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ヘオズズ襲来

 



 成り行き上、ツバサビトの少女を保護したアリーム一行は、とりあえずこのままウーゴに向かうことにした。

 ムジーフが応急治療を施し、それでも気絶したままの少女を、自働車の後部座席に寝かせる。

「……手がかりは、この鞄だな」

「勝手に開けたら、まずいであろうな……」

 自働車の前席では、ダンジュウとアリームが顔をつきあわせ、鞄をどうするか悩んでいた。先の争いは、どうやら集落内のいざこざと言うよりは、この鞄が原因であることは明らかだった。

 少女が竜巻の中でも決して脚から離さなかったことから、よほど大事なものであるのは確かである。

「服装を見る限り、ウーゴ砦の伝令兵じゃあないかと思うぞ……」

 アリームの言葉に、助手席で足を組んで座るダンジュウが、

「この歳でか!?……まあ、同族同士の争いじゃないとすると……俺たちは、何かしらの軍事的な厄介事に巻き込まれたのかも知れんなぁ……」

 と、特に困った様子も見せず、他人事のように、それでいて全員に聞こえるように呟き、馬車に乗る使用人を怯えさせる。

 だが、アリームは不敵な笑みを崩さない。

「……この程度、厄介のうちに入らんワイ。ワシが若い頃はなぁ……」

 大声で昔の自慢話を始める主人に、御者台のムジーフが「また始まった」と呟き、呆れ顔を見せる。だが、[厄介事]に関しては、特に困った表情を見せることはなかった。

 そんな中、再び自働車を引いて山道を下るモミジは安堵の息をついた。

 [厄介事]と聞いて、二人が少女をこの場で放り出してしまうのではないかと心配になったのだ。少なくとも、この人達であれば、少女を然るべき所に届けてはくれるだろうと思えたことで、安心したのだ。

 ――もう、街に到着する……

 そう思ったモミジがまもなく見えるウーゴの街に目を向けたとき、思わぬ光景が飛び込んできた。それは、街というものを初めて目の当たりにしたモミジにとっても、違和感のあるものであった。

「…………煙?」

「……どうしたんじゃ?」

「アリームさん、街から煙が見えます……」

「……煙じゃと?」

「ちょっとごめんよ……」

「ダンジュウさん、いきなり人の肩に乗らないで……」

 躊躇も遠慮もなく無く、モミジの肩の上に肘を掛けてよじ登り、同じ視点で街を見下ろしたダンジュウが目を凝らし事態を見極めようとする。

「……何かが暴れているな」

「え?……」

 ダンジュウの言葉に、モミジも街を凝と見つめると、確かに、巨大な鉄の蜘蛛と思われる怪物が、街を蹂躙している光景がはっきりと見えた。

「何じゃ、ありゃ……鉄甲騎、なのか?」

「……これまで見たこともない型ですねぇ」

 望遠鏡を奪い合いながら、アリームとムジーフも街で暴れる怪物に困惑していた。

 直後、モミジの表情が険しくなるのを、ダンジュウは見逃さなかった。

「ダンジュウさん、アリームさん……私、止めてきます‼」

「無茶だ、いくらあんたが巨人でも、あんな怪物に太刀打ちが……」 

 アリームの制止が終わらぬうちに、ダンジュウを自働車に降ろしたモミジは、山道から飛び出し、最短距離で街を目指し始めた。彼女が全力で走れば、街はあっという間の距離だ。

「やっぱり、あの娘はサクラの子だ。だが……」

 走り去るモミジの後ろ姿に、ダンジュウは懐旧の念を抱きつつ、置き去りにされた背負子と、護身用の鉈に目を向ける。

「まだまだ未熟だな……」



「……何で、こんな怪物が現われたんだ!?」

 ウーゴの街は、突如、南の崖から[降ってきた]驚異に混乱していた。

 ウル山脈に囲まれ、入り口を堅牢な砦に守られたこの地が、直接戦場になったことはない。巨獣の類も近年は、この辺りには現われない。

 そんな場所に突然出現した鉄の怪物に、人々は怖れ、戸惑い、取り乱す。

 青天の霹靂とはまさにこのこと……巨大な四本脚の蜘蛛猿は、建物を踏みつぶし、あるいは握りつぶし、逃げ惑う人々を容赦なく蹴散らしていく。



「……それが俺さんの切り札……〈鉄甲騎ヘオズズ〉さんよ!」

 ゼットスが誇る[切り札]の詳細を聞かされたドルトフは素直に感心した。

 それは、誇り高い操縦士としては[邪道]な代物ではあるが、戦術家としては、是非にも欲しい機体でもあった。

「……貴殿の[切り札]とやらは大したものであるな……まさか、人の脚を拒む岩山を駆け抜ける鉄甲騎(キャバリ)……いや、脚甲騎(オートレグ)があるとは知らなんだ……」

「もともとは、こいつを使ってさっさと砦さんを落とすつもりだったんだが、先に拠点を襲撃されて、台無しにされちまっていたからな……」

「一体、あのような脚甲騎(オートレグ)を貴殿はどこで手に入れたのであるか……?」

 ヘオズズの出所を問うドルトフに、ゼットスは、にやけたまま答えた。

「……買ったのさ。[黒い影みたいな奴]さんからなぁ」

 その言葉に、ドルトフは聞こえぬよう呟く。

「([影]のような? [あの覆面]は、そんなものまで与えていたのか)」



「守備兵はとっくに出撃したぞ、騎兵、鉄甲騎も全騎出撃用意だ! 機関士は機体の起動急げぇ!!」

 ドルージによる号令の元、機関士達は一斉にそれぞれの鉄甲騎に搭乗し、起動準備を始める。

 かつて先代の藩王の背中を、言葉通り長年に渡って〈預かった〉ドルージは、平民の出でありながら王の信頼篤く、経験も豊富であることから、実質的な副隊長も任されており、当然、指揮権も認められている。

「修理完了したばかりで、作動試験もしないで出撃かよ!?」

 文句を言いながらも機関士が各種計器類の点検を済ませ、発火の術を素早く唱えて焔玉機関に火を入れたところに、操縦士が乗り込んだ。

「ぼやくな……前代未聞の敵が現われたんだ。砦の六騎で一気に叩くぞ」

 操縦士はリストールに乗り込み、こちらも素早く操縦装置の点検を終える。

「第二小隊、出撃準備よろし」

「第三小隊、出撃準備よろし」

 二騎のバイソールと四騎のリストールが機関の音を盛大に鳴らし、出撃の下知を待つ。

「よーし、全機発進……あの怪物を街から叩き出せ!!」

 ドルージが下知を飛ばしたとき、

「ちょぉっと待ったぁ――――――っ!」

 と、拡声器を通したシディカの声と甲高い音周りが格納庫に響き渡る。

「その出撃、鉄甲騎第二小隊のみとさせていただけませんかぁ?」

「何故だ副隊長!? 全騎で掛かれば取り囲んですぐに終わらせられるだろ!!」

 いきり立つドルージを宥めるように、シディカは言葉を続ける。

「これぇ、たぶん、揺動ですよぉ。今、偵察隊を斥候として放ちましたので、確認は出来ると思いますがぁ……」

 そんな中、先ほどまでリストールの起動準備を手伝っていたナランが、格納庫の片隅にある自転車を持ち出していた。

「おいナラン!……こんな時に、どこに行くつもりだ!?」

「機関士長! プロイ達がまだ帰ってきていないんですっ……僕、捜してきます!!」

「ナラン!? 危険だ、もどれぇ!!」

 ドルージの制止も聞かず、ナランを乗せた自転車は街へと走っていく。

 確かに、祖父としてのドルージはプロイのことが心配でならないが、機関士長としては持ち場を離れるわけには行かない。しかし、だからといってナランを危険な場所に行かせる理由にはならないのだ。

「第2小隊、何をしている、直ちに出撃、街を守るんだ!!」

 どうしようもない苛立ちを隠し、ドルージは出撃命令を下した。



 砦を飛び出したナランは、兵と自警団に誘導された避難民に目を向け、プロイの姿を捜す。

「あの時と同じだ……」

 ナランは、二年前の出来事を思い出していた。

 崩れゆく町並み……

 死んで行く人々……

 今でも夢で見るあの惨劇と、たった今ウーゴで起きている出来事が重なり写っているのだ。

「このままじゃ、何もかもが、ジマリの時と同じになる……」

 自然と、自転車を漕ぐ足に力が入る。

 記憶に浮かんでくる、かつての友人や近所の人たち、そして、父の顔……

 小さくとも綺麗な町並みが破壊し尽くされ、自分が知るものを尽く奪い去った怪物……それと同じことが―破壊と殺戮が、鉄の怪物によって今まさに行われているのだ。

 ――もう、あんな目に遭うのは沢山だ!!

 自然に流れ出た涙を拭きつつ、ナランはプロイの姿を求めて先を急いだ。



 ナランが向かう先では、ゼットスからヘオズズと呼ばれていた鉄甲騎が、その歪んだ憎しみと欲望を表現するかのように、その長く不気味な脚で破壊の限りを尽くす。

「畜生、この街を好きにさせるなぁ!」

 警吏隊と自警団は、それぞれ鎖閂式(ボルトアクション)銃などで武装し応戦するが、装甲の薄そうなところを狙っても、全く打撃は与えられない。

 この街の警吏隊と自警団は、鉄甲騎はおろか、脚甲騎すら所持していない。

 そも、ウーゴ砦に守られた彼等が、それらを必要とはしていなかった。

 領主であるダルバ公が所持を許可しなかった事もあるが、市民と守備隊の信頼関係が確立しており、作業などで必要になった場合でも、ウーゴ砦に要請すれば済むことであったのだ。

「……銃じゃ、歯が立たない……」

「当たり前だ、相手は鉄甲騎だ。砦の守備隊に応援要請を早く!」

「もう行ってる……!」

「では、味方の鉄甲騎が来るまでここで足止めです!」

 そう言って前に出てきた術師風の男が、両手で印を組み、心の中で心象具現の[式]を組み立てる。

「…………シフト!!」

 術師が西方気取りの掛け声と同時に印を組み替え、その瞬間、出現した光球がヘオズズに命中し、破裂……辺りにまぶしい輝きが広がる。

「やったか!?」

「唯の目つぶしです……鉄甲騎に生半可な術なんか効きませんよ……」

 実際、この程度の光では撮像器に焼き付けさえ起こせない。それでも、不意に起こった閃光を受け、怪物が怯んだとろに、術師は続けざまに印を組み、掛け声を上げる。

「……シフト!!」

 転瞬、周囲の瓦礫が一斉に浮き上がり、鉄の蜘蛛猿に向けて落下する。いや、飛びかかっていくと言ったほうが正しいかも知れない。

「こいつ、対術防御はそれほどではないな……なら、この飛礫でも足止めくらいなら出来るかも……」

 術者の言葉通りヘオズズは、飛来し、襲いかかる瓦礫に押され、わずかではあるが後退する。

「あんた……存外、すごい術者だったんだ……」

 感心する自警団だが、消耗が激しいのか、術者は苦悶の表情で答える。

「……正直、あまりな額は維持できません。早く鉄甲騎にとどめを刺してもらわないと……」

 だが、皆が「行ける!」と、思ったその瞬間、鉄の蜘蛛猿は一瞬身を低く落とし、その直後、脚の全てをバネのように伸ばして跳躍する。

「う、うわぁ!?」

 突然飛翔する怪物に仰天し、その衝撃で吹き飛ばされた自警団を余所に、蜘蛛猿は腰を抜かした彼等を、更には並ぶ建物を軽々と飛び越え、まだ被害の及ばぬ、即ち避難の済んでいない場所に飛び降りる。

 その衝撃と振動が、逃げ惑う住民を吹き飛ばす。 

 そこには、渋滞に巻き込まれた給仕長とプロイが乗る馬車の姿もあった。

 運命の偶然か、それとも何らかの意図か、ヘオズズの前脚は、馬車の荷台を踏みつぶし、先端の手首が掴んだ荷物をぶちまけ、それにより、巻き込まれたプロイと給仕長が、馬車の破片と共に投げ出される。

「何?……一体……」

 立ち上がったプロイが見たものは、自分に向く怪物の正面……巨大な一つ目の丸い、無機質な透鏡(レンズ)であった。

 その一つ目もまた、プロイを睨み付けていた。そして恐るべき蜘蛛猿は、獲物を見つけた捕食者のように、プロイに向けてゆっくりと、確実にその指を伸ばしはじめる。

「い……いや……」

 無機質かつ不気味な一つ目の輝きに、恐怖のあまり身じろぎ一つ取れないプロイ……

 怪物の魔の手がその小さな少女の体を鷲掴みにせんとしたその時、

「プロイ――――――!?」

 突然、ナランの声が聞こえた。

 転瞬、駆け込んできたナランが自転車を捨ててプロイに向けて跳躍し、そのまま抱きかかえるように倒れ込む。その瞬間、プロイのいた場所を怪物の手首が空を握った。

「……え……ナラン?」

「いてて……」

 右肩を打ったのか、痛みを堪えて立ち上がるナラン。

「……だ、大丈夫!?」

 涙目で心配するプロイに、ナランは笑みを浮かべる。

「ちょっと、肩を打っただけ……このくらい平気さ……」

 痛みで歪みつつも、ナランの顔は強気の笑みを浮かべていた。

 初めて人を救った――

 それは、たった一人かも知れない。

 一人や二人救ったところで、大したことはないのかも知れない。

 それでもナランが、理不尽な驚異から初めて人を助け出したのは間違いなく、その事が、この少年に大きな自信を与えたことは確かであった。

 起き上がったナランは、近くで倒れていた給仕長の肩を担ぎつつ、

「砦の鉄甲騎がもうすぐ駆けつけてくれるから、プロイはここから早く逃げるんだ!」

 と、プロイにも逃げるように促す。だが、プロイも給仕長の肩を担ぐ。

「見捨てられるわけ無いじゃない!!」

 ふたりは気を失ったままの給仕長を引きずり、その場からの逃走を図る。

 その一方で、目の前から突然少女が消えたことに、鉄の蜘蛛猿は戸惑いを隠せずにいた。この機体は回転頭部を持たない上に、胴体上部にある操縦室の覗き窓も、視界が悪いのが欠点のようだ。

 それでも、捕食者は獲物を逃さなかった。

 逃げる三人を見つけた蜘蛛猿は、突如後ろ足で立ち上がり、怒りにまかせて三人めがけて前足を振り下ろし、両掌を地面に叩きつける。

 瓦礫が吹き飛ぶ衝撃と、もうもうと立ち籠める土煙の中、少年と少女の悲鳴がわずかに聞こえた。そしてまもなく煙がはれると、そこには、吹き飛ばされたナラン達三人が倒れていた。

「な、ナラン……?」

 プロイは、自分をかばう形で倒れていたナランを、今度は自分が庇うように抱き寄せる。

「起きてよ……早く、逃げなきゃ‼」

 どうにか気を失わずに済んでいたナランはではあるが、打撲によると思われる、全身の痛みで起きることが出来ない。

 ――また、守れないのか!?

 ナランは心の中で嘆いた。

 ――今度は僕も死ぬのか!?

 ナランの心は自分の最後を想像していた。

 ――せめてプロイだけでも!

 ナランは、傍で自分を抱き寄せる少女を守るべく、力を振り絞り、立ち上がろうとする。だが、体は言うことを聞いてくれそうにない。

 そんな少年の思いを徹底的に踏みにじるように、ゆっくりと、確実に動けぬ三人に向けて近付いてくる。

 単なる機械でしかない筈の物体に、プロイは強烈な殺意を感じ取る。

「や―――――――――!!」

 面前に迫る絶望に悲鳴を上げ、それでもプロイは、ナランを庇うように抱きしめる。

 ――お願い、誰か助けて!?

 見上げると、鉄の蜘猿が、右足とも右腕とも取れるそれを天高く突き上げ、広げた掌を無慈悲にも、祈る少女に叩きつけようとしていた。まるで、

 お前の祈りなど、誰にも届くものか!!――

 と、嘲笑するかのように。

 恐怖に耐えきれず、蜘蛛猿から目を背けるプロイ目掛けて、その掌が振り下ろされた。


 しかし、プロイの祈りは聞き届けられた。

 激しい衝撃を感じたものの、直後、それが自分たちに届かなかったことをプロイは知ったのだ。

「…………何?」

 プロイが……そして朦朧としていたナランが目の当たりにしたものは、巨大な人影が蜘蛛猿の前に立ち塞がり、振り下ろされた前足を両腕で押さえ込む姿だった。激しく動いたためか、振り子のように舞い踊る、赤く美しい髪が、徐々にその動きを止める。

「女の……人?」

 プロイは最初、大人の女性が自分たちを庇ってくれたのかと思った。

 だが、その女性は、自分たちを押しつぶそうとした巨大な怪物の脚を両手で掴み、尚かつ、巨大であるはずの怪物を見下ろしているように見える。

「……巨人の、女!?」

 ようやく目を覚ました給仕長が体を起こして呟いた。

 怪物を必死に押さえ込もうとしている巨人がわずかに顔を動かし、プロイたちに逃げるように促す。

「……は、早くそこから離れて……くださいっ!!」

 その紅い髪と薄褐色の肌を持つ顔は、確かに女性だった。鉄甲騎のように巨大ではあるが、確かに、見目麗しい少女だった。

 ――巨人は、確かに私たちを助けようとしている――

 その事ははっきりと理解したものの、あまりの出来事に言葉も出ないプロイの代わりに、給仕長が「感謝する!」と簡単に礼を述べると、ナランを担ぎ上げ、プロイの手を引いてその場を離れる。


「……よかった」

 三人がその場を離れた事に安堵したモミジは、改めて怪物に向き直る。

 モミジは、母サクラから武技の手解きを受けており、一度や二度は、巨獣との戦闘も経験済みではある。

 だが、鉄甲騎のような存在との戦闘はこれが初めてであり、しかも、護身用の鉈は背負子ごと置き去りにしてきたため、徒手空拳で鉄の塊と戦う羽目になっていることに、今更気付く始末である。

 しかし、今更ここで引くわけには行かない。

 そしてモミジ自身、引くつもりもない。

 そも、誰かを救うためならば、考えるより先に、と云うより、考え無しに突っ込んでいく性分なのだ。

「どういうつもりですか……街で暴れるなんて、お姉さん怒りますよ!?」

 目の前で自分たちに怒りを向ける巨人の存在は、ヘオズズの操縦者と機関士を混乱させる。

「なんだ、こいつ……鉄甲騎じゃない!?」

「何が、起こっているんだ!?」

 視界の悪い受像器には、モミジの胸部分しか映し出されておらず、今、自分たちの目の前に何が居るのか、彼等は皆目見当が付かない。とりあえず操縦者は左の操縦桿を動かし、受像器に写る物体めがけて掌を突き出させ、突き飛ばそうと試みる。

「わ、わわわ……!?」

 突き出された掌を思わず後ろに避けたモミジだが、勢い余ってそのまま後ろに数歩下がり、両腕を振り回してバランスを保とうと試みるものの、結局、無事だった家屋を潰しながら倒れ込む。周囲に瓦礫と土煙が飛び散るが、幸い避難は完了しており、人的被害はない。

 対するヘオズズもまた、モミジが急に手を離したことによりバランスを崩し、前のめりに体勢を崩して胴体を地面に着ける。

「あいたたた……」

 家屋の残骸から上半身を起こし、膝立ちになるモミジを受像器越しに目の当たりにした操縦士と機関士は、我が目を疑った。

「…………巨人だと!?」

「しかも、女、だ……」

 予想外の存在が出現したことでますます混乱に陥るヘオズズだが、それは、ようやく立ち直った警吏、自警団、そしてまもなく到着する第二小隊も同じであった。

「あれは……味方、なのか?」

「に、しても……何なんだ、あれは……」

 頭を振り、赤い髪にまとわりついた瓦礫を振り払う巨人の少女の存在は、いろいろな意味で人々を困惑させた。

 この中で、正気を保っていたものは、モミジひとりと云っても良い。

「今ですっ!」

 ヘオズズが動かないことに気付いたモミジは先手を打ち、手近な瓦礫を拾い上げ、「ていっ」と、投げつける。それは立ち上がろうとしたヘオズズの上部にぶち当たり、衝撃で機体が上向きに持ち上がる。それを見たモミジは、すかさず駆けだし、全身で体当たりを仕掛けた。

「うりゃあ――――――!」

 雄叫びを上げ、体ごと突っ込むモミジ。

「やらせるかよ!?」

 対するヘオズズは細長い両前足を前方に向けて振り回してバランスを取り直すと、そのまま勢いを付けて殴り掛かるが、それを躱して一手早く懐に入り込んだモミジの体が激突する。

「このままひっくり返りなさいっ!」

 体当たりと同時に、モミジはヘオズズの胴体を、両手に力を込めて機体を押す。

「畜生、なんて馬鹿力だ!」

 操縦士がのし掛かる巨人を押し返そうと、操縦桿と踏板に力を込め、後ろ足に踏ん張らせる。そして機関士も、

「このポンコツ機関、もっと力を出せ!」

 と、鞴を操作して焔玉に空気を送り込み、熱量を上げて機関の出力を上げるが、それでも押し返すだけの力は得られない。このヘオズズは、機動力こそ他の鉄甲騎を凌駕するものの、膂力は心許ない、特化型の機体なのだ。

「そう、機動力なら、こっちが上だ!」

「……え?」

 操縦士が叫ぶと同時に、ヘオズズは前足でモミジの肩を掴み、後ろ足に蓄えた力を一気に開放、そのまま飛び上がり、掴んだモミジの肩を支点にして頭上を飛び越えようと試みる。

「させません!」

 頭上をヘオズズが飛び越えた直後、モミジは通り過ぎようとした蜘蛛猿の後ろ足を掴み、自身もそのまま背中向きに倒れる。それにより、ヘオズズは着地に失敗、その胴体がまともに地面へと叩きつけられ、同時に、両前足関節の付け根から蒸気が噴き出し、それきり動かなくなった。

「やった……」

 仰向けから俯せに姿勢を変えつつ上半身を起こすモミジだが、不意に強烈な打撃を受けた。後ろ足の蹴り……と言うより拳が襲ったのだ。

 巨人と言っても所詮は生身……頭部を強烈に殴られて脳震盪でも起こしたのか、モミジは再び仰向けになり、そのまま気を失った。



 戦闘の様子は、山道から見下ろしていたアリーム達にも確認できた。

「モミジ殿、起き上がりませんなぁ……」

 ムジーフが心配そうに、全員の気持ちを代弁するかのように呟く。

「俺も行こう……サクラの娘を見殺しには出来ん」

 ダンジュウはそう言って、馬車から大槍と背負い櫃を取り出す。

「さすがに、鉄甲騎の相手をするなら、槍と具足がいるな……」

 ダンジュウが開いた黒い櫃の中には、一揃いの甲冑が収められていた。

「こうなったら、ワシらも行くぞ……」

 アリームの言葉に、ムジーフが叫ぶ。

「危険すぎます、大旦那様!……それに……」

「危険は承知の上じゃ……それに、H―5型は、ここに置いていく」

 アリームは気を失ったままのセレイを抱き上げ、馬車へと移し替える。

「ワシらは先に行く。お前達は、車を押して後から付いてこ―――い!」

 その場に残され、動かない自働車を押しつけられた使用人達は、溜息をついて、走り行く馬車を見送った。



「巨人がやられたのか……?」

「小隊長、指示を……」

「[敵の敵は味方]という言葉もある。ともかく、近付くだけ近付くんだ」

 ヘオズズの拳を受け、モミジが立ち上がれない状況を見た第二小隊は、戸惑いつつも、ヘオズズに近付こうとしていたが……

「障害物が多すぎます……建物を壊さなければ、進めません……」

「市街戦闘は想定外の作りだからな、この街は……」

 整然とした貿易街と違い、下町である北側の市街は無秩序に並んだ建物と、その間を細い道が迷路のように張り巡らされている。

 建物や瓦礫を避けながら進むバイソール二号機の足下に、ナランを抱えた給仕長、そしてプロイが走り寄ってきた。

 プロイは、バイソール二号機に向けて叫ぶ。

「お願い、あの巨人さんを助けてあげて!?」

「……了解した。君たちは、早く避難するんだ」

 プロイの言葉に、巨人が味方であることを理解した第二小隊は、再び前進を始める。

「でも、どうするんですか?……建物の密集地じゃ、簡単には進めませんよ」

 機関士の意見に、操縦士はすぐに決断する。

「緊急事態だ。このまま建物を飛び越える」

「飛び越えるって言っても、我がバイソールはともかく、リストールでは街にどれだけ被害を及ぼすか……」

 標準的な鉄甲騎は、軽く助走を付ければ自身の身長を越えるだけの跳躍力を発揮することが出来る。だが、鉄甲騎ならいざ知らず、脚甲騎の場合、跳躍そのものは可能であるが、着地の際に転倒を起こすこともあり、あるいは着地地点がずれて市街に余計な被害を増やすかも知れないのだ。

 機関士の更なる指摘に、操縦士は拡声器を通してリストール二騎に指示を出す。

「敵は手負いだ。奴は引き受けるから、リストール三号、四号は、守備兵、警吏隊と共に避難民救出の支援だ!」

 そう言って操縦士は、自機を極力、高さのない建物の傍まで走らせ、そのまま助走を付けて跳躍させる。

「飛べ!」

 バイソールは重々しくも一気に飛び上がり、建物を辛うじて飛び越える。



 一方、前足が完全に破壊されたヘオズズは、後ろ足で機体を引きずり、後退し続ける。それは、もはや逃走のためではない。

「糞が、作戦がめちゃめちゃだ……あの大女、ひねり潰さなきゃ収まらねぇ!!」

 ヘオズズの操縦士が躍起になって操作し、機体の上部を回転、前方の扉を開けて視界を確保、機体を、動かぬモミジに向けて這い寄らせる。

「おい、こうなったら狼煙だけでも上げろ!……ウライバ城だけでも乗っ取らせるんだよぉ!!」

 操縦士の指示に、後ろで必死にダメージコントロールを行う機関士は、

「……この段階で出すのか!?」

 と、戸惑いながらも信号拳銃を取り出し、中折れ式の薬室に信号弾を装填する。

「……さて、この美人の顔を見られないようにしてやる!!」

 目を血走らせた操縦士の恨み言を具現化するかのように、ヘオズズは最後の力を振り絞り、モミジに向けて拳を振り上げる。それを見たバイソールが阻止しようと駆け寄るが……

「だめだ、間に合わない!!」

 バイソール操縦士が叫んだ瞬間、モミジに向けて鉄の腕が振り下ろされる。

「潰れろぉ!!」

 操縦士が叫んだその瞬間、ヘオズズの腕が消えた。

 そう思った次の直後、明後日の方向にその腕が落下した。

「蒸気と油の流出が止まらねぇ……この機体はもうだめだ!」

 機関士の言葉通り、ヘオズズは全身から蒸気を噴き出し、完全に停止した。

「……何が、起きた!?」

 そこには、鎧武者が立っていた。

 ――こんな奴、いつからここに!?

 操縦士は、疾風のように現われた異国の武者に言葉を失った。

 威風堂々とは、彼のためにある言葉といっても過言ではないだろう。

 黒糸で素懸に威した鉄錆地の当世具足に、金の鍬形で飾られた兜を着け、鳶のような仮面で素顔を隠す鎧武者の右手には、ヘオズズの腕を叩き斬ったと思われる、それでいて、刃先に穢れ一つ無い大身の朱槍が、だらりとぶら下げられていた。

 東方の武者に似せて造られたサクラブライと違い、こちらは本家本元の鎧武者であると云えよう。

 面の内側から不敵な笑みを浮かべ、動かぬヘオズズを睨み付けていた武者に向け、操縦士はようやく口を開く。

「槍で……鉄甲騎の腕を斬った、だと……!?」

「『槍は斬るを以て神髄と為す』……師匠の受け売りだがな」

 相手が求めたものとは見当違いの返答をする鎧武者ダンジュウ……完全武装の武者がたった今見せた神業を、バイソールの操縦士、警吏隊と自警団、そして、ようやく追いついたアリームは、呆然と眺めていた。

「畜生!」

 周囲が呆気にとられている中、スクラップと化したヘオズズの上部天蓋が開き、敵機関士が信号拳銃を天に向けて構える。

 転瞬、

「狼煙を上げさせちゃ、ダメ――――――!!」

 少女の声が響き渡り、全員が我に返る。目を覚ましたセレイが馬車から顔を出し、力一杯叫んび、そしてその声が鋭い矢になったかのごとく、敵機関士の手から信号拳銃が弾き飛ばしていた。

「そ、そんな……」

 うめく敵機関士の手に、棒状の手裏剣が突き刺さっている。

「……なんだか知らんが、間に合ったな」

 その手裏剣は、セレイの叫びとほぼ同時に、ダンジュウの手から飛び出したものであった。

 やがて、自警団と警吏によって機体から引きずり出される操縦士と機関士を見届けたダンジュウは力尽きたのか、その場に膝を突く。それを見て慌てて駆け寄るアリーム。

「おい、大丈夫か、ダンジュウ……」

 アリームの肩を借り、ようやく立ち上がるダンジュウ。

「さすがに気力を使いすぎた……それより大旦那、モミジを頼む……」

 その言葉に、アリームがモミジの方を見ると、自警団が、気を失って倒れたままの巨人の少女を、遠巻きに囲んで様子を見ていた。

「何をしておる!……女の子をこんな所に寝かせておく気か!?」

 アリームは、ようやく駆けつけた脚甲騎を呼び止める。

「あんたらで、嬢ちゃんを安全なところに運ぶんじゃ……早く!!」





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