたんじゃない。あいつ」

律子「下からの突き上げはどこの世界でもあ

 ることだけど、あれだけバチバチだと、見

 てらんない」

佐々木「そうだ。駒場やめるって」


○同・上がり座敷(日替わりの夜)

   床に置いた空の弁当。

   グラスを持つ手、焼酎のお湯割り。大

   葉が入ってる

律子のM「私は今、祝杯をあげてる。冴島く

 んの十両昇進が濃厚になった」

   タブレットPC・冴島のインタビュー

律子のM「私は大阪と東京の往き来をしてい

 る。残った仕事をこなすためだ。他の部屋

 のおかみさんも地方場所宿舎には常駐しな

 いらしい。大部屋のおかみ・有紀さんは羽

 を伸ばしてる。毎晩のように飲みの誘いが

 来る。困ってる」

   律子はグラスに口をつける。

   スマホの着信。

律子「今日もか。居留守使お」

   スマホ画面・着信、田仲マネ

律子「マネージャーか。なんだ?」

   画面・律子の指がスライドする。

律子「はいはい」

田仲の声「よう」

律子「なんですか? 前に言いましたけどコ

 メンテーターなら出来ません。場所中は」

田仲声「わかってる。いや、さあ。我孫子な

 んだけどさ。結構病んじゃって」

律子「えっ。生き生きしてますよ画面では。

 今日だって、情報番組で取り組み解説。見

 事でした」

田仲声「それが、原因なんだよな。お前は詳し

 すぎる。生意気だってディすられてる」

律子「そうか。ネットで叩かれなれてないん

 だ。どうせそんなのただのひがみなんだか

 ら」

田仲声「俺も言ってはいるんだけどね」

律子「わかりました。田仲さんじゃダメなん

 でしょ。フォローしときますよ」

田仲声「頼んだ。今度うちの実家で売ってる

 卵焼きごっそり持ってくからさ」

律子「助かりまーす」


○同・稽古場の窓

   窓を叩く手袋の手。


○同・上がり座敷

   新発田が入室。

新発田「こんばん、わ」

律子「あの、用件は?」

新発田「祝儀を持ってきました。結婚と新十

 両の」

律子「わざわざすいません」

   新発田は包みを差し出す。

   受けとる律子。

律子「ありがとうございます。親方の若いと

 きから支援して頂いてるんですか」

   笑みを浮かべる新発田。

新発田「そうだね。鑑別所に迎えに行ってス

 カウトしたんだ。生意気でね。しばきまわ

 したよ。そんなことばっかしてたから。部

 屋継いでもらえんかった」

律子「えっ」

   律子は写真額に目を向ける。

新発田「その、白足袋なんか履いて座敷に腰

 掛けて竹刀持ってるの、私なんです」

律子「申し訳ありません」

   律子は深く頭を下げる。

新発田「頭あげて、俺ただのおじいさん」

   律子は頭をあげる。

   新発田は土俵を見渡す。

   土俵は明かりがついてない。

新発田「独立して正解だな。いい部屋。神さ

 んも居心地良さそうだ」

   土俵・神棚

新発田「俺にもそれもらえるかい?」

   焼酎の入るグラス。

律子「金魚ですか。親方から教えてもらいま

 した」

新発田「あいつも呑むんだな」


○宿舎・厨房(日替わり)

   テキパキと野菜を切る律子。

駒場「おかみさん」

律子「ん?」

駒場「要領いいんですね」

律子「口説いてる? 簡単にやれると思って

 るでしょ」

駒場「なんでそうなるの?」

律子「だってほめるから」

駒場「ほめて伸ばすタイプですから」

律子「いつ生まれかわったんだか」

駒場「こっちが性に合いますわ」

律子「私も素を出すことにした。肩肘張った

 とこでおかみさんごっこにしかみえないか

 らね」

駒場「そういうの賢いっていうらしいです。

 行動心理学では」

律子「私が、賢い?」

駒場「ぶっちゃけ、おバカタレントってバカ

 じゃないですよね。金稼いでるし」

律子「私の場合は天然回答がうけてた。それ

 で仕事もらってたんだけど。クイズ番組ま

 わるうちに自然と知識ついちゃった。それ

 からはおバカ回答考えるようになる。いわ

 ゆるやっちゃってたの。知識身に付ける方

 が楽なのかなって、あとで思った」

   魚肉ソーセージをくわえる冴島が厨房

   に入る。

冴島「おかみさん。スピーチのカンペ書いて

 くだいさいよ」

律子「わたし?」

冴島「兄弟子でもいいや」

駒場「はいはい。わかったよ」

   佐々木が厨房に入る。

   シンクで米を研いでいた柚木がガス釜

   に釜をセットする。

駒場「奏太。報告」

   柚木に目をうつす佐々木。

   柚木の頭・ちょんまげ

佐々木「おう、結ったか」

   佐々木の前に出た柚木。

柚木「お疲れさんでございます。おかげさま

 で髷を結うことができました」

   佐々木はこんぱちを始める。

佐々木「序ノ口序ノ口序二段序二段」

   リズミカルにおでこを弾く佐々木。

佐々木「ちゃんとしこふんで三段目、幕下幕

   下、這い上がって関取になるんだぞ」

   強くおでこを弾く佐々木。

柚木「どうもごっちゃんでした」

    柚木のまげにはさまる一万円。



○街路樹・桜の木(日替わりの夜明け前)

   八分咲きの桜。

   エンデイング曲・関取花「相撲部屋あ

   るある」


○同・土俵(日の出)

   窓に光がさす。

   四股を踏む音。

佐々木の声「抜いて踏んだら直ぐわかるんだ

 ぞ。柚木。自分に返ってくんだぞ自分に」

   木札板・マネージャー、駒場

   四股を踏む短髪の駒場。

駒場「こうやって、親指に力入れて踏むんだ

 よ」

   食い入るように見る新人力士。


○同・上がり座敷

   座敷の縁に腰をかける佐々木。足には

   白足袋。

   うしろに律子。

律子「駒場くん。すっかり仏のマネージャー

 になっちって」

佐々木「そうだな」

律子「あらっ。白まわしはまだかしら」

佐々木「あいつ寝てんじゃねえよな」

律子「まさか」


○同・土俵

   木札板・師範隆盛の横に十両嵐輝竜

   (らんきりゅう)

   稽古場入り口・下半身、白まわしが見

   える。白まわしは上がり座敷へ進む。

佐々木「きたきた」

   佐々木の前で蹲踞する白まわし。

白まわし声「おはようございます。これから

 は若い衆の手本になるようより一層の研鑽

 を積みます。宜しくお願いいたします。オ

 ヤジ、おかみさん」

佐々木「よし。頑張れ」

   律子は数回頷く。

   冴島は立ち上がる。

冴島「おかみさん。俺のしこ名なんて読むん

 すか?」

律子「研鑽がわかるのに」

佐々木「殺すぞ」

律子「はーい記念に一枚取るよ」

佐々木「稽古中の写真はお止めください」

   自撮り棒を伸ばす律子。


○スマホ画面・ブログ

   前シーンの写真。指をつまんでズーム

   アウト。

   ブログタイトル・かみってる~わたし

   今おかみやってる

   記事・今日の豆知識

   〉どすこい。お相撲さんはどすこいっ

   て言わない。みんな知ってた

〈了〉




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