少年と鉄甲騎
〈ウーゴ砦〉は、まもなく日の出を迎える。
深く切り立った谷に挟まれた、街道よりの入り口を守るように南に向けて湾曲した形に聳える、石材と鋼鉄の巨大な城壁は、遙か昔からそこにあるかのごとく周囲に溶け込み、まるで遺跡のような雰囲気を醸し出している。
だが、四ヶ所の外殻塔と鋸状の狭間がある、赤い屋根を乗せた回廊に並べられた照明の輝きと、それらに電力を供給する発電施設の立てる音が、この砦が遺跡でないことを物語っている。
この砦は、ゴンドア大陸全土で栄えた前時代の科学文明が滅びてしばらく後、今より約八百年前に新たな[暦]が刻まれてから二百年ほど過ぎた頃に築城された、歴史ある建造物である。
古い建築物ゆえか、至る所に補修や改修の跡も見える。もちろん、文化財保存のようなものではなく、今後も使用に耐えうるように考えてのものであるから、デザインの調和など考慮されてはいない作りとなっている。
城壁の六ヶ所に砲台らしき櫓が見受けられるところから、おそらくは無理矢理ながらも近代化改修も施されていることを窺い知ることができる。
城壁の中央にある、巨大な城門の内側には、守備隊の施設がある。
建造当時、この砦にはささやかな居館と兵舎、収納庫と厩舎があるだけであったが、改修に伴い、兵舎や厩舎の増築、改築が半ば出鱈目に繰り返され、今は三百人規模を越える防衛拠点となっている。その規模の砦に、常時半分強の兵力しか居ないのが現状ではあるが。
砦の施設を過ぎると、東側に、同じ名を持つ交易都市があり、峡谷に沿って長細く伸びる市街を抜け、峡谷沿いの道を東へ向けて、更に徒歩で半日ほど進むと、〈ウライバ藩王国〉に辿り着く。
四方をウルの山々に囲まれ、周囲の国々から隔絶していたウライバは、この古い砦の内側にあるウーゴ村を、外界との唯一の接点としていた。その頃の交易品は、この土地で採れた薬草や種実、木工品など、生活に欠かせないものではあったが、決して目立った産業とも云えないものであった。
この砦は、王族の祖先がこの地を防衛するために建設したものである。
だが、先祖が国を構えた当時はともかく、周辺国の戦乱が落ち着いた後は、戦略的にさほど有効とは思えないこの地を侵略する利点はなく、結果、砦は巨獣や盗賊避け以上の意味を持つことはなかった。
そんな中、自国の燃料としてわずかに採掘していた〈焔石〉が非常に良質であったこと、また、埋蔵量が予想以上に豊富であったことが判明し、どのような経緯かは不明だが、それが他国に知れ渡ることになり、やがて、それらを目当てにした商人が頻繁に訪れるようになった。
外貨が稼げるとわかれば、商売にしない手はない。
同時に、他国から侵略を受ける危険性も出てきた。
斯くして、防衛拠点として、そして交易の玄関口として、ウーゴの砦と街が再整備されたのだ。
その後、紆余曲折の中で、およそ百五十年前にウライバが西方の強国クメーラ王国と盟約を交わし、藩属国となった現在、ウーゴの街はこの国の貿易拠点として急激に発展、王都並の人口を抱える街となったのである。
古参の住民が語る。
「もともと居た奴より、外から来た奴らのほうが多いじゃないんか……?」
ウーゴ砦の城壁を、新たな朝日が照らしたそうとしている。
だが、歩哨を務める兵士に朝も夜もない。
城壁の回廊から、土色の、古風な皮小片の綴り鎧に鉄の兜を被り、肩に長銃を掛けた兵士が砦の回廊から、城門の外、そして街道を監視していた。
おそらく、当番が回ってきた直後はそれなりに真剣だったかも知れないが、何事もない時間はやがて、兵士の緊張感を解いてしまう。
「日が昇れば、交代時間だ……」
ようやく休憩に入れる喜びに緊張が解けたからか、兵士は思わず間抜けた表情で欠伸をしつつ、周囲を見渡す。
「……ひと月前までは、こんなに警戒厳しくなかったのになぁ」
目に見える範囲では、回廊に五人……城壁の各見張り部屋にも合わせて十人、それぞれの外殻塔テラスに各二人ずつ……当然、交代要員もいるので、夜の見張りだけで五十人近く動員されていることになる。
加えて、昼間になれば総数三十騎の騎兵隊が、砦の周辺を絶えず交代で巡廻警邏を欠かさない。
これは、常時の倍に当たる。
「おかげでひと月無休暇継続中……か」
兵士は、電力式の投光器を忌々しげに拳で軽く叩く。
クメーラ王国の庇護、支配下にあるウライバ、そしてウーゴを攻める国は、現状、皆無であり、出動があるとしたら、それは街道沿いや近隣の村々に事件が起きたときが殆どである。その兇賊も、少し前まで砦が手を焼いていた〈武装兇賊団ゼットス一党〉にしても、守備隊の一斉攻撃により壊滅寸前まで追い込まれたため、砦そのものを襲撃するほどの力は、現在はない。
また、かつて一部の地域には巨獣や怪異などの人智を越えた驚異も猛威を振るっていたが、今はその影もない。
戦時下並の警戒が長期にわたるのは、人員不足の砦には痛手である。
正直なところ、この砦は平常時に於いても常駐戦力が足りているとは云えない。その上での臨戦警戒態勢である。これでは、兵の体力は持たない。
仮に今、戦争状態に突入すれば、殆どの兵が疲労困憊の状態で対処せねばならないのだ。
そも、本当に戦時下なら、ウライバから本軍が駆けつけ、砦の常駐兵はその指揮下に入るはずである。
「畜生……クメーラ王国であんな事がなければ……」
零す兵士を慰めるように、起床ラッパが鳴り響いた。それは、砦の朝を知らせると同時に、夜間組に勤務の終了を知らせ、一時の食事と睡眠を知らせるものだ。まもなく、昼間組が代わってくれる。
砦の内側に目を向けると、統一され、それでいて自分たちのものとは違う、二十名ほどの軍服の集団が宿舎の入り口から一斉に飛び出してきた。
「〈機関士〉の皆さんも、ご苦労なこって……」
別に羨ましくはない。
彼等は普段こそ昼を中心とした勤務ではあるが、いざ、事が起きると何時叩き起こされるかわからない。自分たちと違い、交代要員がいないこと、そして、いざ戦闘になれば、彼等が真っ先に戦線に立たねばならないことを理解しているのだ。
その機関士と呼ばれた集団が、施設の中を大急ぎで駆けていく。
彼等の行く先に、ひときわ巨大な建築物が聳えている。高さからすると四層以上の建物に匹敵する。その広さも尋常ではない。だが、これは城郭ではない。どちらかというと、巨大な倉庫あるいは格納庫である。
機関士はその建物の正面……巨大な、鉄製の扉の前に集合した。
「格納庫開けぇ!」
集団の長と思われる、初老だががっしりとした体つきの男の指示で数人の男達が左右に分かれ、鉄製の巨大な扉を力の限り押し開く。扉は軌条に沿って、重くガラガラと音を鳴らしながら左右に分かれていく。
その中にひとり、まだ幼さの残る少年――ナランの姿があった。
扉が開くと同時に、男達は一斉に飛び込んでいく。
4層の建物と思われた内部は、天井まで吹き抜けており、室内には、鋼鉄の甲冑で全身を鎧う戦士達十人が、それぞれ床几のような台に座していた。
戦士と言うには大きすぎる。背の高さにしても、立ち上がって腕を上げれば、吹き抜けの天井に手が届くほどである。広大な建物の中に、十人が窮屈そうに、身じろぎもせず鎮座しているのだ。彼等の周りを取り囲む足場のようなものと、周囲にある棚、机、椅子などから推測すると、人間の五倍以上の身の丈はあると思われる。
此処にいるのは、巨人の戦士達なのだろうか。
よく見ると、それは戦士ではなく、甲冑そのものだった。
いや、甲冑と呼んでもよいものなのか……
関節の隙間から垣間見える機械部品―油のようなものが反射して光る金属の筒や、複雑に組み合わされた歯車のようなものから、これが機械仕掛けである事は推測できる。
十体のうち先頭の三体……いや、三騎は先の比喩通り、着装姿の戦士を模していた。全身を重厚そうな甲冑に鎧われ、桶のような、古めかしい騎士の兜を模した頭部の形状は三騎とも統一しており、これが同型騎であることを物語る。
続く六騎は、先ほどの騎士型と違い、ようやく人型を為している、といった感じの外見だ。全騎とも一見すると頭部はなく、箱のような外装に飾り気もない、むしろスクラップの寄せ集めのような感じを思わせるものばかりであった。そのうち二騎が、一騎は外装が半分ほど取り去られ、一騎は外された片腕が天井から起重機で吊るされていた。修理中なのだろうか。
全ての巨人に共通しているのは、異常に――まるで巨大な荷物を背負うかのように突き出た背中、その上部に横倒しにされた円筒形の物体が据え付けられている部分があると云うことだ。
そして一番奥に鎮座する、紺色の甲冑だが、これは少々異質であった。
まず形状だが、戦士の形ではあるものの、先の騎士型とは大きく異なる。
三角錐にまとめられた兜、二股に伸びた金の前立て、無機質ながらも怒りを表わした仮面、幅の広い大型の膝鎧。さらには左右の脇の下を保護する板状の部品と、こちらも左右の肩部に取り付けられた大型の盾……
それらの特徴は、東の島国イズルにいると云われる[鎧武者]と呼ばれるものに見られるものだ。
少なくとも[鎧武者]は、見た目だけならこの格納庫にいるどの巨人よりも、優美とは云わないまでも、立派な作りをしている。
無論、この巨人も背中に巨大な張り出しと円筒形の構造物を背負っている。
これら巨人型機械は、〈鉄甲騎〉と呼ばれている。
西方世界に於いて〈オートティタン(自働巨神)〉と名付けられた巨人機械は、工房都市により、失われた文明の遺産を基に生み出され、〈焔玉〉と呼ばれる炎の玉石を燃やすことにより大量の水を蒸気に変えて力とし、乗り込むものに城さえ崩す膂力と、砲をも防ぐ鎧を与える、現時点ではこの大陸最強の兵器である。
「もたもたするなぁ! 各機関士は、機関起動急げぇ!」
長の号令に従い、男達は広い空間にもかかわらず窮屈そうに鎮座する、それぞれの鉄甲騎に二人ずつ駆け寄り、そのうち一人は備え付けられた足場をよじ登り始める。
「早くしねぇと〈操縦士〉どもが来ちまうぞ!」
叱咤の中、ナランはひとり、格納庫の奧に鎮座する巨大な[鎧武者]に駆け寄って行く。他に随伴するものはいない。
背中に掛けられた足場を素早く上ると、やたらと突き出た、箱状の背負いものを思わせる武者の背面に登る。そして背中上部に据え付けられた、横向きに据え付けられた筒型水容器を飛び越え、後頭部傍の天蓋を開けると、ナランは躊躇うことなく飛び込んだ。
その中は、ひとりがやっと入れる部屋となっていた。
ここが[鎧武者]の操縦室なのだろうか。
天蓋を閉じたナランは座席に腰を下ろし、腰帯からぶら下がる複数の包袋の一つから魔法の光を閉じ込めたと思われる小さな硝子玉を取り出し、その内部を照らした。
「そんなものに頼るなっ 体と感覚で覚えろ!」
どこから見ているのだろうか、長の叱る声が聞こえる。
叱責の声に軽く舌打ちしながらも、少年は自分の周りの、必要な場所に、必要な数が並ぶ計器、開閉器、槓桿、活栓、弁などを手順通りに点検する。
その後ナランは、自分の足の間にある、丸い硝子窓がはめ込まれた小さな扉を開き、そして懐から、片時も離さない首飾りを取り出す。それは、文字のようなものが書かれた小さな金属製の護符だった。
その護符には、青い石が嵌め込まれている。
それを見たナランは一瞬だけ物思いな表情を見せ、直後にそれを左手に握りしめ、右手人差し指を目の前――開いた投火口にかざす。
「……火よ!」
ほんの少し精神を集中した瞬間、指先に小さな炎が灯る。ナランはその火の玉を、扉の中に落として再び扉を閉めた。
硝子窓の中では、投げ込まれた火の玉が奧へと落下し、やがて消えた。
それだけだった。
特に機械が動くわけでも、爆発するでもない。
[発火の魔術]を発端として発熱する焔玉の輝きは、硝子窓の中から見えることはない。
それでも少年は、動ずることなく言葉を続ける。
「……焔玉点火確認……汽罐圧力および温度上昇……注水開始」
ナランは注水弁をゆるめ、鞴らしき槓桿を何度も動かしながら計器類の確認を続ける。
その言葉に反して、温度計も圧力計も変化を起こしていない。計器の針はゼロの値を指したままだ。
外では、他の鉄甲騎が腹部から余剰の蒸気を漏らし始めている。
それでもナランは、動ずることなく言葉を続ける。
「補助〈ホシワ機関〉第一および第二、作動開始……発電機接続……」
やはり何も動いた気配はない。ホシワ機関――こちらで言うスターリングエンジンも、それを動力にした発電機も、である。
当然、他の機体はその補助機関を作動させている。室内には七騎ぶんの駆動音――まだそれほど大きくはない――が響き渡る。
「〈魂魄回路〉、作動を確認……全て正常起動」
何も起こらない。機体の制御を司る魂魄回路は、全く起動していない。
それでもナランは、動ずることなく言葉を続ける。
「〈焔玉機関〉に蒸気注入……機関始動確認……配油循環器に動力伝達……」
繰り返すが、[鎧武者]は全く動きを見せることはない。ナランがいくら言葉、専門用語を並べても、あちらこちらに山ほど配置された槓桿や開閉器を動かしても、関節の隙間から蒸気を噴き出すこともなければ、循環器が駆動装置に油を注ぎ込むことはないのだ。
こちらも繰り返すが、周囲の機体はこれまで以上の重々しい機関音を響かせ、わずかに吹き出す余剰蒸気の中、騎士型の機体は前面装甲を開き、箱形の機体は、開けたままの天蓋から、後から駆けつけてきた、本来の乗り手である〈操縦士〉を迎え入れる。
だが、[鎧武者]に駆け寄る操縦士の姿はなかった。
それでもナランは淡々と……決められた手順通りに確認の言葉を続けながら、周辺機器をてきぱきと操作し続けた。
「前席へ!……発進よろし!」
最後の仕上げなのか、脇から伸びている伝声管に向けて言葉を発していた。どうやらこの[鎧武者]も例外なく、二人乗りのようだ。
先ほども言ったとおり、[鎧武者]には操縦士はいないのであるが。
当然、伝声管の向こうからナランへの返答はない。その代わり、
「……それまで!」
と、頭上から長の怒鳴る声が聞こえた。
その声は、足場を外され、格納庫の外に出て行く鉄甲騎の足音と、駆動音の中でもはっきり聞こえてきた。
見上げると、いつの間にか開かれた天蓋から、西方製懐中時計を手にした長が、ナランを見下ろしていた。厚手の作業服に身を包んだ長――ドルーシ機関士長はナランに語りかける。
「……ふむ。出動命令から起動準備まで、他の機関士に遅れることなく終了させたか……手順も問題ない」
機関士長は表情を変えることなく、結果を告げる。
「……今日で模擬訓練は終わりだ。明日からは機体に[火を入れ]ての実施訓練に移行することを許可する。ナラン準機関士……」
その言葉にナランの顔は満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます……機関士長!」
鉄甲騎は〈操縦士〉と呼ばれる戦士が乗り込む機械の武具ではあるが、実際のところ操縦士がひとりで操縦できるわけではない。
動力である〈焔玉機関〉は、ゴンドア大陸各所で採掘され、燃料として広く使用される発熱物質〈焔石〉を、[錬金術]で精錬、結晶化した〈焔玉〉から得られる高温度で発生させた蒸気を源動力として駆動する、現時点に於ける、この世界最高のエンジンである。
蒸気機関とどう違うのかと言われてしまえば、返す言葉もないのだが、焔玉によって発生する高温、高圧の蒸気と、前文明の技術を複製した複雑な機構が信じられない出力を効率よく引き出し、それでいて燃焼による熱発生ではないため有毒な排煙を発生させないという[都合の良い]機関なのである。
だが、焔玉機関の扱いは非常に難しく、〈魂魄回路〉と呼ばれる、機体制御を司る演算装置で補佐したとしても、絶えず手動での微調整を必要としてしまう厄介な代物であり、従って、一人の乗り手が操縦と機関制御を同時に行うことは不可能なのだ。
そこで、鉄甲騎には〈機関士〉と呼ばれる技師が同乗することになる。
鉄甲騎の背部にある箱状の張り出しは〈機関室〉と呼ばれ、それは機体胸部の〈操縦室〉と直接、繋がっており、操縦士と機関士は連携して機体を操作する。
ちなみに、背部上面に取り付けられている円筒形の構造物は、焔玉機関に送り込む蒸気の元となる水を入れる容器である。
機関士はその名の通り、操縦で手一杯の操縦士に変わり、焔玉機関の操作を引き受け、さらには戦闘に於けるダメージコントロールをも請け負うことになる、重要な役割を持つ。
鉄甲騎は、操縦士と機関士の二人三脚ではじめて能力の全てを発揮することが出来る機械なのである。
ナランはまだ、その機関士になるためのスタート地点にようやく辿り着いたばかりであった。
ここで一つの疑問が浮かぶ。
最初の紹介通りなら、見習いであるナランが乗り込んだ[鎧武者]型の鉄甲騎は、非常に高級かつ高貴な機体に見える。だとしたら、とても見習い機関士が練習用にいじれる代物ではないはずなのだ。
では、何故そんな機体が放置同然に……そして新人の練習台に回されているのか……
また、何故この機体は機関室が独立しているのか……
もしかして、この[鎧武者]は、使い物にならないポンコツなのか、それとも、故障して動けないのか……
そのことは、ナラン自身も疑問に持っていた。
折良く、修理中の機体二騎を除く全ての鉄甲騎が、慣らし運転を兼ねた訓練の為に練兵場へと出払い、格納庫は落ち着きを取り戻していた。
明日からは実技訓練となる。その前にナランは、その疑問を解消すべく、機関士長ドルーシに質問してみることにした。
「機関士長……お尋ねしたいと思っていたことが……」
その質問には、ナランの期待と不安が込められていた。
「一体、なんですか?……この鉄甲騎は……」
ドルージ機関士長は、特に表情を変えることなく返事を返す。
「……その前に、鉄甲騎にどんな分類があるかは知っているな?」
「はい、父に教えていただきました」
ナランは、思い出しながら答える。
鉄甲騎は、三種類に分類される。
ひとつは、すでに代名詞となっている〈鉄甲騎〉
(西方では〈オートキャバリ〉または〈キャバリ〉と区別して呼称される)
最初に実用機が誕生したのは、四百年ほど前……中原国家群の中央に位置する、或る独立工房都市によるものと伝えられている。
前文明の遺跡から発掘された機体を手本に、失われた技術を、のちに発明された[魔術]で補填し再現した機械である。
その後、どういう経路かは不明であるが、世界各国に製造法が伝わり、現在は中原国家群の、三つの独立工房都市をはじめ、西方諸国、グランバキナ、ラ諸国連合がそれぞれ独自の機体を建造している。
登場当初は、一騎所持するだけでも驚異となりうる戦略兵器扱いであったが、その後、大量とは云わないまでも定期的な生産が可能となり、現在では騎馬軍団、歩兵連隊と並んで軍の中核をなす兵科となっている。
鉄甲騎は例外なく人型をしており、大抵は甲冑で全身を鎧う戦士の姿を模しているが、どこか無骨さが目立つものが多い。
最強兵器ではあるものの、騎馬、歩兵を差し置けないのは、一騎辺りの価格、維持費用が高価であることに加え、兵器としての機動力、展開力の低さ故に感じられる、取り回しの悪さからであろうか。
もう一つは、〈脚甲騎〉(西方での呼び名は〈オートレグ〉)
開発時期、経緯には諸説有り、鉄甲騎の開発過程で出現したとも、廃棄された部品から組み立てられたものがはじまりとも伝えられている。
基本的には鉄甲騎の簡易型と云える機体で、搭載されている動力も、出力が低い焔玉機関、または焔石そのものを燃料とする〈焔石機関〉などが使用されており、それに伴って性能も高いものではないものの、比較的安価、また、操縦、整備が比較的容易なため、補助戦力ならびに作業用など幅広い用途に活用されている。
最近では、一芸に特化させた機種も出現し、侮れない存在となりつつある。
機体の大きさは、比較的小型のものから、巨体を誇るものまで様々ではあるが、外見そのものは見た目よりも機能を優先、辛うじて人型をしているものや、機種によっては頭部や一部装甲が取り払われていることもある。
一方、経済的に鉄甲騎の数を揃えられない国などは、外装を鉄甲騎に酷似させた脚甲騎を、代わりの主力としていることもある。
ナランの夢に出てきた[ブリキの巨人]は、この脚甲騎のことである。
この二種は、かつては所有ならびに搭乗は貴族資格を持つ操縦士に限られていたが、現在では豪商などが許可を得て購入する、鹵獲、略奪されたものが闇取引などで売買される、落伍兵、敗残兵がそのまま使用しているなど、結果、世界に広く普及しつつある。
だが、最上位機種である〈凱甲騎〉(西方名〈トライアン〉)はそうはいかない。
こちらは、種別と云うよりは称号と云っても良いかも知れない。
その認定基準は、機体を構成する全ての部品が鉄甲騎出現以前、前文明時代の発掘部品、その中でも上質のもので構成された、所謂〈発掘騎〉であることが条件とされる。だが、実際には発掘部品の割合が多い機種、あるいは単に高級機であるだけの場合が殆どである。
ごく希ではあるが、後者の場合は、最新型の鉄甲騎より性能が劣ることもありうる、権威重視の機種でもある。
外見は重厚なものや華奢なものなど様々ではあるが、総じて装飾が多く、全体的に優美である。
それ故、凱甲騎は王侯あるいは将軍専用、またはそれらの有力者から認可を受けたものしか扱うことが許されない。もし、何らかの幸運で手に入れたとしても、所持するだけの資格がなければ没収され、入手手段が違法であれば厳罰に処せられるし、敵機を鹵獲したならば、大きな手柄にはなる。
現在、新規で凱甲騎が建造されることはなく、現存している機体の全てが、最も新しいものでも百年以上前に建造されたものを補修、改修を繰り返して使用、あるいは保存している。
ちなみに、鉄甲騎出現より以前は、〈飛龍騎士〉なる存在が決戦兵器として持て囃されていたと伝えられているが、鉄甲騎の本格普及以降はその数を減らし、現在はその姿を殆ど見ることはない。
「噂では、機関士を必要としない機体もあるとか……魂魄回路が全部やってくれると云う……」
最後に付け加えたナランの言葉を、ドルージは一蹴する。
「そいつは信憑性がない噂話だ。あと最近じゃ多脚型の鉄甲騎なんてぇのも現われたらしいが、操縦士どもが、『あれは脚甲騎だ』って言い張ってやがるなぁ……」
尋ねてもいないことを頷きながら呟くドルージに、
「で、僕が練習に使っている鉄甲騎は、どれに当たるんですか?」
と、ナランは再び問うてから、改めてつまらないことを訊いた、と思った。まさかこの外見で脚甲騎とは思えないし、凱甲騎なら故障機であっても見習いに触らせるどころか、そも、こんなところに居るはずがない。
――これは怒鳴りつけられる……
ナランは殴られることを恐れているわけではない。ドルージ機関士長は、見た目に反して、無闇に殴りつけ、無意味に罵倒することはなく、常に理性的に諭すような言い回しをするのだが、大声な上に口が悪く、おかげでどう見ても怒鳴りつけているようにしか見えないのだ。
だが、ナランの予想に反してドルージは、穏やかに[鎧武者]を見上げながら答える。
「……その昔、巨獣どもがこの辺りまでうろうろしていたころの話だ。たしか、ウライバが藩王国に名前を変える遙か以前、二百五十年前だったか……
その頃、群れを成さないはずの巨獣が大挙して押し寄せてきたことがあった。何でも、巨獣を操る[妖術使い]が率いていたとか……」
「[妖術]?……[魔術]じゃなくて……」
ナランは、[巨獣を使う妖術使い]の存在が気になった。かつてジマリの街を滅ぼした存在と重なったからである。
「ぁあ? 俺たちが使う[魔術]……シディカは『[魔術]じゃない、〈心象具現化術〉だ』とか何とか吐かしやがるが……ま、それと同じようなもんだろ……どっちにしろ、昔話だからなぁ」
そこは流せ、といった表情を見せつつドルーシは話を続ける。
「ともかく、このままじゃウライバは大ピンチなわけだが、そこに登場したのが、巨人の勇者サクラブライだった」
「サクラ……ブライ?」
「そうだ。その〈サクラブライ〉は、単騎で巨獣どもや[妖術使い]を尽くやっつけ、その後、この国を去ったと云われている……身につけていた鎧を置き去りにしてな……
ここまでは、よくある御伽噺だと思っていたんだが、十五年前、格納庫改築の最中……」
ここでドルージは再び[鎧武者]を見上げる。
「地下室からこいつが発見された……隠されていたと云うより、忘れられていたって感じだった……」
その地下室は、かつては予備部品の倉庫として使用されていたものらしいのだが、度重なる改築の中、忘れられてしまっていたようだ。
「当時、俺たちは喜んだものさ……[伝説の巨人]とか云われているものは大抵、鉄甲騎を指し示しているものだ。それがサクラブライのものだとしたら、尾鰭が付いているにしろ、その活躍振りから、格の高い凱甲騎、あるいは発掘騎である可能性が高いからな……」
その言葉に、ナランは自分が乗り込んでいた[鎧武者]に羨望の眼差しを向けた。まさか自分が、そんな伝説の凱甲騎を練習台にしていたなど、思いもしなかったのだ。
ところが、目を輝かせて[鎧武者]を見つめるナランに、ドルージは溜め息を吐きつつ言葉を掛ける。
「さっきの問いだがな……この機体の種別は、三つのうちのどれでもねぇ」
「……どれでもない?」
その直後、ドルージは足場に昇り、鎧武者の胸元にある整備用の扉を開け、ナランを呼ぶ。
「見てみろ……」
機関士長に促され、ナランが覗き込む。
そこは、通常なら操縦室があるはずの場所である。
そして、ナランはその[鎧武者]の操縦室を、まだ、見たことがない。
おそるおそる、中を覗き込むナランあったが……
「……カラッポ?」
ナランが見た通り、鉄甲騎と思われた鎧武者の中身には、何もなかった。操縦室はおろか、関節の駆動装置すらない、がらんとした空洞だった。
背中の機関室を除いては……
ドルージは、腕部や脚部の点検口も開けて見せた。そこには、腕や脚などを駆動させるための油圧駆動装置や補助用の電動機が内蔵されているのだが、どう見てもそれらはこの[鎧武者]を鉄甲騎として動かすほどの大きさを持たないのだ。
「機関士長、これは一体……」
「こいつはな……本当に[巨人の鎧]なんだ……
修理してみて驚いたよ……鎧武者の正体は、巨大な〈動力甲冑〉だったんだ。書類上、鉄甲騎扱いにはしているが……」
ドルージの云う〈動力甲冑〉とは、騎士階級の戦士達一部が、鉄甲騎に対抗するため、工房都市の技師に依頼して研究させている、機械仕掛けの甲冑である。小型化が容易であるホシワ機関で発電機を動かし、魂魄回路で制御された電動機を利用して着用者の動きを補佐する、所謂、機械式の強化甲冑なのだが、現時点では機構全体の小型化に難航しており、完成の目処は立たない。
「だが、巨人用のサイズなら問題はない。巨人は最初からでかいし、見た目以上に体も頑丈で膂力もある。だから、機械が大型化しても、結果無茶な重量でも、動力甲冑として成立するって訳だ……」
だとしたら、この機体に使い道はない。
これを鉄甲騎に改造することも考えられたが、思案の結果、改造するより最初から機体を製造したほうが早く、また、搭載されている焔玉機関を含めた駆動機械も性能は高いが、砦に配備されている既存の鉄甲騎を動かすには小型すぎて、部品としての転用も利かない。
魂魄回路に至っては、専用に組まれている上、一部、通常品とは明らかに異なる、正体不明、解析不能な部品がいくつも確認されたという。
それもあって結局、場所塞ぎになってしまい、持て余していたところ……
「見習いとしてナランが成長してきたんで、練習用に丁度良いと思ったわけだ。どっち道、長ぇこと動かしてなかったから、たまに動かしてやらないといかんと思ってたところだしな……」
稼働可能なことは確認済みではあるようだ。
「どうせ動かない機械なんだから、別にいいじゃないですか。それに、そもそも巨人なんて、本当にいるんですか?……機関士長」
ナランは、実のところ、相当失望していた。
期待が裏切られただけに留まらず、自分がそんな得体の知れないものに乗せられていた事実を知り、それでも機関士長の手前、不満を可能な限り押し隠した表情で巨人の存在の有無を尋ねるナランを、ドルージは慰める。
「そういうな。せっかく修理した機械が腐っていくのを見るのは忍びないんだよ、俺は……それに巨人はいるんじゃねえか? 現にこうして鎧が……」
その時、格納庫内に少女の声が響いた。
「おじいちゃん! ナラン! 朝食出来ましたから、みなさんの分と一緒に置いておきます!」
「プロイ!……ここでは機関士長と呼ぶように言っただろう……まぁいい。さっさとメシを済ませよう。済ませたら、すぐに作業に取りかかるぞ。三号騎と六号騎を今日中に動けるようにしなきゃならないんだからな」
話の腰を折られ、少々不機嫌になりながらも、それによって今後しなければならないことを思い出したドルージは、ひとまず朝食を取ることにした。
そして、
「わかりましたー!」
と、食べ盛りの年頃であるナランの心もまた、すでに朝食に向いていた。