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動き出した陰謀

 


 結局、のんびり昼食を挟んだ後、人々に見送られて市場を後にしたモミジは、アリーム一行とともに一路、ウーゴの街を目指していた。

 絨毯を載せた幌馬車を先頭に、自働車を引く巨人――モミジが続く。

 モミジは、その自働車にアリームとダンジュウが乗り込んでいるのが気になった。舵輪と制動操作のために仕方がないというのだが、彼等に四六時中後ろ姿、と云うよりお尻を眺められていることが気に入らないのだ。

「(布でも被せちゃいましょうか……それとも、いっそ坂道を転がして上げましょうか……)」

 湧き上がる怒りを堪え、何かぶつぶつと呟くモミジの心境に気付くことなく、何の荷物も載せず、軽くなって時折浮く背負子の下、腰布の内側にあるはずの形よい尻を想像したのか「眼福、眼福」と、ダンジュウがにやけている横で、アリームが尋ねる。

「そう言えば、何で代価が焔石なんじゃ?……燃料にでもするのかの?」


 焔石は、機関の燃料としてだけではなく、金属加工や、調理、暖房の手段として重要な生活必需品ではある。ただ、一度火を入れた焔石は、少なく見ても数日、質と使いようによっては一ヶ月近く熱を発するため、用途にもよるが、巨人といえど、個人が大量に必要とすることはあまりない。

 もし、焔石の火を落としたいのであれば、金属の蓋などで密閉し、空気を遮断すればよい。そうすれば、周りの酸素を吸い尽くした焔石は、自然に発熱が止まり、そして、寿命が尽きるまで再使用が可能となる。

 ちなみに、焔石があるからと言って、薪、炭、石炭、油などの燃料に需要がないわけではない。一部の調理など、高すぎる火力故に焔石では向かない用途も存在し、また、炭と、石炭を加工したコークスなどは、(焔石では炭素が発生しないため)鉄や鋼の加工に必需品となっている。


 では、モミジのような巨人は何故、焔石を大量に求めるのか、それは……

「私たち巨人は、[高熱]が食べ物代わりなんです。だから、熱した焔石が、一番都合が良いんです」

 振り返りもせず、やや不機嫌気味に答えるモミジ。


 彼女たちのような巨人(と言っても、今はモミジしか確認されていない)は、通常の生き物のような食料を必要とせず、また、それによる排泄もない。一応、発汗はあるものの、大きさに比例した量はなく、熱、暑さには、むしろ強い方と云える。事実、モミジは焔石の熱をものともせずに摘み上げ、食すことが出来る。

 ついでに云えば、ある一定の段階で成長は止まり、見かけ上の老化も起きない。だがそれでも、身体の寿命は存在するらしい。

 ただし、そんな一見完全生物のような存在にも、何らかの弱点や帳尻合わせがあるのだが、それは違う機会に回すことにする。


「しかし、嬢ちゃんは昼食の時、薬草や乾し茸と交換したハミ瓜とか西瓜とかを頬張っておったぞ?……皮ごと……」

「まぁ、あれは美味しいし、やっぱり水分も補給しないと……」

 何故か、バツが悪そうに答えるモミジ。どうやら、通常の食べ物を口にすることも可能で、味覚を感じることも出来るようだ。

 そんな中、ダンジュウもある疑問を口にする。それは、モミジに出会ってからずっと考えていたことだった。

「そういや、お前の父親は……」

 その時、質問を遮るように、空中を影が過ぎった。

「何ですか?……あれ……」

 モミジが見たものは、ツバサビト同士が空中を追いかけっこしている光景だった。幾度も宙返りや旋回を繰り返す空中機動は、もはや鳥さえも凌駕していた。

 いや、それは追いかけっこではなく、空中戦といって良いものである。モミジにとってツバサビトは比較的見慣れた種族だが、同族同士で戦う姿を見たのは初めてだった。

「求愛の儀式か?……」

 使用人のひとりが呟く。

「違う……明らかに、片方から殺気と悪意を感じるぞ……」

 ダンジュウがいつになく真剣な表情で言い放ったその時、森に逃げ込まれ、目標を見失ったツバサビトが空中で旋回、その直後、何の前触れもなく発生した竜巻に巻き込まれたもう一人のツバサビトが空中に持上げられ、そのまま反転して地面に叩きつけられようとしていた。

「あれ……女の子だぞ!?」

 ダンジュウが叫んだとき、モミジは自働車を繋いでいた縄を離し、背負子を素早く降ろして、すでに走り出していた。

「ワシらも追うぞ!……走れっH―5型!!」

「だから……車、動かないだろが!」

「そーじゃった――――――!!」

 そんなダンジュウとアリームを余所に、モミジは巨体に見合わぬ速度で木立を駆け抜け、翼持つ少女が落下する場所へと急行する。

「間に合って……ていっ!!」

 勢いに乗ったモミジは跳躍し、空中で手を伸ばす。巨人の脚力は素晴らしく、すぐに自身の身長を越える高さまで跳び上がる。

「届いた!!……」

 モミジは木にぶつかるギリギリのところで少女を受け止め、今度は地響きを立て、地面を削りながら、滑るように着地する。

「……大丈夫ですか?」

 モミジは、少女に向けて笑みを浮かべる。

 巨人の手の中、ツバサビトの少女――セレイはモミジの巨体に驚きながらも、向けられた笑顔に安心したのか、

「……お願い……鞄を……このままじゃ……」

 と、か細く呟き、そのまま気を失った。それを見たモミジは、空中で様子を見るグルズを睨み付ける。

「あなた、こんな小さな子を虐めて……酷いとは思わないんですか!?」

 意外な存在の出現に驚き、戸惑ったグルズは、巨人相手ではさすがに分が悪いと感じたのか、しばし様子を見る。だが、モミジの手の上で動かないセレイの足指が鞄を落としそうになるのを見るや、目の色を変えた。

 ――せめて鞄だけでも取り戻さなければ!

 その想いに駆られたグルズは、モミジの掌めがけて急降下を試みる。

 ツバサビトの急降下に反応し、素早くセレイを胸元に抱き寄せてかばうモミジだが、グルズはそれより一歩早く、鞄に迫る。

 その時、モミジの横顔を突風がすり抜けた。

 それは、巨人であるモミジの髪を大きくなびかせ、先端を縛っていた布を解き、肩口を越えて乱れさせるほどの強さがあった。

 風は、グルズの物ではない。無論、気を失っているセレイでもない。

 モミジは見た。袖を靡かせて飛翔した武者の後ろ姿を……

 鳥よりも速く跳び、一瞬きらめく閃光を放った武者はグルズの脇を過ぎ、打って変わって緩やかに落下、鮮やかに着地した。

「…………ダンジュウ、さん?」

 何事もなかったかのように、いつの間にか抜いていた太刀を静かに納刀したダンジュウは、少しだけ悔しそうな表情を見せる。

「きゃつめ、俺の太刀筋を微妙に躱しやがった。なかなか出来る……」

 その言葉の直後、グルズはふらふらと岩陰へと墜落していった……

「一体、なにがあったんじゃ……?」

 いろいろな意味で放たれたアリームの言葉は、この場の全員の気持ちの代弁だった……



 岩陰に張られた天幕の中――

「遅いのである!」

 グルズ帰還の後れに、ドルトフは苛立っていた。

「一体どこで道草を食っているのであるか、あの亜人は……ダーマスルの報告によっては、計画の練り直しだってあり得るのだぞ!」

 それを聞いたゼットスは焦り出す。

「バカ言わさんな! もう、囮組さんは、おっ始めちまう時間だ。今更、後戻りは出来ねぇぞ」

「確かに……だが、事は慎重に運ばねばならんのだ! ここで計画が露見するよりは、延期したほうが、危険は少ないのではないか?」

 野心家のくせに慎重派のドルトフ、いや、野心を実現するためには、時に慎重になるのも当然ではある。だが、積極派、と云うより盗賊のくせに猪突猛進なきらいがあるゼットスには我慢がならない。

「簡単に言うなよ……いくら、砦さんの連中に見つかってねぇ秘密の間道を使っていると言っても、これだけの鉄甲騎と騎馬軍団を隠しながらの進軍は骨が折れるんだぞ!」


 現在、ゼットス党とドルトフ残党連合軍は、ウーゴ砦に続く秘密の間道を進軍していた。ドルトフ、ゼットスに随伴する戦力は装甲騎士二十騎とゼットス一党の生き残り七十余名。

 そして、ドルトフの乗機である凱甲騎スパルティータ。

 その他、ドルトフの鉄甲騎五騎は、ゼットスの手下による手引きで、別の間道を進んでいる。


 ゼットスの立案した計画は、以下の通りである。

 まず、街道の街でドルトフ配下の鉄甲騎と、兇賊が温存していた脚甲騎二騎の計三騎を暴れさせ、イバン隊を制圧、不可能でも足止めをする。続いて、ゼットスの[切り札]がウーゴの街に[裏手]から侵攻、街に攻撃を掛けて守備隊の鉄甲騎隊をおびき出す。

 同時にその[切り札]から狼煙を上げてウライバ王城のダーマスルに合図を送り、王城を制圧、その後ドルトフの主力である装甲騎馬二十騎と鉄甲騎六騎、そしてゼットス率いる兇賊軍団による総攻撃、仕上げは掌握した王城から停戦命令の狼煙を上げさせる、という段取りである。

 この作戦はおのおのの連携が前提となっている。

 無線機のような通信手段が開発されていないこの世界では、最初に決めた段取りが全てとなり、急に変更が入っても連絡の取りようがない。特に、ウーゴからウライバは距離があり、従って、重要な連絡係であるグルズが帰還していない現状は、不確定にして不安要素となっているのだ。

 しかも、グルズ帰還を待つために、全軍の侵攻が予定時間よりも遅れを出しているのだから、最悪である。

 遅れの原因はグルズ未帰還だけではない。馴れぬ山道にガイシュ五騎が前進に手間取り、未だ集結できずにいたのだ。


 ドルトフの苛立ちは、荒げる言葉となって発散される。

「……いっそのこと、貴殿の持つ[切り札]を使って、ウーゴ砦の裏手に全軍を抜けさせ、奇襲を掛ければ良かろうほどに!」

「阿呆が! それが出来りゃあ、とっくに砦は俺さんが落としてるんだよ!」

 ゼットスもドルトフの言葉にいちいち苛立つのは、茶が切れているからであろうか。

「では、貴殿の言う[切り札]は、どうやって砦の裏手に出るというのであるか?……まさか、鉄甲騎(オートティタン)を使わない、ただの伏兵程度のものとか言わぬであろうな?」

 ドルトフの不安はもっともである。

 今回の作戦は全て、砦の鉄甲騎をおびき出し、分散させるためのものである。街の中に生身の兇族を数名放った程度では意味がないのだ。

 その言葉に、ゼットスはにんまりと笑みを浮かべる。

「……それは心配しなさんな。畜生、もう始まる時間だ……」

 懐中時計を見たゼットスは、おもわず舌打ちする。その手にした西方時計の短針は、四を表わす部分を指していた。

「仕方がないのである……このまま進むしかないのである……」

 苛つきながらもドルトフは機関士の手を借り、自機スパルティータに搭乗する。乗り手の容姿とはうらはらに、西方の騎士を模った細身で優美な、戦乙女にも例えられる青白い凱甲騎は、ドルトフを受け入れてハッチを閉じ、その目に野心の光を宿した……



「鉄甲騎一、脚甲騎二、見ゆ。」

「騎兵による誰何に応答無し。間違いなく、攻撃目的の行軍と思われます」

 ゼットスの言葉通り、イバンが聞き込みに向かったホドの町は、鉄甲騎一騎と脚甲騎二騎による襲撃を受けようとしていた。

「中型程度の機体に丸みを帯びた重装甲、胴体にめり込んだ独特の頭部……間違いない。手配にあったドルトフ将軍配下の鉄甲騎〈ガイシュ〉だ……

 後ろにいるのは、機種不明の再生機……やはり、ゼットスの残党が将軍と手を組んだ、か」

 村を取り囲む防護壁の望楼から双眼鏡で様子を見るイバンに、ヘルヘイが不安げに意見する。

「相手はクメーラ王国主力鉄甲騎……対する我々のバイソールは旧型、勝負になるでしょうか……」

 その言葉に、不敵な笑みを浮かべるイバン。

「元々あの機体は、集団戦に重きを置いた〈バルブータ型〉を原型としたものと聞き及んでいる。最新式とも云えんし、一対一なら後れを取ることはあるまい。随伴している機体も、スクラップ同然の代物だ。その気になれば、私が単騎で全部と戦えなくはない」

「それは無茶です! 飛空船を探索している者どもを呼び寄せましょう!!」

 そう言って騎兵を呼ぶヘルヘイを制止し、イバンは話を続ける。

「……待て。そもそも、集団戦を得意とする機体が単騎で挑んでくるなど、違和感があるとは思えないか?」

「…………え?」

「奴らは揺動だ。おそらく、私の隊を釘付けにしているうちに、砦を襲撃するつもりだ」

 イバンは騎兵を呼び寄せ、命令を伝える。

「騎兵一騎はすぐさま第一小隊に合流し、脚甲騎をウーゴ砦に引き返させろ。もう三騎は、村に留まり、住人の保護に当たれ」

 この命令に、騎兵達は戸惑う。

「……大隊長、本当に単騎で挑まれるおつもりですか!?」

「砦の戦力は消耗している。城攻めに備えて、防衛戦力は少しでも多い方が良い。わかったら、さっさと行け!」

 叱咤を受けた騎兵が行動を開始するのを見届けたイバンは、機関士がすでに戦闘準備を始めた自機バイソールに乗り込もうとする。そこに、今度はホドの町長が駆け寄ってくる。

「イバン卿、単騎で出られるとお聞きしましたが、だ、大丈夫でありますか!?」

「心配するな……諸君らの命は、私が命に代えても守る」

 イバンの言葉に、町長は息を切らしながらも言葉を続ける。

「そ、そうではありませぬ……町にも、自衛のための鉄甲騎がございます。町の若い衆も、戦う準備は出来てございます! 我々も、イバン卿とともに戦いますぞ!」

 見ると、全身を極彩色の外套に身を包み、獣の面を着けた巨人が二体、それぞれ巨大な鶴嘴と鋤を構えている。おそらく脚甲騎に祭祀の衣装を被せたものだろう。中身は、リストール以下の性能と考えるべきだ。

 その足下では、旧式の雷管銃や短弓、斧や鉈、小刀を棒に縛り付けた手製の槍など、思い思いの武装で身を固めた町の若者達が息巻いていた。


 この町に限らず、独立した村や街は、兇族や巨獣除けとして何らかの自衛手段を有しているのが常識である。武装の規模は場所によって差はあるものの、最低でも軍の払い下げ品や戦場跡の略奪品などによる旧式武具は揃えており、そして裕福なら脚甲騎の一騎くらいは所持している。

 中には、常時、傭兵、用心棒を雇っている街などもある。

 従って、ホドのように農業だけでなく、街道を通る旅人のための宿場として栄えている街であれば、それ相応の備えをしているのは当然であり、むしろ、現状の備えでは不足気味とも云える。

 そして、実際のところはこの装備で兇族を追い払うのは難しく(追い払える程度の賊は最初から近付かない)、庇護を受けている国などに救援を求める間、持ちこたえればよい方であろう。

 支配地域の街や村に武装を所持することを禁ずる国もあるが、バカ正直に守るところは、まず無いと云ってよい。

 要するに、この世界には、[抵抗する手段を持たない、か弱い村人]などというものは、滅多にいるものではない。混沌とした世の中、平和な生活は自分たちで守らねばならないのだ。


 それでも、誰かが守ってくれるなら、それに越したことはないはずである。それなのに、自分たちも戦いに参加すると言い出した村人達は、イバンによほど信頼と親愛、尊敬を抱いているのであろう。

 イバンは、その心意気を理解するも、町長をはじめとする住民達を制する。

「自分たちの町を守りたい気持ちは理解した。だが、ここはまず私に任せては貰えないだろうか……」

 鉄甲騎を駆る操縦士の精神は騎士のそれと同じであり、ましてイバンは、砦と街道の安全を守る任を担っている。それ故、庇護下にあるものを守るため、常に先頭に立たねばならないと自負しているのだ。

 どんなに武装していても、彼等が庇護すべきものにに変わりはないのだ。

「私が敗れるようなことがあれば、その戦力で生き残ることを考えてくれ!」

 そう言ってイバンは、バイソールの胸の扉を閉じる。目の前には見慣れた受像器が、尚も心配そうな顔を向ける町長を映し出す。

「……前席、発進よろし……大隊長、ホントに、大丈夫でしょうか……?」

 心配するヘルヘイに、イバンは、先ほどの不敵な笑みを再び見せる。

「私に策がある……それと、〈過剰充填器〉の準備を頼む」

過剰充填器(オーバーチャージャー)……後で、ドルージ機関士長に怒られますよ……」

「何もせず敗れるくらいなら、勝って機関士長に怒鳴られる方を選ぶさ……」

「……わかりました。ならば〈背中を預かり〉ます!!」

「応、(しか)と〈預けた〉ぞ!!」

 背中を預かる――

 それは、操縦士と機関士が信頼を確認し合う言葉である。最近は、操縦士の間で身分や家柄などにこだわる者たちが増える中、機関士とこの言葉を言い合えるものが少なくなっているという。

 そしてこの言葉は、覚悟の意味でもある。

 ヘルヘイの覚悟を受け取ったイバンは、二本の接続槓桿をそれぞれ巡航と歩行に切り替え、踏板を踏み込む。

「……行くぞ!」

 気合いを入れた掛け声と同時に、バイソールは力強く前進を開始する。

「抜刀準備!」

 イバンの指示を受けたヘルヘイが補助操縦装置を操作、それにより、バイソールの右背面から、半月型の湾刀を固定した補助碗が水容器を越えて跳ね上げられ、頭部の横にまで迫り出てくる。

「抜刀!」

 その声と同時にイバンは、右操縦桿を操作してバイソールの右手に半月刀を掴ませる。同時に、バイソールは、補助碗の固定具から切り離されたその剣を軽く振り下ろし、その姿勢のまま前進を続けた。

 住民達が見送る、古めかしい装甲を纏う鋼鉄の巨人……その後ろ姿は、イバンの意志を現わしたかのように勇ましく、そして頼もしく見えたものだ。

 防護壁の門から姿を現わしたバイソールを見た鉄甲騎ガイシュの操縦士は、一瞬その気迫に押されたかのように機体の歩行を止めた。それに従い、随伴脚甲騎もまた、その場に停止する。

 辺りに、互いの鉄甲騎が放つ駆動音が唸り響く。

「……さて、相手に操縦士としての誇りがあるかどうか、試してみるか」

 敵機の停止を確認したイバンはこちらも自機を停止、拡声器の音量を上げ、名乗りを上げる。

「我こそは、ウライバにその人ありと謳われた、イバン・トノバ・ウライバなる。我が武辺を怖れぬものは、我と剣を交えてみよ!」

 イバンの叫びと同時に、バイソールは刀の切っ先を、ガイシュを挑発するかのように向ける。

 その直後、拡声器による嘲笑が響いた。ガイシュの操縦士のものだ。

「……田舎操縦士が、笑わせてくれる……

 良かろう、クメーラの操縦士であるこの俺さまが、貴様のポンコツ鉄甲騎(キャバリ)を打ち砕いて見せよう!」

 ガイシュが上半身を左に回転させ、腰部左側面にぶら下げていた大型の鎚矛を右手に装備、再び上半身を正面に向け、戦闘態勢に入る。

「反逆者の分際でクメーラの操縦士を騙るとは!?……その上、名乗りも上げぬとは無礼千万!」

「笑止! 貴様ごとき田舎者に名乗る名など、いちいち持たぬわっ!」

 敵操縦士の慇懃無礼な態度に、イバンの心は、返す言葉とはうらはらに冷静沈着であった。

「これでいい。これで、まずはガイシュ一騎のみを相手にすればいい……

 正直なところ、三騎を一片に相手取るとなると、少々苦労しそうだからな」

「まさか、策ってこれのことですか……」

 呆れ顔の機関士に、ようやくイバンは作戦を説明する。

「そうだ。逃亡の身ではあるが、奴は将軍閣下のお旗本だ。私のような田舎操縦士に挑発されれば、誇りが揺さぶられ、黙っていられまい……実際、見てみろ……」

 イバンが指さした受像器の先では、今にも戦闘態勢に入ろうとしている脚甲騎をガイシュが制止していた。

「お前達は黙って見ていろ。俺さま一騎で片付けてやるわ!」

 その言葉に従い脚甲騎は、機体を後退させる。実際、彼等ゼットス一党の手下はイバンの強さを身に染みて実感しており、関わらなくても良いなら、そうする事を選ぶ奴らなのだ。

「それにしても、田舎操縦士であることは否定しないのですね……」

 ヘルヘイの茶化す言葉に、「ほっとけ」と返すイバンは、両手を組み、指を鳴らして、操縦桿を握り直す。

「さて、ここからが本番だ。可能な限り短期で勝負を決めるぞ……最初こそ一騎打ちに乗ってきたが、脚甲騎どもはおそらく、こちらが不利になるか、ガイシュが追い込まれれば、奴らは飛びかかってくる。その時が勝負だ……」

「それで……過剰充填(オーバーチャージ)……」

「そうだ。一騎打ちで出来る限りガイシュに打撃を与え、それを見て掛かってきた脚甲騎もろとも一気に殲滅する。時間は掛けられない……急いで砦に戻らなければならないからな……」

「……了解です。過剰充填器、作動開始。充填完了まで持ちこたえて下さい!」

「よろしい……では、戦闘開始だ!」

 イバンは、接続槓桿を戦闘巡航に切り替え、継いで受像器の照準器を作動させる。画面に十字を伴う光の円が現われ、それはイバンの操作で画面上を動き、やがてガイシュに重ねられる。

「照準合わせ……良しっ!!」

 引き金が引かれると同時に、ガチャン、と音が響く。これにより、バイソールの魂魄回路は敵を認識し、イバンが踏板を踏み出せば、確実に追尾するようになる。

「行くぞぉ――――――!!」

 拡声器を通じてイバンの雄叫びが響き渡り、同時にバイソールが剣を垂直に構え、ガイシュに向けて走り始める。

「来い!田舎鉄甲騎(キャバリ)に目に物見せてくれようぞ!!」

 対するガイシュは、左半身(はんみ)に向きつつ、鎚矛を下段に構えて迎え撃つ。上段から振り下ろされた半月刀と、下段から振り上げられた鎚矛が激突し、火花を散らした。



 同じ頃、周囲で起きた出来事を、そしてこれから起こる出来事を、ウーゴ砦は、まだ知らない。


 格納庫では、一通りの修理を終えたリストール二騎と、ナランが動かすことになる鎧武者に、蒸気の元である水を補給していた。天井からぶら下がる布製のホースがリストールと鎧武者それぞれの背部の容器に降ろされ、電動喞筒(ポンプ)で汲み上げられた水が流し込まれる。

 周りでは、待機中の第二、第三小隊の機体整備が始まっていた。


 そんな中、ナランとドルージは鎧武者―サクラブライの傍にいた。

 ドルージはナランに、防火布に包まれた、大人の拳程度の塊を手渡した。

「……焔玉の扱い方は、わかっているな?」

「…………はいっ!」


 焔玉は、火による着火をきっかけとして発熱、周囲の酸素を吸収し永続するものではあるが、これは燃焼と言うよりは、化学反応による発熱と言ったほうが良い。不思議なことに、発熱を引き起こすのは火力の高い[火]でなくてはならず、加熱、火花など、他の要因では決して、反応を起こすことはない。

 ただし、焔石同士の場合は連鎖反応なのか、互いの熱で発熱を引き起こすのだが、原因は不明のままである(焔玉では起きないよう加工されている)。

 ひとたび[火が入った]焔玉は、焔石のそれとは比較にならない熱量を放射し、何らかの方法で空気を遮断しない限り、最低でも半年、質と使い方によっては、数年は消えることはないため、慎重に取り扱う必要がある。


 ナランが手にしている焔玉は、バイソールの焔玉機関に使用されるための予備用であり、これは、イバンの特別な計らいによるものである。


 焔玉を受け取ったナランは、サクラブライを取り巻く足場に登り、背部の点検口を開く。大きく開かれた二重扉の内側、両側に配置された水道管のすぐ先には、機関室の座席がある。この座席を背中側に倒せば、このまま乗り込むことも出来るが、乗り込むなら、慣れれば天井から飛び込むほうが速いので、ここは脱出用と考えたほうが良いかも知れない。

 ナランは機関室には入らず、座席を押し込み、現われた点検口を押し開く。

 そこは、焔玉が納められる炉である。六本の水道管が集中する小型汽罐で蒸気に変換、配気装置で機関へと伝達され、焔玉機関は命を宿す。

 焔玉の炉、汽罐、ならびに焔玉機関そのものは、操縦室ならびに機関室の真下に位置(サクラブライの場合は機関室の真下に集中)するが、その間に施された断熱材と心象具現による防護術、そして廃熱装置により、操縦士と機関士、そして機体そのものは、焔玉と機関からの高熱から守られている。


 ――いよいよだ!

 ナランは包みを開き、焔玉を取り出す。それは、部分的に赤みを含む黒い石に過ぎない焔石とは違い、赤く透き通る輝きを持つ宝石だった。

 そんなナランの作業を一挙一動見守るドルージに、シディカが歩み寄りながら声を掛ける。

「……あのぉ、セレイちゃん、こっちに来てませんかぁ?」

「いや……さっき、プロイ達が街に、足りなくなった食材仕入れのために出掛けてるだろ?……それに、着いていったんじゃあ、無いのか?」

「それなら、城からの返事をこちらに知らせていくはずですしぃ。それに、定時報告の伝達もあるから、むやみに出掛けたりはしないでしょう……

 あの()、仕事は真面目に務める方だからぁ……」

「て、事はだ。やはりセレイは城から帰ってきていないことになる……」



「ホント、セレイ……どうしちゃったんだろ……」

 馬車の御者台……空を眺めるプロイに、給仕長が話しかける。

「心配かい?」

「……はい。あの()、今までこんなに長く城から帰ってこないなんて事、なかったから……」

 その言葉に、給仕長も溜息をつく。

「今までないことばかりだよ、ここのところ……臨戦態勢も解けないし、おかげで食材も足りなくなったから、中途半端な時期に買い出しする羽目になるし……」

「砦にはもう、食べ物ないんですか?」

「兵糧としての備蓄は十分さ。無いのは、普段の食事用だ。さすがに、保存用の糧食に手を付ける訳にはいかないし、普通の食事が食えるときに、缶詰や乾燥食を出したら、さすがに、みんな怒るだろうから……」

「そうですね……」

 給仕長の言葉に、プロイも苦笑した。


 ウーゴの街は、巨大な峡谷の間に、東西の方向に長細く伸びている。

 この街は、三区間に別れており、ウライバへと通じる表街道の両側に沿って並ぶ交易街を中心に、北側に旅人のための宿屋、歓楽街、その奧に職人街と倉庫街が続き、南側には住宅街と、市民向けの商店街などがある。

 正直なところ、この市街は計画的に整備された都市とは云えない。それは、元々は小さな村が急激に、そしてなし崩しに人口が、それに伴って建築物が増えていった結果であると云える。

 周囲を覆うウル山脈のために日の出は少々遅いが、豊富な地下水脈と、ウライバ同様、古代から受け継がれる技術で上下水道が完備、下町でさえ、清潔とは言わないまでも最低限の水準は保っている。

 水源のひとつは、やはり山脈の南側を貫くキヨウ河である。

 領主の館は、郊外に建てられている。

 かつては砦そのものが領主の住居も兼ねていたが、兵舎や武器庫、鉄甲騎の格納庫と修理工場など、建物が増築されていく内に敷地が足りなくなり、郊外へと住居を移したとされている。

 現在の領主は、イバンの父であるタルバ・トノバ・ウライバ。

 血筋的には、藩王と同じウライバの血を引く家であり、区別のため、トノバ家と呼ばれている。

 正直なところ、領主であるタルバは、住民から、あまり評判がよい方ではない。と云うのも、彼は街の統治にあまり関心が無く、どちらかと云えば、家系と我が身の保身に関心が強いため、執務を代官に任せ、本人は殆どウライバに引っ込んでいることが多いのだ。

 それでも、市民がウーゴを見捨てることがないのは、代官が私利私欲に走らず、比較的まともな事務的処理に徹していることもあるのだが、ひとえに、その嫡男であるイバンに対する期待が大きいからであろう。


 給仕長とプロイを乗せた馬車は、交易街通りから一つはずれた北側の商店街の下町通りを進んでいる。

 ウライバ同様、漆喰の白壁と赤い屋根に統一され、整備が行き届いた石畳の道に、珍しい品物と、珍しい異国の人々でごった返す交易街通りとは違い、下町は迷路のように入り組む不規則な路地に、所々の漆喰が剥がれた剥き出しの煉瓦、整備が行き届いていない石畳、走り回る子供達、買い物をする女房達でごった返す商店など、日々の生活を営む者たちであふれている。

 そしてこの街は、ウーゴ砦と険しいウルの山々に守られ、これまで、他国や兇賊などの驚異に直接、襲われることはなかった。


 今日、この日までは……


 ゴツゴツした岩場を、一騎の鉄甲騎が街に向かって進んでいた。

 いや、それは鉄甲騎と呼べるものなのだろうか。

 異様に長い手足の全てを地面に着け、草木を蹴散らし、起伏の多い岩場を難なく乗り越えていく、角張っていながらも生物的な、まるで蜘蛛のような機械の怪物……

 いや、それは手と脚なのだろうか……胴体から蜘蛛のように伸びる、ひょろ長い筒状のそれは全て脚にみえる。かと、思えばそれらの足首と思われた部分にはすべて、手首が付いており、岩場の先端を猿のように掴んでいた

 まるで箱形の自働車のような胴体の正面には、首のような物は付いてはおらず、代わりに、不気味な一つ目が光る。そして機体の頂点に当たる背中には、もう一つ、平たい形状の、頭部も腕部もない上半身が据え付けられていた。

 頭部もなければ尾の部分もない機械の蜘蛛猿は、街を見下ろす南の岩山の崖から、平和を謳歌する人々を貪り食わんと、全ての脚を伸ばして跳躍した。





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